第64話 グリムリープ
演武祭の開会式が始まった。
世界中から集まった騎士と魔導師の見習い達がコロッセオのような闘技場に国毎に列を作る。
マルムガルム帝国皇帝の堅苦しい挨拶の後に、各国選抜の代表が一人ずつ前に出て挨拶やら宣誓やらを行っている。
僕は王国選抜に並んでいるわけだが、僕の前に立つハティナは完全に僕に寄りかかり、イズリーは僕のローブの中に入って後ろから僕を抱きしめている。
昨日から二人はずっとこんな感じなのだ。
嬉しい反面、他国の選抜選手からの視線が痛い。
ちなみに、ライカとニコはお留守番だ。
ミキュロスが前に出て挨拶を始めた。
てっきりアスラかと思ったが、ミキュロスはアレで王子様だ。
アスラが譲ったのだろう。
「我らリーズヘヴン王国選抜! 北方諸国共栄会議に属する一国として、正々堂々と戦うことを誓う!」
なんだか堂々としているなあ。
なんだかんだで彼は王子様だ。
普段はアレだが、外面の良さに関しては流石である。
「我らリーズヘヴン王国選抜には、魔王の加護がある! 此度の優勝杯は、我らリーズヘヴン王国選抜が戴く!」
会場がざわつく。
『魔王?』
『今年のリーズヘヴンは大きく出たな』
『どーせパチモンだろ?』
『魔王って何人いるんだよ』
『近頃じゃ傭兵ギルドの流れの魔導師も魔王を名乗るくらいだからな』
そんな感じで、会場の反応は冷ややかだったが列に戻って来たミキュロスは誇らしげだった。
そうして、帝国の代表が前に立った。
金髪の美男子だ。
僕の頭にキンと金属音のような音が響く。
会場からは黄色い声援が飛ぶ。
それをキザなアクションで収めた後、前髪をかき上げてから、彼は話し始めた。
「帝国選抜、代表のギレン・マルムガルムだ! マルムガルム皇太子にして勇者のジョブを授かっている!」
僕の頭は一瞬で真っ白になる。
こんなあっさり出会うことになるなんて。
それに、こんなあっさりと自分のジョブをバラすなんて。
そして、あの頭に響く金属音。
間違いなく、『神』との因果によるものだ。
ライカを初めて見た時もあの金属音が響いた。
つまり、ライカも南方の解放に必要なピースだったわけだ。
しかし、帝国の皇太子が勇者だったとは。
後はどうやって接近するかだ。
もし、彼も『神』と会っていたのなら、話し合いによっては協力出来るかもしれない。
ギレンは一通り挨拶した後に帝国選抜の列に戻っていった。
開会式が終わり、本戦は明後日からだそうだ。
なんでも、本戦は魔導師五人の魔導師戦と、騎士見習いと混成チームで行う戦争形式の団体戦、そして騎士見習い五人の騎士戦の三つの競技があるらしい。
二重登録はできない。
つまり魔導学園からの学生十人は、団体戦か合同戦かのどちらかに五名ずつ登録されるのだ。
アスラと、ミカの兄のラファとで相談しあって決めると言っていた。
会場を後にして、宿に帰る途中も、双子は僕の両側で僕の腕をがっしりとホールドしていた。
すると、一人の黒髪の少年が立ちはだかった。
いつかのウォシュレット君みたいだ。
「お前、王国グリムリープだな?」
少年はそんなことを言う。
「王国グリムリープ? 確かに、僕の家はグリムリープですけど……」
「オレはデュトワ・グリムリープ。帝国グリムリープの嫡男だ」
僕の頭は本日二度目のフリーズを迎える。
帝国グリムリープってなんだ。
確かに、グリムリープは元々帝国の魔導師だったと聞くが……。
「お前ら裏切り者のせいで、帝国でグリムリープの名は地に落ちた。お前自身に恨みはないが、はっきり言っとく。オレはこの演武祭でお前ら裏切り者のグリムリープを倒して、オレたち帝国グリムリープこそが真のグリムリープであると、天下に示す」
なるほど。
そういうことか。
それなら、彼の言い分はわかる。
昔、帝国を裏切って王国側についたエリファス・グリムリープにも、帝国に残してきた家族がいたのだろう。
彼はその帝国側に残されたグリムリープの末裔なわけだ。
確かに、エリファスは王国から見れば救世主だけど、帝国からすれば裏切り者だ。
まあ、当の王国グリムリープも、王国での立場はそれほど美味しいものではないのだけど。
むしろ、裏切り者扱いされることなんてしょっちゅうあるし。
「お前ら王国グリムリープをオレの代で滅ぼす。そうして、やっと、帝国グリムリープの名誉は挽回されるんだ」
彼もなかなか苦労の絶えない生い立ちだったんだろう。
「……なるほど。あなたの言い分はわかりました。ですが、僕も黙ってやられるつもりはありません」
「はっ! 演武祭に女侍らせて旅行気分かよ? いいぜ。オレは魔導師戦に出る。お前も合わせろ。そこで決着つけてやる」
旅行気分なのはむしろ女の方です。
という言葉を僕は飲み込み、無言でうなずく。
彼の苦しみはわかる。
僕も、王国では白い目で見られていた。
裏切り者のグリムリープ。
普段は気にしていないが、話したこともない人たちからそんな風に言われるのは、なかなか堪えるものがある。
僕がもっと繊細な人間だったら、どうなっていたか分からない。
デュトワの救い方なんてわからない。
他人にどうこう出来る問題じゃないだろうし、それは自分で乗り越えなければいけないものかもしれない。
それでも、僕と同じ苦しみを、別の場所で共有していたであろう彼が望むならば、僕はその決闘を受けたい。
そんな風に思ったのだ。
「わかりました。うちの代表にかけあってみます」
そう言って、僕と双子が歩みを進めてデュトワとすれ違う時、彼は言った。
「余裕ぶってるつもりかよ? 随分と幸せな人生だったみたいだよなあ。オレ達の苦しみを知らないで! 同じグリムリープなのによお!」
……同じ?
果たして本当にそうだろうか?
同じではないだろう。
だって……。
だって、彼は魔王ではないじゃないか。
三つの時に殺されそうになったことなど、さすがに無いだろう?
死ね魔王だとか、魔王なんか滅んじまえだとか、チビ助だとか、そんなことは言われなかっただろう。
……いや、チビ助は言われたかもしれないか。
とにかく、裏切り者扱いしかされたことのない彼のこれまでの人生なんて、僕からしたらヌルゲーだ。
「王国でもグリムリープは差別と偏見の対象ですよ。元々帝国臣下だったんですから当然ですが。それに、僕は他の理由でも嫌悪の対象だったりします。ま、だからと言って、あなたの苦しみを否定はしませんけど」
そう言った僕からは、何故か殺気が漏れていた。
それを慌てて引っ込めて、僕は足早に宿へと帰った。
すれ違い様に、デュトワが唇を噛んでいたのが目に入ったが、僕は見なかったことにした。
宿へと帰ってから、アスラに魔導師戦に出場したいという旨を話したが、その望みは却下された。
各国にとって一番大切な競技が騎士との合同戦だからだそうだ。
僕は戦力として最も期待されている。
これまでアスラにはたくさん迷惑をかけてきた。
それもあって、僕は合同戦への出場を飲んだ。
デュトワのことは気になったが、仕方がない。
それに、合同戦にはおそらく勇者が出る。
勇者との協力を取り付けるのに、どういったルートが正解かはわからない。
それでも、彼に近づくのが、今は一番大切なのだ。
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