第65話 オンナノコのカンケイセイ

 開会式を終えた日の夜。


 宿舎のロビーと一体になった酒場の一角に革製のソファがローテーブルを挟んで向かい合うスペースがある。


 僕は何らかの魔物の革で出来たそのソファに腰をかけていた。そうして、隣でイズリーがポチとタマの手入れをするのを眺めながら言う。


「なあ、ミキュロス」


「はい、ボス」


 ミキュロスはソファの背後に位置するバーカウンターに座っていた。


「あの皇太子、名前なんだっけ?」


「ギレン・マルムガルムですかな」


「そのギレン君に会いたいんだけどさ、お前、王族じゃん? どーにかなんない?」


 ハティナは既におねむのご様子で、僕とテーブルを挟んで反対側で、ウトウトしながら本を読んでいる。


 そんな可愛らしい彼女の様子見て、僕は少しでもこの憂鬱から逃れようとしている。


「は、はあ、しかし、王国と帝国は敵対関係にありますれば、難しいかと存じますかな」


「だよなあ。なんか王族同士のコネ的なのないわけ? ほら、晩餐開とか舞踏会? そーゆーの、よくあるじゃん?」


「恐れながら、そういったものは……。あくまで、余も選手の一人という扱いですし、難しいかと存じますかな」


 ミキュロスを利用して接近しようとしたが、難しいみたいだ。


 それに、敵対関係同士にある国の王子と皇太子が密会などすれば、お互いに要らぬ面倒が起こるかもしれない。


 僕も王国貴族の跡取りなので、十分に注意するべきなのだろう。



「ねーねー。シャルルー。ポチとタマ、どっちが好き?」


 僕の悩みなどよそに、イズリーがそんなアホな質問をしてくる。


 どっちもクソも、どちらも地獄に住んでるウサギさんだろう。


「どっちも好きだよ」


「どっちかって言ったら?」


「イズリーの方が好き」


「ほんと? あたしもシャルル好き! ヒノキオとソフィーよりも好き!」


 こいつはアホだがホントに可愛い。


 会話はバカップルのそれだが、最近ではこの方法で何度となくイズリーのアホな質問をかわしている。


 じゃないとこの娘は納得せずに何度でも同じ質問を繰り返すのだ。


 コレがモノロイやキンドレーだったら、問答無用でぶっ飛ばしているところだが、イズリーは可愛いから死んでもそんなことは出来ない。


 ミリアは僕の前の席に座って演武祭の対戦表を確認している。


「主様、お茶を煎れました」


 ライカはそう言って僕たちにお茶を出した。


「あらあら、まあまあ、ライカがお茶を煎れるほど器用だったとは知りませんでしたわ。てっきり、牛や何かの生き血を啜る野蛮人かと思っておりましたわ」


「……黙れデブ」


 ライカがボソッと毒を吐いた。


「な……で、デブ?」


「……いえ、何も」


「いいえ! 聞いていましたわ! しっかりと! ねえ、ハティナさん?」


「……ライカ、時に事実は人を傷つける。……わたしもお茶」


 ハティナは眠そうに目を擦りながらそんなことを言った。


「は! どうぞ、ハティナ様。以後、気を付けます」


「ハティナさん! 事実と違うことで人を傷つけないで下さいまし!」


「はわわ、あたし、ニコちゃん呼んでくる!」


 そう言ってダッシュで部屋に戻ったイズリーがすぐにニコを担いでやってきた。


 美少女が美少女を担いで走ってくる。


 何やら新しいフェチズムに目覚めそうな絵面だ。


「ニコちゃん! ニコちゃん! あのね、そのね、えっと……。うんとね──」


「なるほど、理解しました。お姉さま、ミリアさまと喧嘩してはいけませんよ? ミリアさまも、そんなことで目くじらを立てては、主さまに見限られてしまいます」


 あのイズリーのなんの説明にもなっていない状況説明で、この盲目の少女は全て理解したらしい。


 お前はエスパーか。

 その閉じた目には人の心を読む能力を持つ義眼型の千年アイテムでも入っているのか?

 ニコがそのうち僕のことを『シャルルボーイ』とか呼んできたらすごく嫌だぞ。


「む、私達はケンカなどしていないぞ? な、なあ? ミリア様?」


「え、ええ。そうですわね。ニコ、貴女が心配するようなことはありませんわ」


 ウチの女性陣の関係性はこんな感じなのだ。


 ライカとミリアは仲が悪い。


 カンタラの街でライカとニコを買って帝都に向かう途中、砂漠の真ん中で夜を明かすことになったのだが、その時にライカが夜伽をすると言い始めた。


 僕は初めては絶対にハティナと決めていたので、丁重にお断りしたのだけれど、そこでミリアと揉めたのだ。


 どちらが魔王の一番の配下なのかと。


 そして、どちらが僕の童貞を奪うのかと。


 あれは全く、意味がわからなかった。


 まだ十一才で下の毛も生えてないガキンチョの貞操を、同じ年頃の女の子が奪い合うのだ。


 その手の嗜好を持つ人間にはたまらないシチュエーションかも知れないが、僕からしてみれば違う意味でたまったものでは無い。


 街で馬車を買った時、ミリアが見張りも必要だから寝袋は二枚で良いと言っていたのでその通りにしたのだが、それが仇になった。


 獣人は眠りが浅く気配に敏感なので見張りなど最初から必要なかったのだ。


 そうしてまんまとミリアの策にハマったために、誰が僕と寝袋を共にするのかと論争になったわけだ。


 僕とは関係ないところで、僕の貞操を賭けた戦いが始まったわけだ。


 最初はそれを静観していたニコだったが、ミリアとライカが勝負の内容を決めるタイミングで名乗りを上げた。


 そして、ニコは僕がアカシアの頭目から奪った荷物の中からサイコロを出して言った。


「わたくしは目が見えませんから、サイコロなら公平だと思うのです」


 サイコロで最も少ない目を出した者が勝利する。


 彼女はそんなゲームを提案したのだ。

 

 そうして始まったそのゲームは、ニコの圧勝に終わる。


 ニコは十回サイコロを振って、十回とも一の目を出したのだ。


 その日僕はニコと夜を共にした。


 ニコは目が悪いからという謎の言い訳をして、これでもかと僕に密着してきたが、どうにか僕は一晩を堪えきった。


 結果的に僕の貞操は守られ、ライカとミリアは仲が悪くなり、二人はニコに頭が上がらないという関係が出来上がった。

 

 そして、イズリーとハティナに合流した後、ライカはすぐにハティナと仲良くなった。


 無骨で真っ直ぐなライカを、不器用だが狡猾なハティナが気に入ったらしい。


 逆に、ニコはいつもイズリーの世話を焼くようになった。


 イズリーも、怖いお姉さまやミリアから自分を守ってくれるニコに懐いた。


 ミリアとハティナ、もしくはライカがもめると、イズリーは『はわわ』なんて言いながら、すぐにニコを頼るようになり、ニコは自然とイズリーを実質的な支配下に置いたのだ。


 ハティナも、自分に迫るほどの知略を持つニコとは知的に高度な話も合うようで、この二人の間には、ほとんど対等な関係性が築かれた。


 ちなみに、メリーシアは我関せずの姿勢を貫いている。


 彼女は自分の周りには毒物だけあれば満足なようで、宿舎ではいつも何かの実験をしている。


人は三人集まれば派閥ができると言うが、女の子が六人集まるとわけがわからないことになる。


 男の僕にとっては魔境だ。


 僕は異世界に転生して初めて、その事実に気が付いた。



 魔境に狼狽する魔王。


 何とも情けない。



「ボスも気苦労が絶えませんかな」

 

 ミキュロスは僕らを見て、わかった風に言う。


 この苦労を共有できるのは、今じゃミキュロスくらいかもしれない。


 アスラは知らんぷりだし、モノロイは女っ気がないからな。ウォシュレット君は僕を嫌っているみたいだし、カーメルは……まあ、彼には最初から期待してない。



 そう考えて、僕はさらに憂鬱になり、その日はアスラから頼まれた仕事を終えてから、すぐに寝ることにした。

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