第56話 四則法と魔王の門出
僕は大地に寝そべり空を見上げていた。
視線の先から僕のワンドのヒノキオが落ちてきて顔の横にポトリと落ちた。
何をされたかわからないままに、魔王は倒されていた。
「ほーん。俺の勝ちじゃぜ。つーことで、薪割り頼むなー。お嬢ちゃんは、こっちで茶でも飲むんじゃぜ。薪割り終わったら、また勝負してやるんじゃぜ」
「は……はあ。しかし、ご主人様が……」
「ほーん? 勝負に負けた男が、その上、女に情けをかけられたら、それこそプライドに障るんじゃぜ?」
そんなことを言われて、ミリアはしおらしい態度で爺さんについて行った。
ミリアを連れて行く時に、ヘルベルト爺さんは寝転がる僕に薪割り用のナタを投げて寄越した。
……ぐぬぬ。
……悔しい。
仕方ない。
負けは負けだ。
やってやる。
次に勝てば問題ない。
僕はむくりと起きて、丸太に向かってナタを振る。
しかし、丸太はなかなか割れなかった。
ナタの刃がボロボロで、切れ味など皆無なのだ。
薪割りにしばらく難儀していると、ヘルベルト爺さんがやってきて、「ほーん。こーやるんじゃぜ」なんて言ってナタを握る僕の手を上から掴んで手に魔力を込めた。
僕の手を掴んだままに、ナタを丸太に振ると、
──ストン
と、ほとんど力を入れずに丸太は割れた。
「え? 何、今の? どーゆーこと?」
僕の問いにヘルベルト爺さんはまた「ほーん」と言って答えた。
「こりゃ『通し』じゃぜ。学園通ってるのに習ってないのんか?」
そう言って、ヘルベルト爺さんは言葉を続けた。
「魔力を練るのに呪文はいらんじゃろ? 体内で練った魔力を持ってる武器まで通わせるのが『通し』。ほんで、体内で魔力を留めて強い魔力を練るのが『廻し』。ほんで『廻し』で練った魔力をそのまま解放するのが『放し』。それから、体内魔力を使わないで外部魔力を操作するのが『
「知らなかったです。学園で習うんですか?」
ミリアはヘルベルト爺さんの横で首を振っている。
「いんや。だって俺のオリジナルじゃもん」
……このクソジジイ。
つくづく人を馬鹿にしてやがる。
僕はそう思ったが言葉を飲み込む。
「俺、コレに四則法と名付けたんじゃぜ」
樹海の仙人は、そんなことを言った。
結局、ジジイが何言ってるのかはさっぱりわからなかったが、ミリアの通訳を通して意味を理解すると、とんでもない魔導理論だった。
『通し』とは、つまり物を身体の一部と見做して魔力を通すことだ。
ただの剣でも魔力の通った状態ならそれは魔道具と同じだ。
だから刃のないナタで丸太をいとも簡単に切れたわけだ。
この『通し』は人や生き物にも使えるらしい。
ヘルベルト爺さんが僕の手の上からナタに魔力を通わせたのは、僕の手もろとも『通し』の対象にしたからだ。
そして、『廻し』と『放し』だ。
『廻し』は、体内魔力を練る時に身体の中をぐるぐると循環させる。
本来なら体内で滞留している魔力が肉体を循環することでより多くの魔力を練れるらしい。
水の流れのようだ。
ジョウロから出る水は勢いがないが、水道に繋いだホースから出る水は勢いがある。
この例えが正しいかは別にして、僕はそう理解した。
しかも、廻しの間は魔力を肉体に纏うことになるので、肉体が強化されるらしい。
そして『放し』。
これは体内で廻した魔力の放出だ。
魔力に廻しの勢いを持たせたままに放出することで、魔法の威力は数倍に高まる。
廻しのスピードが高ければ高いほどに威力は上がるらしい。
そして、『念し』。
カーメル・ハーメルンがイズリーを苦しめたアレだ。
種族の特性として自然と同化したエルフの専売特許ではないらしい。
なんでも、外部魔力と一体になる術を磨けば、人間でも会得可能だそうだ。
「ほーん。家のこと、手伝ってくれんなら教えてやるんじゃぜ?」
ヘルベルト爺さんはそんなことを言った。
僕は、少しだけ考えてからヘルベルト爺さんに弟子入りすることにした。
ここで足踏みすることになるが、帝国には一月半の間に着けばいい。
演武祭に間に合えばそれで良いのだ。
今このチャンスを逃したら、次はこの技術を何処で学べるかわからない。
ミリア曰く、王国の魔法体系には存在しない考え方だったからだ。
爺さんのオリジナルだと言っていたし、この爺さんに習うしかない。
そんな打算もあった。
その日から、朝一でヘルベルト爺さんと魔法戦を行った。
案の定、負けてから一言二言嫌みを言われ、僕は「こんのクソジジイ」なんて思ってから薪割りで『通し』の練習。
昼は『廻し』の練習のためにひたすら魔力を練り、爺さんが僕に『通し』を行なって僕の中で魔力を廻す。
自転車の練習で後ろを持って貰うようなものだろうか。
そして『廻し』の状態を維持しながら魔物や動物なんかを狩りに行く。
その日の夕食と次の日の朝昼に食べる肉をとるのだ。
何度かギガントマンイーターに
『廻し』はとにかく慣れだと言われたので、暇さえあれば自分の中で『廻し』を行う。
そして『放し』の練習は、あばら屋の前にそびえる大樹に向けて廻しの状態から呪文なしで魔力だけをぶつける。
最初は出来なかったが、これもヘルベルト爺さんが僕に『通し』を使って『放し』をする。
それを僕は感覚で掴み、そのうち呪文無しの魔力だけを『放し』で放出出来るようになった。
一番苦労したのは『
『念し』は体内魔力を外部の、例えば水や風や土なんかの魔力と同質にしなければならない。
本人の適性もあるらしく、僕は適性の最も高い雷と闇の『念し』だけを入念に鍛錬した。
鍛錬の方法はシンプルだ。
滝行と瞑想だ。
滝に打たれて雑念を捨てる。
自然の中で座禅を組んで瞑想する。
この二つだけだ。
爺さんが言うには、自然と一体になるのが重要らしい。
エルフは長命であり、大森林にある世界樹という、とんでもなくデカい大樹に国を作っているらしい。
常に自然と共に生活することで、本能的に『念し』が使えるわけだ。
『念し』という概念を知って、もう一つ良いことがあった。
『念し』が使えると、相手の『念し』を感知出来るのだ。
外部魔力の感知能力が上がるからだろう。
今なら、カーメルの見えない魔法を見切ることが出来るかもしれない。
僕とミリアは二人で爺さんの四則法の修行を受け、なんとか合格を貰うことができた。
『念し』は習得に最も時間がかかるので、
二週間くらいのつもりが、一月も滞在してしまったが。
演武祭の本番はおよそ二週間後に迫っていた。
「ほーん。そろそろ行くのんか?」
「はい。お世話になりました」
「ま、今なら死なんじゃろ。まだまだケツが青いけんどね」
結局、ヘルベルト爺さんには一度たりとも勝てなかった。
それだけが心残りではある。
「ほーん。んじゃ、餞別だ。持ってくんじゃぜ」
そう言って、ヘルベルト爺さんは僕に一つの袋を渡した。
「街道に出るまでは開けるんじゃないんじゃぜ? ま、この先、演武祭に出るなら役に立つもんじゃぜ。それから、便利な魔法を教えちゃる」
そう言ってヘルベルト爺さんは、何でもないことのように、爺さんのオリジナル魔法と、あっけない別れの言葉を告げた上で街道までの道を教えてくれた。
「今日まで一月もの間、お世話になりました。この御恩は決して忘れません」
僕がお辞儀をすると、ヘルベルト爺さんは背を向けて手をひらひらと振りながらあばら屋に入っていった。
淡白な別れである。
森の中を街道に向かってしばらく進むと、前からギガントマンイーターが現れた。
しかも、二体だ。
「ご主人様、片方は私が……」
「いや、いい」
僕はそう言って、ヒノキオを構える。
僕の中で魔力が廻る。
廻しの勢いのままに、
──
僕の足元から伸びた影が、一体のギガントマンイーターを捕らえた。
もう一体のギガントマンイーターが蔓を伸ばして僕を捕らえるが、
僕はもう一度魔力を廻してからその蔓に触れる。
「魔物如きが。……魔王に逆らってんじゃねえ」
ギガントマンイーターに雷の魔力を通す。
バリバリと感電した魔物の蔓から力が抜ける。
ピクピクと痙攣するギガントマンイーターに向けて魔法を唱える。
雷系統上級魔法。
──
以前、父ベロンに教わった魔法。
まだ
ヒノキオから迸る幾つもの雷閃が、束になってギガントマンイーターを襲い、魔物を消し炭にした。
僕はその場で振り返り、もう一度、あばら屋の方角に頭を下げた。
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