第54話 ここは任せて先に行け

 魔導学園と武官学園からそれぞれ選ばれた総勢二十名の精鋭は王城にて、王からの激励を受けた。


 謁見の間の玉座から激励を飛ばす王が、一切僕と目を合わせようとしなかったのは、本人と僕しか気付いていないだろう。


 トークディア老師には、くれぐれも向こうで暴れないようにと、僕とイズリーに何度も釘を刺したが、その度にイズリーが大あくびをするので「お前たち! わかっておるのか!」と怒られた。


 なぜ僕まで……。


 モルドレイからは「グエノラの件はよくやった。帝国に行った際は隙あらば帝王の首を狙え」などと物騒なことを言われたが、僕とアスラは互いに聞かなかったことにした。


 父のベロンは、僕の選抜入りを大層喜び、何やら立派なローブを贈ってくれたが、僕の身長が足らなかったので、実家の僕の部屋に保管している。



 そうして僕たちは、十人の聖騎士の護衛に囲まれて二台の馬車に乗り合い、マルムガルム帝国の帝都、カサドラに向かうことになる。


 帝都カサドラまでは馬車でおよそ一月ほどかかる距離だ。


 帝都と王都はそこまで遠くないらしい。


 エルフやドワーフの国に比べると、という意味でだが。


 演武祭の開催は二ヶ月後だ。

 一月掛けて帝都入りして、一ヶ月はコンディションの調整に充てられる。


 旅の途中、僕たちは初めて本物の生きた魔物を見ることができた。


 街道にオークという屈強な人間の身体に、豚の頭がくっ付いたような姿をした魔物が現れたのだ。


「きゃー! オークですわ! オーク! かっっっっこいい!」


 ミリアがはしゃいだ。

 後に知ることになるが、彼女は魔物オタクだった。


 一番のお気に入りがオークらしい。

 四つの時にヨハンナ・ワンスブルーのオーク退治を見学して以来、推しの魔物はオークなのだそうだ。


「おー。おーく。なんだか、モノロイくんみたいだねえ」


 イズリーがポチとタマを抱きしめながらそんなことを言う。


「い、イズリー殿……」


 モノロイは一人ショックを受けていた。


 頑張れ、モノロイ。

 

 街道に現れたオークは護衛役の聖騎士に退治されていた。


 北方の人間の領域も、こうやって常に魔物の脅威に晒されているらしい。


 商人や旅人なんかは、傭兵ギルドで護衛を雇って安全を確保するらしい。


 僕たちは帝国と王国を隔てるフィルミネールの樹海の手前にある街で宿をとった。


 宿で双子やミリアたちと夕食を取っていると、武官学園の学生に声をかけられた。


「君が、シャルル君かい?」


 見ると、十五、六歳の見た目に黒髪短髪の爽やかな好青年だ。


「いつもミカが世話になっている」


 続けて彼はそんなことを言った。


「ミカ……ですか?」

 

「俺はラファ・エルシュタット。ミカ・エルシュタットは妹だ」


「ミカのお兄さんですか! これは失礼。シャルル・グリムリープです。亡き震霆の孫、雷鼓の子です」

 

「ははは、聞いてた話と違って随分丁寧な人なんだな。そう固くならないで、気楽にやろう」


 ラファさんはそんなことを言ってはにかんだ。


 そうして、ラファさんの紹介で武官学園の学生とも面識を得ることができた。


 武官学園の人たちは、僕の噂を知らないのだろう、僕を恐れることもなく、気さくに接してくれた。


 その日は夜までラファさんたちと語り合い、翌日、フィルミネールの樹海を越えるために出発した。


 樹海には一本の街道が通っている。


 両脇は樹木が生い茂っており、一度街道から逸れたら二度と戻って来られない、なんて言われるほどの深い森林に囲まれている。


 途中で何度か魔物に襲われたものの、護衛の聖騎士たちに追い払われたり討伐されたりしていた。


 魔物が現れる度に、ミリアがアレは何の魔物だとか、どんな能力があるだとかを興奮した様子で解説していた。


 イズリーは、新しい魔物を見るたびに「おー。モノロイくんに似てるねえ」なんてことを言って、モノロイの精神的ライフポイントをじわじわと削っていた。


 さらに、あろうことか蛇の胴体から欠食児童のような貧相な人間の身体が生えたような、ナーガと呼ばれる魔物を見た時にも、イズリーは「モノロイくんみたいだねえ」なんて言ったので、僕はイズリーにはモノロイがどんな化け物に見えているんだと心配になった。


 そうして樹海を通る街道を数日かけて移動し、その真ん中辺りまで差し掛かった時、背後から一体の超大型の魔物に襲われた。


 聖騎士十人の戦力を持ってしても、討伐は難しく馬車を全力で走らせて逃走した。


 襲って来た魔物はギカントマンイーター。

 

 二階建ての建物程の大きさだろうか。


 馬鹿みたいなデカさのラフレシアみたいな植物型の魔物だ。


 馬車から僕たち魔導学園の学生も、思い思いの魔法を放ったが、ギガントマンイーターには魔法を弱める能力があるようで、足止めにもならなかった。


 魔法がほとんど通じないのだ。


 ギガントマンイーターは、大きな花の中央にある、長い無数の牙に囲まれた口からヨダレを撒き散らしながら、それを支える何本もの太い蔓を器用に動かして僕たちを追いかけてくる。


 そのあまりにグロテスクな見た目に、僕たちは恐怖した。


 ミリアとイズリーだけは楽しそうに興奮していたが。


 その時、騎乗していた一人の聖騎士が落馬した。


 ギガントマンイーターの蔓によって馬から叩き落されたのだ。


 ギガントマンイーターは聖騎士を胃袋に収めようと彼に迫った。


 僕たちが唖然としていると、モノロイが名乗りを上げながら馬車を降りて聖騎士とギガントマンイーターの間に立った。


「我が相手する!」


 何やってんだあのバカ!

 

 と、思った僕も同時に馬車を降りていた。


 何やってんだろう、僕。


 モノロイに迫るマンイーターに、全力の熱 界 雷ファラレヴィンを放つ。


 何故か僕の熱 界 雷ファラレヴィンは魔物の魔力抵抗を受けずにギガントマンイーターの花弁に直撃した。


 何かに気付いたように、ギガントマンイーターがぐるりと僕の方を向いた。


「モノロイ! 聖騎士連れてみんなと逃げろ! コイツは僕が引きつける!」


 何故だろうか。

 僕は無意識にそんなことを叫んでいた。


「シャルル殿!」


「絶対に追いつくから! 先に行け!」


 そう叫んで僕は熱 界 雷ファラレヴィンを魔物に放ちながらモノロイと聖騎士とは逆側の森の中に逃げる。


 森に入る瞬間、馬車から顔を出していたハティナと目が合った。


 僕は一目散に木々の間、草の隙間を駆け抜けながら、背後から追いかけてくるギガントマンイーターに熱 界 雷ファラレヴィンを撃ち続けた。


 ギガントマンイーターはモノロイ達には目もくれず、僕を追いかけてきた。


「あー! もう! これ死ぬかも!」


 誰に言うでもなく、僕が叫ぶ。


「それならば、私もお供致しますわ! 例え、地獄の底までも!」


 隣をミリアが走っていた。


 ……。


 ……なんで?


 僕の頭の中は大きな疑問符でいっぱいになった。


「なんでミリアがここにいるんだ!」


「ご主人様の行くところ、ワンスブルーのミリア在りですわ!」


 僕とミリアは全力で森を駆け抜けながらそんな会話をした。


 背後からはバキバキと木々を倒しながらギガントマンイーターが迫り来る。


 僕の熱 界 雷ファラレヴィンは魔物に通ってはいるが、致命的なダメージは与えられない。


 ギガントマンイーターの蔓が僕のすぐ後ろまで迫っている。


 その時、急に視界が開けた。


 僕の身体が、一瞬だけ重力から解放された。


 崖だった。


 断崖絶壁。


 下には大きな川が流れている。


 僕は隣のミリアを見る。


 空中浮遊のような状態にありながら、ミリアは笑顔で僕を見ている。


「あらあら、これはこれは。ご主人様? あの世でも、可愛がってくださいましね」


 彼女は、この期に及んでそんなことを言った。


 僕は自分たちの命が風前の灯のような状況にありながら、彼女のその全てを受け入れたような笑顔を見て、何故だか笑いが込み上げた。


 ミリアのその笑顔に、何か救われた思いがしたんだ。

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