第69話 廃村の戦い

 イズリー、ハティナ、アスラの魔法がサソリに向かう。


 しかし、アングレイの硬い外皮に阻まれてなかなかダメージを与えられない。


「あれれー? ぜんぜん効かないよー?」


 イズリーが音を上げる。


 サソリはキシキシと音を立てながら影と氷の束縛から逃れようとしている。


「ミリア、通しでハティナの魔力を廻せ! 爺さんみたいに身体で覚えさせるのが一番早い!」


「御意! ハティナさん、不本意ながらご主人様の命ですから、私が手取りナニとり教えて差し上げますわ!」


 そう言って、ミリアはとーっても嫌そうな顔をしているハティナに触れて、彼女の魔力を廻し始めた。


「ハティナさん! 今です!」


「……!」


 ハティナの風塵剣舞スーパーセルがサソリに向かって放たれた。


 通常の数倍の大きさの竜巻が、サソリの魔物に直撃する。


 しかし、その硬い甲殻にヒビを入れただけでアングレイを倒すには至らない。


 そこで、僕の頭に一つの疑問がよぎる。


 あの規模の魔法が通用しないわけがない。


 なぜなら、アングレイは傭兵ギルドの定める等級で言えばギガントマンイーターより下なのだ。


 ギガントマンイーターと初めて街道で戦った時、僕の廻し無しの魔法が確かにダメージを与えていた。


 あの時に使った魔法は確か熱 界 雷ファラレヴィンだったが、ハティナの風塵剣舞スーパーセルの方が十倍は威力が高いだろう。


 そして頭の中で何かが繋がる。


 そう。

 確かに、魔物はそれぞれ魔力抵抗を持っている。

 魔物はそうやって、魔法による攻撃から身を守る。


 だが、修行中に狩った魔物もそうだったけれど、僕の魔法が魔物の魔力抵抗を受けて、ダメージが軽減したことはない。


 つまり、僕は魔物の魔力抵抗を無視できるのだ。


 でなければ、僕の操 影シルエット界雷噬嗑ターミガンが、目の前のサソリの魔物よりも等級の高いギガントマンイーターを一撃で倒すことなど出来ないはずなのだ。


 理由は定かではない。


 が、心当たりはある。


「ライカ! 攻撃しろ!」


 僕がそう言うと、待ってましたとばかりにライカが曲剣を抜いてサソリに斬りかかる。


「は! お任せあれ!」


 彼女は自然な動作で『きば』と名付けた自分の曲剣に魔力を通して斬りかかる。


 魔力抵抗を持つ魔物なら、魔力の通った武器では切れないはずだ。


 本来であれば。


 しかし、スパッと痛快な音を残して、アングレイは真っ二つに割れた。


 おおよそ、魔力抵抗などというものを許さず、ライカは一閃のうちに巨大なサソリを葬った。


「おー! ライカちゃん! すごいねえ!」

 

 イズリーがピョンピョンとはしゃぎ、アスラはホッとした表情を見せる。


 サソリを討ち漏らしたハティナはその顔に悔しさを滲ませていた。


「主様! ご命令を遂行いたしました!」


 そう言って、僕は駆け寄ってきて跪いたライカの頭を撫でる。


 モフモフとした犬耳が気持ちいい。


「……ひゃうぅ」


 ライカは気の抜けるような声を出して、頬を赤らめている。


 何やら獣人の間では、頭を撫でて耳を触る行為は特別な意味があるらしく、ライカとニコは僕の頼みを聞いた時なんかに、何かにつけて頭を撫でるように求めてくるのだ。


 しかし、ハティナの強烈な風塵剣舞スーパーセルは通じず、ライカの何でもない斬撃が通じた。


 この事実から、僕は一つの仮説を立てる。


 その時、ニコが静かに弓を構えた。


「主さま、新手です」


 三体のサソリが、僕たちを囲むように砂中から現れた。


 この仮説を確信に変える、絶好のタイミングだ。


 僕はもう一度、影縫スティッチを唱える。


 今度の出力は最低限だ。


 影縫スティッチで作り出した影の紐を、ハティナ、イズリー、アスラの足首に巻き付けた。


 彼らを拘束するためではなく、三人同時に僕の魔力を通すためだ。


「僕が魔力を廻す! 準備出来たら、そのまま魔法を撃て!」


 僕の補助を受けてハティナが早速、体内魔力をガンガン廻した。

 やはり、ハティナのセンスは頭抜けている。


 すでに、廻しをモノにし始めている。


 そればかりか、馬車で四則法を教えていて気付いたのだが、ハティナとイズリーは念しに関しては本能的に使っていたらしい。


 カーメルの絶影拳シャドウを見切ったイズリー、姿を隠したクリスさんを難なく見つけたハティナ。


 双子はすでに、四則法最難関のひとつを僕の目の前で使っていたのだ。



 僕と二人で体内魔力を廻したハティナは、もう一度、風塵剣舞スーパーセルを起動した。


 さっきの規模を遥かに超える竜巻が、新手のアングレイに当たる。


 すると、今度は魔力抵抗など全く感じさせないくらいに、あっさりとアングレイは風の刃に切り刻まれて姿を消した。


 イズリーも得意の法衣の纏雷ニューロクロスを起動した上で両腕のポチとタマに魔力を通してアングレイを殴り付け、サソリの甲殻をかち割って倒した。


 アスラは、双子ほどには廻しが充分に出来なかったが、それでも火雨 スパークでアングレイを燃やし尽くすことに成功する。


「……これが廻し。……わかった」


「きゃっほー! ぶっ殺したー!」


「ま……まさか、この歳でアングレイを討伐することになるなんて……」


 三者三様のリアクションだが、僕たちは計四体のアングレイの討伐に成功した。


 ニコの感知にも、もう引っかかるアングレイはいない。


 そんなことを思っていると、ニコがまた、彼女の背丈には大きすぎる弓を構えた。


「主さま、そろそろネズミを退治しますか。帝都からずっと、わたくし達を追ってきていました」


 そう言って、廃墟のひとつに向けて矢を放つ。


 その矢は真っ直ぐに廃墟の壁に突き刺さり、ガラガラとその壁が崩れた。


「あっ……」


 隠れていた壁が突如崩れ去り、そこから出てきたのは気まずそうな顔をしたウォシュレット君だった。


「ウォシュレット君じゃん……。何してんの? そんなとこで……」


「あ、あ、……あ! ウォシュレットじゃあない! 僕の名前は──」


 ウォシュレット君は一瞬だけ慌てた素振りを見せて、すぐに何やら喚き始めた。


「ウォシュレト君? なぜこんなところに?」


 喚き散らすウォシュレット君に、改めてアスラが問う。


「ミリアさんがシャルルに連れ去られたと聞いてね。心配になってついてきた!」


 ……ストーカーじゃねーか。


「このお方、主さまとアスラ様の決闘の時からいました」


 ニコがしれっと言う。


 知ってたんなら教えて欲しかったなあ。

 いや、興味ないから別に教えなくていいか。


 しかし、よく馬車相手についてこれたな。


 それはともかく、僕はウォシュレット君は無視して、アスラに聞いた。


「委員長。ライカのジョブを鑑定したいのですが、帝都に戻ればできますかね?」


「ジョブ鑑定かい? どうだろう。確かに帝都にも教会はある。布施をはずめば、鑑定は出来るだろうが……」


 必要なのか?


 と言いたげな表情をアスラは浮かべた。


「魔王のジョブ。その謎が、解けたかもしれません。ライカのジョブを鑑定すれば、それが確信に変わるはずです」


 そうして、僕たちは再び帝都に戻った。


 何故か帰りはウォシュレット君もしれっと馬車に乗ってきて、道すがらずっと僕に自己紹介をしてきた。


「いいか? シャルル。もう一度言うぞ、僕の、名前は、ウォシュレト・シャワーガインだ」


「……はあ。知ってますよ」


「いや、違う。そうじゃあない。間違って覚えているんだ。君は僕をウォシュレットと呼ぶ」


「……ええ。だってウォシュレットじゃないですか? シャワーガインと呼んだ方が良いですか?」


「違う。そうじゃない。僕の名前は、ウォシュレト・シャワーガインなんだ。ウォシュレットじゃあない」


「どゆことー? ウォシュレットくんはウォシュレットくんじゃんね?」


「イズリーさん。違うんだ。僕の名前は──」


「……イズリーは黙ってた方が良い」


「はわわ、ニコちゃん! ニコちゃん!」


「はい。イズリーさま。こちらで、わたくしとサイコロで遊びましょうか」


「う、うん! よーし! 次は勝つぞー!」


「あらあら、まあまあ、ウォシュレットは不心得者ですわね。ご主人様がウォシュレットとお呼びであれば、貴方の名前はウォシュレットと。下痢便クソ野郎とお呼びであれば、下痢便クソ野郎と改名なさるべきですわ」


「そ、そんな! ミリアさん……」


「主様! 私めの馬車捌きはいかがですか?」


「とっても快適だよ、ライカ。ありがとうな」


「……ひゃうぅ」


「シャルル! 呑気に奴隷の頭を撫でてるんじゃあない! 僕の名前は──」


「ウォシュレット・ケツシャワーですわよね?」


「み、ミリアさん……?」 


「おい、ケツシャワー。私は主様の下僕ではあるが、御身に奴隷呼ばわりされる筋合いはない。口を慎めよ? この痴れ者めが……」


「き……君、僕にだけ当たりが強くないか? それに僕はケツシャワーではない! 僕の名前はウォシュ──」


「ライカ、怒ったら美人が台無しだぜ? 撫でてやるからさ」


「……ひゃうぅ。主様ぁ……」


「やれやれ……私は少し休ませてもらうよ。帝都が近くなったら起こしてくれたまえ」


「承知しました。委員長。僕も少し寝ようかなあ」


「僕も少し寝ようかなあ。じゃあない! 君はまず、僕の名前を覚え──」


「……うるさい」


「あ、はい。もうウォシュレットで大丈夫です。はい。すみませんでした」


「はわわ、ニコちゃん? ニコちゃん!」


「イズリーさま、ご安心ください。イズリーさまは、わたくしめがお守りいたします。さ、イズリーさまの番ですよ?」


「う、うん。そーだった! あたしの番だった! あたし、ちゃんと安心する!」



 僕たちが帝都につく頃、すでに日は暮れていた。

 

 


 

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