第73話 魔王四天守
帝都カサドラ。
その巨大な都市にあっても異様な存在感を放つコロシアムに、王国と皇国の舌戦を聞いたことによる歓声が巻き起こる。
『万年最下位の王国が喚いてるぜ!』
『口だけは達者みたいだな!』
『言わせてやれよ、そのくらいしか勝てないんだろ』
『王国の女の子可愛いなあ!』
罵詈雑言から、中にはハティナやミリアに色目を使うような歓声も混ざっている。
帝国民かな?
ミリアはともかく、僕の前でハティナに色目を使うとはね。
……この国、いつか滅ぼそう。
僕は一人そんなことを決意してから、戦いに注視する。
審判役だろう、壮年の帝国魔導師が試合の開始を宣言しようとするのをミリアが遮る。
「しばしお待ちくださいな。私たち、そろそろお祈りの時間ですので」
そんなことを言って、ミリア以下、五名の選手たちが同時に跪く。
そうして、ミリアが大声で叫ぶ。
「ご主人様! 魔王様! 世に遍く全ての魔導を束ねし御方よ! 迷える仔羊に救済を! 弱き魂に福音を! 身も心も魂も! 御身に全てを捧げます!」
そうして、ミリアは天に手を掲げた。
その姿は、さながら神々から神託を授かる巫女姫のようだ。
観客席に座る多くの男性諸氏は何やら見惚れるように惚けている。
その中で僕だけは心臓にキリキリとした痛みを感じていた。
……いや、やるだろうなとは思っていた。
それに、このオーバーなアクションで魔王の存在を帝国民や他国の選抜、そして各国から来ている貴族たちや見物人に印象付けること自体は、これからの計画に必要なことでもある。
……だが。
だがしかし。
やはり基本的には小市民の一人である僕個人としては、アレルギー反応のようなものを禁じ得ないのだ。
しかし、モノロイとミキュロスはまだしも、カーメルとハティナも同じポーズを取っている。
いや、こうなると学内大会で僕と友達になる予定だったのに、ミリアにバカでかい氷塊をぶつけられて圧殺されたベネシー君の脱落が本当に悔やまれる。
「なんでカーメルとハティナまで……」
僕の呟きに、イズリーが答えた。
「カーメルくんはね、最初はいやがってたんだよねえ。ハティナはね、シャルルが大好きでしょ? だからね、すぐに『……やる』って言ってたのね? でもでもカーメルくんはいやがってたの」
「そ……そうなんだ。……じゃ、彼は何で今やってるんだ……」
イズリーの、双子ならではの無駄にハイクオリティーなハティナのモノマネは置いといて、そこだけは疑問である。
「あのね? ミリアちゃんがね? あたしの言うことなら、カーメルくん聞くからね、お願いしてって言われたの」
イズリーがその疑問に答えてくれた。
そうだよなあ。
イズリーは悪魔的な可愛さを誇っている。
そんな彼女にお願いされたとあっては、男ならば断るのは難しいだろうなあ。
そんなことを考えていた僕に、ニコがしれっと補足した。
「イズリーさまのお願いはとても可愛らしかったですね。アレならきちんとカーメルさんに伝わるでしょうから」
……アレとは。
何か含みのあるニコの言葉に僕に一抹の不安が過ぎる。
「でしょでしょ? あたし、ちゃんとカーメルくんに言ったんだよ! やらないとぶっ殺すよ? って。あと、また足のところ逆に曲げるよ? って!」
「イズリーさまは、腕も逆に曲げるよ? ともおっしゃっていらっしゃいました!」
「あ! そーだった! にしし、忘れてたよ。ニコちゃんは賢いねえ」
「わたくし、素晴らしいなあと思いました!」
「にしし」
脅しじゃねーか!
それはお願いじゃない!
脅しだ!
脅迫と言うんだ!
「ええ。イズリーさまはとても丁寧にお願いなされていて、わたくし、とても偉いなあと感服しておりました」
「にしし、でしょでしょ? ちゃんと……ま、まんぷく? ……したでしょ? あたしだって、ちゃんとお願いできるんだから!」
「ええ! わたくし、とーっても、『まんぷく』いたしました!」
「にしし、そう言われると照れちゃうねえ」
イズリーよ……。
何で君のお願いでニコがお腹いっぱいになるんだよ。
しかし、ニコの甘やかしは度が過ぎるように思うが……。
そう思ったが、僕はイズリーの満面の笑みの前に抗う術を失った。
……まあいいか。
可愛いは正義だ。
ミリアたちは祈りを終えて立ち上がった。
「お待たせいたしました。では。始めましょうか」
それを見て、若干顔を
「初戦ですから、私とハティナさんで殺りますわ。モノロイさん、ミキュロス殿下、それからカーメルさんはその辺で遊んでいて下さいまし。では、筆頭からどうぞ」
ミリアがそう呟く。
筆頭?
筆頭って?
なんの?
その謎は、すぐに解けた。
「……
彼女の謎の名乗りに、僕の頭はフリーズした。
「
ミリアがそれに続いた。
コロシアムの観客席と皇国の選手たちは当然ぽかんとしている。
そして次の瞬間、ミリアが超速の詠唱によって作り出した氷の呪縛が皇国の魔導師たちを襲った。
ある者は肩から下を氷漬けにされ、勘の良い魔導師でも片足を凍らされている。
そうして、恐慌状態に陥った皇国魔導師たちを更なる地獄に突き落とすように、彼らの目の前にハティナの『廻し』によって本来の威力を超越した巨大な魔法が出現する。
風系統、最上級魔法。
トークディア家に伝わる秘中の秘技。
僕の師であり、双子の祖父。
王国筆頭魔導師、アンガドルフ・トークディアの名を冠する、彼の編み出した最強の風魔法。
グリムリープにとっての
出現した竜巻は砂埃を舞い上げ、その中心からは
「な、な、な、何て……規模なの?」
皇国選抜の大将であるフラップ・デリーシアさんは片足を氷で地面に束縛された状態で既に涙を流している。
苦しむ哀れな仔羊に、神々が死の救済を与えるように、ゆっくりと巨大な竜巻が彼女たち全員を飲み込んだ。
そして、まるで台風が過ぎ去った後のような凪が訪れると、そこには方々に散らばって亡骸のようにピクリとも動かない、皇国魔導師たちの哀れな姿があった。
「ハティナさん、もう少しお上品にできませんの?」
「……少しやりすぎた。……こんなに弱いとは思わなかった」
そこには、慈悲も容赦も情けも持たない救済の女神たちがいた。
そして、ハティナの生み出した、そよ風ひとつ無い凪を切り裂かんばかりに、コロシアムは歓声に揺れた。
「ぐ、ぐうう……」
首飾りを赤く光らせたフラップが、ミリアとハティナの前に伏して呻き声を上げた。
「あらあら、まあまあ、ハティナさん? こんなところに、皇国の魔導師さまが転がってますわよ?」
「……どこ? ……ミリア……わたしには地を這う虫ケラしか目に入ってこない」
「あらあら、まあまあ、ハティナさんは相変わらず毒舌ですこと」
「……ミリアは優しすぎる……こと戦闘で……魔法も使わず地に這いつくばる? ……王国の魔導師なら……五歳の子供でももう少しマシな戦いを演じる」
「あらあら、確かに、言われてみればそうですわね? ですが、皇国の魔導師は一流と言えどその程度なのでしょう。それだけのお話ですわ」
ミリアが凄惨に笑い、ハティナは無表情のまま、皇国の魔導師のフラップさんを一瞥する。
フラップさんは人目を憚かることなく涙を流している。
彼女の魔導師としての誇りと名誉は、完全に打ち砕かれた。
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