第74話 十一億とんで百歩

 勝負は決した。


 ほんの一瞬の出来事。


 むしろ、その前の舌戦の方が長かったのではないだろうか。


 そして、僕はほとんどフリーズした状態の脳みそを無理矢理にフル回転させて、イズリーに質問を投げかける。


「……ハティナが地鳴の救済ガドルティフォンをいつの間にか使えるようになってたのは置いておいて、魔王四天守フォーカーズって? 宝刀スペードって? 宝杯ハートって? 何それ? 聞いてないんだけど……」


 その疑問に、イズリーがたどたどしく答える。


「うんとね? ミリアちゃんがね? あたしたち四家は、シャルルの物になるからね? だから、魔王を守る人たちにしよーよっていってね? それでね、ふぉーかーずってチームにしたの」


「……いや……いやいや、あんたたち僕に隠れて何やってるの……。いや、とりあえずそれは百歩譲ろう。四家が僕の物ってのも、この際……一億歩ほど譲る! 確かに僕はそのうち四家も王家も掌握しようとしていたから……。でも、魔王四天守フォーカーズって……」 


「あのね? ミリアちゃんと、あたしとハティナと、アスラくんでね? チーム組んだの」


「委員長まで巻き込んだの⁉︎」


 僕の叫びにアスラが答える。


「……不本意ながらね」


「と……止めてくださいよ!」


「……私は止めたんだが、彼女たち、君のことになると途端に暴力的に……いや、そう、本気になってね……」


「そ……そんなあ。もう少し頑張って下さいよ!」


「いや……私には無理だ。君はミリアさんやハティナさんの恐ろしさを知らないからそんな事が言えるんだ……。それに、イズリーさんまでノリノリだったんだぞ。……私に何ができるって言うんだい?」


 ……そう言われると、僕は何も言えない。


「い、イズリー。と……とにかく、委員長を巻き込んだことは……。ええい、もういいよ! わかった! 十億歩譲ろう! それで、イズリーやアスラ委員長も何か、その、変な異名を名乗るのか?」


「うん! あたしも名乗っていいよって、ミリアちゃんに言われたの! あたし、学園では『ぼっき』って呼ばれているでしょ?」


「待て待て待てい! 暴姫な? 暴姫! その間違え方だけはダメだ! 頼むから!」


 僕はすでに十一億とんで百歩も譲っていたので、大陸の端っこに爪先立ちのような状態なのだ。

 流石にこの言い間違いばかりは一歩たりとも譲れなかった。


「うん? うん。それでね? あたしは……んとね……んと……ニコちゃん、何だっけ?」


「イズリーさまは、宝玉ダイヤですね。魔王四天守フォーカーズ宝玉ダイヤのイズリー・トークディアさまです」


「そうそう、あたし、タイヤなの。エルフの馬車にくっついてるんだって! なんかエルフはおっきな木? に住んでてね? ソレを傷つけないように、馬車の……何だっけ? しゃ……しゃ……? とにかく、あの丸い奴にタイヤ付けるんだって。モノロイくんに聞いたらそうだって言ってた! ねーねー、すごい? くるくる回るやつ。ねーねー、カッコいいでしょ?」


「いえいえ、タイヤではございません。イズリーさまはダイヤです。ダイヤモンドという、それはそれは綺麗な宝石があるのです」


「えー! あたし、宝石だったの? なんだー、馬車にくっついてるやつじゃないのかあ。でも宝玉ダイヤって、なんだかタイヤに似てるよねえ」


「そうですね! ほぼ一緒ですけど、主さまに関わることですから、間違えない方がカッコいいと思いますよ」


「あ! そーだよね! シャルルがバカにされたらいやだもん。宝玉ダイヤ宝玉ダイヤ宝玉ダイヤ宝玉ダイヤ。覚えたよ! ねー、すごい? ねーねー、すごい?」


「まあ、こんなにすぐに覚えられるなんて、わたくし、とーっても関心してしまいます!」


「でしょでしょ? とーっても、あんしんするでしょ?」


「はい! とーっても、安心です!」


 こいつら、もうダメだ。

 放っておこう。


 僕はそうやって、いつものごとくその全てを諦めた。


 戦場に散らばる皇国魔導師たちの首飾りは、全員赤く光を灯している。


 つまり本来の戦闘であれば、この五人はハティナの魔法一発で致死量に近いダメージを負ったことになる。


 そして、皇国選抜の魔導師たちを、その圧倒的な超魔法で鎧袖一触に降したハティナたちが帰ってきた。


「……このくらいヨユー」 


「すっきりしましたわね。でも、もう少し痛めつける方が好みでしたが」


 ミリアとハティナは何やら満足気な様子だ。


「あの……。魔王四天守フォーカーズって……」

 

 僕はおずおずと口を開く。


「はい! 私とハティナさん、イズリーさん、そしてアスラ様の四人で結成した、魔王様の守護隊ですわ!」


「……ミリアはウザいけど……魔王四天守フォーカーズの結成を提案したことは評価できる」


「ハティナさん、珍しく意見が一致しましたわね。ご主人様、これからは私たち四家の皆が、ご主人さまの盾となり、矛となり戦いますわ!」


「あ……はい」


 僕は魔王四天守フォーカーズ解散を提案しようとしたが、ハティナの誇らし気な顔を見て、やっぱり全てを諦めた。


 そんなことをしてみろ。


 ハティナの指先が僕の顔面にめり込みかねない。


 いつかのクリスさんのような有り様になるのは御免だ。


 しかし、この二人。


 いつの間にか仲良しになっているな。


 ……やはり女の子の関係性はよくわからない。

 

 そんな話をしていると、見覚えのある少年が僕たちの前に現れた。


「グリムリープ! 貴様、なぜ魔導師戦に出ない? オレとの約束、反故にする気か?」


 デュトワ・グリムリープ。


 帝国グリムリープの少年だ。


 確かに、僕は彼と魔導師戦で戦うことを約束していた。


 選抜チームの都合で、僕の魔導師戦へのエントリーは叶わなかったが。


「……すみませんね。こちらにも、都合があるので」


「ふざけんな。だったら、この場でオレと勝負しろ! じゃなけりゃ、オレの気が済まない! それとも、逃げる気か? 帝国グリムリープこそが、正統なグリムリープだ。認めてもらうぞ。……この、デュトワ・グリムリープから逃げたと!」


「……はっきり言うけど。僕は君との勝負の勝ち負けなんかどうだって良いし、真のグリムリープなんかにも興味ないんだよ。ただ……。ただ、君からの挑戦なら受けても良いとは思っています」


「なら! 今すぐ──」


「待ちたまえ!」


 デュトワに向かって叫んだのは、鬼のような形相のミリアでも無ければ、無表情で殺気を振りまいているハティナでも無く、当然、「やれやれ」なんて言いながら眉間を押さえているアスラでも無かった。


「──君は、シャルルと戦いたいようだな?」


「あぁ? 誰だよ。てめーは?」


 剣呑な雰囲気でデュトワが言う。


「よくぞ聞いた! 僕の名前は、ウォシュレト・シャワーガイン! 学園きっての俊才にして、空前絶後の超魔力! そして、ミリアさんを守る騎士ナイトの一人! 魔王シャルル・グリムリープを魔力切れまで追い込んだ、この世で唯一、魔王を屠れる者!」


 ウォシュレット君はまたも『異世界転生チートものの主人公ってみんな糞じゃね? ご都合展開でどーにかなってるくせに、なんか偉そうで葛藤ってものがねーんだよなあ。やっぱヒーローは葛藤の部分を描かないと、深みがねーんだわ。これなら俺の方がまだカッコいいキャラクター作れるぜ。よっしゃ、いっちょ俺が書いてみっか。ほんで一撃で賞とってアニメ化して映画化させてやるわ』くらいの軽い感じで小説を書き始めた作家の玉子が生み出したような、いつまでもウジウジ悩んで全然世界を救わない、まるで純文学の登場人物みたいな主人公がやりそうな、作者だけはケレン味たっぷりだと思っているけれど、実際には読者に全く伝わっていないヒーロー崩れがよくやるような右手で顔を覆うポーズを取った。


「な……なんだ? テメーは?」


 デュトワは完全にドン引きだ。


「ふっ……恐怖で声も出ないと見た」


 ウォシュレット君はさらに言葉を続ける。


「デュトワ、と言ったかな? シャルル・グリムリープとの決闘は、先約が入っていてね。もちろん、相手はこの僕さ! 君がどうしてもシャルルと戦いたいと言うのであれば、まずはこの僕を倒してからにしてもらおうか?」


 そんな二人の会話を聞いて、僕の金色の天使がボソッと呟いた。


「ウォシュレットくんて、いつも変なポーズしてるねえ」


 その場にいる、ウォシュレット君を除く全員が同時に首肯した。



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