第63話 再会

 演武祭の開会式、その前日に僕たちは帝都カサドラに到着した。


 陽は落ちかけている。


 夜になると門が閉じて人の出入りはできなくなるから、ギリギリ間に合ったと言ったところか。


 帝都は王都と比べものにならないくらいに栄えていた。


 帝国が大国と恐れられるはずだ。


 世界中から商人が集まり、所狭しと店を並べている。


 豊富な鉱山資源による財源を背景に、世界中から食料、武器、工芸品を買い集めているみたいだった。


 僕たち四人は足早に王国代表が宿泊する大きな宿屋に向かい、扉を開けた。


 宿屋の一階は食堂になっていて、夕食前に宿泊者の多くが一杯やっていて混雑していた。


「……シャルル?」


 銀髪を肩まで伸ばした少女が、そこにはいた。


 少女の手元から、大きな本が地面に落ちた。


 僕と少女は互いに駆け寄り抱きしめ合う。


「……シャルル……心配した」


「ごめん、ハティナ」


「シャルル⁉︎ シャルル!!」


 金髪の少女がドタドタと足音を立てながら僕とハティナに飛びついてきて上から抱きしめた。


「イズリーごめん」


「うえええん! シャルルー! なんでいなくなっちゃうの! バカバカばかー! シャルルなんて死ね! ……やっぱ死んじゃヤダー! うえええん!」


 イズリーは泣き叫びながら僕とハティナをきつく抱いた。


「イズリー、悪かったよ。ごめんな。ただいま」


 騒ぎを聞きつけたのか、階段からバタバタとアスラが降りて来た。


「シャルル君! 無事だったんだね! それにミリアさんも!」


 アスラが胸を撫で下ろしたように言う。


 アスラの気配に気付いたハティナが、すっと僕から離れた。


 僕は少しだけそれを残念に思う。


 イズリーは未だに蝉のように僕の背中に両手両足でしがみついたような状態でシクシクと泣いている。

 

「とにかく、無事に間に合って良かった。王国には捜索要請の伝令を出したんだが、何しろ場所が場所だったからね。政治的にもタイミング的にも兵士の派遣は難しかったんだ」

 

 アスラは相当な心労だっただろう。


 護衛の聖騎士達もホッとした様子だ。


「委員長、ご心配をおかけしました。僕もミリアも無事です。それから、途中の街で奴隷を買いました。彼女達なんですが──」


 そう言って僕はアスラにライカとニコを紹介する。


「ライカです」


「ニコと申します」


 姉妹がペコリと頭を下げる。


「ど、どうも。アスラ・レディレッドだ」


 アスラは姉妹にそう言って、僕に向き直る。


「……奴隷だって? しかも獣人じゃないか、いったいなぜ……」


「まあ……成り行きですかね? あ、安心してください。もう解放してますから、正確には奴隷ではありません。ただ、行くところが無いそうなのでこのまま引き取ろうかと」


「ま、待ってくれたまえ。君は次から次へと問題を……」


 すると、三人の男女が階段を降りてきた。


 ミキュロスはすぐさま僕の元に駆け寄って来て跪く。


「ボス! ご無事でしたかな! このミキュロス! 信じておりましたぞ!」


「あ、シャルルじゃない。久しぶりね」


 メリーシアはいつも通りな感じだ。


 そして、その二人の向こう側に熊にでも襲われたかのようにボロボロの状態の大男がいる。


 モノロイだ。


「シャルル殿! ご無事でしたか!」


「も、モノロイ? どうしたんだ? ボロボロじゃないか。まさか、あの時の魔物に……」


 僕が囮になった時に大怪我を負ったのだろうか?

 それか、その後の旅路で、また大型の魔物にでも襲われたのだろうか?


「い、いえ、コレはイズリー殿に……」


 ……イズリー?


 イズリーに、なんだ?


 口ごもるモノロイの代わりにアスラが答える。


「シャルル君が魔物の囮として森に逃げ込んだ後、私たちは相当に揉めてね。シャルル君とミリアさんを探すか、そのままひとまず帝都を目指すかでね。魔王の眷属エンカウンターズのみんなは当然、君を探そうとしたが、聖騎士や武官学園の人たちはそれに反対したわけだ。それで──」


「イズリーが暴れたと……?」


 僕は未だに僕に巻き付いて離れない背後のイズリーを見る。


 彼女はそんな話これっぽっちも耳に入っていないらしく、両手で僕の首を、両足で腰のあたりをガッチリとホールドしている。


 まるで木に掴まるコアラみたいだ。


 これが世に聞く『だいしゅきホールド』というやつだろうか?


 精神的には嬉しいが、肉体的にはこんなに苦しいものなのだなあ。


 僕は酸欠で飛びそうな意識をなんとか繋ぐ。


「そういうことだ。モノロイ君が何とか止めて、私たちは先に進んだわけだけど、道すがらシャルル君の話題が出る度に彼女は暴れてね」


 なるほど。

 アスラも大変だったんだなあ。


 僕は完全に他人事としてそんな感想を持った。


「委員長。それはそれとして、ライカとニコの部屋も取ってもらえますか?」


 僕はアスラにそう言った。


 選抜のリーダー的存在はアスラだからだ。


「ま、待ちたまえ。そのお嬢さんたちは? いくら何でも、急に部屋は……」


「主様! 私とニコは馬小屋でも夜は明かせます」


 ライカはそんなことを言う。


「委員長。こんないたいけな少女を馬小屋で寝かせるんですか? 誇り高きレディレッドは、獣人には冷たいですねえ……」

 

「いや……当然、私としても女性を無碍にはしたくない。しかし、ここは帝都でも人気の宿屋だ。空いてる部屋があるかどうか……」


 確かに、この宿屋は随分な客で賑わっている。


 王国の威信を背負っている選抜がニか月近く宿泊するのだ、それなりの宿を取るのは普通だろう。


「それなら、空き部屋を用意しましょう」


「……用意? 何をする気だい?」


 アスラが警戒するように言う。


「さあ? それを僕に聞かれても……」


「は? ど、どういうことかな?」


 今度はアスラは理解不能といった表情を浮かべた。


「ミキュロス」


「は!」


 この中で一番立場が上なはずのミキュロスが跪く。


「空き部屋を用意しろ」


「仰せのままに!」


 そう言って第二王子殿下はどこかに走って行った。


「やれやれ、君ってやつは……」


「ま、ミキュロスは優秀でズル賢いヤツです。死んでもどうにかするでしょう」


 その後、どうやったのか知らないがミキュロスがライカとニコの分の部屋を用意したので、僕たちは明日に備えて寝ることにした。



そして、何故か僕のベッドには寝衣に着替えたイズリーとハティナがいる。


「わー! 三人で寝るのは初めてだねえ! 楽しみだねえ!」


 まさかのハティナのワガママと、それに便乗したイズリーの勢いで、僕は二人と一緒に寝ることになってしまったのだ。


 ミリアがハティナに自慢げに「あらあら、まあまあ、ハティナさんはご主人様とご一緒に寝たことがございませんの? ではでは、ご主人様の寝言も聞いたことがないと……。それに、寝ている時のあの癖も……ご存知ない? あらあら、まあまあ、それはそれは──」などと言ってハティナをおちょくったのが原因だ。


 いつからいたのか、ウォシュレット君がそれを聞いて、何故か怒りを露わにして「ほんぎぃいいい!」などと言いながら僕の髪の毛を引っ張ってきたのはウザかった。


 カーメルはそれを見て、やれやれなんてため息をついていたのを僕ははっきりこの目で見た。


 僕にとってその晩は、至福の時間であると同時に際限なく訪れる自分の煩悩と闘わなければならない夜になった。


 

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