第45話 決勝戦

 アスラの戦いは華麗の一言だった。

 蝶のように舞い、蜂のように刺すという言葉があるが、まさにそれを体現するような戦いぶりだ。


 相手の魔法の軌道を正確に読み切り、柳のようにかわす。

 そして、相手の死角や呼吸の隙間を縫うように正確無比な攻撃で圧倒する。


 前世で闘牛士というものがいたが、まさにそんな戦い方だった。

 僕だったら勝てるだろうか?

 難しいかもしれない。

 スキルと魔法を片っ端から簒奪の魔導アルセーヌ で簒奪していけばあるいは……。


 ミリアも強いが、どっしり構えて堂々と戦う彼女とは真逆のタイプであると言えた。


 ミリアが剛ならアスラは柔。

 柔よく剛を制すというから、もしかしたらアスラが勝つかもな。


 彼はそうして、学園で最初に演武祭への選抜入りを決めた。


 残る空席はあと九つ。

 決勝進出者は十八名。

 

 僕は自分の相手の情報などそっちのけで、イズリーにブレーンバスターは使わないようにと釘を刺していた。


「でもー、この前は勝てたよー?」


「この前はたまたま勝てたの。イズリーが先に倒れたらダメなんだから」


「うーん。難しいねえ」


 何が難しいんだこのバカ!

 君はシンプルに相手を殴り倒せばサクッと勝てるんだから、余計なことをするんじゃないよ!


 僕はなるべく分厚いオブラートに包みながら、そんなことをイズリーに言い聞かせていた。


「……ボス」


「……ミキュロスか」


 僕とイズリーの会話を極力邪魔しないようにとの配慮だろうか。

 ミキュロスがイズリーからは影になるような位置から話しかけてきた。


「イズリー殿の対戦相手ですが、何やら力を隠しているようですかな」


「力?」


「イズリー殿の相手はSクラスのカーメル・ハーメルンですが、……余の杞憂なら良いのですが、決勝まで一度も魔法を使っていないのです」


「おいおい、モノロイかよ」


「対戦相手は皆、何をされたのかわからなかったと口を揃えて言うのですかな。気付いたら、すっ転んでいたそうで……。何かのスキルであることはわかるのですが、かなり強い相手かも知れませぬかな」


 本当かなあ?


 イズリーに限って負けることはないと思うが……。


 しかしこいつ本当に有用な人間になっちゃったな。

 

「──それから例のブツですが、なんとか仕込むことができました。ただ、予定の刻限までに効果が出るかどうかは賭けですかな」


 え? なんの話?

 昨日から何だ?

 ブツやら何やら。

 

「例のブツ?」


「は。薬でございますかな」


 ミキュロスは周りをキョロキョロと伺いながらそう言う。


「薬って?」


「へ?」


 僕とミキュロスの間に、微妙な沈黙が流れる。


 そんな時、中央のリングにメリーシアが現れた。


 メリーシアはSクラス生と対峙している。


『メリーシア・マリアフープ、モイキー・ブンカーナ、両者前へ──』


「か、彼に毒を盛れとの仰せでは?」


 ミキュロスがリングに立つ男子学生を観て言う。


「え? 何で?」


 僕はシンプルに疑問を口にする。


「め、メリーシア殿から、そのように伺いましたかな……」


「メリーシアが?」


「は。ボスからの指令だと……」


 『──始め!』


 試合が始まったが、メリーシアも件のモイキー君も動く気配がない。


 まさか、メリーシア……。


「……!」


 何かに一瞬驚くような顔をして、モイキー君は前屈みになった状態でリングから走って去って行った。


 リングの上に残るのは、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるメリーシアだけだ。


 メリーシアの勝利を、審判が宣言した。


「何を……飲ませたの?」


「……強力な下剤と聞いていますかな。メリーシア殿が自ら調合したと……」


 ……えーと、なになに?

 じゃあ、メリーシアの対戦相手が次々と棄権して行ったのは……。


 最近大人しくしてると思ったら影でミキュロスをいいように使っていたとは。


 大会の影で暗躍していたのは、どうやら僕だけではなかったらしい。


 遠くでアスラと目が合ったが、彼はすぐに目を逸らした。

 僕とミキュロスの裏での繋がりには目を瞑るということだろう。


 確かに、風紀委員として結果を出してる僕を咎める理由もない。敢えて敵対しても彼の得にはならないだろう。僕が彼の従弟であることも大きな理由の一つかもしれない。


 メリーシアの一件を、僕はすぐに忘れることにした。


 メリーシアの試合の後、すぐにミキュロスの試合が始まった。

 相手は同じくSクラスのクルラ・ネルラベンダー。

 風系統の魔法を得意とする女子学生だ。

 薫風パフューム という相手の身体を麻痺させるガスを放つスキルを持つらしい。


 試合が始まると、しばらく両者が動かないままに時間が過ぎる。クルラ嬢は一瞬、唇を噛むようにした後、薫風パフューム をリング内に撒き散らした。


 ミキュロスは微風ゼファー を地面に撃ち込み、突風を発生させることで麻痺の風を振り払う。


 なるほどよく考えたな。

 薫風パフューム は煙に近い性質なので、風を発生させて空気を循環させれば効力から逃れることができるわけだ。


 クルラ嬢の猛攻は続いた。

 薫風パフューム を防がれたと見るや否やすぐに微風ゼファー 飄風刃ハイゼファーでミキュロスにダメージを与えようとする。


 しかし、落ち着いた様子のミキュロスは石礫ストーン 連石礫デュオストーンで攻撃を防ぐ。


 ミキュロスは相手の情報を調べ尽くしているのだろうか。

 全ての攻撃に対して有効な打開策を用意しているようだ。

 彼の持つ情報量が半端じゃないわけだ。

 

 クルラ嬢の戦いぶりを観ていると、彼女が唇を噛んだのが目に入った。

 確かさっきも唇を噛んでいたような。

 するとクルラ嬢から薫風パフューム が放たれた。


 癖、か。

 薫風パフューム を撃つ時、彼女は唇を噛む癖がある。

 薫風パフューム は状態異常系のスキルだ。薫風パフューム を撃つ瞬間、彼女は攻撃魔法への対抗手段を持たない。

 大きな隙ができる。

 

 ミキュロスはそこまで見抜いていたのだろうか、いや、相手を調べ尽くして戦う前から知っていたのだろう。

 ミキュロスはクルラ嬢の薫風パフューム に合わせるように隕墜石礫メシーバレッジ を発動した。

 石ころの大群がクルラ嬢に直撃し、彼女を吹き飛ばした。


 ミキュロスの勝利だ。

 彼はリングの中央で薫風パフューム を食らってピクピクと痙攣している。

 なるほど情報の力か。

 僕はこれまでの戦闘において情報戦という概念に疎かった。

 ミキュロスを観て、眼から鱗が落ちたような気分になった。

 もう少し夜王カーミラを有効に使おう。


「ボス。余も選抜入りを決めましたかな!」


 麻痺から立ち直って観客席に戻って来たミキュロスが僕に話しかけてきた。


「すごいじゃないか! ミキュロス! 彼女が唇を噛む癖、調べていたのか?」


「なんと! あの戦いでお気付きになりましたかな! 流石にございますかな! 余はこの試合の前から彼女の癖、使える魔法、所持しているスキルは当然ながら、好きな食べ物からスリーサイズまできっちりと調べていましたかな。当然、あの癖も──」


 いや、スリーサイズは要らないんじゃないかな。


 そういえば昨日の夜の作戦会議でも、ミキュロスはモノロイの対戦相手であるアナベルさんのスリーサイズの情報を持っていた。


 僕が気付いてないだけで重要な情報なのだろうか?


 ……まさかな。


 薄々気付いていたけどコイツ、ストーカー気質があるみたいだ。


 僕はクルラ嬢のスリーサイズだけはミキュロスからキッチリと聞き出し、彼との会話を終えた。


 いや、大切な情報の可能性もあるからな。

 他意はない。


 そして、今日一番注目されていると言っても過言ではない、モノロイの試合になった。


 何しろ運──正確には暗殺に近い搦手だが──で勝ち進んだメリーシアとは訳が違う。


「では参る」


 重々しくモノロイが席を立つ。


「師匠、頑張ってくださいっす!」


 イーガーが興奮した様子で激励の言葉を送っている。


「モノロイ、作戦は──」


「シャルル殿、我はみすみす勝機を捨てる気はござらんよ。アナベル殿の弱点、そして、我がそれに対して為すべき方策。万事、遂行してみせよう」


 僕の言葉を遮って、モノロイが答えた。


 この勝負、モノロイにとっては正に苦行となるだろう。

 しかし、それだけがモノロイに残された、たった一つの勝ち筋。

 今は、モノロイを信じるしかない。



「アナベル・ヒプノシス、モノロイ・セードルフ、両者前へ。──始め!」


 審判の掛け声と共に、モノロイの名乗りが始まった。

 巌骨一徹スタボーンを発動する為の通過儀礼。

 名乗りと被弾だ。

 アナベルさんは確実にこのタイミングで早期決着を狙ってくるだろう。

 まず、初撃を耐えられるか。

 ここが最初にして最大の山場。


「我こそは風紀委員会、魔王の眷属エンカウンターズが一人、鉄人のモノロイ! いざ、推して参る!」


「苦しまないように一撃で決めて差し上げます。風塵剣舞スーパーセル!」


 いきなり大技だ。

 モノロイにアナベルさんが作り出した竜巻が直撃する。


 リングに突風が吹き荒れる。

 モノロイは、それでもその場に仁王立ちしていた。


「耐えた!」


 イーガーが叫ぶ。


 アナベルさんは苦虫を噛み潰したような顔をする。


 耐え切ったか。

 モノロイの巌骨一徹スタボーンが発動している。

 まずはスタートラインには立ったわけだ。

 しかし、苦しいのはここからだ。


 モノロイはその場から一歩も動かずに、ひたすらアナベルさんの風魔法をその身に受け続けた。


「師匠! なんで攻めないっすか! そんなモヤシっ娘、やっつけて下さいっす!」


 イーガーの叫びに呼応するように、観客からも野次が飛ぶ。


『おいおい、やられちまうぞ!』

『バシッとSクラスを叩き潰してくれよ!』

『勝負捨てたのかモノロイ!』


 耐えろ、モノロイ。

 言いたい奴には言わせとけ。

 唯一の勝機は、この先にこそある。


 モノロイに無数の風魔法が直撃する。

 十や二十じゃ利かない数だ。

 アナベルさんは多重軌道も繰り出して無数の風刃を乱舞させる。

 

 モノロイは微動だにしないが、既に身体は傷だらけだ。

 それでも、モノロイは動かない。

 

 そう。

 これは作戦だ。

 ミキュロスの情報を基に、僕とミリアとモノロイで考えた唯一の勝ち筋。


 アナベルは賢い。

 モノロイが突撃すれば必ず脚を狙ってくる。

 転んでしまえばそれまでだ。


 それにモノロイが動けば相手は必ず罠を張ってくる。

 そんな巧妙な相手の罠にかからないためにはどうするか?


 答えは、動かないこと。

 ここはじっくりと、腰を据えて臨むしかない。


 まだ、勝負は始まったばかり。


 モノロイの苦難が、幕を開けた。

 

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