第43話 トカゲの血筋

 イズリーが巨漢から勝利をもぎ取った後、ハティナ、ミリア、そして僕の順番で勝ち進みこの日の試合は全て終了した。


 仲間内では僕、ハティナ、イズリー、ミリア、モノロイ。そして、実際は一度しか戦っていないメリーシアが決勝進出を決めた。


 僕たちの他にもアスラ・レディレッド、ミキュロス・リーズヘヴンは共に決勝に駒を進めた。


 残っているのは十のトーナメントに二十名の決勝進出者で、明日決勝戦が行われ、それぞれのトーナメントの優勝者が演武祭への切符を勝ち取る。


 Sクラス以外での決勝進出者はモノロイとメリーシアだけだ。


 毎年、一度や二度は番狂わせが起こるらしいがその番狂わせに巻き込まれる側はたまったものではないだろう。


 腹痛で棄権したSクラス生は仕方ないにしても、ピーガーはSクラスであることを鼻にかけることも多かったそうで、他クラスの学生からは何やら嘲りの対象になっているという話を聞いた。


 あの試合はモノロイが強かっただけで、ピーガー君が弱かったわけではないと思うのだけどね。


 彼に油断があったこと自体は否めないが。


「シャルル君。少しいいかな?」


 練兵館からの帰り道、アスラに声をかけられた。

 

「ええ、何か?」


「グエノラさんも一緒に来てもらえるかい?」


 アスラはなんだかバツが悪そうな顔でグエノラにも声をかけた。


「はいです! もちろんですよ!」


 アスラに案内されるままに、彼の自室に招かれた。


 おお。

 なんだかセンスの良いインテリアだ。

 僕の殺風景な拷問部屋とは大違いで、セレブ感が半端ない。


 誰の部屋が拷問部屋だ!

 ……いや、まあ、事実か。


 勧められるままに高級そうなソファにグエノラと共に腰掛ける。


 アスラは優雅な動作でお茶を出し、懐から一通の手紙を出した。


「私の口から説明するよりも先に、これを読んで欲しいのだが……」


 封蝋はトカゲの紋章。

 なるほど、だからこの面子か。

 大方、モルドレイからの手紙だろう。

 僕とアスラとグエノラは血縁上は従兄妹だ。

 奇しくもこの場にいる全員がレディレッド家当主の孫なのだから。

 だが、内容はなんだろう?


 そう思って、まずは僕が手紙に目を通す。


 ──拝啓 


 此度は演武祭学内選抜大会での活躍、大儀である。

 我が嫡孫、アスラであれば必ずや演武祭に選ばれ、憎き帝国の地にてリーズヘヴンにレディレッド在りと天下に示すに相違ないだろう。

 しかしながら、祖父の心配は、愛しき我が孫娘グエノラである。

 グリムリープのせがれは特に心配しておらん。

 あれは奴の好きにさせておけ。

 とにかく、グエノラだ。

 グエノラは今、どうしておるか。

 祖父に会えず、毎晩枕を濡らしてはおらぬか。

 よもや、悪い虫なぞ付いてはおらぬか。

 その場合は早急に祖父に報告するように。

 グエノラはその可愛さ余りあり、まるで天の御使いと見紛う程である故──


 ……なんだこれ。


 僕は眉間を抑えながらグエノラに手紙をパスする。


「私も同じ想いさ」


 アスラが僕にそんなことを言いながら優雅な動作で茶を啜る。


「で、つまりどういうことです?」


「最後の文章が問題なのさ」


「最後?」


 その最後の部分をグエノラが声に出して読む。


「追伸。グエノラは我が最愛にして、さい──」


「その少し前だね」


「グエノラが万が一敗退することあらば、アスラとグリムリープの倅の手で必ずやその仇を討ち、確実に抹殺すべし。でなければ、祖父の気が収まらぬであるからして、重ねて言うが、必ずや誅殺するように。追伸、グエノラは我が最愛にして──」


「グエノラ、もう充分だ」


 流石にジジイから孫娘への溺愛ラブレターなど聞くに堪えないので途中で制する。


「……」


「……」


「……」


 僕たちの間に気まずい沈黙が流れる。


「確か、グエノラを倒した相手ってのは──」


「生物委員会、委員長、アナベル・ヒプノシス女史だね」


「とっても強かったですよ……」


「で、どうするんですか? そのアナベルさんとは、僕もアスラ委員長も当たりませんよね?」


「その通り。だが、爺上様にそんな道理が通らないのもわかっているだろう? 何しろ、私たちのお爺様なのだからね」


 ぐぬぬ。

 確かにそうだ。

 それに、このメロメロ具合はどうだ。

 双子を前にしては僕も他人のことを言えないが、グエノラへの愛が重すぎる。

 あのジジイ、本当に学園に乗り込んで来かねないぞ。


「待てよ? 確かグエノラはモノロイと決勝で当たるとか言ってたな?……てことは、決勝でアナベルさんと当たるのは──」


「モノロイさんですよ!」


「よりによってモノロイかぁ」


「よりによってモノロイ君か……」


 勝てるだろうか?

 いや、確かにモノロイはピーガー君を倒した。

 だが、それは決して余裕の勝利ではない。

 相手が油断していたからこそ、初撃を凌いで巌骨一徹スタボーンを発動出来たのだ。


 手の内がバレた以上、アナベルさんが油断するとも思えない。

 何せ今大会において最大のダークホースだ。

 実際、学内でのモノロイの注目度はうなぎ登りだ。


「……うちの筋肉馬鹿には厳しいかと」


「同感だね。私もそう踏んでいるよ」


「そうですか? モノロイさんなら、きっとやってくれるですよ!」


 僕もモノロイを信じたいけどなあ。

 実際地力の差で言えば圧倒的にアナベルさんに軍配が上がるだろう。

 

「シャルル君、何か良い策はないだろうか?」


「そんな都合良くモノロイを勝たせる方法なんてないですよ」


「しかし、君は今日イズリーさんをリングの外からの支援で勝たせたではないか?」


「……気付いてたんですか?」


「ミキュロスの行動は常に監視していたからね。最近、君と懇意にしているのも把握済みだよ」


 ぐぬぬ。

 この感じだと僕がミキュロスをスパイとして使っていることも掴んでいるな。

 こいつ、やはりただのキザ野郎じゃないな。

 なかなか侮れないぞ。


 「……ふむ。まっさきに思い付くのは闇討ちですね。僕ならまあ、負けないでしょう。今からチョチョイとやっつけて来ますか?」


 僕は『コンビニに行くけどついでに何か買ってくるかい? アイス? 雪見だいふくでいい?』くらいの気安さでアスラに提案する。


「ま、待ちたまえ。暴力的な手段はいけないよ。やれやれ、君には罪悪感というものがないのかい?」


「罪悪感ねえ。……これでも八歳の時には片手じゃ済まない人数を殺してますから、そんなのいちいち感じてたら面倒で仕方ないですよ」


「……君に聞いたのが間違いだったよ」


 アスラは呆れたように肩を竦めた。


「ちなみに、ピーガー君とアナベルさんではどちらの方が強いと思いますか?」


「才能と地力ではピーガーだが、勝負に強い相手であればアナベル女史だね。彼女は……そう、ハティナさんのようなタイプだ。理詰めで戦いを遂行し、ピーガーのような油断も慢心もない」


「それってたぶん、モノロイが一番苦手なやつですよ」


「その通り。私も同じ考えだ」


「面倒なことになりましたね」


「そうだな。とにかく、モノロイ君には勝って貰わなければな。どうにか彼を奮起させて貰えないだろうか? それに、爺上様がこの調子だと僕らが万が一負けでもしたら……」


「……嫌な想像をしますね」


「あのう、お爺さまはそんなに怖くないですよ? いつも会う時は沢山お菓子やお洋服をくれるですよ」


「……あのジジイ」


「シャルル君、大いに気持ちはわかるとも。気持ちはね」


 溺愛しすぎだろあいつ。

 確かにグエノラは可愛いが。


 しかし、確かにそうだ。

 今でこそモルドレイは僕の後ろ盾となってくれてはいるが、弱い魔王などいらんと見限られたら様々な不利益を被るのは目に見えている。


「モノロイの方は任せて下さい。やるだけやってみますよ。その代わり、ミキュロスのことは──」


「いいだろう。私は目を瞑ろう。だが、君をあそこまで追い込んだ相手だろう?」


「だからこそですよ。アレは性格はクソですがその分、知恵の回る男です。味方に引き込んだ方が有益ですから」


「飼い犬に手を噛まれるということは?」


「その時はお仕置きです。叩いて、褒めて、躾ける。犬を飼うなら基本でしょう?」


「やれやれ本当に、君には敵わないな」


 そんな会話をして、僕とグエノラはアスラの部屋を後にした。


 外でグエノラと別れたその足で僕はモノロイの部屋へ向かった。


 彼を自室に呼び出したのだ。


 ついでにミキュロスも呼んだ。


「シャルル殿、何やら御用があるとか?」


「ボス! ミキュロス・リーズヘヴン! お呼び出しと聞き及び参上いたしましたかな!」



 モノロイとミキュロスはすぐにやってきた。

 何故か僕よりも早く部屋にいて、お茶を沸かしていたミリアが二人にもお茶を出す。


 ……本当に何故、僕より先に?

 鍵を開けたってことだよな?


 僕は一瞬戦慄し、これ以上深くは考えないことにした。


「うん。また面倒なことになった」


「ほう。面倒な事とは?」


「余に出来る事であれば、なんなりと」


「明日の試合だが、モノロイには絶対に勝ってもらう」


「む、当然である。相手が誰であれ、全力を尽くすのみ!」


「なるほど、そういう事ですかな。で、あれば余が集めたデータを持って参りましょうかな。これまでライバルとなり得るSクラス生の癖や弱点など、あらゆるデータを収集して参りましたかな」


 ミキュロスが魔王の片腕的なポジションが板についてきたな。


 本当に王族か?


 そうして僕の部屋ではミキュロスのデータを基に夜が更けるまで作戦会議が続けられた。

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