第53話 怪腕

 僕らが演武祭への出場を決めてから半年が経った。


 季節は巡り、秋。


魔王の眷属エンカウンターズのみんなで一緒に、キンドレー一押しの魔道具店で、ローブやらワンドやらを物色していた。


 ここには一度、ハティナとも来たことがある。


 演武祭に持っていく装備を整えるためだ。


 この世界の魔導師は、戦闘時に杖やワンドを使うことが多い。


 大きめの杖は魔法の威力をサポートする魔道具で、多彩な技を持つが威力に乏しい魔術師が好んで使い、魔法の起動速度を早めるワンドは魔導師が好んで使うことが多い。


 魔戦士だけは例外で、彼らは魔法は指から飛ばし、代わりに剣や小さめの盾なんかの武器を装備するらしい。


 基本的に、学園内では杖やワンドの装備は認められていない、魔道具での補正を受けない実力が評価対象になるからだ。


 しかし、演武祭では別だ。

 皆、思い思いの武器や魔道具を持ち込むらしい。


 武官学園の騎士候補生なども参加するのだ、彼らからしてみれば、己が武装に拘りを持つのは当然と言える。


 ハティナは審問会議で老子が持っていたような大きめの杖を選んでいた。

 

「……これでいい」


 なんて言いながら、なんだか適当な感じに店の隅にあるセール品のコーナーから無作為に一本の杖を選び、その後はずっとカチコチと一定のリズムを刻む、何かを測定する魔道具を見つめている。


 以前、僕と二人で来た時もハティナはこの魔道具をひたすら眺めていた。


 よほど気に入ったらしい。

 

「シャルルー! あたし、コレにする!」


 イズリーが持ってきたのはスコップだ。


 砂遊びでもするのだろうか?


 いや、魔道具に疎い僕にはただのスコップに

しか見えないが、もしかしたらとんでもない能力が付与されているのかも。


「え……何に使うのそれ?」


「うんとねー。帝国に行った時に砂場で遊ぶの」


 砂遊びをするつもりらしかった。


「い、イズリーさん、確かに帝国は大きな砂漠に囲まれていますけど、流石にそれが理由でスコップを選ぶのは……」


 キンドレーが言う。


「キンドレー、コレってどんな能力があるの?」


 僕の問いにキンドレーが答える。


「あ、はい。コレは普通のスコップよりも土が掘りやすいスコップですね。主に園芸用に使われます」


 ……なるほど。


 やっぱりちょっと良い感じのただのスコップじゃねーか!

 

 僕はイズリーからスコップを取り上げて、元の場所に戻し、イズリーを連れて魔戦士用のコーナーに向かう。


「はー。色々あるんだねえ」


 魔戦士用のコーナーには様々な武器があった。


 剣や斧やナイフなんかが所狭しと並べられている。


 その中でも一際大きな戦斧をイズリーが指差した。


「これ、カッコいいねえ」


 イズリーでも流石に持てないんじゃないだろうか。


 全長で2メートルくらいはある長柄の戦斧なのだ。


 なんてことを考えていたら、イズリーが両手で戦斧を握って持ち上げた。


「はわわ、重すぎる」


 彼女はそんなことを言って戦斧を床に落っことす。


 魔道具店の石畳の床に、戦斧が落ちて金属音が響いた。


 僕は驚いてカウンターの方を伺ったが、店主は気にする素振りも見せずに読書に興じていた。


「モノロイ! モノロイ! ちょっと来てくれ!」


 僕は小さな声で、それでも慌てた感じは隠さずにモノロイを呼んだ。


「これ、元の場所に戻してくれないか?」


 イズリーでダメだったのだ、僕にどうにか出来そうもないので、何事かと駆け寄って来たモノロイに頼む。


「ふむ。承知した。む! ……こ、コレは重い。」


 モノロイでも持ち上げられないようだった。


 戦斧の柄の部分だけは持ち上げられたものの、肝心の刃物の部分が持ち上げられないのだ。


「シャルル君、何をして……。こ、これ、グラビドアクスですよ。闇系統の魔法が付与されていて、本来の重さの何倍もの重量を持つんです!」


 何でそんなものを開発したのか、僕は開発者の魔道具職人を小一時間程問い詰めたい気持ちになったがひとまずは戦斧を元の位置に戻さなければ。


「師匠? どーしたっすか?」


 イーガーだ。


「いいところに来た! イーガー、これをモノロイと一緒に持ち上げてここに戻せ!」


 僕は天の助けとばかりにイーガーに言う。


「任せて欲しいっす! 大師匠!」 


 いつからお前は僕の孫弟子みたいになったんだ?


 イーガーはそんなことを言いながら、モノロイと二人でせーので持ち上げようとしたが、それでも戦斧は床にへばり付いたままだ。


「……イズリー……何してるの?」


 ハティナが来た。


「え、えとえと……えと……シャルルが……」


 しれっと僕のせいにするんじゃねえ!!


 ハティナはイズリーと僕とキンドレーとモノロイとイーガーを順番に見て、一つ溜息を付いてから口を開いた。


「……どいて」


 彼女は屈強な男二人をたった一言で退けて、戦斧の柄の部分を片手で握ってヒョイと持ち上げた。


「……冗談……っすよね?」


 イーガーがポツリと呟く。


 ハティナは戦斧を元あった場所に戻して、唖然とした顔で見る僕のことを見てから、一瞬だけ何かに気付いたように慌てた表情をした。


 そして、表情をすぐにいつもの仏頂面に変えて言った。


「……魔導停減 インタラプト使えばこのくらいヨユー」


 嘘だ!


 この娘は何のスキルも使わないで持ち上げた!


 僕だってそのくらいの魔力感知はできる!


 この娘は筋肉自慢の男二人がかりで持ち上がらなかった戦斧を、素の腕力で持ち上げたんだ!


 そりゃクリスさんが顔を握り潰されるわけだ!


 と思ったが何も言わない。

 言えるわけない。


「あらあら、ハティナさんは随分と力持ちですこと。まるでゴリラか何かですわね?」


 いつからいたのか、ミリアがそんなことを言った。


「……」


 ハティナが顔をしかめてミリアを見る。


「私のように、か弱い乙女からすれば、何かと便利そうで羨ましい限りですわね」


 嫌味たらしく言ったミリアに、ハティナは顔をしかめたまま口を開いた。


「……その邪魔そうな胸の脂肪、もいであげる」


「わ、私のお胸を果物か何かのように言わないでくださいまし!」


 そんなこんなで、選抜組に残った魔王の眷属エンカウンターズのみんなは自分の装備を揃えた。


 結局、イズリーには僕からのプレゼントということで、軽量化と打撃強化の付与が付いたグローブをプレゼントした。


 肘まで隠す刺々しい見た目のグローブ。


 黒地に赤いヒビの様な模様が入った、いかついデザインである。


 なぜこの色がいいのか?


 と聞いた僕に、イズリーは「シャルルの髪の毛と同じいろー!」なんて答えた。


 当然、僕はニヤけた。


 嬉しいに決まっている。


 しかしながら、イーガーが「随分とイカツイ装備っすねー!」などと余計なことを口にしたおかげで、イズリーは「……これ、可愛くないの?」などと言って落ち込んでしまった。


 仕方がないので、学園に帰ってからミリアに頼んでグローブの甲の部分にウサギさんのワッペンを付けて貰った。


 魔物の腕の様なデザインに、場違いなウサギさん。


 僕には、ウサギさんのつぶらな瞳が何やら悲しげに見える。


 まるで、単独で地獄の淵に叩き込まれてしまった可哀想なウサギのような感じになってしまった。


 僕は、ちょっとコレはミスったかもしれない。


 なんて思ったが、いざ本人に私てみると、さぞかし気に入ったらしい。


「わー! ウサギさんだ! 可愛いねえ、きゅーとだねえ」


 なんて言いながら、そのグローブを抱きしめてくるくる回っていた。


 まあ、本人が気に入ってるなら良しとしよう。


 そういうことにした。


 モノロイは特に何も買わず、ミリアは自分の髪と同じ紺色のローブだけを買った。


 ミリアはすでに自分のワンドを持っているらしい。


 メリーシアは何やら怪しげな薬を大量に購入していた。


 何に使うのかは敢えて聞かなかった。

 君子危うきに近寄らずだ。


 ハティナは適当に選んだ例の杖だけ。


 僕は同じくセール品コーナーからキンドレーに見繕って貰ったワンドだ。


 正直、ワンドなんていらないと思ったのだが、帝国の人たちにグリムリープはワンドも買えないと思われるのもシャクだったので一応、購入したのだ。


 自分で買ったり作ったりした新しいワンドには名前を付けるのが魔導師の慣習らしく、僕は自分のワンドに「ヒノキオ」と名前を付けた。


 前世の記憶にあったゲームで、最初に手に入る武器が「ひのきの棒」だったのと、なんだかワンドの形が、嘘をつくと鼻が伸びてしまう人形の、伸びた鼻にそっくりだったからだ。


 こんなものは適当だ。


 どうせネーミングセンスも無いしな。


 イズリーも、自分のグローブに名前を付けたらしい。


 後にその名前を聞いて僕は「ヒノキオ」は割と良い方なのではないかと考えを改めることになる。


 イズリーは黒と赤の邪悪な見た目にウサギさんのワッペンが張り付いた左右のグローブに、「ポチ」と「タマ」と名付けていた。


 右がポチで左がタマらしい。


 どちらのワッペンもウサギさんなのだが。



 どの世界にも、下には下がいるものである。

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る