第68話 魔法の練習

 僕は全てのスキルを解除して、ソフィーを腰にさし、アスラのワンドを拾って彼に返した。


「一体……この一か月、私たちと逸れてから何があったんだい?」


 アスラは未だに目の前の出来事を信じられないといった様子で、僕に言った。


「樹海で仙人みたいな爺さんに弟子入りしたり、盗賊捕まえたり、奴隷買ったりしてただけですよ」


 僕はイズリーの隣で笑顔を見せているニコを見て言う。


「……君には、驚かされてばかりだよ」


 アスラはそう言って、僕から自分のワンドと演武祭で使う魔道具を受け取った。


「……シャルル、どうやったの」


 ハティナがジッと僕の目を見て問う。


「どうやったって?」


「……あれは界雷噬嗑ターミガンが本来出せる威力じゃなかった。……それに、エルフの技を使っていた」


 彼女にはお見通しだったらしい。


 双子のイズリーはポカンとしているが。


「ああ、あれは──」


 そうして、僕はアスラと双子に四則法について話した。


 イズリーはやっぱりポカンとしていたが、ハティナとアスラはしきりに頷いていた。


 演舞祭は最初に騎士戦を行い、次に魔導師戦、最後に僕が出場する団体戦だ。


 それまで、僕は時間の許す限りハティナたちに四則法を教えることになった。


 僕とミリアでも、まともに使えるようになるのに一ヶ月以上かかった四則法だ。


 ハティナやアスラがいかに才能豊かといえど、演舞祭に間に合うかは怪しい。


 それでも、四則法の基礎を知っているということ、それ自体は魔導師としての底を確かに上げるだろう。


 それに、王国魔導四家の跡を継ぐだろう彼らが四則法を知り、自分たちの子供たちに伝えることは後の王国の軍事力にかなりの影響を与えるはずだ。


「あらあら、まあまあ、ハティナさんでも四則法は難しいですか。そうですわよねえ。私とご主人様は、お、な、じ、師匠の元で、お、な、じ、屋根の下で修行しましたけれど、ハティナさんはそうではありませんものねえ」


 試しに『廻し』を行ったハティナを見て、ミリアが挑発する。


 ミリアがそんなことを言ってハティナを挑発し、ハティナはむっつりと顔をしかめていた。


 イズリーはそれを見て、相変わらず「ニコちゃん! ニコちゃん!」などとあたふたしていた。


「……シャルル、原理はわかった。……おそらく、上達には魔物の討伐が一番効率的。……ついてきて」


「魔物倒すの⁉︎ あたしも行く! ニコちゃんもいくってさ! ね? ニコちゃん! 行くよね? ね?」


「はいイズリーさま。わたくしはイズリーさまにお供いたします」


「ま、待ちたまえ! 勝手なことをされては困るよ! 明日からは騎士戦が始まるんだ、派手な行動は慎んでくれたまえ!」


「……アスラ。……あなたはシャルルに負けた。……つまり……この中で一番リーダーに相応しいのはシャルル。……あなたの命令を聞く義務はない」


 ハティナはとんでもないことを言い出した。


 今、勝負に負けたばかりの男を捕まえてなんちゅー酷なことを言うんだ。


 思えば、ヘルベルト爺さんはその辺のところに理解があった。


 あんな鈍感で不真面目そうに見えて、負けた直後の僕にはミリアを近づけさせようとはしなかった。


「ぐ……。確かにそうだが、しかしだね……。そ、そうだ。元々、私はリーダーじゃない。つまり、リーダーなんてものは元々いないんだ。で、あるからして……」


「ハティナ? どゆことー?」


 全くワケの分かっていないイズリーがハティナに聞く。


「……イズリー。……わたしたちは魔物を倒してパワーアップするべき」


「うん……? うん! そーだそーだ! ぱわーあっぷするべき! ね! ニコちゃんも、そう思うよね?」


「はい。イズリーさまはとても賢いですね」


「にしし、あたし、賢い!」


 イズリーは未だによくわかっていないみたいだが、ただパワーアップという単語とニコにおだてられた事でそんなことを言う。


「ま、待ちたまえ! そうは言っても……」


「……シャルルがついていれば、何も問題はない。わたしとイズリーはシャルルと一緒に魔物を狩りに行く。……ミリアは?」


「もちろん! ご主人様が魔物狩りに行くのであれば、お供いたしますわ」


「……シャルルは行くと言っている」


 ……僕、そんなこと言ったっけ?

 

 ハティナがキッと僕を睨む。


 ……言ったな。


 確かに僕はそう言った。


 僕は一瞬で自分の記憶を改竄した。


 「……つまり、多数決では魔物狩りに行くことになる。……リーダーという存在がいない以上、この場は多数決で決めるべき。……よって、魔物狩りに行くことに決まった」


「ぐ、ぐう……。しかし……」


 アスラは完全に言い負かされて、必死に何かを考えている。


「委員長。無駄ですよ。ハティナがこうなったら、もう誰にも止められないです。確かに、四則法を会得するには、実戦が一番です。僕とミリアがいれば、北方に出てくる程度の魔物は相手になりません。諦めて行きましょう」



 ハティナの強引な提案により、僕たちは魔物狩りに出発することになった。


 アスラは渋々といった様子で、僕たちについて来た。


 僕とミリアで傭兵ギルドで手頃な魔物の出現情報を集めてから、帝都を抜け出して目的地に向かうことにした。



 帝都から歩いて半日ほどの場所にある廃村。


 馬車を使えばすぐに到着するだろう。


 どうやらそこに、アングレイという強力な魔物が出るらしい。


 ミリアが言うには、巨大なサソリの魔物らしい。


 ギルドで集めた情報を元に、売らずに取っておいた馬車に乗り込んだ。


 馬車の操縦はライカにお願いした。


 帝都への旅の途中、ライカとニコの二人にも四則法を教えてみたが、もともと魔力を多く持たない戦士タイプのライカにはよくわからないらしい。


 ただ、ライカは通しだけはマスターしていた。

 

 亜人種も含め、ほとんどの人間には魔力が通っている。


 魔法を使えるほど大量の魔力を持つ一般人は稀だが。


 そうして、ライカは廻しも放しも、当然、念しも使えないものの、自身の魔力を武器に通わせることは難なくこなしたのだ。


 一方のニコは、四則法のおおよそを自分のモノにしていた。


 才能の差なのか、あるいはニコは魔導師の才があるのかは定かではないが、ニコはニコで特別なようだった。



 砂場も難なく進む魔道具の馬車の車輪は、僕らをゆらゆら揺らしながら廃村まで向かった。


 目的の廃村は、さながらエジプトの遺跡のような有様だった。


「やっぱりスコップ買えばよかったねえ。あのお家、掘り起こせたのにねえ」


 砂にほとんど埋まった廃屋を見て、イズリーが言った。


 この娘は、あの小さなスコップで何年かけてあの廃屋を掘り起こすつもりなんだろうか。


「主さま、魔物の気配です」


 ニコがウサミミを揺らして言う。


「ニコちゃんはすごいねえ。あたし、魔物がどこにいるかなんてさっぱりわからないよ。……あの辺かなあ?」


 イズリーがそんなことを言って、なぜかあらぬ方向に石礫ストーン を放つ。


 イズリーの石礫ストーン は砂漠の砂にポスっと力なく当たる。


「あら……イズリーさん、たぶん当たりましたよ?」


 ニコの言葉と同時に、イズリーの石礫ストーン が当たった場所の砂が盛り上がって巨大なサソリが姿を表す。


「わあー! おっきいねえ! モノロイくんみたい!」


「きゃー! ご主人様! ご覧ください! アングレイですわ! なんて美しい!」


「……イズリーはいつも余計なことしかしない」


「主様! 御身はこのライカめが御守りします!」


「せ、戦闘態勢だ! シャルル君! 指示を!」


 馬車の上は大混乱に陥った。


 イズリーへの説教は後だ。


 僕は馬車から飛び降りて闇の中級魔法、影縫スティッチを起動する。


 影縫スティッチは紐状の影で相手を縛って束縛する魔法だ。


「サソリを縛る! 僕から離れろ! ライカ、馬車を隠してこい!」


 自動で起動した纏威圧制オーバーロウの範囲外に全員が散らばる。


「名残惜しいですが、私たちの練習台になっていただきましょう」


 そう言って、ミリアがサソリの足元を氷漬けにした。


 影の紐と氷で、サソリの魔物のアングレイは行動不能に陥っている。


「まずは体内で魔力を廻す。その後、その勢いのままに魔法を撃つ。影縫スティッチがどれだけ持つかわからない! 慌てる必要はないけど、急いで攻撃してくれ!」


 僕はそう言って、起動している影縫スティッチに魔力を込める。


 砂漠の真ん中で、危険な魔法練習が始まった。

 

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