第51話 魔王の意地

 僕は力なくリングの上にへたり込んだ。


 リングに撒かれた水が冷たい。


 そこに出来た水溜りに、まるで利き手とは逆の手で書いた似顔絵みたいな、疲れきった僕の顔が映る。


 その顔に辟易して、僕は観客席にいる仲間の方の、ある一点を見つめる。


 魔力切れだ。 


 もう、戦えない。


 そうして僕は、自分自身の非力を悟る。


 審判が今にも勝者の宣言を行おうと息を吸い込んだ。



 ──どうしてこうなったかって?


 僕の方が聞きたいよ。


 たった十分に満たない攻防。


 結果的に、魔王が魔力切れでへたり込む。

 こんな結末、誰が想像した?


 どうしてこうなったか。


 どこから説明しようか?



 そう。

 最初は、想像していたんだ。

 それから──

 

 僕は十分前に記憶を遡る。



 僕は想像していた。


 決勝戦、相手はSクラスの学生。


 その人と接戦を演じて辛くも僕が勝つ。


 そして、お互いの健闘を称え合い、二人の間には友情が生まれた。

 

 それを観ていた観客達は、僕たち二人の姿に感動し、スタンディングオベーションを贈る。


『魔王! いや、シャルル! いい戦いだったぞ!』

『相手のやつも健闘したな!』

『なんだ、シャルルもいいやつじゃないか!』

『戦った相手と最後は友情で結ばれる! そんな試合を俺たちは観たかったんだ!』

『シャルル! 演武祭、期待しているぞ!』

『そうだ! 帝国に、いや世界に! 俺たち王国もやるんだってところを見せてくれ!』

『シャルル! あんた尊い! 尊すぎるぜ!』


 そんな声援に包まれる。


 そうして、僕たちは選抜として帝国で行われる演武祭に向かう。


 魔導学園の学生全員の想い。

 そして、リーズヘヴン王国民全員の期待を背負って……。



 ── To be continued.



 そんな想像をしていたんだ。


 実際はどうかって?


『ウォシュレトいいぞ! そのまま魔王を倒せ!』

『やっと、やっとだ! やっとアイツがやられるところが見れる!』

『ミリア様や双媛を騙した罰だ!』

『死ね! コウモリは死ね!』

『裏切りもんの末裔にチョーシに乗らせてんじゃねえ!』


 僕が考えてた展開はこういうのじゃない。


 ……間違ってる。


 そう。


 こんなの絶対間違ってるよ!


 だってそうだろ?


 異世界に? 

 

 転生して? 


 チート能力で敵をバッタバッタと倒して? 


 何だか大人の香りがする色っぽいおっとり系の女騎士の姉ちゃんとか? 


 街で荒くれ者に絡まれているところを主人公に救われた少し気の弱い巨乳の女の子とか?


 天然だけどちょっと気の強い割に二人きりだと甘えてくるエルフの美少女とか? 


 悪い人間に襲われて露頭に迷っていたところを何故か偶然にも主人公と出会うことで救われた人型の魔物の女の子とか?


 辛い過去を背負っていたけど主人公に救われることで主人公にだけ心を開いた猫耳の美少女獣人の元奴隷とか? 


 謎の理由で主人公に惚れた女神様とか?


 謎の理由で主人公と許嫁にされた貴族の御令嬢とか?


 謎の遺跡にある謎のアーティファクトに謎の封印で閉じ込められていたところを主人公の謎の能力で助けられた謎の美少女とか?


 そういう可愛い女の子達に?


 よくわからんご都合展開から惚れられて? 


 さらによくわからんご都合展開から?


 莫大な財産やら地位だとかをゲットして?


 無理くりな理由から?


 登場人物全員から全肯定されて?


 さすがは主人公!


 つって?


 主人公君好き!


 つって?


 やはり主人公は違うな!


 つって?


 特に理由はないけど忠誠を誓います!


 つって?


 やれやれなんつって?


 たまにチート能力でやらかして?


 まぁ主人公だから仕方ないよ!


 つって?


 またやらかしちゃいました?


 つって?


 さあ、いざ、魔王よ! 


 我の力をとくと味わえ! 


 つって? 


 サクッとラスボス倒して? 


 最後はヒロインと結ばれて? 


 なんなら全員嫁にして?


 二週目の人生! 


 すっげー楽しい!


 異世界転生サイコー!


 ってのじゃないの? 


 普通そうじゃないの?


 だいたいこんな感じじゃなかった?


 僕、間違ってる?


 そこまで的外れじゃないよね?


 そうだよね?


 だいたいこうだよね?


 じゃ何これ?


 何この状況?


 何で僕、会場から大ブーイング受けてんの?


 何で僕、防戦一方で逃げ回ってるの?


 何で僕、びしょ濡れなの?


 何で僕、ウォシュレット君にあんなキレられてんの?


 何で僕、右手にパンティ握りしめてんの?


 こんなの絶対おかしいよ!



 僕は心の中で一通り毒を吐いた後、ウォシュレット君に界雷レヴィンを放つ。


 しかし、ウォシュレット君の防御スキル水玉陣ポルカドットに防がれる。


 水玉陣ポルカドットは術者の周りに幾つもの大きな水の玉を発生させ、その水玉に攻撃を受けさせて身代わりにするスキルだ。


 アレが邪魔で界雷レヴィン熱 界 雷ファラレヴィン熱星球ヒートスター も通らない。


 懲罰の纏雷エレクトロキューションで近接戦に持ち込もうとしたが、水玉陣ポルカドットに邪魔されたところを水刃エッジ水弾ドロップを撃ち込まれて近づくことができない。


 ウォシュレット君はかなり強い。


 僕なんかよりも遥かに強い。


 魔法とスキルの使い方がとても上手いのだ。


 嫌らしさとでも言うべきか。


 僕の攻撃はほとんど完封されている。


 至福の暴魔トリガーハッピーでぶち抜こうにも、起動させることができない。


 魔塞シタデルはまだ持ちそうだが、魔力の残量は心配だ。


 懲罰の纏雷エレクトロキューションとの併用は膨大な魔力を消費する。



「ほんぎいぃぃぃい!! ちょこまかちょこまか逃げてんじゃあない!」


 ヒステリックな叫びを上げて、ウォシュレット君は大魔法の詠唱に入る。

 

 膨大な魔力だ。


 食らったら魔塞シタデルでも不味い。


 簒奪の魔導アルセーヌ で奪っても、迫りくる大量の水を消せるわけじゃない。


 避けようにも、このリングの狭さじゃ難しい。


 このために、水のスキルを連射して水場を作っていたのか。

 水系統上級魔法で、一気に勝負を決めるために。


 あー。


 これ終わったかも。


 僕、負けるかもしれん。


 そう言えば、何だか大層なスキルをたくさん貰ったり、イズリーを助ける時に都合よく夜王カーミラに目覚めたり、ハティナに何故か告白されたり、あんな酷いことしたのに、ミリアが何故か僕に懐いてきたり。


 そもそも転生なんかしちゃったり。


 思えば僕の二度目の人生も、ご都合展開が沢山あったなあ。


 なんてことを僕は考えた。


 帝国に行けなくなるのはキツいけど、何年かして成人したら行ってみるか。


 とにかく勇者にはコンタクトを取らないと。


 あんな感じでも、『神』は『神』だし。


 あんな『神』でも、約束は約束だし。


 あと三年で卒業だしな。


 ハティナとイズリーには申し訳ないけど、僕は先に行けそうにない。


 転生者だから、自分が主人公みたいなつもりだったけど、そう上手くはいかないよなあ。


 みんな、必死に生きてるんだ。


 転生なんてしなくても。


 『神』なんかに会わなくても。


 特別なスキルなんてなくても。


 特別なジョブなんてなくても。

 

 みんな、それぞれの人生では、自分自身が主役なんだから。


 この世界で生まれ、技を教わり、技を磨き、恋をして、子供を作り、技を伝え、老いて、死ぬ。


 僕自身も、当然のようにそのサイクルの一部にあるに過ぎない。


 僕は随分と思い上がっていたなあ。


 僕が半ば諦めていると、練兵館に野太い大喝が響いた。


「シャルル殿! 我は! いや我々は! そんな情けない魔王について行ってるわけではござらんぞ! 我らは! シャルル殿だからこそ! 信じておるのだ! シャルル殿! 我らより先に諦めるなど! 言語! 道断! 見せてみよ! お主の! 究極志向!!」


 一瞬、会場からのブーイングが止む。


 が、すぐにそれは勢いを増して再燃した。


『鉄人が何か叫んでるぜ?』

『生きてたのか!』

『は! 終わりだよ! 魔王は防戦一方じゃねーか!』

『いいぞ! ウォシュレト! やっちまえ!』

『魔王にトドメを刺してやれ!』


 ブーイングは増したが、僕の胸に消えかけた闘志は、再び灯った。


 ああ、そうだ。


 そうだったよな。


 ごめん。


 モノロイ。


 お前の試合をあれだけじっくりと観ていたのに。


 僕はお前の勇姿を忘れていたよ。


 究極志向。


 そうだよな。


 絶対に諦めない。


 不屈の精神。

 

 どこか他人事のように考えていた。


 でも違う。


 ソレは、僕だ。


 僕が、目指すべき道。

 

 僕が、選ぶべき道。


 僕に、必要な道。


 アレは、僕であるべきだ。



 ……やるぞ、相棒。


 唱えろ、沈黙は銀サイレンスシルバー


 ──操 影シルエット──


 ──纏威圧制オーバーロウ──


 ──起動。



 ブーイングは最高潮だ。

 罵詈雑言が束になって僕に降り注ぐ。



 ぎゃーぎゃー煩いんだよ。


 観客も。

 ウォシュレットも。


 そんなに僕が嫌いなら、まとめて相手にしてやる。


 観とけよ。

 見とけ。


 ──魅せてやるから。



 ウォシュレット君は水系上級魔法、豪流瀑布ティアドロップを唱え終わった。


 彼の頭上に、直径5メートルの大きな水の弾が浮かぶ。


 ミリアはアレを凍らせたのだろうか。


「きぇえええええい! シャルル・グリムリープ! お前を倒して! ミリアさんを救う! 引導を受け取れえええええ! 豪流瀑布ティアドロップ!!」


 巨大な水の弾が僕に迫る。


 その刹那、僕の足元から前方左右に伸びた影が、リングの上にコウモリの翼を描くように怪しく蠢いた。



 ──ガパッ



 と、水の玉は僕の手前で二つに割れる。


 左右のコウモリの翼に引き寄せられるかのように。


 僕は、魔力最大限で発動させた操 影シルエットで作り出した重力場を前方左右に作り出して水弾を割った。


 魔力を失った大量の水が、操 影シルエットで左右に分かれた僕の影の上でバシャバシャと揺れる。


 モーゼが海を割ったかのように、僕の左右に水の壁ができる。

 

 散髪をサボって少し伸びた僕の髪の毛。

 毛先に行くにつれて赤く染まっているその髪がふわりと揺れる。


「どこ狙ってるんだ? そっちにケツがあったのか? ああ? 僕のケツはこっちだぜ? ウォシュレットよお」


 僕はなるべく相手を挑発するように、見下すように顎を上げて言う。


 僕より強い彼が、彼より弱い僕の罠に、気付くことがないように。


 怒りを露わにして地団駄を踏みながら、ウォシュレット君は喚く。


「ぐぬぁぁぁぁぁぁあん! 僕は! 僕の名前は! ウォシュレト・シャワーガインだ! ケツは関係ねええええええええ!!」


 もう一度、ウォシュレット君は頭上に大きな水弾を作り出した。


 ……掛かったな。


 君より圧倒的な弱者である、僕の罠に。


 ごめんな。

 ウォシュレット君。

 君は強かったけど、先に進むのは──



 ──僕だ。



 そこはもう、纏威圧制オーバーロウの支配領域。



 僕の半径20メートルに、纏威圧制オーバーロウが作り出した重力場。


 魔力抵抗の強いウォシュレット君自身はまだ耐えられているが、その頭上の巨大な水弾の重量まで、支えられるかい?


 ウォシュレット君の頭上。

 彼の作った巨大な水弾が、彼に向かって真下に落ちた。


 僕の左右の壁が体積を増す。


 ウォシュレット君の方から流れてきた水を捕まえたからだ。


 ウォシュレット君。


 僕より圧倒的な強者である彼は──


 


 ──地に伏していた。

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