第40話 鉄人の不屈と慧姫の神業

 選抜大会は大盛り上がりを見せていた。


 ミカとグエノラも難なく相手を撃破して次のステージに進出を決めている。


 大会は二回戦まで進み、Sクラスのシード選手もちらほら舞台に上がっていた。


 観客席は生徒たちでごった返し、名の通った学生が出ると歓声が上がる。


 「彼女はアナベル・ヒプノシスですわ。Sクラスにして生物委員会の委員長さんですわね」


 どこかで見た顔だと思っていたが同じクラスだったらしい。

 ミリアがここぞとばかりに色々な情報を教えてくれるのでとても助かる。


 その知的な雰囲気漂うアナベルさんの相手は我らがマスコットキャラ的存在、グエノラ・マグメルだ。


 グエノラはレディレッドの血縁だけあって火の魔法とスキルを駆使して一回戦を突破、二回戦でシードだったアナベルと当たることになったのだ。


 アナベルは苛烈な猛攻でグエノラを攻め立てる。

 アナベルの風魔法は広範囲に効力を及ぼしてグエノラの火魔法を完封した。

 グエノラの虎の子のスキルである火雨 スパークも全方位に放たれる風の防壁に阻まれた。

 アナベル女史のまさに完全勝利だ。

 さすがに、一年生がSクラスの五年生相手は厳しすぎただろう。


「次は絶対勝つですよ!……ぐすん」


 と負けて戻ってきたグエノラは涙ながらに意気込んでいた。


 かわいいなあ。


「……イズリー、そろそろ時間」


 そうハティナに言われてイズリーが自分の試合に向かった。


 この小さな天使は「よーし! ぶっ殺しまくるぞー! ぎゃくさつだー!」なんて意気込んでいたが、比喩的な表現だよな?


 全く、誰が虐殺なんて言葉教えたんだか。



 結果的にイズリーは二回戦に上がって既に半泣きだった試合相手をボコボコにすることはなかった。


 相手が棄権したのだ。


 確かに、イズリーは全方位に殺気を放ちまくっていたからな。

 可愛いらしい少女から漂う剣呑な雰囲気が、すでに相手の心を折っていたのだ。


 殺気だだ漏れで眼前でトントンとステップを踏む暴姫を見て、戦う前に試合を放棄した相手選手を誰が責められようか。


 しかし、これには僕たちの方が困った。


 欲求不満状態でグズるイズリーを落ち着かせるのに難儀したのだ。


「こ、こんなこともあるかと思って──」


 と言いながら用意してきてくれたお菓子でイズリーに餌付けするセスカのファインプレーで僕たちはその日最大の難局を逃れることができた。

 

「もう! せっかくあたしが──ぱくぱく──シャルルに教わった技で──むしゃむしゃ──ぶっ殺し──」


「イズリーちゃん、クッキーもあるよ?」


「わー! 食べる食べる!」


 文句を言う暴姫が口を開くたびにセスカがお菓子をイズリーの口に運び、怒りのボルテージを抑えている。


 セスカ、グッジョブだ!

 僕たちみたいに個の強い集団にはセスカのように気配りの出来る存在が欠かせない。


 ある意味、一番戦闘能力の低いこの深窓の令嬢こそが我らの黒幕的存在であるかもしれない。


 セスカに何かあれば僕もイズリーもブチ切れ案件だろうからな。


「……そろそろわたしの出番」


 そう言ってハティナが席を立つ。


「私も間も無くですわね。ハティナさん、一緒に参りましょう」


「……」


 ハティナがすごーく嫌そうな顔をするがミリアの目には入っていないらしい。


「あぁ、ご主人様! 私、しばしご主人様のお側を離れますわ! ですがこの身も心も常に──」


「……早く行く」


 ハティナに耳を掴まれて引き離されていくミリア。


 僕はハティナたちを見送った後、イーガーの試合に目を向けた。


 イーガーの相手は四年生の女子学生。

 この試合に勝てば次はSクラスのミキュロスとの試合だ。


 ミキュロスは弱いイメージだがアレでもSクラス。


 実際どうなのだろう?


 イーガーの戦い方は魔導師として正道とは言いがたい。

 有効な威力を持った攻撃魔法をほとんど持っていないのだ。

 しかし、その術の多彩さはハティナに迫るほどだろう。

 相手の虚をつき、出し抜くセンスはとびきりだ。


 今も、本来は落ち葉なんかを掃除する風系統の生活魔法で相手のスカートをめくり上げ、それを両手で押さえた女子学生の不意をついて見事に相手を転ばせた。


 会場はブーイングと称賛の嵐だ。

 女性と男性で真逆のリアクションである。


 勝ち誇ったような顔のイーガーは試合直前でリング前にいたモノロイと何やら話をしている。


 そして当のモノロイの二回戦となった。


 相手はSクラスだ。

 モノロイは、どうせいつか倒すだの何だの言っていたが、このスペランカー君がSクラスを倒すのは流石に無理なんじゃなかろうか。


 モノロイは意外と頭が良く、座学の成績は優秀だ。


 ただし、肝心の魔法の能力が極端に低いらしい。


 そんな自分を変えたいと、毎日居残りで的当てをしている。


 ただ、才能がない。


 魔力の放出能力が極端に低いのだ。

 魔導師の中にも稀にそんな人がいる。


 おそらく、ジョブは魔戦士なのだろうが、そういう人は武官学園に入って騎士や武官になることを目指すのが普通だそうだ。


 ただ、モノロイは魔導師であることに拘っている。


 才能に恵まれずとも自分の意思を貫くのは、なんだか漫画の主人公みたいで応援したくもなるが、現実はそこまで甘くない。


 「モノロイ・セードルフ、ピーガー・クレッシェンド、両者前へ──」


 ピーガー・クレッシェンド。

 Sクラスの男子学生。

 得意な系統は風。

 成績優秀だがプライドが高く人付き合いが苦手。


 ミキュロスの情報だ。


 魔法の才に優れていて、かなりの手練れという話。

 

 さて、モノロイは食らいついていけるか。


「──始め!」


「我こそは風紀委員会、魔王の眷属エンカウンターズが一人! 鉄人モノロイである! いざ、尋常に勝負!」


 また性懲りもなくモノロイが名乗っている。

 腕を組んで啖呵を切るモノロイは少しカッコいい。


「ふ、ふはははは! 君、モノロイ君だっけ? 本気で勝てる気でいるの? わかってる? 俺はSクラスだよ? わかってないようだから教えてあげるけど、俺たちSクラスと君たち他クラスでは自力が違うんだよ! 圧倒的に差があるんだ。才能、とでも呼ぶべきものの差がね!」


 おお。


 ピーガー君がモノロイに付き合っている。

 人付き合いは苦手と聞いていたが意外と空気の読める人じゃないか。


 セリフは完全に悪役のそれだけど、なんだかそれっぽいシチュエーションだ。

 僕がピーガー君だったら「我こそは」の段階で界雷レヴィンをぶち込んでいるところだ。


 なるほど、こっちの方が勝った時にドラマチックかもしれない。


 僕はそんなことを心のノートにメモする。


「ふ、才能。我には才能などない。そんなことは十二分に理解しておるよ。一番、間近でシャルル殿やイズリー殿を見ておるからな。だが、それが何だと言うのだ? 才能とは、己に傲り慢心する為にある訳でも、己が己を諦める為にある訳でもなかろう。我にとって才能など、唯の付属品に過ぎぬよ。我が求むるは究極志向のみ」


「ふははは! 究極志向? 何だそれ? まぁいいや、どちらにしても君はここで脱落だ。」


 そう言って放ったピーガー君の飄風刃ハイゼファーがモノロイに直撃する。


 が、モノロイは腕を組んだまま微動だにしない。


「究極志向とは、それ即ち己が道を突き進むこと也。我は魔法は使えぬ。が、それで良い! 脇目は振らぬ、邪念は持たぬ、煩悩は棄てる。唯、一心に魔導の深淵を覗くのみ! 我、一切、妥協せぬ!」


 おお!

 モノロイが輝いて見える!

 なんだかとてもカッコいいぞ!


 イーガーのお兄さんに殴られて『うぐぅ』とか言って倒れてたモノロイはどこに行ったんだ?


「き、キモいんだよ! もう手加減しねえ! もう一発食らえ!」


 多重起動による二つの飄風刃ハイゼファーがモノロイに直撃する。

 一歩後ろにモノロイがよろけるが、未だ倒れることはない。


「ふん! この程度か、Sクラスと言えど貴殿ではシャルル殿やイズリー殿の足元にも及ぶまい。教えてやろう。魔の深淵、その片鱗を! 巌骨一徹スタボーン!」


 何かのスキルだ!

 モノロイの雰囲気と魔力の流れが変わった!

 くそう!

 ハティナがいればあれが何か聞けたのに!

 こんな時に限ってミリアもいない。

 き、気になるぜ!

 スタボーン?

 スタローンじゃなくてか⁉︎


「うおおおおお!」


 絶叫しながらモノロイがピーガー君に突撃する。


「うおおおおお!」


 いつの間にか戻って来ていたイーガーも絶叫する。


 うるさい!

 集中できないでしょ!


「く、来るな、来るな!」


 ピーガー君が魔法を放つがモノロイの突撃を止められない。


 そのまま、ピーガー君はモノロイに張り倒された。

 

 なんてこったい。


 Sクラスの生徒をあの貧弱筋肉が倒してしまった。


『うおー! あいつピーガーを倒したぞ!』

『マジかよ。やっぱ噂は本当だったのか!』

『唯一、魔王と暴姫に対抗できるってやつ?』

『ま、正に鉄人だ』

『あんなやつまでいるのか、風紀委員会』

『魔王に暴姫に天才。加えて鉄人か! この学園で不良やるのは馬鹿か狂人だぜ!』


 突如として巻き起こった番狂わせに会場は沸きに沸いた。


 僕も久々に映画やアニメを観ている気になってテンションが上がる。


 あのスペランカー、もとい貧弱筋肉君がまさかエリート中のエリートのSクラス生を倒すとは。


 魔法は奥が深い。


 人の想いに応えて強さを増す。

 魔法とスキルの深淵を僕自身も垣間見た気がする。



 一年生のメリーシアも、二回戦でSクラス生と当たった。


 こちらはあえなく撃沈するだろうと予想していたが、なんとなんと、相手のSクラス生が棄権したのだ。


 なんでも、直前に体調不良になったとか。

 運のない人だ。

 メリーシアは搦手が得意なタイプの魔術師だ。

 一対一なら勝機は十分だっただろうに。


 メリーシアは運で勝ち上がったが、誰もがモノロイのようにジャイアントキリングとはいかないだろう。


 相手は魔導の天才たちだ。

 

 だがモノロイが勝ったのには理由があるだろう。彼もまた、努力の天才なのだ。


『見ろ! 慧姫ハティナ様だ!』

『うおぉ! なんていう美しさ!』

『神々しい。そして尊い』

『トークディアの双媛か! 暴姫の戦いは観れなかったからな! こりゃ見逃せねーぜ!』


 ハティナの登場で会場は熱狂に包まれた。


 肩の下まで伸ばした銀髪が、ハティナの練っている魔力に揺れる。


「ハティナ・トークディア、カルジム・ノビス、両者前へ──」


 審判役の教諭の声の後、会場は水を打ったように静寂に包まれた。


「──始め!」

 

 相手の学生がフライング気味に石礫ストーン の魔法を放った。


 ギリギリと言えばギリギリか?


 もしかしたら反則かもしれない。

 試合の後に審議が入る可能性がある。

 

 放たれた石礫ストーン は一直線にハティナに向かう。


 しかし次の刹那、ハティナに放たれた石礫ストーン が彼女の目の前で消えた。


「──え?」


 会場がシンと静まり返る。


 ハティナはいつの間にか眼前に突き出していた小さな手をゆっくり開く。


 ──コロン


 と、その手から石ころが落ちる。


『キャッチ……したってのか?』

『いやいや……魔法だろ?』

『でも、今、あれ? ……これ夢?』


 会場のざわめきなど耳に入らないように、ハティナは超速の詠唱を完了する。


 ハティナの周囲に幾つもの風の渦が出来上がる。


 風系統の上級魔法。


 ──風塵剣舞スーパーセル──


 微風ゼファー 飄風刃ハイゼファーのような風の刃を竜巻状に作り出す高等魔法。

 しかもハティナの周りには五つの竜巻がうねる。


 上級魔法の多重起動だ。

 しかも五つも。


 それを見て、すぐにカルジムなる男子学生が棄権を宣言した。


 ハティナは虫の死骸でも見るような目で彼を一瞥した後、全ての魔法を消した。


 会場はしばらく沈黙を保ったが、やがて大きな拍手が巻き起こった。


 戻ってきたハティナをイズリーが出迎える。


「ハティナ! すっごい! すっごい! あれ、どうやってキャッチしたの⁉︎」


「……あれはスキル。……前にシャルルとデートした時に発現した」


 ということらしい。

 一緒に街に行った時か。

 よくよく聞いてみると、ハティナに発現したスキルは魔導停減 インタラプト

 

 自動発動型の変質系スキルだ。

 自分に向けられた魔法とは反発する魔力を流すことで、その魔法の効力を弱めるというものらしい。

 

 魔力コントロールに長けるハティナと相性が良さそうなスキルだ。

 

 あの時、ハティナは相手の不意打ちを完全に読み切っていたらしい。


 そして石礫ストーン の軌道も相手の視線や指先の角度から完全に計算した上で魔導停減 インタラプトでその魔法を弱体化させてキャッチしたのだと言う。


 言ってることはわかるが出来るかどうかと言えば普通は無理だろう。


 魔法をキャッチするなど考えたこともなかった。


 会場では他の試合が続いているが、ハティナの魅せた妙技に、観客達はいつまでも酔いしれるのだった。


 その後、ミリアも圧倒的な勝利を収めたらしい。


 彼女には悪いが僕の膀胱が限界に迫ったために、やむなくトイレに行ったところ、帰って来たら終わっていた。


 そして、いよいよ僕の出番になった。

 魔王とか調子に乗って初戦敗退なんてしたらカッコがつかない。


 モノロイの戦いについて聞きたかったが、ひとまず目の前の相手に本気で立ち向かうことにして、僕は自分の試合に向かった。


 

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