第75話 シャワーガインvsグリムリープ

 ……意味はわからないが。


 本当に、死ぬほど意味はわからないが。


 帝国グリムリープ家の末裔、デュトワ・グリムリープと、学園が誇る俊才、そして、僕を超える程の魔導の使い手であるウォシュレット君の決闘が行われることになった。


 魔導師戦の帝国選抜もこの日、王国選抜と皇国選抜の試合の直前に行われた試合で、ドワーフ国を破っていた。


 決闘の場所は、僕とアスラが戦った王国選抜用の魔法練習場だ。


 デュトワとウォシュレット君、それぞれにアスラが首飾りと指輪の魔道具を貸し出す。


「やれやれ、こんな問題ごとばかり……やはりシャルル君はトラブルを引き寄せるみたいだね」


 アスラはそんなことを呟いていた。


 僕だって、出来ることならデュトワやウォシュレット君みたいな面倒な人たちではなく、可愛いエルフっ娘みたいな人と関わりたいよ。


 そんなことを考えていたが、イズリーが「やれやれ」なんて言いながらアスラの物真似をして、それが途轍もなく可愛かったことで、その思考は僕の脳内から吹き飛んでいった。


「仕方ない。私が審判役を請け負おう。リーズヘヴンがレディレッドの末席、アスラ・レディレッドだ。デュトワ・グリムリープ、ウォシュレト・シャワーガイン、両者、異論はないね?」


「当然だ。このウォシュレト・シャワーガイン! この決闘に、一切の異論なし!」


「へっ。レディレッドの御曹司か。レディレッドのアスラの名前はこっちにも聞こえているぜ。どうやら、お前が王国選抜の魔導師の中で一番強いらしいなあ? ウチのリーダー……。勇者ギレンがお前だけは要注意だってほざいていたぜ? まあ、オレの敵じゃあないだろうがなあ?」


 アスラはチラリと僕を見たが、特に僕に水を向けることは無かった。


「……異論はないね?」


 そう、デュトワに再度聞くだけだ。


「問題ない。むしろ、雑魚を潰してから王国グリムリープも潰してやるぜ」


 そして、二人の決闘が始まる。



「さて、じゃあやるか?」


 そう尋ねたデュトワを、ウォシュレット君が遮った。


「待ちたまえ。その前に、聞いておきたい」


 怪訝そうな顔をするデュトワを無視して、ウォシュレット君が続ける。


「僕の名前はウォシュレト・シャワーガインだ。……言ってみろ」


「はあ?」


「僕の名前だ。言ってみろ」


「……急になんだ? 何が狙いだ?」


 デュトワは警戒心を露わにする。


「デュトワ、この決闘、僕は崇高なものだと捉えているよ。なので、敢えて問いたい。僕の名前を言ってみろ。別に、スキルの発動や罠なんかじゃあない。安心しろ。僕はただ、僕の名前を正しく覚えているか知りたいだけだ」


 ウォシュレット君はそんなことを言う。


 なんだかこの人はいつもいつも不思議な質問をするなあ。


 それに、自分の名前に並々ならぬ拘りを持っている。


「お前の名前を言えば良いだけか?」


「そうだ、デュトワ・グリムリープ。その通りだ」


「……ウォシュレト・シャワーガイン……だろ?」


 その瞬間。


 未だかつて無いくらい、ウォシュレット君は喜んだ。


「そうだ! そうだとも! 僕の名前は、ウォシュレト・シャワーガインだ!」


「なんなんだ? 気持ち悪いな、お前」


「ふははは! 君になら、何と言われても良いとも! 僕の名前を正しく覚えているのだから!」


「はあ? わけわかんねーよ」


「いや、どうにも、シャルル・グリムリープは頭の出来が悪いらしくてね。デュトワ・グリムリープ、君はシャルルよりも頭のキレが良いらしいな!」


 ……あれ?


「当たり前だ! そこの王国グリムリープの糞になんか、何一つ負ける要素はねえ。頭の出来も、魔法の出来もなあ」


「ふははは! そうだとも! その通りさ! 流石は帝国グリムリープ! やはり正統派は違うな!」


 ……あれれ?


「へっ。お前、なかなか見所があるじゃねーか? さっき雑魚呼ばわりしたのと、気持ち悪いって言ったのは取り消すぜ」


「ふ。僕も、君のことはすでに好敵手ともであると認めているよ」


 ……何この流れ。


 何で僕が一人ディスられているんだろう。


 僕は普通にショックを受けた。


「オレから言わせりゃ、シャルル・グリムリープなんてのは紛いもんの糞だ。真のグリムリープはオレたち帝国グリムリープだけでいい」


「全く同感だね。人の名前もろくに覚えられない人間が魔導師を名乗るなど、王国魔導の恥さ」


 ……うう。


 全く心当たりがないことで、しかも目の前でここまでスコンスコンに言われるなんて……。


 その時、僕に救いの手が差し伸べられた。


「……ウォシュレット」


「ウォシュレットさん」


 ハティナとミリアが同時にウォシュレット君を呼び、続けてハモった。


「……後で殺す」


 ウォシュレット君の顔は完全なる恐怖に染まった。


「は……はい。と、とりあえず、決闘しますね。ええ、すみません、すみません」


「何だ? ウォシュレト、急にどうした?」


 デュトワはウォシュレット君の変わりように戸惑っている。


「ごほん。では、アスラ・レディレッドの名の下に、この決闘は行われる。両者、遺恨残さぬよう。では、始め!」


 アスラがナイスなカットインで無理矢理決闘を始めた。


 最初に動いたのはデュトワだ。


「まずは小手調べだ!」


 界雷レヴィンに似た雷魔法だ。


 帝国式だから術の名前も詠唱もおそらく違う。


 それをウォシュレット君は僕の時と同じように水玉陣ポルカドットで防いだ。


 空中にふわふわ浮かぶ水の玉が、一筋の電流を受けて辺りに水を撒く。


 そして、そのまま水刃エッジを連発する。


 デュトワに飛んだ水の刃。


 しかし、こちらもデュトワの周りに滞留した電気の膜に当たって消えた。


 魔導師の戦いは基本的に防御系のスキルと攻撃魔法の応酬だ。


 攻撃スキルは数が少ないし、それと同じで、防御魔法もそれほど多くない。


 それを考えると、デュトワの電流の膜のようなものは彼の防御スキルだろうか。


「やるな!」


 デュトワが吠えて電流を飛ばす。


「そちらもな!」


 ウォシュレット君もそう答えて水刃エッジを飛ばした。


 雷と水。


 二つの魔法が両者から際限なく飛び、二人はその場から一歩も動かないままに互いの魔法を蹴散らし、相殺する。


 そうして、手を変え品を変え、お互いの魔力を削るのだ。


 魔法の起動スピードはウォシュレット君が上だが、雷魔法は全系統で起動後のスピードは最速だ。


 デュトワが遅れて起動させても、水の魔法に余裕で追いつく。


 流石にウォシュレット君は四則法は使っていない。


 そりゃそうだろう。

 四則法はかなり難しい技術だ。

 一日やそこらでモノに出来るイズリー達がおかしいのだ。


 こうなると、どちらが先に魔力切れを起こすかの勝負になる。


 どちらかの魔導師が、大きく動かない限り。


 すると、魔法の応酬の中でデュトワは今までとは異なる挙動を見せる。


 彼は両手を地面につけた。


走電トランス!」


 魔法練習場の地面を濡らした水を辿って、地面を電流が滑るようにウォシュレット君に直撃する。


 水玉陣ポルカドットは空中に留まって魔法を防御するスキルだ。


 確かに地面からならウォシュレット君に届く。


 盲点だった。


 僕もそこに気付いていれば、選抜大会でも懲罰の纏雷エレクトロキューションでリングの床から感電させられたかも知れない。


 感電したウォシュレット君が敗れるかと思ったその時、ウォシュレット君の姿がグニャリといびつに変化して、水に変わった。


 ウォシュレット君だったその水の塊は、パシャリと地面に落ちる。


 水の分身を作り出す操作系スキル、別水体アクアドールだ。


「僕はこっちだ!」


 デュトワの真後ろに突如ウォシュレット君が現れる。


「ウォシュレト! お前、光魔法まで使えたのか!」


 ウォシュレット君はいつの間にか光魔法の透遁ミラージュで水の分身体と入れ替わっていたのだろう。


 デュトワが後ろを向いた時には、すでにウォシュレット君の豪流瀑布ティアドロップが放たれていた。


 デュトワに巨大な水弾が直撃した。


 しかし、それとほぼ同時に、後から唱えたデュトワの電流もウォシュレット君を貫いた。


 起動後最速を誇る雷魔法。


 それが、ウォシュレット君の魔法に追いついていたのだ。


 二人は同時に後ろに吹き飛ばされ、そして、二人同時に首飾りを赤く変えた。


 

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