第57話 薄紅色の乙女

 僕とミリアはギガントマンイーターを討伐し、深い森から街道まで出ることに成功した。


 その後、帝国方面に進む商人のキャラバンに同行を許してもらい、運良く馬車で移動することが出来た。



 樹海の街道を抜けると、大きな砂漠がひろがっていて、その地形の変わりように僕は心底驚いた。


 砂漠を馬車で移動というのも、なんだか不思議な話だが、どうやら馬車の車輪の部分が魔道具で出来ていて、砂でスリップして進めなくなることがほとんど無いらしい。



 前世での知識なんか役に立たないくらいに、この世界の魔法技術は進んでいる。

 

 科学なんてなくても、魔法ひとつで便利な世界なのだ。


 樹海と砂漠の境界には、大きな帝国の関所があった。


 僕とミリアはそこで、既に王国からの演武祭出場者の一団が通過したという情報を得ていた。


 砂漠と言っても、前の世界のイメージとは異なり、そこまで暑くはなかった。


 今が秋だからというのもあるのだろうかと考えたが、どうやらこれには理由があるらしい。


 キャラバンの商人曰く、樹海の真下には世界樹の太い根が通っているのだそうだ。


 世界樹は天を衝く程の大きさを誇る大樹だ。


 その根は大陸中に根付いている。


 そして、世界樹の特性として自身の周囲の環境を自分好みに作り替えるらしい。


 土から大きな栄養を吸収するために、根を張った場所の地上には大いなる恵みをもたらすそうだ。


 王国領にも世界樹の根は伸びていて、王国民はその恵みに支えられているのだ。

 王国が樹海に飲み込まれていないのは、王国領の地下を通る世界樹の根が、そこまで太くないかららしい。


 逆に、帝国領には世界樹の根がほとんど伸びていない。


 それ故に、帝国領は砂漠や枯れた土地が多いそうだ。

 なので、食料に関してはほとんど隣国頼りなのだそうだ。


 そのかわり、帝国はその国力を豊富な鉱物資源で支えている。

 長い間、帝国が王領を狙っているのは世界樹の恵みを欲してのことらしい。


 とどのつまりは、もしも世界樹の根が僕らの住む大陸の東方に根付いていなければ、王国領も帝国と同じく砂漠地帯だったわけだ。


 キャラバンの馬車に揺られながら、隣のミリアが言う。


「あの、ご主人様? お爺様からいただいた袋、開けなくてよろしいのですか?」


「ん? ああ、そう言えばそうだな」


 僕はヘルベルト爺さんにもらった袋を懐から取り出して中身を出してみる。


 中からは一本のワンドと、首にかけるためなのか、革紐のくっついた紋章のようなものが出てきた。


「なんだこれ?」


 ワンドをミリアに預けて紋章を手のひらの上に乗せてみた。


 まるでゴッサムシティを夜な夜な徘徊して凶悪な道化師と戦う真っ黒な全身タイツのヒーローのエンブレムのような紋章が、砂漠の太陽の光を反射してキラリと光る。


「ご、ご主人様? それは、まさか……」


「グリムリープの紋章……かなあ?」


「わ、私も、実物を拝見したことはございませんが、これはどう見ても……」


「本物、かなあ? でも、なんであの爺さんが?」


「さ、さあ。それは……」


 なぜヘルベルト爺さんがグリムリープの紋章を持っていたのかは謎だが、考えても仕方ない。


 僕は再び紋章を懐にしまって、ミリアからワンドを受け取る。


 使い込まれた形跡の残る真っ黒なワンドだ。

 

 まるで木炭から削り出したかのような黒。


 爺さんの私物だろうか?


 持ち手の部分にはソフィーと銘が彫られていた。


「ずいぶんとご立派なワンドですわね」


「そうなの?」


 僕にはワンドの良し悪しはわからない。


 ヒノキオだって魔道具店のセール品なのだ。


「ええ。ワンドには魔力に順応しやすい木材と 魔物の素材が使われますが、こんな木目の杖は見たことがございません。おそらくはとても良い品かと……」


 ソフィーは確かに木のような材質だが、木目のような模様はない。


 僕はヒノキオと同じように腰のベルトにソフィーを差してからミリアに言った。


「まあ、紋章もそうだけど考えても仕方ないしな。とにかく、ヘルベルト爺さんには本当に世話になったな」


「ええ。そうですわね。私も四則法を早くマスターして、今以上にご主人様のお役に立ちたいですわ!」


 僕の言葉を聞いて、ミリアは笑顔でそう言った。



僕たちは程なくして、帝都の一つ手前の街である、カンタラという街に到着した。


 カンタラの街はオアシスの周りに造られた街だった。


 街の外周も森が広がり、砂漠にポツンと緑がある姿はとても異様な光景だった。


「ここから、帝都までは約三日ですわ。これなら、何とか間に合いそうですわね」


 演武祭の開催まであと五日ほどだ。

 このぶんなら明日にでも街を発てば、充分に間に合うだろう。


「そうだな。ハティナたちはもう帝都に入っているかな?」


「私たちが泊まるはずだった宿屋に聞けばわかるかもしれませんわね」


 そうして僕たちは自分たちの宿探しと、ハティナたちの情報を得るためにキャラバンと別れてカンタラを探索することにした。


 カンタラは王都の商業区に匹敵するほどの賑わいだった。


 建物は白い土を固めたような外壁で、木材で家を建てる王国とは全く違う色合いを見せていた。


 まるでアラビアのようなイメージだ。


 僕は怪しげなランプを見つけたら絶対に三回こすってみようと心に決めていた。


 しばらく進むと、何やら一際賑わった一角に出た。


 奴隷市場だった。


 鎖で繋がれた多種多様な種族が、老若男女問わずに競りにかけられている。


「……王国ではこのように堂々と道端で奴隷を売るようなことはございませんから」


 ミリアの言うように、王国では基本的に奴隷という身分はない。


 第三身分より下の身分はないからだ。


 しかし、イズリーが拐われて売られそうになったことからもわかるように、水面下での人身売買は横行している。


 どこの国にも闇はある。


 それは、前の世界でも同じだった。


「なんだか獣人が多いな。獣人というのは初めて見たよ」


 僕は獣の耳と尻尾を生やした亜人を眺めながら言う。


「獣人国のタスクギアは内戦中だそうですので、帝国方面に流れてきた難民や戦争孤児の多くが捕らえられて奴隷とされているそうですわ」


 王国の北方に位置する帝国の西側に国境を隣接するタスクギア。

 彼ら獣人の領域では、獣人国タスクギアと、クロウネピアと名乗る革命軍との間で激しい戦争が起きているらしい。


 僕たちは奴隷市場を素通りして、王国の代表が泊まったであろう宿屋を目指して歩いていた。


「ちゃかちゃか歩かんか!」


 僕とミリアの前を、貧相な帝国人に首と両手を鎖で繋がれた状態で一列になった獣人奴隷たちが通った。


 その一番後ろを歩く、薄紅色の髪に犬のような耳と尻尾を持つ獣人の少女と目が合った時、僕の頭の中にキンと甲高い音が鳴った。


 スキルの発現に近いような感覚だ。


「……あの獣人」


 僕は一人、無意識に呟く。


 ……なんだ?

 

 こんな感覚は初めてだけど、僕の中で何かが確信に変わる。


 あの獣人の女の子は、『普通』じゃない。


 僕は今ここで、この感覚を無視してはいけない。


 あの娘には、『何か』がある。


「……ご主人様?」


「ミリア、お前、今いくら持ってる?」


 僕は、まるでヒモ男が恋人にパチンコに行くためのお小遣いをねだるような質問をミリアにする。


「ええと、王国金貨が十五枚ほどと、銀貨と銅貨がいくつかありますけれど……」


 僕の財布と同じくらいか。


「……金貨三十枚で、奴隷って買える?」


 ミリアは一瞬だけキョトンとしたが、すぐに自分の懐から綺麗な模様の財布を出して僕に渡した。


「ご主人様、どうぞご自由にお使いくださいませ」


 ミリアはそんなことを言った。


 真っ直ぐに僕を見るミリアを見て、そこで初めて僕は自分を恥じた。


「ご、ごめん。違うんだ。……何でもない」


「いいえ。ご主人様、私はご主人様の所有物にございます。私の持ち物も当然、ご主人様の物でございます。どうぞ、ご自由ににお使いください」


 ミリアは澄んだ笑顔で僕を見て言った。


「……」


 僕は無言でミリアに財布を返して、奴隷商人たちが入って行った建物を見る。


「……話だけ、聞いてみる」


「……御意」


 僕とミリアはそれだけ会話を交わして、奴隷商人の店に足を踏み入れた。

 

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