第58話 傭兵ギルド

 店の中には、所狭しと檻が並べられている。

 奴隷たちが押し込められた檻だ。


 僕とミリアが店に入ると、すぐに奴隷商人が姿を現した。


「……お客さん? それとも冷やかし?」


 いきなりこんなことを言うなんて、カスタマーサービスにクレームを入れてやるぞ。


 僕はそんなことを考えながら奴隷商人を真っ直ぐに見る。


「買うかどうかはわからない。買う予定はあるけどな」


 僕はなるべく足元を見られないように、そんなことを言った。

 ミリアは横でただ沈黙を保っている。


「そう。じゃあ、自由に見てってよ」


 奴隷商人は怪訝そうな顔で僕を見た後、投げやりな調子でそう言った。


 僕とミリアは店の奥に入る。


「……薄紅色の髪。犬の獣人だ。……たぶん女」


「……御意」


 小声でそんな会話をして、檻に詰め込まれた奴隷を順番に物色していく。

 

 店の奥まった場所にある、女性ばかりが押し込まれた檻に、彼女はいた。


「……ミリア」


「……あの獣人、ですか」


 僕は商人を呼びつけた。


「気に入ったやつはいたかい?」


 僕たちの様子から、買う見込みがあるだろうと当たりをつけたのか、さっきよりもやる気を出して商人は言う。


「あの女の獣人。話を聞かせてもらえるか?」


「ええ、ええ! もちろん。どうぞこちらへ」


 そう言って商人に案内されるままに僕とミリアを商談用の席に通した。


「あの奴隷の詳細を聞きたい。ステータスだとかジョブだとか、それから、どこでどうやって捕らえたのか」


 商人は一枚の羊皮紙を雑に持ってきて、それに目を通しながら話し始めた。


「あの獣人は犬族のメス。ステータスとジョブは確かめてないんで分かりません。うちみたいな零細奴隷商はいちいち奴隷のことなんて調べませんからねー。何せだいたいは性奴隷か農奴行きですから」


「なるほどね。で、あの獣人はいくらだ?」


 チラリと奴隷商人が僕を値踏みするように見る。


 ……しまった。


 がっついてると思われたか?


 だとすれば足元を見られる。


「失礼ですが、お客さん、タネはあるんで? どこか金持ちの家のお坊ちゃんかとはお見受けしますが」


 タネとは、金のことだろう。

 本当に奴隷を買い取るだけの現金を持っているのかと。


「ずいぶんと行儀が悪いな?」


 僕は憮然とした態度で言う。


 そして、ギリギリまで絞った闇魔力を練って発動した纏威圧制オーバーロウでプレッシャーを与えながら懐を探る。


 脂汗をかく店主に、ヘルベルト爺さんから貰ったコウモリの紋章を見せる。


「……そ、それは?」


「王国魔導四家のグリムリープ。僕の実家だ」


「き、貴族の坊ちゃまでしたか。これは失礼を……」


「で、あの犬の獣人、いくら?」


「あ、あのメスの獣人は容姿もかなり良いですから、金貨300枚はいただかないと……」


 イズリーより高いな。


 僕は少しだけイラッとした後、すぐに纏威圧制オーバーロウの威圧を解いて席を立つ。


「わかった。金は用意する。あの獣人はそれまで誰にも売るな」


 それだけ告げて店を出た。


「……よろしかったのですか?」


 ミリアが心配そうに言う。


「……あの獣人には何かある。なぜかわからないけど、とにかく何かあるんだ」


「はい。ご主人様。しかし、お金はどうしますか? 私とご主人様のお金を合わせても、遠く及びません……」


 そう。

 一番の問題はそこなのだ。


 あの商人は僕の足元を見てふっかけてきているだろう。

 

 まずは奴隷の相場を知らなければならない。


 その上、金だ。


 まず何よりも、金がいる。


 僕とミリアはひとまず、ハティナたちが泊まったであろう宿屋で情報を集めた。

 王国の選抜組たちはすでに一月ほど前に帝都入りしているようだった。


 僕はハティナたちの無事に胸を撫で下ろし、次にミリアの提案で傭兵ギルドに足を運ぶことにした。


 傭兵ギルド。

 

 大陸北方の国々にまたがり、魔物の討伐から戦時の非正規軍、さらには商人の護衛や店の用心棒まで、腕っ節が必要なほとんどの仕事を請け負う、物騒な稼業の共同体だ。


 傭兵になるのに必要なのは戦闘力のみ。


 人物の出自も背景も年齢も考慮しないらしい。


 だから、貴族崩れの魔導師やどこぞの国の脱走兵、果ては成り上がりを夢見る盗賊上がりなんかも多いらしい。


「私とご主人様でギルドに登録し、金貨300枚を稼げれば、あの獣人奴隷にも手が届くかもしれませんわね」


 ということで、僕とミリアは傭兵ギルドに足を踏み入れることにした。


 僕たちが店に入ろうとすると、傭兵の男二人とすれ違った。


『美味い仕事だったな』

『ああ、コイツを元手に賭場で一発当ててやる』

『バーカ、それで何回スカンピンにされたんだよ?』


 彼らはそんな会話をしていた。


 ……なるほど。

 賭場で一発当てるのも悪くないかもな。


 そんなことを考えながら、僕とミリアは扉を開く。


 カランカランという、扉に付けられたカウベルの音に歓迎されながらギルドに入った僕とミリアに、何やら大男が近づいてきた。


「おいおいおいー。ここはガキの来るところじゃ──」


 僕はそんなテンプレの噛ませ犬的な台詞を吐く大男を無視してギルドのカウンターに進む。


「登録したいんですけど?」


 ギルドのカウンターに座っていた女性が、僕とミリアを一瞥してため息をついた。


「あのね、ここは子供が来るところじゃないのよ。依頼によっては、魔物と戦ったりしなきゃなの。だから、もう少し大人になって、魔物を倒せるようになったら、また来なさい」


「……あぁ?」


 隣でミリアが怒りに震えている。


「待て、ミリア」


 僕はそれを制して、いまだに背後で喚いていた大男を見てから受付嬢に言う。


「このうるさいオッサンも傭兵なの?」


「うるさいだと⁉︎ このクソガキが!」


 オッサンが吠える。


「そうよ。倒せないでしょう? あなたたちじゃ」


 受付嬢は面倒そうに言った。


「ふーん。……ミリア──」


 僕はミリアに言う。


「──殺さない程度にな」


「御意!」


 ミリアの『念し』からの氷魔法は大男の胸から下を氷漬けにした。


 この空間には魔導師もいたが、僕とミリアは念しを使うことで魔力の気配を極限まで消している。


 傭兵たちが騒ぎ始めた。


『何だ?』

『急に凍ったぞ』

『あのガキがやったのか?』

『いや。魔力は感じなかった』

『エルフか? でも、耳は普通だな?』

『そもそも、どっちが使った魔法だ? しかも氷だと?』

『七系統にない魔法だぞ!』


 何が起こったのかわかっていない人の方が多いようだ。


「な! な、な、ななな、なんじゃあ! こりゃあ!」


 大男が叫ぶ。


 受付嬢は目の前の状況を受け入れられないのか、フリーズしている。


 彼女には氷魔法かけてないんだけれど。


 その受付嬢に、僕が言う。


「見てたでしょ? 少なくとも、このオッサンより僕たちの方が強いわけだ。なら、ギルドに入れてくれるよね?」


「ご主人様はお優しいですわね。本来なら、この場にいる無礼な輩をすべからく滅ぼしても良いのですけれど……」


 ミリアに鬼の形相で睨まれて、ギルドの受付嬢はすぐに書類を用意した。


 僕がミリアに魔法を解除するように言うと、氷が砕けて自由になった大男は一目散に逃げていった。


 書類には名前やジョブを記入する箇所があったが、わざわざステータス確認の魔法で確かめたりはしないらしい。


 ギルドの依頼は完全な成功報酬だ。


 依頼を受けて、依頼をこなし、報告する。

 そこで初めて報酬を受け取れる。


 なので、魔法が使えないのに嘘をついて魔導師と書いても意味がないばかりか、分不相応な依頼ばかり回されて成功報酬など貰えないからだろう。


 僕は書類に、ジョブは魔導師、名前はシャルルとだけ書いて提出した。


 ミリアは、何故か名前のところにミリア・グリムリープと書いていた。


 ……なぜだ。


 てか、普通にウソ書いてるよ、この人。

 あ、それは僕もか。


 そうして、僕たちはギルド員であることを証明する身分証のような鉄製のカードを貰って依頼を受けることにした。


 ギルドの傭兵にはEからSまでのランクがあるらしく、僕たちは一番下のEランクからスタートだった。


 さすがに、Eランクで金貨300枚を稼ぐ依頼はないようだった。


 なので、フリークエストと呼ばれるランク関係なく誰でも受けられる依頼を受注する。


 依頼の内容は、最近になって夜な夜な街道に現れるようになった、デュラハンという魔物の討伐だ。


 ミリアが是非ともこの魔物を見たいと言うのだ。


 報酬は金貨200枚だったので、ひとまずこの依頼を受けることにして僕たちは目撃情報の多発している西の街道に向かった。


 日は既に傾いていた。


 オレンジ色の西日が眩しい。


 僕とミリアは、二人で街の西門を潜り抜けた。

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