第59話 魔王と天才の傭兵稼業
僕とミリアは戸惑っていた。
目の前で一人の傭兵が地に伏したのだ。
「魔物の攻撃だ! 警戒しろ!」
倒れた傭兵の仲間のテツタンバリンという男が叫ぶ。
僕とミリアは目を合わせ、頷き合う。
今のは魔物の攻撃じゃない。
でなければ、僕も彼女も、こんなに戸惑うことはなかっただろうから──
僕とミリアは夕暮れに西門を出てから、デュラハンの目撃証言が多発する地域まで歩いて行った。
その地域にたどり着く頃には、すでに日は落ちきっていた。
「デュラハンてさ。強いの?」
「ええ、首無し騎士、なんて呼ばれていますわね。それはそれは強い魔物だそうですわ」
そんな会話をしながら周囲を探っていると、四人組の傭兵と出会った。
「ん? こんな時間に出歩いてると、デュラハンに喰われちまうぞ?」
髪の毛の薄い太った大男が、柔和な感じで話しかけてきた。
「あの、僕たちも傭兵なんです。デュラハンを探しに来まして」
「あん? なんだ、同業者かよ。で、どーする?」
太った男は顎をかきながらそんなことを言ってきた。
「どうするとは?」
「ん? ああ、お前らビギナーか。同じ依頼でかち合った傭兵は、協力するか別々に探すか相談して決めるんだ。獲物の取り合いや足の引っ張り合いを防ぐためにな」
「なるほど……」
確かにそうだ。
フリークエストという性質上、いろいろな傭兵団がこの依頼を引き受けているだろう。
ギルドとしても、そこに所属する傭兵としても、同じ依頼を引き受けた者同士で争うことは本意ではないだろう。
そのための処置なのだ。
「協力した場合、報酬は山分けですか?」
「ああ、傭兵団ごとに分割だな。こっちは100枚、そっちも100枚だ」
頭割りじゃなくて助かった。
あっちは四人、こっちは二人だからな。
ミリアは黙って僕を見ている。
「じゃあ協力で──」
僕がそういうと、太った男の仲間だろう、痩せた傭兵が口を挟んだ。
「おやびん。こんなガキンチョと協力ですか?」
ミリアがムッとした雰囲気を露わにする。
「バカかおめーは。この人達はどう見ても手練れの魔導師さんだろ。きょうび、腰に二本もワンドさした、ただのガキンチョがいるかよ。悪いなボウズ、コイツはオツムが空っぽでなあ」
そうして、男は僕たちにハゲた頭を下げた。
なるほど。
この男が歴戦の傭兵かは知らないが、少なくとも相手を見かけで判断するような阿呆ではないらしい。
「確かに、僕とこの娘は魔導師です。僕はシャルルで、こっちはミリア」
ミリアは無言でペコリと頭を下げた。
二人きりになって旅をして気付いたが、ミリアは意外と空気を読む。
彼女のそんなところを、僕は今では気に入っていた。
それを見て、太ったハゲ男が言う。
「おう、そうか、俺はテツタンバリン。この痩せてるのがマッチドラム、そこの眠たそうな顔してんのがドラポンギロ、あと、そっちの俺より太ってる男がアスマラカス」
男四人が揃って頭を下げた。
偽名だろうか?
打楽器縛りじゃねーか。
そうして、僕たちは共にデュラハンを探すことになった。
痩せ細ったマッチドラムが、この先に墓地があると言うので僕たちはそこに向かって歩いて行った。
真夜中の墓地には人の気配はなく、魔力の感知に引っ掛かる魔物もいない。
その時、一条の風の刃が眠たげな顔のドラポンギロに直撃した。
僕は困惑した。
今の気配は、まるで──
「魔物の攻撃だ! 警戒しろ!」
僕はミリアを見て頷く。
彼女も黙って頷く。
今のは魔物の攻撃じゃない。
少し前までの僕だったら、恐慌状態に陥っていただろう。
しかし、今は僕もミリアも四則法の『念し』が使える。
今のは魔法だ。
しかも、エルフか、もしくは僕たちと同じように念しを使える魔導師の攻撃。
僕はミリアに
彼女には
「今のは魔物じゃない! 魔法だ!」
僕は叫ぶ。
しかし、不意打ちを受けたことで動揺したマッチドラムとアスマラカスが悲鳴を上げながら走って逃亡した。
「待ちやがれ!」
テツタンバリンが吠えるが、混乱状態の二人は墓地の出入口に走っていき、次に飛来した風の刃の直撃を受けて倒れた。
「ちくしょう! ちくしょう! 出てきやがれ!」
テツタンバリンの叫びは、墓地の闇に虚しく消えた。
「ミリア! 探れるか⁉︎」
「お任せくださいまし!」
才能の差だろうか。
ミリアの方が、僕よりも念しによる遠距離の探知に長けていた。
「東の方角! 人の気配です! ……! 撃ってきます!」
僕はテツタンバリンに
体内で魔力を廻して
風の刃が僕とテツタンバリンの30センチ手前に張られた見えない壁に当たって消える。
ミリアは
「ミリア、僕に念しを通せ! 遡って感知する!」
「御意!」
ミリアが念しで感知した敵影を、そのまま僕に『通し』で伝える。
四則法はこういった使い方ができるのが本当に便利だ。
使い方次第で無限の可能性が広がる。
僕はミリアを伝って敵を感知した。
この距離なら
──
『ぐぁ!』
遠くで悲鳴が聞こえて、念しによる感知から姿を消した。
気絶したのだろう。
「テツタンバリン! そいつらまだ助かる! こっちに連れてこい! ミリア、敵を見張れ! 僕は
「御意! お任せを!」
テツタンバリンが遠くで倒れているマッチドラムを引きずってくる。
僕は一番近いところで倒れていたドラポンギロに
彼は一番最初に魔法を食らっていた。
最初に死ぬとしたらコイツだ。
ミリアは僕を守るように敵との間に立つ。
「……ううん」
ドラポンギロの出血が止まって彼が呻き声を上げた。
間に合ったようだ。
出血は酷いから、安心はできない。
「た、頼む! コイツらも救ってくれ!」
そう言ってテツタンバリンはマッチドラムを僕の元において、アスマラカスの方に再び走って行った。
──
「あ、あれ? お、俺──」
多重起動による魔法だったからか、マッチドラムの傷は浅かった。
「ミリア、デブのところに行くぞ!」
「御意!」
僕とミリアでアスマラカスを引きずるのに難儀していたテツタンバリンのところに向かう。
アスマラカスはその体脂肪のおかげで、マッチドラムよりも傷が浅かった。
「ありがとう! ありがとう! なんて礼したらいいか!」
テツタンバリンは僕に縋るように言う。
「礼は後だ。敵を捕らえる」
僕はそう言って墓地の闇に歩を進めた。
50メートル程先に、服の一部を黒く焦がした、一人の男が倒れていた。
僕たちを襲ったやつだ。
耳が長い。
おそらくエルフの男だろう。
頭にはターバンのような布を巻いている。
「ミリア、周囲を探知してくれ」
「御意」
そう言って、僕は倒れたエルフをテツタンバリンが持っていた麻縄で締め上げた。
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