第72話 魔導戦

 結果から言って、王国選抜の騎士戦は惨敗だった。


 演武祭の騎士戦は総当たり戦だったわけだが、帝国、ドワーフ国、エルフ国、獣人国、さらには皇国にまで敗れ去り全敗を喫した。


 さすがに、演武祭で全敗というのはなかなか無いらしく、帝国民にはもちろん、各国の選抜選手達にまで嘲笑われるような有様だった。


「……すまない。我らが不甲斐ないばかりに……」


 宿舎のロビーで定例のミーティングの際に、ラファが武官学園を代表して頭を下げた。


 しかし、僕にとっては都合が良い。


 武官学園の学生にもプライドはあるだろうが、それはあっさりと打ち砕かれたわけだ。


 これなら、武官学園側の劣等感につけ込んで、こちらが上から主導権を握れる。


「あらあら、まあまあ、武官学園の学生は精鋭揃いと聞いていましたが、やられてしまうとは情け無いですわね?」


 RPGで全滅した勇者に声を掛ける王様のようなことをミリアが言う。


「……もともと全く期待していない。……つまり、何の問題もない」


 ハティナがさらに傷口に塩を塗った。


「なんで勝てないんだろねえ。ぶっ飛ばしてぶっ殺せばいいだけなのにねえ」


 イズリーの全く悪意のない、それでいて、ガッツリと心に響く無邪気な皮肉が追い討ちをかけたことで、武官学園の学生たちはゲンナリと項垂れいる。彼女自身に邪気が無いだけに、余計に心に来るものがあるだろう。


 僕は少しだけ彼らが可哀想に見えた。


「済んだことは仕方がない。しかしながら、魔導師戦に出るみんなにはプレッシャーになってしまうかな?」


 アスラが言う。


 ……流石だ。

 この言葉はとても巧いやり口だ。


 アスラの台詞には、『不可抗力ではありますが、あなた達の所為で我々が普段のポテンシャルを発揮出来ないかもしれないけど、どうすんの?』という意味が含まれているからだ。

 

「……面目ない」


 ラファが再び頭を下げる。


「ひひひ、見なさいよ、ミキュロス。将来の聖騎士候補が、頭下げてるわよ?」


 メリーシアが珍しく口を開いたと思えば、やっぱり毒毒しいセリフだった。


 しかし、メリーシアは完全にミキュロスを格下に見ているな。


 名家とは言い難い貴族生まれの十歳の魔術師が、国の王子を呼び捨てている。


 この絵面は少しだけ面白い。


「まあ、負けてしまったのは仕方ないですかな。少なくとも、団体戦に関しては優勝間違いなしでしょうかな。何しろ、こちらにはボスがおられるわけですかな」


 ミキュロスが僕に水を向けたタイミングで、僕は口を開く。


「ラファさんが謝ることじゃないですよ。ミキュロスの言う通り、魔導師戦と団体戦で勝てば良い話です」


 メリーシアではないが、この言葉は毒だ。


 後々、効いてくる毒。


 もし、魔導師戦で優勝すれば、全敗した騎士見習い達がどう感じるか。


 少なくとも、劣等感は数倍に高まるだろう。


 その劣等感を手綱にして、僕が彼らを操れるようになる。


 いじめられっ子が何故、いじめられるのか。

 それは即ち、劣等感だ。

 いじめっ子に対する劣等感。

 それが、反抗する勇気を砕き、一見楽な選択に見える服従を選ばせる。


 戦っても勝てないなら、人間は服従する。

 それは人間の本能というより、人間の本性だ。


 劣等感は、人を操る一番の毒。


 僕はそう認識していた。


「少なくとも、魔導師戦と団体戦で優勝すれば、この全敗は帳消しどころかお釣りが来るでしょう。同じチームのよしみです、僕たちが尻を拭いますよ」


 都合の良いことに、武官学園選抜には騎士の名門家系の出の者ばかり。


 ここで、この騎士達を救うこと。


 そうして、騎士の名門家系の連中に恩を売ること。


 それは後に王国を乗っ取る際に使えるカードが増えることを意味する。


「アスラ委員長、後はお願いします。イズリー、ハティナ、部屋で廻しの練習をしよう」


「ご主人様! 私もお手伝いいたします!」


 僕と双子に続いて、ミリアも席を立った。


「待つんだ! シャルル! ミリアさんと同室など言語道断! 僕にも教えたまえ!」


「ウォシュレットに教えるなら、私にも教えてよ。四則法? だったかしら? ひひひ、私も興味あるのよね」


「む、シャルル殿! 我もご指導お願いしたい!」


 ウォシュレット君とメリーシア、そしてモノロイも席を立った。


「良いけど、一日じゃ基本も身につかないと思うよ?」


「ふん! 僕を誰だと思っている? 僕はウォシュレト・シャワーガイン! 学園きっての──」


「ではミキュロス、後は任せた」


「は! ボス、お任せあれ!」


 そうして、アスラとミキュロスに後を任せて僕らは部屋に向かって行った。


 カーメルは居眠りしていたようだが、マイペースな彼らしい。


 

 翌日、ついに魔導師戦が開催された。


 まるで前世のサッカースタジアムのようなコロシアム中央に広がる戦場。そこから一番距離が近い席に出場選手が座る場所がある。


 僕は団体戦に出るので、王国選抜の指定席でイズリーの隣に座って応援だ。


 ライカとニコも一緒で、ライカは僕の真後ろで護衛のように立ち、ニコはイズリーの側でお菓子とお茶の準備をしている。


 ……目が見えないのに器用すぎるだろ。



 対戦相手国は皇国。


 正式名称はラーズマグノリア教皇国。


 大陸の北端にある国で、王国の北側に面する帝国のさらに北に位置する。


 女神信仰の総本山であり、いわゆる教会が実権を握る宗教国だ。


 世界各地に存在する女神信仰の教会からなる情報網と大量の布施による稼ぎが、同時にこの国の武力でもある。


 魔法発祥の地とされるが、それを証明する確かな資料はすでに失われており、神話のような形でのみ、その話が語り継がれている。


 北方諸国の中でも南方から最も遠い国だけあって、南方のことなど意に介さない立ち回りが特徴的らしい。


 魔導師戦は五人対五人の魔法戦で、王国側のメンバーはミリア、ハティナ、ミキュロス、カーメル、モノロイだ。


 王国選抜と皇国選抜が戦場に一列に並んで向かい合っている。


 皆が揃って同じ魔道具の首輪と指輪をつけている。


 ダメージを肩代わりしてくれるその魔道具だが、一定量のダメージを負えば首輪の宝石が赤く光る。


 そうなった時点でその選手はリタイアだ。


 ダメージ自体は相変わらず首輪が肩代わりしてくれるが、スキルも魔法も封じられるために戦闘への参加は出来なくなる。



 皇国選抜のリーダー格らしき女性が列から一歩前に出て言う。


「おやおやおや? 絶賛、全敗中の王国選抜さん、逃げなかったんですか? てっきり、シッポ丸めて王国に帰っちゃうと思いましたよ?」


 それに対して、真ん中に立ったミリアが首を傾げた。


「あらあら、まあまあ、随分とお行儀が悪い方ですわね? 皇国民はやはり民度が低いですわ。まさか。まさかまさか、騎士戦の結果でコチラの力を判断しておいでで? ふふっ。これはこれは、馬鹿も白痴もここまで行くといっそ清々しい。王国は魔導で興したお国ですわよ? つまり、騎士戦などは元々、オマケの様なもの。魚を陸地に上げて優越感に浸るなんて、……ふふっ」


 次いでハティナが言う。


「……ミリア……馬鹿に皮肉が通じたためしはない」


「あらあら、私ったら、ついつい無駄なことを。こんな低脳な方々に高尚な皮肉など、意味がまるでありませんのに……ふふっ」


 皇国の代表は怒りに顔を赤くしている。


「……言ってくれるじゃ無いですか? あなた方だって、わたしたち皇国の魔法は見たことがないでしょうに?」


 それに対して、意外にもミキュロスが答えた。


「皇国選抜魔導戦大将。フラップ・デリーシア、得意系統は雷系統、最も強力な魔法は雷系皇国魔法の伊那妻サンダー。身長152センチ、体重41キロ、スリーサイズは上から62、51、74。好きな食べ物は芋。嫌いなものは動物全般、しかし自室には大量のぬいぐるみを隠しており、可愛いものには目がない。風呂で身体を洗う際は右足から。寝起きは寝癖が酷いので毎朝ブラッシングが欠かせない……。確かに、お言葉の通り、こちらはこの程度しか貴殿の情報は持ち合わせておりませんかな」


 ……ミキュロス君。

 それはもう、完全に丸裸じゃないかなあ。

 と言うより、犯罪じゃないかなあ。


 風呂でどこから洗うかなんて、自分のだってよく覚えていないんだが……。



 というか、風呂を覗いたのかい?

 ……なぜ。

 ……なぜだい?



 なぜ、僕を呼ばない?

 それだけは解せぬぞ!

 次からはちゃんと僕も誘うように言わないとな!

 いや、別に女の子の裸はどうでもいいんだ。

 だがしかし、対戦相手の情報は重要だろう?

 そうだよな?


 ……僕は何かに一人納得した。


 皇国選抜代表のフラップさんは赤くしていた顔を今度は青くしていた。


「おお。なんだかいろんな色になる顔だねえ。モノロイくんもね、あたしが首絞めると最初は赤くなってね、そんで今度は青くなるの。それからね、えとね、白くなってぐったりするんだよ。あの人、モノロイくんみたいだねえ」


 隣でイズリーが恐ろしいことを口にした。


 ……青くなった時点でヤバいし、白くなった段階は既にアウトだと思うんだが。


 薄々、気付いてはいたが、モノロイも苦労しているんだなあ。


 モノロイがどこか違う世界の神に転生を打診される前に、イズリーには加減を教えておかないとなあ。


 僕は王国と皇国の舌戦を前に、そんなことを思った。

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