第48話 慧姫の赫怒

 見事に選抜入りを果たしたイズリーがふらふらとした足取りで観客席に帰ってきた。


「ういー。ひっく。勝ーちまーしたー。ひっく」


 まだやってるよこの人。


「……いつまでやってるの」


「はわわ、ごめんなさい」


 ハティナに怒られて、イズリーはすぐにシュンとなった。


「イーちゃんおめでとう!」


「イズリーお姉ちゃん! おめでとうですよ!」


 イズリーは魔王の眷属エンカウンターズの皆に出迎えられて祝福を受ける。


 僕はイズリーに、どうしても聞きたいことがあった。


「イズリー、結局のところ相手のスキルは何だったんだ? 全然、魔力を感じなかったんだが」


「え? あーあれかあ。うんとねえ。なんて言えばいいんだろうねえ」


 イズリーは珍しく悩むような様子を見せて、ひとしきり唸ったあと答えた。


「たぶん、あの人の中の魔力は外の魔力とおなじなの」


 ほほう、なるほどね。


 ……つまり、どゆこと?

 ぜんぜんわからん。

 こいつ。

 まだ酔っ払ってるんじゃなかろうな?


「なるほど! そういうことなら、魔力を感じなくて当然ですわ!」


 ミリアは腑に落ちたらしい。

 

 やはりバカと天才は紙一重と言うからな。

 バカでも天才でもない僕には全くわからん。


「ミリア! 頼む! 僕にもわかるように説明してくれ!」


「あぁ! この下賤な身の私がご主人様に頼られているだなんて! ……あらあら、いけませんわ。私、ちょっと下着を替えてきますわ!」


 待て待て待て!

 そんなものは後でいいだろう。

 なんで僕に頼られたことに喜んでるのに、当の僕を放置するんだ!


「……エルフという種族がいる。……彼らには体内魔力に当たるモノがない」


 下着を替えにどこかへ行ったミリアに代わって、ハティナが語り始めた。

 さすが秀才!

 物知りだぜ!

 どっかの常時下半身水没女とは大違いだ!


 ハティナは言葉を続ける。


「……彼らはその存在がほとんど自然と同化している。……つまり、わたし達で言うところの外部魔力を体内で生成して直接操作している」


 ふーん。

 するってぇと何かい?

 体内に、外部魔力が通っている?

 なんだか分かったような分からないような。


 何にしてもだ。


 だから普段、体内魔力を感知している僕たち人間の魔導師にはカーメルの魔力が感知できなかったと。


 僕たちと違って体内魔力に依存して魔法を行使しなくて済むなら、魔力切れになどならないのだろうか?


「カーメルってさ、エルフなの?」


 僕がハティナに尋ねると、彼女はふるふると首を振って否定した。


「……おそらく、ハーフエルフかクォーターエルフ」


 ……ほほう。

 カーメルが女性でないことが悔やまれるぜ。

 

「でも、イズリーはなんで避けることができたんだ?」


 僕は素直な疑問をイズリーに投げた。

 

「んーとねえ。なんでかなあ。何となく、わかるようになったんだよねえ」


 コイツに聞いても無駄だ。


「ハティナさん?」


「……隕墜石礫メシーバレッジ で測った」


「そーだった! あたしが撃った隕墜石礫メシーバレッジ の岩が弾かれるのを見て、どこに飛んでくるかわかるようになった!」


 ……なんだあ。ただの天才か。


 いやいや。

 そのシーンは僕も観てたけど。

 それにしても一回で見えない攻撃の軌道を見切るのとか無理な気がするんだが。


 そんな会話の中、ハティナは無言で席を立った。


 彼女の番だ。


「ハティナ──」


 ハティナを激励しようとした僕を遮り、彼女は言った。


「……わたしは勝つ。……シャルル、先に選抜で待っている」


 ハティナは何てことないようにそう言った。



「ハティナ・トークディア、クリス・ジーナハルフェン、両者前へ──」


 ハティナの相手はクリス・ジーナハルフェン。


 はっきり言うが、強敵だ。


 女子学生の中では天才ミリアに迫るほどの才能と魔力を有しているらしい。


 ピーガー・クレッシェンドと共に、ミキュロスが警戒していた相手だ。


 ミキュロスの情報では珍しい光魔法の使い手だ。


 光魔法は、文字通り体内魔力で光に干渉する。

 とは言え、レーザー光線みたいな荒技が出来る人は歴史上でもほんの一握りで、実際には幻術などで撹乱したり、自分の姿を消して索敵や暗殺なんかに使われる類の、いわば補助系統スキルに近い運用方法が主とされる。


 クリスさんは魔戦士にして光魔法の使い手だ。


 姿を消して忍び寄り、近距離戦闘に持ち込んでから相手を転ばせる方法で勝ち上がってきたらしい。


 まるで忍者や暗殺者のようなファイティングスタイルだ。


 正直、カッコいい。


 でも、光なんだな。

 闇っぽいイメージの戦い方だけど。


「──始め!」


 二人は試合が始まってもお互い微動だにしない。

 

「アンタが慧姫ハティナか」


 焦れたようにクリスさんが口を開く。


「……」


 ハティナは無表情のまま口を開かない。


「魔王なんて呼ばれてるヤツに取り入って、お姫様にでもなったつもりかい?」


「……」


「アタシはそういう自分の実力もない癖に強者に取り入る連中には虫酸が走るのさ! それ以上にムカつくのは、本当は大した実力もない癖に、魔王だなんて調子に乗ってるあのスカポンタンだよ」


 クリスの言葉に、会場は湧いた。


『いいこと言ったぞ! クリス!』

『クリス! ハティナ様の目を覚まさせてやってくれ!』

『全くだ! コウモリの癖にムカつくんだよなあ』

『何が魔王だ! ちょーしのんなチビの癖に!』

『そーだそーだ!』

『マジでくたばっちまえ! クソ魔王!』


 会場は、何故か僕へのブーイングで染まった。


 ……本当になぜだろう。

 僕、今は無関係だと思うのだけれど。


「……シャルルは強い。……少なくとも、あなたより。……そして、あなたより強い、わたしより」


 沈黙を保っていたハティナがそう言うと、会場は水を打ったように静かになる。


 なんだろう。

 この悪寒は。

 

 隣でイズリーが怯えたように僕にひしっとしがみついてきた。


 グエノラがガチガチと歯を鳴らして震えている。


 感受性の豊かな人ほど、この悪寒に敏感になっているように見える。



「へえ。言うじゃないか」


 クリスさんはご立腹な様子だ。


「……あなた程度には、魔法すら必要ない」


 ハティナが謎の宣言をする。


『え? 今、魔法使わないって言ったか?』

『いやいや、そしたら流石に……』

『ハティナ様が負けるのはダメだろ!』

『え? マジで? マジなの?』


 練兵館がどよめく。


「シャルルぅ。ハティナおこってる」


 イズリーは雷に怯える幼子のように震えている。


「ハティナが本気で怒ってるところを見るのは初めてかもな」


「ハティナ、おこると怖い。あたし、ケンカして勝ったことないもん」


 なんとなく想像がつく。

 イズリーの方が腕力は強そうだが、ハティナの知恵で丸め込まれてしまうのだろう。



「正気か? アンタ。流石にウゼーわ。よえー癖に調子のんじゃねーぞ! くそガキが!」

 

 クリスさんはそう言うと、スッと彼女の姿が消えた。


 光魔法だ。


 姿を消す魔法。


 透遁ミラージュ


 原理は、自分の周りの光に干渉することで、その光を屈折させて自分の姿を隠すらしい。


 リングの上にはハティナだけだ。

 体内魔力を感知しようにもクリスが巧妙に隠しているのか、この距離じゃ感知できない。


 ハティナは無表情のまま立ち続ける。

 まるで怯える様子もなく、慌てる様子もない。


「……見つけた」


 ハティナがそう呟いて、あらぬ方向に右手を伸ばした。


 何かを掴んでいるように、ハティナは開いた手を微動だにしない。


 まるでパントマイムのようだ。


 イズリーは僕のローブをめくって、さらに制服のブレザーの中に隠れるように頭を入れてぶるぶると震えている。


「い、イズリー?」


「ハティナ怒ってる、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい」


 まるでホラー映画に出てくる悪霊に取り憑かれた犠牲者のように、彼女は怯えている。


 右手で見えない何かを掴んだまま動かないハティナは、まるで路肩の石ころでも見るかのような目で、自分の伸ばした手の方に向けて呟いた。


「……おやすみ」


 ──バキッ。


 そんな音が、会場に響く。


 ハティナの手から、血が垂れる。

 

 その血は、まるでガラスを伝うように、見えない何かの形をなぞって不思議な軌道を描きながらリングにポタポタ垂れる。


 スッと魔法が解けてクリスさんが姿を現した。


 ハティナに顔を掴まれて。


 ハティナに顔を潰されて。


 クリスさんは、ハティナに顔を鷲掴みされたまま気を失っていた。


 そうしてハティナは、ゴミを捨てるようにクリスさんをリングに打ち捨てた。


 クリスさんはリングにうつ伏せで倒れ、ピクリとも動かないまま、頭のある辺りに血溜まりを作る。

 


 会場は沈黙に包まれる。


 審判役の教諭が、呆然と立ち尽くしている。


「……早く。……宣言」


 ハティナにそう言われて、我に帰ったように審判役の教諭が彼女の勝利を宣言した。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る