第61話 魔王の商談

 ミリアが呪文を唱えた。


 彼女から放たれた氷柱が、魔導師以外のエルフに飛ぶ。


 五人のエルフがそれを躱したことで、中央に立っていた魔導師が孤立する。


 僕は懲罰の纏雷エレクトロキューションで魔導師との距離を10メートルほどまで詰めた。


 驚く魔導師と僕を閉じ込めるように、氷のドームが周囲にできあがる。


 ミリアの氷円洞アイスドームだ。


「さて、丸裸にしてやるぜ。せいぜい足掻いてくれよ」


 アカシアの頭目と密室に二人きりの状況で、僕はシニカルに笑った。


 エルフの魔導師は腕を振る。


 絶影拳シャドウを使おうとしたんだろが、当然のように発動しない。


「……⁉︎」


 魔導師は一瞬だけ顔に驚愕の表情を映し、すぐさま魔法を飛ばしてくる。


 見たことのない火の魔法だ。


 それもすぐに簒奪の魔導アルセーヌ で吸収する。


 火弾スター に似た魔法で、火祭フレアという魔法だ。


 僕にとっては熟練度が高い火弾スター の下位互換だが、エルフの魔法を奪ったことには意味がある。


 ここは学園でもなければ王国でもない。


 エルフの国だろうが帝国だろうが、いざ戦時になれば敵国となるわけだから、そういう意味では僕は情けも容赦も持たずに済む。


 僕はそうして、目の前のエルフの魔導師の魔法を奪えるだけ奪っていった。


 

 エルフの魔導師は、蛍火バグフレアという周囲に火の玉を浮遊させて、それに触れた者を炎で攻撃する魔法を僕に奪われたのを最後に地面にへたり込んだ。


「つ、使えば使うほど魔法が俺から消えていく……」


 絶望感に打ちひしがれたようにそんなことを呟くエルフの魔導師からは完全に戦意は消えていた。


「もう手札が尽きたのか? 違うだろう? まだあるだろ。防御スキルや治癒スキルが。順番に僕にかけてみろよ。嫌ならそれでもイイけれど、辛い目にあうことになるぜ? 僕、こう見えても拷問は得意なんだ」

 

 僕の邪悪な笑みに魔導師は観念したのか、全てのスキルと魔法を曝け出し、彼は全てを奪われた。


 氷のドームをノックすると、それに応じるようにドームが砕けて消えた。


 周囲には、立ったまま肩から下を氷漬けにされた五人のエルフが並んでいた。


「え、エルフの魔導師相手に、無傷で勝っちまったのか?」


 エルフをいたぶるミリアの姿に腰を抜かしていたのだろう、その場に座り込んだテツタンバリンが言う。


「ああ。とは言え……もう彼は魔導師とは言えないと思うけどな」

 

「な……そりゃ、どういう……」


「とにかく、こいつら街に運ぼうよ。マッチドラムとかに手伝ってもらってさ。金貨300枚くらいにはなるかな?」


「いやいやいや! 300枚どころじゃないぜ! コイツら相当に名前の通った盗賊だ、その倍じゃ効かないくらいは貰えるだろ」


 テツタンバリンは慌てたようにそう言う。


「そうか? なら良かったよ。これであの奴隷が買えるな」


「ご主人様! おめでとうございますわ!」

 

「……奴隷?」


「ああ。獣人の奴隷なんだけど、金貨300枚必要って話でな。だからこのクエスト受けたんだ」


「獣人の奴隷に金貨300枚? あんた、ぼったくられてるよ」

 

 テツタンバリンは心底呆れたようにそう言った。


 ……やはりそうか。


 あの獣人の女は美人だったが、イズリーよりも高いなんて許されるワケないもんな。


「テツタンバリン、あんた、奴隷の売買に詳しいのか?」


「前に奴隷商の護衛をやってたからな、奴隷商人相手ならそこそこ顔が利くよ」


 それなら渡に船だ。


 僕はそう考えて提案する。


「ならさ、テツタンバリン。奴隷を買うのを手伝ってくれよ。そしたら、コイツらの懸賞金と奴隷の値段の差額はそっくりそのままお前らにやる」


「い……いいのかよ? 俺たち、足引っ張ってただけだぜ?」


「いいよ。必要なのは金じゃない。あの、奴隷だ」


 そんな会話のあとに、僕たちはアカシアの連中を街の傭兵ギルドまで運んだ。


 アカシアには結構な額の懸賞金がかけられており、結果として、僕たちは金貨を1500枚得ることになった。


 その日は夜も更けていたので、少し高めの宿にミリアと泊まり、次の日の朝一番でテツタンバリン達と合流して奴隷商の店に行った。



「おいおいおいおい! おめーはまた悪どい商売してるって? このテツタンバリン様の恩人からぼったくろうとは、ウチと揉めようって腹づもりなんだよなあ?」


 ミリアの戦闘に腰を抜かしていた昨夜とは一転して、テツタンバリンが奴隷商人に凄んでいる。


「い、いや、そういうわけじゃ……」


 奴隷商人は主人に腹を見せる犬のようになっている。


「とりあえず、その奴隷をここに連れてこい。値段は相場通りだ。獣人の雌で処女なら金貨50から80だろ」


 奴隷商人は猛ダッシュで店の奥の檻を開けに行った。


 テツタンバリンからしてみたら、安い方が自分の懸賞金の取り分が増えるわけだから、買い叩くのは普通だろう。


 しばらく待つと、薄紅色の髪をした獣人の少女が奴隷商人に連れられてやって来た。


「戦闘はできるのか?」


 僕の問いに奴隷少女が答える。


「はい。父が戦士系のジョブでしたので、剣術を嗜みます」


 その会話を見て、奴隷商人が一瞬だけハッとした顔をして喋り始めた。


「この者は両親と妹と一緒に内乱から逃れて帝国に来ました。両親は帝国領に入る前に殺害されて、帝国領に入ってから妹と共に捕らえられたそうで……」


「妹がいるのか?」


 僕は奴隷商人ではなく獣人に聞く。


「はい。ですが、妹は──」


「どうです? この女は十四歳、妹は十二歳です。妹も一緒にお買い上げになられては? 当然、妹の方も獣人の処女ですから、性奴隷としては病気なんかの問題もないかと……」


 奴隷商人が獣人の言葉を遮って僕に言う。


 何か隠している感じだ。


「妹もこの店に?」


 僕は今度は奴隷商人に聞く。


「ええ、妹も一緒にお買い上げになるのなら、二人で金貨100でいかがでしょう?」


 僕はジッと獣人を見る。


 彼女は何か迷ったような表情をしてから、僕に言う。


「私を買うことはオススメしません。それに……妹も」


 奴隷商人の顔が怒りに染まる。


「奴隷風情が商売に口出すな!」


 そりゃそうだ。

 せっかくの商談を、商品自らが台無しにしようと言うのだから。


「……へえ、それはなぜ?」


 僕は努めて冷静に彼女に問う。

 何か言いたげな奴隷商人を目線で黙らせるのも忘れない。


「妹は……目が見えません。ですから、足手まといになるでしょう。確か、帝国の法律では奴隷自身は買われる主人を選べると聞きます。私は妹と離れることは絶対にできません。お貴族様は私の戦闘能力に期待していると愚考致します。ですが、性奴隷ならばまだしも、私の命に危険がある戦闘奴隷としては、お役に立つことはできないでしょう」


 獣人の少女は凛とした姿勢でそう言った。


 僕を貴族と見抜いたのは、それなりに良い服を着ているのと、奴隷商人がそう吹きこんだからだろう。


 しかし、彼女の振る舞いには堂々としたものがある。


 その目は恐れもなく、真っ直ぐに僕を射抜く。


「なるほどね。妹を残しては死ねないと?」


「……恐れながら」


 尚も堂々と答える獣人。


 ミリアから殺気が漏れるのがわかる。

 この態度に彼女はご立腹なのだろう。



「いいだろう。戦闘奴隷とはしない。と、言うより、すぐに奴隷からは解放するよ。僕は君を奴隷として側に置きたいわけじゃないからね」


 奴隷商人もテツタンバリンも獣人も、キョトンとした顔で僕を見る。


 ミリアだけが、殺気を獣人に浴びせながらも、目を伏せて頷いている。


「か、買ってすぐ解放するのか?」


 テツタンバリンが言う。


「うん。僕は単純に、彼女を解放したいだけだ」


「あんた、あんな強いのに随分なお人好しなんだな」


「お人好し? いや、僕は割と冷酷だぜ? 平気で人も殺せちゃうしな。あ、そう言えば、君の名前は?」


 僕の問いに獣人が答えた。


「わ、私は……ライカと申します」


「そうか、ライカ。一度だけ言うぞ。妹と共に、黙って僕に買われろ。お前と妹を悪いようにはしない。……魔王として約束する」


 決意表明のようなものだった。


 彼女には何かある。

 おそらく、これは魔王としての直感。


 それを信じた僕の決意表明だ。


 口ごもるライカ。


 成り行きを見守るテツタンバリン。


 そして、何やら混乱した様子の奴隷商人。


 誰に言うでもなく、ミリアが口を開いた。


 自分を魔王と呼称したこと自体に驚く者はいない。


 この世界で自分の魔力を誇示するために魔王を名乗る者は多いらしい。

 前世で言えば、ゲームが得意なオタクが神を名乗るような行為に近いだろうか。


「魔王様の庇護の元に、貴女の安寧は約束されますわ。ライカさん、信じてご覧なさいな。今この瞬間しか、救済は得られませんわよ」


 そして、ミリアはワンドを抜いて言う。


「もし、魔王様から差し伸べられた救いの手を断るつもりであるならば、私が貴女と妹さんに、今この場で引導を渡して差し上げます」


 ミリアは殺気を漏らしながらそう言った。


 ミリアを見て、何かを決心したように一度頷いた後、ライカと名乗る獣人は頭を下げた。


「……よろしくお願い申し上げます」


 そうして、僕は獣人の姉妹を、金貨100枚で買い上げた。




 

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