第66話 答え
開会式の次の日、アスラの号令で僕たち王国選抜は宿舎のロビーに併設された酒場に集められた。
武官学園代表でミカの兄、ラファ・エルシュタット達も同席している。
みんなそれぞれ、カウンターやテーブルなんかに座って、皆の前に立ったアスラとラファの二人を見ている。
宿舎は開会式の日から王国選抜貸切になっていた。
僕たち以外の客は昨日のうちに全員宿を出たらしい。
帝国側からの配慮だろう。
スパイや刺客なんかを排除するための気配りであることは明白だ。
少なくとも、彼らは正々堂々と戦うつもりでいるらしい。
と、言うより、勇者を得た帝国からしてみれば、ほとんど確定している優勝にケチを付けられる方が嫌なのだろうと僕は読んでいる。
そして始まったアスラの講釈を、ほとんど定位置となったソファ席で、僕とイズリーはやっぱりイチャイチャしながら聞き流す。
「──では、私とラファ君で決めた、各選手の出場競技を発表する」
アスラはそう言って、ラファに一枚の紙を手渡す。
それを、武官学園の生徒らしく堂々とした姿勢でラファが読み上げた。
「では、出場競技を発表する。まずは騎士戦から──」
そうしてツラツラと読み上げたラファは、一旦咳払いしてから魔導師戦のメンバーを発表した。
「──魔導師戦は以下の五名。モノロイ・セードルフ、カーメル・ハーメルン、ミキュロス・リーズヘヴン殿下、ハティナ・トークディア、そして魔法戦の主将はミリア・ワンスブルーとする」
ハティナが不機嫌さを露わにしたのがわかった。
おおよそ、僕と同じ競技じゃなかったことと、ミリアが大将だったからだろう。
とは言え、文句を言ってヘソを曲げるような子供でもないので、アスラの人選は完璧と言える。
これがイズリーだったらと思うと、背筋が寒くなる。
「お待ち下さいまし! 魔王様一番の配下であり、天才と謳われたこの私が魔導師戦とは、一体全体どういうつもりですの? いえ、魔導師戦であるのはともかく、ご主人様と離ればなれになるなど、看過できませんわ!」
簡単にヘソを曲げる子供が、ここにもいた。
そんなミリアに対して、アスラが答える。
「ふむ、私の一存では今大会は魔導師戦と団体戦の二つの競技で優勝出来ると考えていてね。シャルル君は団体戦に必要不可欠だ。であれば、魔導師戦でチームを任せられるのは、魔王一の配下であり、シャルル君に次ぐ実力の持ち主たるミリアさんの他にいないと、そう考えたわけだが──」
「それならそうと早く言って下さいまし。魔導師戦はお任せあれ」
ミリアはあっさり丸め込まれた。
そうして、若干引き気味だったラファが団体戦のメンバーを発表する。
「で、では、次に団体戦の発表を行う。武官学園からは、ラファ・エルシュタット、ファーラン・サータラル、ラムジー・リエミール、ウーリー・ルーエン、トゥランド・アルダの五名。そして、魔導学園からはアスラ・レディレッド、シャルル・グリムリープ、イズリー・トークディア、メリーシア・マリアフープ、ウォシュレト・シャワーガインの五名。以上、十名で戦いに臨む」
騎士見習いの人たちは全員男性だ。
なんとも、むさ苦しいものである。
武官学園の学生はほぼ男性らしいので、それに比べれば魔導学園はほとんど共学だ。
なので、この時ばかりは魔法の才を与えてくれた『神』に感謝した。
そして、ラファが誰がどの出場競技に出場するかを発表し終えたのを見て、アスラが口を開く。
「よろしい。では、一旦解散としよう。シャルルくん。情報の方はどうなっている?」
情報というのは、昨日寝る前に集めた情報。
『アスラに頼まれた仕事』というのは情報収集だった。
と言っても、他国の選手全てがどの競技に出場するかを調べるのは現実的ではなかったので、強敵と目される手合いをアスラに聞いて、何人かピックアップした選手を調べた。
「書類にまとめておきました」
そう言って僕は数名の名前と出場競技が書かれた紙をアスラに渡した。
「ありがとう。素晴らしい仕事ぶりだね」
そもそも、
南方の魔王がどんなヤツだったかは知らないけれど、少なくとも他の魔導師に顎で使われたことはないんじゃないだろうか。
アスラは器がでかいな。
なんてことを、僕は考えた。
「明日から騎士戦が始まる。騎士戦終了後に魔導師戦、そして最後に合同戦だ。それまでに準備は終わらせておくように」
アスラは僕にそう言って、最後に「くれぐれも勝手な無茶はしないように」と付け足した。
アスラの中では僕はとっくに問題児なのだろう。
「そうだ。シャルル君、少し付き合ってくれないか?」
アスラがそんなことを言う。
正直、僕はこのままイズリーの隣でまったりしながら彼女とハティナとの甘いひとときを過ごしたいのだが……。
「シャルル君……。君はすぐ顔に出るね。なに、それほど時間はとらせないよ──」
「シャルル、どこか行くなら、あたしも行く!」
イズリーがアスラを遮りそう言った。
「イズリーも一緒でも?」
僕は聞いた。
「もちろん」
アスラがそう言うので、僕は彼について行くことにした。
ハティナは無言で本を閉じて、僕とイズリーの後に続く。
彼女も一緒に行くみたいだ。
「私もお供いたしますわ」
何故かミリアもついてきた。
「あ……。に、ニコちゃんも呼ぼう」
イズリーは何故かニコも呼びに行った。
イズリーにしては賢い選択だ。
ハティナとミリアの争いからイズリーを守れるとすれば、それはもう彼女本人にとってはニコだけなのだから。
アスラに連れて来られた場所は、宿舎のすぐ近くにある建物だった。
室内は大きな空間が広がっており、そこは王国選抜に貸し出された魔法練習場だそうだ。
「見て見て! ニコちゃん! 大きな建物だねえ」
イズリーがニコの手を引きながら、そんなことを言う。
「うふふ。イズリーさま、わたくしは目が見えませんよ?」
「あ! そーだった! にしし。忘れてたよ。うんとねー、おっきな建物がねー。こう、ぐぁーってあってね? それでそれで、その中におっきな広場が、がばーって──」
そんな会話を無視してアスラが言う。
「ここなら魔法を使っても問題ない。単刀直入に言おうか。シャルル君、私と戦ってほしい」
僕はアスラの剣呑な雰囲気を感じとった。
「……なぜです?」
「ギガントマンイーター。あの魔物には、私たちの魔法は通用しなかった。しかし、君はあの魔物の追撃を振り切って生き延びたばかりか……倒したんじゃないか? あの凶悪で強力な魔物を」
ギガントマンイーターを倒したことはアスラたちには言っていなかった。
しかし、彼には確信めいたものがあるみたいだ。
「確かに、最終的にはギガントマンイーターは倒しました。なぜ、わかったんです?」
「君とミリアさんの雰囲気が変わっていた。とでも言うべきだろうか? 最初は旅をして精神的に鍛えられたのかと思っていたが、そんなレベルじゃないことはすぐに分かった」
アスラは真剣な顔で言葉を続ける。
「ウォシュレト君との試合を観た時、はっきり言って私は君に全く脅威を感じなかった。しかし、一度離れて再会した今はどうだ。私は君に、畏怖の念を抱いている。それは、なぜなのか。君に何があったのか。この答えを確かめたい」
アスラが、指輪と宝石のついた首輪を僕に渡してきた。
「本戦で使う魔道具だ。この指輪を付けた者からのダメージを、こっちの首輪が肩代わりする。ダメージが一定を超えると、首輪の宝石が赤く光る。その時点で、勝負ありだ」
帝国には便利な魔道具があるみたいだ。
攻撃側に指輪が必要らしいので、戦争では使えないだろうが、こういった練習や模擬戦なら有効だろう。
僕は指輪と首輪を身につけながら言う。
「勝負ですか……。良いですけど、委員長。……負けますよ?」
「……ふっ。……負けるか。それは、どちらがだい?」
アスラはそう言って僕に向き直り、真っ直ぐに僕を見る。
アスラはその気か。
ならば、ちょうど良い。
「アスラ・レディレッド委員長。この決闘、お受けします」
「……何か、企んでいるね?」
その通りだった。
僕は、ミリアとの旅を経て一つだけ胸に決意したことがあった。
それには、アスラとの決闘は避けて通れない。
そのために、僕にとってこの決闘は願ったり叶ったりでもある。
リーズヘヴン王立魔導学園風紀委員会、委員長と副委員長の決闘が、帝国の地にて静かに幕を開いた。
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