第42話 魔王信仰と暴走少女

 三回戦は滞りなく進み、ハティナの番になる。

 

「……行ってくる」


 そう言って一人向かった彼女は三回戦も危なげなく突破する。


 彼女の相手は以前、僕たちが取り締まった長髪の不良で、モトフーユ・キースバインさんの息子だった。


 確か本人の名前はソノマンマヒガシだか何かだった気がする。


 以前、イズリーの誤射によって、あえなく気絶したあの男だ。

 

 そして、再登場となった今回はハティナの上級魔法多重起動の前に無惨にも散った。


 学園でイズリー、ハティナの二人から魔法の直撃を食らったのは彼くらいじゃなかろうか。


 彼はトークディアの双媛に縁があるらしい。


 ……ちっ。

 妬けるぜ。


 今度会ったら僕も魔法をぶち込もう。


 なーに、理由なんて後付けでどうにでもなる。

 僕は天下の風紀委員会だからな。

 セスカに任せればバッチリ言い訳を考えてくれるだろう。


 そんなことを考えていると、すぐにミリアの試合になる。

 

 彼女はなぜか戦いの前に祈りを捧げ始めた。


 僕の脳内は完全にフリーズした。


「ご主人様! 魔王様! 世に遍く全ての魔導を束ねし御方よ! 迷える仔羊に救済を! 弱き魂に福音を! 身も心も魂も! 御身に全てを捧げます!」


 彼女はあろうことか大声で、僕に対して祈りの言葉を叫んだのだ。


 両手を天に掲げ、片膝をついて空を見上げて瞑目している。


 どうやら昨日もやったらしい。


 僕はトイレに行ってて彼女の試合は観ていなかったから知らなかった。


 おいおい。

 ……嘘だろ。

 これ、昨日もやってたの⁉︎

 恥ずかしいったらないよ!

 なんだその新興宗教の信者的な謎のポーズは!

 新手の精神攻撃か⁉︎

 まさかあの時の仕返しでわざとやってるわけではないだろうな?


 横でキンドレーも同じポーズを取っていたので、こちらはちゃんとシバいておく。


 何だかよくわかっていないイズリーも真似をしようとしたのでそちらも全力で阻止する。


 変なことを覚えるんじゃありません!


 そんなこんなで始まったミリアの試合は一方的なものだった。


 彼女は相手の足元を凍らせて倒れることができなくしてから相手が降参するまで痛めつけていた。


 ──恍惚の表情で。


 とんでもない変態がいたものだ。

 嗜虐嗜好しぎゃくしこう被虐嗜好ひぎゃくしこうを両方併せ持つのだ。

 前世の世界だったら重大な犯罪行為に手を染めていたに違いない。


 彼女は一方的に相手を痛めつけた上で勝利したあと、再び天を見上げて僕に祈りを捧げた。

 

 なぜ天に向かって祈る。

 僕はここだ。

 そっちじゃないこっちだ。

 ここだ。

 観客席だ。

 少なくとも天空にはいないはずだ。

 そして何より、この距離で祈るんじゃない。

 いや、そもそも祈るんじゃない!


『天才ミリア様が魔王に祈りを捧げているぞ』

『昨日もやってたんだよ。アレ』

『しかし慈悲も容赦もない戦いだったな』

『前はもっとお淑やかだったのにな』

『魔王に何されたらあんな事になるんだよ』

『こ、怖すぎるぞ魔王』

『トークディアの双媛に加えてミリア様もか』

『羨ま……けしからんね! 全く!』

『私、ちょっと魔王様に興味あるかも』

『やめときなよ、どうなるかわかったものじゃないよ!』

『本当だよ。廃人になるかもよ』

『で、でも確かに、魔王様の庇護を受ければもうイジメられないかも……』


 レベルアップのファンファーレが脳内に鳴り響いた気がした。

 僕の悪名レベルがまた上昇したようだ。

 そして謎のカルト宗教の信仰対象になりつつある。

 

 そしてすぐに僕の番になってしまった。


 最悪のタイミングだよ! 

 ミリアあの野郎!


『魔王だ』

『あのミリア様を……くたばっちまえ』

『馬鹿お前消されるぞ!』

『あいつの好き放題かよ』

『双媛も天才も毒牙にかけやがって』

『本当にな。クソ野郎だぜ』

『死ねばいいのに。シンプルに死ねばいいのに』


 ほらあ!

 なんか見る見るうちにヘイトが溜まっているじゃない!


 僕は項垂れながら試合に向かった。

 相手は女子学生。

 すでに涙目で震えている。


 彼女のメンタルはすでに砕け散る直前に見えるが、このままでは元々低い僕の好感度の方が先に砕け散るだろう。


 おそらく現在の僕の好感度は、お城の内側みたいな名前のデュエリストのライフポイントよりも低い。


 これ以上、失うわけにはいかない。


 このままだと次回予告が『シャルル死す』になりかねないのだ。


 彼女にはできるだけ優しく接した上で、丁重にご退場頂こう。


 すでに風前の灯の僕の評判をなんとかここでポジティブなものにしたい。


 やっぱこう、モノロイのように正々堂々と語り合ってからがいいか?


 だが、何を語ればいいんだ?


 まずは挨拶からだろうか?


 こんにちは、今日はいい天気ですね! みたいな感じで──


「──始め!」


「こ──」


「ひぃ! 降参します!」


 え、ちょ、……早くね?

 

『い、今、「殺す」って言おうとしなかったか?』

『俺も聞いたぞ!』

『降参しないと犯す、だろ?』

『女子供にも容赦なしか』

『あの女の子の判断は正しい』

『え、えげつないぜ、魔王』

『マジであいつなら殺りかねないぞ』

『もう本当に死ねよあいつ』

『帝国行ったきり帰ってくんな!』


 さすがに僕でも落ち込んだ。



 すぐに四回戦が始まる。

 準決勝だ。

 昨日より試合数が少ないが勝ち残っているのは強者揃いだ。

 一試合の平均時間はより長くなっている。

 ミカの四回戦になった。


「よし、私の番だね!」


「み、ミカちゃん頑張ってね」


「おうともさ!」


「……むすっ」


「イーちゃん、どしたの?」


「いいよねえ。ミカちゃんは試合出来て。いいもん。どーせあたしはこのままずーっと、一生、永遠に、死ぬまで、試合できないんだもん」


「あ、まだ引きずってたのね」


「ミカ、ここは僕らに任せて先に行け! イズリー、話があるんだが──」


 僕はひとまずイズリーを宥めてミカを送り出す。


 ミカの相手はSクラスの学生だ。

 ミキュロスの情報によると美化委員会の委員長らしい。

 かなり手強そうだ。

 とりあえずどんな委員会であれ委員長を任されるほどの人物だ。

 生半可な腕であるわけがない。


 しかし、意外にもミカは善戦した。

 相手の学生は、魔法の威力は申し分ないが起動スピードに難があった。

 ミカの俊敏な動きに翻弄されてほとんど攻撃を当てられないのだ。


 しかし、同じく攻めあぐねていたミカに、偶然からラッキーな攻撃がヒットしてしまい、あえなくミカは敗れ去った。


「あー、負けちゃったよ。やっぱSクラスは強いなー。モノ君はよく勝ったよね」


「む、勝負は時の運。我もまた、より強者と当たればあえなく敗北を喫するであろうよ」


「師匠! カッコいいっすよ!」


「ミカお姉ちゃん! グエと一緒に特訓するですよ!」


「あーん! グーちゃん可愛すぎるぅ! 一緒に強くなろうねー!」


「ひひひ、惜しかったわね。ま、地力の差が出ちゃった感じね」


「メリーちゃんも一緒に特訓しようねー!」


「私はまだ負けてないわよ」


「そんなこと言わずにさー!」


 そんな感じでミカはあまり凹んではいなそうだ。


 そしてメリーシアの番になったがしかし、またしても彼女は戦わずに勝ち進んだ。


 相手が時間になってもリングに現れなかったのだ。


 何やら観客席の片隅で一人眠りこけていたらしい。


 全く、とんだおっちょこちょいがいたものだ。


 しかしこの運の良さはすごいな。

 イズリーの不戦勝とは本質が違うのだから。

 これで一年生にしてメリーシアは決勝進出だ。

 次はSクラスが相手だからここまでだろうが、決勝まで残ってる一年生は未だ彼女だけなのを見ても、大いに健闘したと言えよう。

 

 しばらくしてモノロイの出番となり、彼は準決勝を軽々と──当然のように魔法は使わずに──突破した。


 彼はいつの間にかSクラスのピーガーを倒すほどの強さになっていた。

 逆山のSクラスと当たるまでは余裕だろう。

 

 そして、ついにイズリーの番になる。


「……」


「どうした? いつもは元気なイズリーが無言なんて珍しいじゃないか?」


 しょんぼりとしているイズリーに僕は声をかけた。


「だってー……誰もあたしと戦ってくれないんだもん」


「次はきっと戦ってくれるよ」


「……ほんとー?」


「ああ! 約束する!」


 なぜ僕が約束するのかは謎だ。


「うん……。わかったよ……。じゃ……頑張ってくるね」


 そう言って、しょぼくれた様子を隠そうともせず、ふらふらとした足取りでイズリーは自分の試合に向かっていった。

 

 なんて痛々しい後ろ姿だろうか。

 哀愁が漂っているとはまさにこのことだろう。


「聞いていたな?」


 僕は背後の柱の影に身を潜めていたミキュロスに問いかける。


「はい、もちろんですかな」


「首尾は?」


「テンドリーは必ずや試合に臨むでしょうかな。それに、次のブツも滞りなく」


 またブツ?

 何を言ってる?

 まあ、いいか。

 そんなことより、果たしてイズリーがちゃんと戦えるのかが問題だ。


「良かろう。だが、この任務にミスは許されない。でき得る手段全てを講じるように」


「御意」


 そんな会話の後、イズリーとテンドリーの試合が始まった。


「イズリー・トークディア、テンドリー・チビミニマム、両者前へ」


 イズリーは未だにしょんぼりとしている。


「──始め!」


 2メートル超の大男であるテンドリーは勝負を放棄しなかった。

 僕はひとまず安堵して勝負の成り行きを見守る。


 というか、テンドリー君。

 チビミニマムって?

 まさか偽名か?

 名前負けという言葉があるが、君はそこに関しては完全勝利を収めているな。


 大男が石礫ストーン を放つ。

 それがしょぼくれていたイズリーの頬をかすめた。

 その瞬間、イズリーの顔に満面の笑みが溢れる。


「戦ってくれるの?  わーい!」


 何故か試合中にも関わらず身体全体で喜びを表現するイズリー。

 相手のテンドリーは困惑したように僕の方に視線を向ける。


 僕はそれに小さく頷いた。


「よーし! やるぞー! 法衣の纏雷ニューロクロス!」


 イズリーが魔法を身体に纏わせる。


『おお! あいつやる気だぞ!』

『いいぞ! やっと暴姫の戦いが観れる!』

『頑張れよ! テンドリー!』

『少しでも長く暴姫の戦いぶりを見せてくれ!』


 会場は歓声に包まれる。


 テンドリーの火弾スター がイズリーに向かって放たれた。


 イズリーはそれを、まるで飛んでる蚊を叩くように両手の平でパチンと叩き潰した。


 いや、ハティナのやつがやりたかったんだろうがイズリーは魔導停減 インタラプトを持っていないはずだが……。

 てか、よく反応できたな。

 凄まじい反射神経だ。


「あちち! ふーっふーっ」


 イズリーは掌をぱたぱたと振ってから息を吹きかけている。

 そりゃ火の玉を素手でキャッチしたらそうなるわな。


 会場は歓声と爆笑に包まれた。


「よーし、次はこっちの番!」


 その声が終わるや否や、一瞬で大男に迫り右手でラリアットをかます。


 呻き声を上げて後方に仰反る大男の襟首を掴み、自分の方に引き込んで彼の頭を左の脇に挟み、自分の頭をテンドリーの脇に差し込みそのまま掴んで、両手で持ち上げた。


 140センチに満たない少女が2メートルを超える巨漢を逆さまにして持ち上げている。


 恐ろしい光景だ。


 しかし不味い。

 あの技は。


「おりゃああ!」


 というイズリーの掛け声が聞こえた時には遅かった。


 イズリーはテンドリーを持ち上げたまま、後方に倒れ込む。


 ブレーンバスターだ。


 僕の教えたプロレス技だが、アレだとイズリーが先に倒れることになる。


 テンドリーはそのまま地面に叩きつけられて気を失った。


 ガッツポーズを決めるイズリーに、非情にも審判の「審議! 審議!」という声が掛かる。


 審判役の教諭が三人ほど集まって何やら話し合っている。

 

「不味い! ミキュロス!」


 僕は側に控えていたミキュロスに合図する。


「お任せを!」


 そう言ったミキュロスが会場のどこかにハンドシグナルを送る。


『う、うおー。さすが暴姫様だ』

『ナンテスゴイ技ナンダ! アレハ確実ニ、イズリー様ノ勝チダゾ!』

『テンドリーでもやはり勝てなかったか!』

『すごいなあの技によってテンドリーが気を失ったんだつまりイズリー様の勝利だ』

『ああ! 全くだぜ! 一見イズリー様が先に倒れたように見えたがそれよりも一瞬早くテンドリーの背中が地面についた!』

『ああ! 俺にもそう見えたぞ間違いない!』

『イ、ズ、リー! イ、ズ、リー!』



 何やら棒読みな上に説明臭い感じの歓声が会場にこだまし、その直後にまるでタイミングを図ったかのようにイズリーコールが湧き起こる。


 こんなこともあろうかと、ミキュロスが配下の不良共をサクラ役として会場のいたるところに潜ませていたのだ。


 所々で、『え? そうか? だってルール上──』みたいな声が出ていたが、すぐに近くの不良がすごんで黙らせている。


 議論をしている審判役の教諭たちが会場の雰囲気に気付く。


『まさかイズリーさんが負けってことはないだろ!』

『そうだそうだー。 審議自体が間違っているー』

『とっととイズリー様の勝利を宣言しやがれ!』

『なんでイズリー様の華麗な技によってテンドリーが気を失ったのに審議の必要があるんだ!』


 ガラの悪い連中ほど必死になって棒読みの野次を送っている。

 そんな野次とイズリーコールで会場は大騒ぎだ。


 当のイズリーは何が起こっているのか理解していない様子で、こてんと首を傾げている。


 まあ、戦いという観点で言えばイズリーの勝利は明白だ。

 しかしルール上はかなり怪しい。

 だからこそ、念には念を入れる。

 間違ってもイズリーを対人対物無差別殺傷兵器にはさせない!


 そんな想いが通じたのか、審判がイズリーの勝利を宣言した。

 

「ミキュロス」


「は!」


「よくやった」


「ははあ! 有り難き幸せでありますかな!」


「今日はもういいぞ」


「はは! また御用命とあらば、いついかなる時にも馳せ参じますかな!」


 その言葉を残して、ミキュロスは雑踏に消えた。


 帰ってきたイズリーは終始ご機嫌な様子だった。


「……イズリーはルール上負けていた」


「え? 何で?」


「……この試合のルールは先に倒れた方が負け。……厳密にはイズリーの方が先に倒れた」


 ハティナに言われて「はわわ」なんて言いながら今更慌てるイズリー。


 全く、本当に手が焼ける娘だ。

 だが、それでこそイズリーらしいとも言える。


 僕の愛しい金色の天使だ。

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