第62話 ライカとニコ
ライカの妹は、彼女が店で言った通り盲目だった。
名前はニコと言った。
彼女達に名字はない。
名前だけだ。
獣人の多くは名字を持たないらしい。
しかし、異名のようなものは皆が持っていて、それが名字のような役割を果たすそうだ。
獣人はその性質から一族単位で村や街を形成して生活している。
そのため、家名のようなものを持つ文化があまりないそうだ。
ちなみに、ライカとニコの父親は兎狩りのローライと言う狩人だったらしい。
そして、このニコと言う少女だが、常に目を閉じている。
美しい栗毛色の髪を腰まで伸ばして、目元は前髪で隠している。
犬のような耳を持つライカとは違って、兎のような耳を持っている。
ウサ耳というやつだ。
犬耳猫耳もオツなものだが、ウサ耳と言うのもとても扇情的なものがある。
僕は盲目を
その際に、長い前髪を持ち上げて彼女の顔を覗いた。
はっきり言おう。
ニコは超絶美少女だった。
顔の造形は、人によって好みが別れるセンシティブな問題だろうが、一般的な人間としての美意識を備えていて、彼女を美人だと思わない人は果たして存在するのだろうか?
双子やミリアも美人だが、それに匹敵するほど、あるいはそれを凌駕するほどの美しさだ。
世が世なら、傾国の美女として王族にでも囲われていただろう。
姉のライカも似た顔立ちで美人なのだが、ライカの方はニコよりも男勝りな感じがある。
耳の形が姉妹で違う。
彼女たち獣人は、犬族、猫族、兎族、熊族、狐族と言った具合に、獣人の中にも色々な人種がいるらしい。
主に耳と尻尾で区分されるが、両親か祖父母の誰かの血統を受け継ぐことが多いらしい。
犬族と猫族の間に出来た子供は、犬族か猫族として生まれるのだ。
耳が犬で尻尾が猫とはならないらしい。
ライカとニコはボロ布のような粗末な服を着ていた。
姉妹の値段との差額はテツタンバリンに渡す約束だったが、テツタンバリンからの提案で、差額は折半することにした。
何でも、何もしないままにそんな大金を受け取ることは傭兵としての誇りが許さないらしい。
なので、その余った金で獣人姉妹の服や装備を揃えることにした。
僕とミリアはテツタンバリン達と別れて装具店に行き、まずは服を着替えさせた。
ライカには、その薄紅色の髪に似合うように、同じような色合いのシャツ。それから、傭兵なんかが着るような渋い革製のジャケットとパンツだ。ついでに、剣も嗜むとのことだったので剣も本人に選ばせた。
彼女は「奴隷に剣を持たせるばかりか、ましてや本人に選ばせるなど……」などと謙遜していたが、割と無理矢理に彼女に選ばせた。
僕、剣のこととかわからないしな。
ジョブが勇者ならまだしも、魔王だし。
「主様、なんとお礼をすれば良いか。この御恩、決して忘れません!」
などと、時代劇に出てくる侍みたいなことを言っていたが僕はサラッと聞き流した。
彼女は結局、大きく湾曲した細身の剣を選んでいた。
サーベルというのか、シミターというのか、世界史の教科書で中東あたりの兵士が持っていそうなカッコいいやつだ。
装具屋のオヤジはその剣をフォルションと呼んでいた。
ニコは戦闘はしないと思ったので、黒いワンピースを着せたのだが、何でも彼女は彼女で弓を使うらしい。
「主さま、わたくしも弓を使ってお役に立ちとうございます」
そんなことを言うので、試しに弓を選ばせてみると、なんと彼女は店で一番長い弓を選んだ。
店のオヤジは大人の男でも引けないと言っていたが、彼女は身長の倍ほどの長弓を軽々と引いて見せた。
ニコは長い弓が床に当たらないように少し斜めにして構えるようだ。
本来は、弓の持ち手に巻き付けられた紐で狙いを定めるらしく、店のオヤジはそんな構え方じゃ狙いがつかないと言っていたが、ニコは「どうせ目が見えませんから」などと言ってオヤジを更に驚かせていた。
目が見えないのにどうやって狙うのか、僕も少し興味があったが、この美少女が満足するならそれでいいやと特に期待もしないでそれを彼女に買って与えた。
僕はとりあえずは獣人の姉妹を解放することにした。
ライカには何か秘密がある。
そう思って彼女を購入したわけだが、奴隷として彼女達を連れ回すことには、前世からの倫理観がNOと言ったのだ。
奴隷には首輪が付けられる。
それを主人に黙って取ることは、帝国法では御法度とされていた。
この首輪を取れるのは主人だけだ。
そう言われて奴隷商人から渡されたカギで姉妹の首輪を取ると、ライカは心底驚いた顔をした。
「ほ……本当に、このまま解放なされるおつもりですか?」
ライカが言う。
「うん。買う時にそう言ったじゃん。もう君たちは自由だ。また悪い人達に捕まったりするなよ? あ、そーだ。余った金貨もあげるよ。それじゃ」
そう言って去ろうとする僕に、姉妹が跪いた。
「主様! 我らには行くあても帰る場所もございません。願わくば、お側に置いてはいただけませんか」
「主さま。わたくしも姉も、決して足手まといになりません。どうか、どうかこの願いをお聞き届け下さい」
ミリアの勧めもあったので、僕はそれを承諾した。
そうして装備を揃えてカンタラの街を後にして帝都に向かった。
ライカが馬車を操れたので、馬車と馬を買って帝都に向かうことにする。
幸い、金ならたんまり手元に残っていた。
ニコが、駅馬車を使うよりもカンタラで馬車と馬を買い、帝都で馬車と馬を売り払えば、ほとんど金は戻ってくると提案したのだ。
砂漠で馬車?
と思ったが、どうやら車輪の魔道具によって、砂場や荒地も難なく進むらしい。
彼女もハティナのように、かなり知恵が回るようだった。
馬車で帝都に向かう途中、辺りに一面の砂漠が広がる中、ニコが急に馬車を止めた。
「主さま、前方に魔物の気配です」
僕は念しを使っていたが、全く感知できなかった。
それを少しショックに思いつつも、「倒してしまってもよろしいですか?」などと聞いてくる美少女に僕は頷く。
すると彼女は弓を構えて矢を番え、何やらウサ耳をピクピク動かしてからその矢を放つ。
すると、500メートル以上離れた場所にあった岩に勢いよく矢が突き刺さり、岩がひっくり返って黒い塵を撒き散らして消えた。
僕も驚いたがミリアが一番驚いていた。
「な、なぜこの距離で感知できたのです? しかも、寸分違わず弱点に命中させるなんて!」
「わたくし、目は見えなくても鼻と耳はよく利くんです。矢が届く範囲で息をしている
僕は姉のライカにばかり注目していたが、この妹も相当にヤバいらしい。
そして僕たちは、二日かけて帝都にたどり着いた。
やっと、ハティナとイズリーに追いついたのだ。
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