第52話 魔導学園十傑
僕は水浸しになったリングの上にへたり込んだ。
魔力切れだ。
身体を襲う脱力感。疲労感。
懐かしい感じだ。
前はイズリーを助けた時だった。
あの時は必死だったし、死ぬかと思った。
今回は、何故だか心地よい。
『ふざけんなー!』
『ウォシュレト! 何やってんだ!』
『もうすぐ勝てそうだったのに!』
『そうだそうだ! 最後にあんなミスなんて!』
『俺たちの期待を返せ!』
『魔王が勝利なんて! こんな茶番があるか!』
『魔王ふざけんな!』
『マグレ勝ちで調子のんな!』
僕とウォシュレット君に飛ばされる、野次、怒号、ブーイング。
僕は、そんなものには耳を貸さずに観客席を見る。
包帯でぐるぐる巻きにされ、ミイラのような有様のモノロイがいる。
……はは。
アイツ、泣いてやがる。
そんなことを呟いた僕の頬にも、雫が伝った。
これは……。
アレだ。
……汗。
いや、ウォシュレット君が本来なら脱糞直後のケツに掛けるべきだったシャワーを食らった水だ。
涙?
ふざけんな。
滅ぼしちゃうぜ?
断じて否定する。
魔王に涙だなんて。
似合わないだろ。
ガラでもないしな。
僕はそんなことを考えながら、観客席に仁王立つモノロイを見つめる。
そうして、僕は一度グーで心臓の辺りを叩き、その手で彼を指差す。
へたり込んだまま。
カッコ悪いかな?
でもさ、モノロイ。
お前だけは、今の僕を、カッコ悪いだなんて言わないだろ?
観客席のモノロイも、包帯でぐるぐる巻きの腕で一度胸を叩き、それを伸ばして僕を指差した。
……モノロイ。
お前の存在、生き様、そして、不屈の闘志が僕を……。
審判役の教諭が、大きく息を吸い込んだ。
「勝者! シャルル・グリムリープ!!」
そうして、彼は僕の勝利を宣言した。
会場は、破れんばかりの大ブーイング。
『ざけんな!』
『やってられっか!』
『やり直せ!』
『空気読めやコウモリの分際で!』
『死ね! 魔王は死ね!』
目の前でうつ伏せで倒れていたウォシュレット君が、起き上がる。
「……」
「……」
二人の間に、長い沈黙が流れる。
「最後のアレは、スキルか?」
ウォシュレット君が沈黙を裂いて、僕に問うた。
「
僕は答えた。
僕の大好きな女の子から貰った、僕の一番大切なスキル。
僕を二度も、窮地から救ってくれたスキル。
僕の、あの娘への愛の結晶。
少し恥ずかしいけど、そんなスキル。
……なんつって?
「……見事だった。シャルル・グリムリープ。君は、強い」
「……」
僕は、何も言わない。
違うんだ。
本当に強いのは、君の方なんだ。
僕より、君の方が強いんだ。
僕はただ、仲間に助けられただけ。
そう思うと、何も言えない。
「……悔しいが、約束だ。……ミリアさんのことは……頼んだ」
……ん?
え?
なんで今、ミリア?
……ミリア?
彼女がどうしたって言うんだ。
確か、ハティナもミリアを指差していたが。
そう思って観客席を見ると、飛び跳ねて喜ぶイズリー、すでに僕たちに興味を失くして本を読み耽るハティナ。
その隣に、やっぱり恍惚の表情で天に祈りを捧げているミリアと、ついでに同じポーズのキンドレーがいる。
……キンドレー。
お前は後でシバく。
そうだ。
良いことを思いついた。
そろそろイズリーに新しい技を教えよう。
彼女の武術の師匠として、演武祭に向けて彼女を鍛えなければな。
モノロイは本戦までに怪我を治さないとだしな、あのクソ魔道具に協力してもらおう。
そんなことを考えてから、僕は聞いた。
「……ミリアが、どうしたって?」
僕は、なんてこと無しにそう聞いた。
知りたかったからだ。
彼がなぜ、ミリアを気にしているのか。
頼む。
とは、どういう意味なのか。
僕はすでにウォシュレット君を尊敬していた。
僕より強い、この魔導師を。
「……どうした……とは?」
ウォシュレット君が僕に聞き返す。
いやいや。
なぜ聞き返す。
意味不明だ。
だから僕はこう言った。
「ミリアがどうした? なんで、このタイミングで?」
「……忘れた……とでもいう気か?」
「……ごめん。……たぶん?」
「ほんぎゃらばあああああああああああ!!」
何故か、彼はキレた。
僕は彼に散々髪を引っ張られ、顔を引っ掻かれた。
『いいぞー!』
『もっとやれ!』
『ウォシュレト! そいつ殺せ!』
『そうだ! やっちまえ!』
観客席からは、この試合で初めての声援が飛んだ。
そうして、観客席に戻ると
「やったー! シャルルも一緒に旅行行けるー!」
イズリーよ。旅行とは、ちと違うと思うぞ?
「……シャルルなら勝って当然」
ハティナよ。その期待は重すぎる。本当にギリギリだったんだ。
「わ、私、ついに……ついに! 名実共にご主人様のモノに……ぐふ、ぐふふ」
何故かミリアはぶっ壊れたらしい。
ミイラのような大男が僕の前に立った。
「……モノロイ」
「シャルル殿……」
僕たちは、どちらからともなく固く手を握り合った。
僕はモノロイに言う。
「……借りにしとく」
「む。相変わらず素直ではござらんな」
「……うっせえ」
僕はすぐに手を解いたが、僕の右手にはモノロイに力強く握られた感触がいつまでも残っていた。
僕らの間に交わされた言葉は多くない。
それでも、通じ合っている。
僕には、そんな確信がある。
感謝してるぜ。
我が友よ。
……なんつって?
僕は口に出さずに、そう思った。
そして、演武祭学内選抜大会は全ての勝者が出揃った。
「あ! 表彰式と壮行会があるみたいですよ!」
グエノラがそう言った。
「なんだか揉めてるみたいね」
マリーシアが何やら呟く。
よく見ると、確かに審判役の教諭達が集まって話し合っている。
「とにかくさ、リングには行っといた方がいいんじゃない?」
気軽な口調でミカが言う。
「そ、そうだね。な、何かあったのかな? そ、そう言えば決勝戦で、決着が付かなかった試合が二試合もあったけど……」
セスカは真面目だなあ。
全部の試合を観ていたんだろうな。
僕とイズリーなんか、興味のない試合はずっとお喋りしていたからなあ。
僕たち各トーナメントの勝者は、リングに一列に並んだ。
観客席からは、六割の声援と四割のブーイングだ。
もちろん、その四割は僕へのブーイングだが。
そして、セスカの言うように、ここには八人しかいない。
「えー。ごほん」
いつからいたのか、ホリックが話し始めた。
「第五トーナメント及び第八トーナメントにて、決勝で戦った選手が同時に戦闘不能となり決着のつかないまま終わりました。よって、この二試合を戦った四名に加え、決勝で惜しくも敗れた選手の中から、我々教諭陣で相談した結果、以下の選手を繰り上げて選抜入りとします」
ほほう。
そんなこともあるか。
確かに、選抜大会は余興にすぎない。
大切なのは本戦で勝つことだ。
「繰り上げ選手は二名、第五トーナメントにて惜しくもイズリー・トークディアに敗北した、カーメル・ハーメルン。そして、第十トーナメントにて、シャルル・グリムリープを瀬戸際まで追い詰めた──」
おいおい、マジか?
「──ウォシュレト・シャワーガイン。以上の二名の選手を繰り上げ選抜入りとします」
ウォシュレット君だった。
『ウォシュレトー! 本戦ではシクんなよ!』
『魔王を追い詰めたんだ! 当然さ!』
『頼むぜ! ウォシュレト!』
僕はウォシュレット君の人気に少し嫉妬を覚えた。
観客席から降りてきたウォシュレット君は、僕の前を通り過ぎる際に何故か僕の足を踏んだ。
そうして、彼は僕の隣に立つ。
まだ怒ってるのかな。
だが、何にだ?
全くわけがわからないぜ。
「さっきのは無効だ。君が決闘の約束を覚えていなかったんだからな。当然、無効。君との真の勝負はお預けだ」
僕の隣で彼は、そんなことを言った。
決闘?
なんだそれは?
まあ、いいか。
決闘云々はどうでもいいが、僕に肘をガツガツぶつけてくるのはやめてくれないだろうか。
そういえば、カーメルは足は大丈夫なのか? と思ったら普通に歩いていた。
神官の
なんてことを僕は思った。
そうして演武祭、選抜の十人が出揃った。
アスラ・レディレッド
メリーシア・マリアフープ
ミキュロス・リーズヘヴン
モノロイ・セードルフ
イズリー・トークディア
ハティナ・トークディア
ミリア・ワンスブルー
シャルル・グリムリープ
ウォシュレト・シャワーガイン
カーメル・ハーメルン
王国が誇る神童たち。
リーズヘヴン王立魔導学園最強の十人である。
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