第71話 魔王の謀略

 翌朝。


 アスラが僕とライカを帝都の教会に連れて行ってくれた。


 ライカに託宣の儀を受けさせるためだ。


 神官にはアカシア討伐で得た金貨を、布施としてたんまり与えた。


 結果として、ライカのジョブはやはり特別な物だった。


 戦士系統のジョブは本来三つ。


 耐久性に特化した重戦士、機動性に特化した軽戦士、攻撃性に特化した狂戦士。


 ライカのジョブは、そのどれにも属さない、『戦鬼』というものだった。


「ま……まさか、シャルル君の魔王に、ギレンの勇者、ライカさんの戦鬼だなんて。この時代にこれだけ特別なジョブが集まるのは……しかも、その全員がほぼ同世代だなんて……」


 おかしい。


 アスラはそう言いたげだ。


 僕はその理由を知っている。


 『神』が集めたのだ。


 もしかしたら、ギレンもライカも転生者かもしれないし、違うかもしれない。


 とにかく、僕たち三人は『神』によって人類の為にもたらされた、救いなのだ。


 そして、僕との会話を基に神が救いを齎したとすれば、あと1人、神官系の特別なジョブを持つ者がいるはず。


 残る一人を見つけ出し、とっとと南方を解放する。


 邪魔をするならば、そのことごとくを滅ぼす。


 実にシンプルだ。


 だが、僕にはそのくらいで丁度いい。


 教会を後にして、ライカを宿舎に連れて帰った後、僕はアスラを呼び出してバルと呼ばれる酒場と喫茶店が一緒になったような店に来ていた。

 

「アスラ委員長。僕たちの特別なジョブですが、大陸の南方を解放するために集められたのだと。僕はそう解釈しています。日々、魔物はその領域を拡げ、北方にも多くの魔物が大河を渡って進攻して来ている。北方に特別なジョブが集まりつつあるこのタイミングでしか、南方の解放は難しいかと」


「……確かに、それはそうだ。しかし、特別なジョブにどんな特性があるのか……そういえば、シャルル君、魔王のジョブの謎が解けたとか言ってなかったかい?」


 アスラは、あっと気付いたような声を上げて僕に問うた。


「ええ。確信に変わったのは、ライカのジョブを見た瞬間ですし、状況証拠でしかありませんがね。……まず間違いないかと」


「一体、魔王のジョブとはなんなんだ? 魔術師や魔戦士のような、通常のジョブとは何が違う?」


「魔王のジョブはステータスに関して言えば、魔導師に近いものがあるかと。僕の熟練度は魔術師程の拡がりもなく、魔戦士程の威力向上もありませんから」


「……なら、魔導師とは何が違うんだい?」


「昨日、サソリの魔物を倒した時、何か違和感を感じませんでしたか?」


「……ハティナさんの魔法か」


「はい。ハティナの最初の風塵剣舞スーパーセルは通用せず、二度目の風塵剣舞スーパーセルは一撃で魔物を倒した」


「『廻し』とやらのおかげなのでは?」


「いえ、ミリアの廻しは完璧です。一度目のミリアを経由した廻しなら、アングレイを倒せていておかしくない」


「確かに、二度目は魔物による魔力抵抗を無視したようなダメージの通り方だったが……」


「ええ。それもイズリーや委員長も同時に、です」


「そうか。そう言えばライカさんも、一撃で……」


「ええ。それが、答えかと」


「……魔物に防御を許さない攻撃か」


「魔王、そして戦鬼、おそらく勇者もですが、魔物から魔力妨害を受けない特性を持っています。言うならば、魔物特効。とでも言いますか」


 アスラは何かに納得するようにしきりに頷いた。


「確かに、魔物の駆逐が遅々として進まないのは、魔物の持つ魔力妨害が原因だ。魔導師の魔法が通じず、一体の大型の魔物を倒すのに、多くのコストが必要になる」


「僕のように特別なジョブを持つ者たちがパーティーを組んで、南方に乗り込めば……」


「確かに、南方に巣食う魔王討伐の鍵になるかも知れない」


「……ですが、勇者は帝国の皇太子です」


「これは……難しいだろうな。皇太子をパーティーに加えるなどと、帝国が許すわけがない。そればかりか、特別なジョブの秘密が割れれば、帝国は自国へ取り込もうとするはずだ」


「そうです。ですから、僕が南方の解放をしている間、帝国に大人しくしておいてもらう必要がある。幸い、四則法の『通し』を使えば、特別なジョブを持たなくても魔物への特効を付与できることがわかりました」


「だからこそ、魔王というジョブの悪名……いや、失礼。その武威を利用するわけだな?」


「ええ。理由はわかりませんが、何故か魔王のジョブだけは元より知られていた。特別なジョブの中で優位性があるとすれば、この悪名。現在進行形で、大陸の半分に災禍を撒き散らし続けている。とどのつまりは、実績がある」


「演武祭で君が何を狙っているかはおおよそ理解した。この演武祭で、二代目魔王も脅威であると、世界にアピールするわけか。では、王国に帰ってから後は?」


「王国は僕が牛耳ります」


「まるで軽いことのように言うが……」


「大陸の半分に比べれば、楽なもんでしょう?」


「策はあるのかい?」


「魔導四家の協力が必要です」


「だから、私か」


「ええ。もちろん、報酬は用意しますよ」


「……一応、聞いておこうか?」


「筆頭魔導師の座で、いかがです?」


「君を差し置いて、筆頭魔導師か?」


「僕にとっては枷でしかありませんが、欲しいでしょう? 特に、レディレッドなら」


「ふ……魔導の才だけでなく、腹芸までできるとはね」


「その代わり、レディレッドもリーズヘヴン王家も、いや、他の四家全て、僕の傀儡になっていただきます」


「まさに……魔王の所業というわけか」


「ええ。僕らしいでしょう?」


「それで、君は何を欲する? 南方の解放も、リーズヘヴン王国の乗っ取りも、君にとっては通過点のような気がしてならない。本当の目的はなんだ?」


「本当の目的ですか。……ふふ。流石ですね。いいでしょう、教えますよ。僕の本当の目的は──」


 そこまで言って、僕は目を閉じて胸を張る。


「──キスです!」


「……はぁ?」


 アスラは心底呆れたような、驚いたような、不思議な表情をする。


「ですから、キスです」


「……きす」


「チューですよ」


「……いや、それはわかるんだが……」


「南方を解放して、ハティナとキスをします。そして、ハティナとイズリーをお嫁さんにする。そうして、人並みに幸せになる。それこそ、今代の魔王の大いなる望みです!」


「……ハティナさんとイズリーさんを……」


「我らが祖父たるモルドレイに妻が四人いるように、貴族が複数の婚姻を結ぶのは普通ですよね?」


「……普通……だが……いや……それ自体は普通のことだが」


「なら、問題なしです」


「……からかっているようには見えないが?」


「本気ですから」


「キスのために、三百年続く国一つ乗っ取ると?」


「ええ」


「キスのためだけに、五百年続く災禍を止めると?」


「ええ」


「キスのため、そのためだけに、世界の半分を手中に収めると?」


「ええ。何か問題ありますか?」


「いや……はぁ。……やれやれ」


「どうしました?」


「好きな女の子とのキスのために乗っ取られる我が祖国を憂いただけさ……」


「では、この取引ディール、乗ってもらえますね?」


「……ああ。良いだろう。レディレッド家次期当主として、約束しよう」


「良い判断です。流石に聡明ですね」


「しかし……キスくらいいつでも出来るだろう?」


「いいえ、僕は決めたんです。ハティナに世界の半分をプレゼントして、キスをすると。彼女とのキスにはそれくらいの価値があると!」


「……控えめに言って……狂っているな」


「そうですかね? ハティナは天使ですから、もしかしたら足りないかも知れないですよ? その時は、大陸の北半分も手に入れるだけですけどね」


「……よく言うよ。しかし、爺上様と我が父であるセルゲイはどう説得する? 爺上様も父上様もまだ健在だ。私が家督を継ぐのは、だいぶ先になるが」


「ま、なるようになりますよ。それに、モルドレイも伯父上も、説得する必要なんかないんです」


「何か策があると?」


「はい。まだ言えませんけど」


「……まあ、それなら君に任せるよ」


「ええ。任されました。次期筆頭魔導師殿」


 僕はそう言って、舌を出して笑った。


 アスラは、「やれやれ」なんて言いながら眉間を押さえていた。



 その後、宿舎で再びライカと合流し、そのままの足で帝都のコロシアムへ向かった。


 練兵館の何倍もの規模のその建造物は、王国にそびえる王城なんかよりもよほど金がかかっているように見える。


 帝国と王国の国力の差を、まざまざと見せつけられているようだ。


 今日から演武祭の初戦が始まる。

 まずは騎士戦からで、僕とライカとアスラがコロシアムに着く頃には、すでに王国の騎士選抜がドワーフ国の騎士選抜と試合を行なっていた。


 騎士戦は五人対五人で乱戦を行うようだ。

 魔導師戦も同じような形式らしく、ミリアとハティナのコンビが少しだけ心配だ。


 騎士の戦い方は剣や盾、弓や斧なんかで戦うだけに、魔法戦とは違った豪快さがある。


 円形の観客席の中央にある戦場で、王国騎士の一人が倒された。


 彼らもアスラとの戦いで使った魔道具を身につけているらしく、次々に王国騎士見習いたちは首輪の宝石を赤く染めてリタイアしていく。


 ドワーフは屈強な体格であるものの、皆揃って背が低い。


 そのずんぐりとした体格で、王国選抜の選手たちをバッタバッタと薙ぎ倒す様は、観客達に一種のカタルシスをもたらしている。


 王国選抜は、最後に残った選手もドワーフの屈強な重戦士に押しつぶされたことで、あっさりとドワーフ国に破れ去った。

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