第41話 魔王暗躍

第41話 魔王暗躍


『ついに魔王のお出ましか』

『相手は棄権じゃないか?』

『入試で試験会場吹っ飛ばしたんだろ?』

『ここにいたら危なくないか?』


 そんな声が聞こえる中で、僕は勝ち進んできた男子学生と相対する。


 それにしても酷い言われようだ。

 そろそろ「まあ、いいけど」なんて言っていられなくなりそうだ。


 イズリーの時みたいに棄権してくれれば早いのに、相手の彼はやる気みたいだ。

 魔力を指先に練っているのがわかる。

 始まりの合図と同時に詠唱するのだろうか?

 できればモノロイの様にカッコよく相手の文言を聞いてから──


「──両者前へ、始め!」


 そんなことを考えていたら、始まってしまった。


 一瞬出遅れたが僕の無詠唱で放った雷系統の中級魔法、熱 界 雷ファラレヴィンが詠唱途中の彼を貫いて吹き飛ばした。


 名乗りでもあるなら待ってあげたが、いきなりやり合う方が僕らしいか。


 防御の魔道具で怪我はないだろうが、大丈夫だろうか?


 少しだけ心配になる。

 

『は、はっや。……早すぎるだろ、さすがに』

『なに。今の早撃ち。開始の合図から一拍置いたのに間に合わせたぞ?』

『相手の方が先に詠唱に入ったのに、悠々と抜き去りやがった』

『無詠唱ってやつ? マジだったんだ』

『あんなん魔導師じゃ勝てないだろ』

『容赦なしかよ、やっぱ凶悪だな』

『ご、ご、ご主人様! 私、もう下着が限界ですわ!』

『あの起動速度で最速の雷魔法とか反則だろ』

『あんなのどうやって防げばいいんだ』


 会場は沸いた。

 ハティナたちとは違った方向性だが、まあいいだろう。

 次は相手に先に撃たせてやるか。

 少しだけ会場の雰囲気にビビってしまったから手加減を忘れたけど、この感じなら魔塞シタデルで防いでからでも大丈夫そうだ。


 そう考えながら観客席に戻ると、イズリーが抱きついて来た。


「シャルルー! すっごいカッコ良かったよ!」


 首にイズリーをぶら下げながら、僕はみんなに出迎えられた。


「流石ですね! シャルル君! やっぱり学園最強はシャルル君です!」


「やはりキンドレーはわかっておられますわね。ご主人様こそ、世界最強の魔導師、否、古今東西全ての魔導師の王にあらせられますわ!」


 キンドレーとミリアのテンションが上がりすぎている。


「……」


 ハティナは我関せずといった感じだ。

 彼女はみんなの前で甘えてくることはほとんどない。


 ミリアに対抗する時くらいだろうか。


 僕の試合を最後にこの日はお開きとなった。


 明日、三回戦と準決勝が行われ、最終日に決勝が行われる。

 僕たちは共に夕食をとり、次の日に臨むことにする。


 一年生三人も一緒だ。


 勝ち残っているのは僕、イズリー、ハティナ、ミリア、モノロイ、イーガー、ミカ。そしてメリーシア。


 明日に備えて早めに寝たいが、ひとまず聞いておくことがある。


「モノロイ、あのスキル何?」


 巌骨一徹スタボーンだ。

 それを聞かないと、僕は今日、眠れそうにない。


「知っての通り我は魔法が大の苦手でな。おかげで入学に四年も費やした。しかし、ある日イズリー殿の法衣の纏雷ニューロクロスを目の当たりにして眼から鱗が落ちたのである。魔法とは何も遠距離攻撃だけに特化する必要はないと」


 そうして発現したスキルが巌骨一徹スタボーンだそうだ。


 巌骨一徹スタボーンは変質系のスキルで一定の条件を満たして発動する。


 僕の至福の暴魔トリガーハッピーのような感じだ。


 もっとも、至福の暴魔トリガーハッピーは補助系スキルだが。


 その発動条件とは、名乗りと被弾。

 自分が名乗った上で相手に先制攻撃を許すことで発動する、なんともモノロイらしいスキル。


 変質させるのは己の筋肉。


 スキル起動中、モノロイの筋肉は鋼のような強度を誇る。

 並の魔法じゃダメージを与えられない。

 先制攻撃を許すデメリットはあるものの、初撃を凌げばほぼ無敵だ。


 モノロイのくせに……なんて強力なスキルを持っているんだ……モノロイのくせに。


 しかしだ、イズリーにボコられたことすら自分の糧にするとは。


 モノロイは遅々とした歩みながら、痛みも苦しみも乗り越えて力を増す。 


 この男だけは敵にまわさないようにしよう。


 僕はそう心に誓った。


 みんなと別れて寮に戻ろうとした時、ハティナに呼び止められた。


 彼女は僕のすぐ側までやってきて、自分の銀髪をくるくると指に巻き付けながら「……シャルル、今日はかっこよかった……にへへ」と照れたように笑いながらポツリと言った。


 僕はハートを完全に撃ち抜かれて放心状態になるが、彼女はすぐにその照れた表情を元に戻して女子寮の方へと姿を消した。


 結局、今夜は眠れそうにない。


 

 大会二日目、最初の試合はミカだった。

 三回戦で当たった男子学生をまるで猫のような素早い動きで翻弄して地面に叩きつけた。


「らくしょー、らくしょー!」


 そんな調子で帰ってきたミカはイズリーとグエノラに挟まれてセスカのお菓子を食べている。


 三人でお菓子をパクパク食べている姿はなんだかとっても癒される絵面だ。


 モノロイも三回戦の相手を魔法なしの張り手一発で仕留めていた。


 本当にモノロイを見ていると魔導師の存在意義が根本から揺らぐ気がする。


 メリーシアはまた不戦勝で勝ち上がった。

 相手が急遽腹痛で倒れたらしい。

 どんな豪運なんだ。

 一生分の運を使い切ってるのではないだろうか?


 イーガーが三回戦で当たったのはミキュロスだった。


 試合前に、ミキュロスは何度も何度も僕の元に来ては本当に勝っていいのか、なんなら自分は棄権するなどと言ってきた。

 

 そんな八百長、観てもつまらないと言うと、また何度も何度も本当なのか、本気なのかと聞いてきた。


 うざったくなったので、負けたらお仕置きだと言うと、彼はその目を恐怖に染めて試合に臨んだ。


 結果からすれば、ミキュロスの圧勝だった。

 試合中に僕の方を何度も伺っていたのは腹が立ったが、彼もアレでSクラスの学生だ。


 防魔の指輪アウターウォール無しでもかなり強いようだった。



 そして、我らが暴姫イズリーの出番になる。


「いいか、イズリー。そんなに殺気を振り撒いてたら誰も戦いたくなくなるだろ? だから試合前は、にこやかにするんだよ。スマイルスマイル!」


 口角を上げたイズリーが、ニコーっとわざとらしい笑顔を浮かべて僕の方を見る。


「ほら、そっちの方が可愛いよ!」


「ほんと? にしし」


 今度は心の底から嬉しそうにイズリーがもう一度笑う。


 本当に可愛い。

 この娘は俺の天使だ!

 誰にも渡さないぞ!

 その辺の男にうちの娘はやらん!


「ほんとだよ! だから、試合が始まるまでは笑顔でね!」


「うん。わかったよ」


 また相手に棄権されてはこちらのお菓子が底をつくので、そんな感じで送り出した。


 試合前、イズリーがリングの横でスタンバイしているが、とてもいい笑顔だ。


 とてつもなく可愛い。

 まさに宝石の如し。

 あの可愛らしさと愛しさを表現する語彙を持たない自分自身の貧困なボキャブラリーを呪うほどだ。


 ただし、殺気はやはりダダ漏れだ。

 純真無垢な笑顔から漏れ出る、強すぎる殺気。


 今回も、対戦前に相手の心を折るには充分だったようだ。


 つまり、そういうことだ。


 戦うことなく勝利を収めて戻って来たイズリーは暴れに暴れた。


 癇癪を起こした暴姫を止めるにはセスカのお菓子では持たないくらいに。


 僕がハティナにあげた栞のように、イズリーにも何かプレゼントを渡すことを約束して、ようやく彼女は暴れるのをやめた。


「もう! なんであたしだけ試合できないの⁉︎ みんな楽しそうに戦ってるのに!」


 口の周りをクッキーの食べカス塗れにしながら、イズリーは未だにブー垂れている。


 次の対戦相手には何がなんでも試合に臨んでもらおう。


 僕は一人誓う。


 例え、この手を汚すことになっても。


 そして、対戦表でイズリーの次の対戦相手を確認して、練兵館裏にミキュロスを呼びつける。


「ぼ、ボス、先程の試合で、余は何か粗相でも? それか、例のブツのことで?」


 ミキュロスは完全に怯えている。

 先ほどのイーガー戦のことで何か問題があったかと邪推しているらしい。


 例のブツ?

 こいつは何を言っているのやら。

 まあいい。


 とにかく重要なのは、僕の愛しい金色の天使のことだ。


「いや、そうじゃない。このテンドリーという学生、お前の舎弟だな?」


 僕はミキュロスに対戦表を見せて尋ねる。


「え、ええ、ボスも会ったことがあるかと存じますかな……」


「記憶にないな。どんなやつだ」


「そ、そのう、以前、ハティナ殿に、よ、余が──」


「要領を得ないやつだな。はっきり言え」


「ひぃっ……余の使いとして、校門の前で──」


「あのデカいやつか!」


 記憶にあった。

 ミキュロスにハティナが攫われた時、校門の前で僕を待ち伏せていた大男だ。


 僕がこれまで出会った中で一番デカかったからよく覚えていた。


「え、ええ。その、デカいやつがテンドリーですかな。……か、彼が何か?」


「そいつをここに連れてこい。今すぐだ」


「承知しましたかな!」


 ミキュロスは猛ダッシュで駆けていく。

 程なくして、彼は2メートルを超える大男を引き連れて、やはり猛ダッシュで戻って来た。


「よう。お前がテンドリーだったのか。久しいな。息災か?」


「ひいい! こ、これは魔王様、ほ、本日はお日柄も良く──」


「黙れ下郎。お前、僕の愛しい銀色の天使に手を出して界雷レヴィン一発で終わりだと思っていたか?」


「そ、そんな! 滅相もない! あ、あれは──」


「ミキュロス、教えてやれ。お前は何発界雷レヴィンをくらって、その後どうなったのか」


「テンドリー! 不敬であるかな! ボスが何か仰られたら、ハイかYESで答えるかな!」


「は、はい!」


「ふん。まあいい。テンドリー、お前の次の相手が誰か知っているか?」


「はい! もちろんです! 暴姫イズリー様です! わ、私はすぐに棄権するつもりですとも!」


「ええ、ええ、勿論ですかな! ボス、テンドリーもわかっておりますかな」


「……棄権するだと? 馬鹿が! そんなことされたらこっちの身が持たん! お前らまとめて灰にするぞ!」


「ええ⁉︎」


「テンドリー! 二度目であるかな! ボスが何か仰られたら──」


「まあいい、聞け。いいか、テンドリー。お前は今年五年生だったな? 五体満足で卒業したければ、次の試合は相手を殺す気で戦え」


「え! ええ⁉︎ 棄権……ではなくてですか?」


「これテンドリー! ボスの仰ることは絶対! 神の御言葉であると心に刻むであるかな! ボスが生かせと仰せならば生かし、殺せと仰せであれば殺すのであるかな!」


「は、はい! 絶対殺します!」


「……何ぃ? 今、イズリーを殺すと言ったのか? ほふるぞ貴様!」


「え、ええ⁉︎」


「そうであるかな! ボスの最も尊きお方であるイズリー殿に対し、お主はなんということを!」

 

「えええ⁉︎ で、ですが先程──」


「……ちっ! ……この場でお前をぶち殺してその首を刈り取り、ソレをお前のケツに突っ込んで衆目に晒してやりたいが、そんなことをしてみろ、また不戦勝でいよいよイズリーが大量破壊兵器と化してしまう。……いいか、テンドリー。お前に課せられた任務はただ一つ。イズリーと戦い、潔く散れ」


「ええええ⁉︎」


「テンドリーよ。これは大変名誉なことであるかな。ボス御自らの勅命であるかな」


「勘違いするなよテンドリー、わざと負けろということではない。お前は勝利するつもりで全力を出してイズリーと戦い、なおかつ彼女を傷つけず一方的に敗北を喫して試合を終えるのだ」


「そ……そんな! ど、どっちですか⁉︎」


「きぇーい! ボスに口答えするでないわ!」


「まあ、ミキュロス、落ち着け。そんなことではテンドリー君も困るだろう」


「は、ははあ! 余としたことが、申し訳ありませんかな」


「え、え? 私はどうすれば……」


「とにかくテンドリーよ。棄権は許さん。まかり間違ってイズリーに勝つことも許さん。しかし、負けることも許さん。さりとて、彼女を傷つけることも許さぬ。以上だ」


「そ、そんな……」


「テンドリーよ! 控えよ! 御下命を賜ったのであるかな! お主はその幸せを一身に噛みしめ、忠実に使命を全うするであるかな!」


「ミキュロスよ。任せていいな?」


「ははあ! 万事、このミキュロスめにお任せを!」


「ええ⁉︎ 本当に私はどうすれば……」


 そんな根回しをしておいたので、もうイズリーが暴れることはないだろう。


 そして準決勝で勝利し、決勝まで行けば、流石に棄権はないだろう。


 そうやって、僕は学内で暗躍するのだった。


 まるで魔王みたいだけど仕方がない。


 だって、本当に魔王なんだから。

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