第37話 初陣

 不良三人と一年生三人が対峙する。


「よーし! やるぞー!」


「イズリー、待てだ」


 何故か僕の話を聞かずにやる気満々になっていたイズリーを制止する。


 イズリーはうるうるとした瞳で僕を見る。


 くっ……なんてえ、プリティなんだい。


 こいつは呆れるほどにアホだが、その可愛さは暴力的だ。


 しかし僕は心を鬼にして「そんな顔してもダメ!」とさらに釘を刺す。


「魔王と暴姫が出てこないなら、こっちにも勝機はあるぜ?」


 不良の一人が剣呑な雰囲気で言う。


「ひひひ。どうやら私達、舐められてるみたいね」


 メリーシアが不吉に笑う。


「むむむ! なんだかムカついてきたですよ!」


「モノロイさんの見てる前で、ダセー真似はできないっす!」


 一年生はそれぞれ気合を入れたように言う。


 先制攻撃はグエノラだった。


 唱えた火弾スター が不良に迫る。


「あめーよ!」


 しかし不良がほぼ同時に唱えた水弾ドロップに相殺される。

 

「今度はこっちの番だな!」


 別の不良二人がそれぞれ火弾スター 石礫ストーン を放った。


 新入生に向かって真っ直ぐ進む二つの魔法は、しかし石の壁に阻まれる。


 イーガーの唱えた石牢ジェイルだ。


 本来は自身の四方に石の壁を出して閉じ込もる操作系スキルだが彼はそれを防御に使った。


 なるほど器用なものだ。

 

「防御は任せるっす!」


 イーガーがそう言うと同時に、石の壁はすぐに消え失せた。


 気を取り直したグエノラがもう一度火弾スター を放った。


 先ほどと同じように、水弾ドロップに阻まれたが今度は勝手が違った。


 一拍遅れてメリーシアが水弾ドロップを唱えていたのだ。


 不良の水弾ドロップはグエノラの火弾スター と相殺して消えたが、メリーシアの水弾ドロップは不良に直撃した。


 ただし、その威力はかなり低い。

 これでは何十発と当てないと倒せないだろうな。


 僕はそんなことを考えたが、次の瞬間自分の目を疑う光景を目の当たりにする。


 不良に当たったメリーシアの水弾ドロップがネバネバと不良に纏わり付いているのだ。


 それは接着剤のように次第に固まり、パキパキと音をたてて不良の身動きを止めた。


 何だ?

 スキルか何かだろうか?

 ミリアの氷のように変化系スキルで何かを付与したのか?


 ともかく、こうして不良の一人を降した。


「ちっ! 新入生だがやるぞこいつら!」


 まだ元気な不良が叫ぶ。


「なるほどですよ! メリーシアちゃんの戦い方、わかったですよ!」


「なら、上手く誘導してよね。言っとくけど、私の魔法の威力は論外よ」


 グエノラとメリーシアが会話を交わす。


「自分も忘れないで欲しいっすよ! サポートするっす!」


 イーガーが小声で呪文を唱えると次は足元で土がうねり、砂埃が舞い始める。


 イーガーは生活魔法と呼ばれる本来なら戦闘で使うことのない魔法を唱えた。


 イーガーがまず唱えたのは穴掘りの魔法だ。


 彼は穴を掘る際に出る土を落ち葉やなんかを掃除する風の生活魔法で巻き上げたのだ。


 不良と一年生軍団の間に砂埃の煙幕が張られる。


 金髪リーダーの弟、めちゃくちゃ器用じゃん。


 穴掘りの魔法と風の魔法の発動はほとんど同時だった。


 異種魔法の同時起動だ。


 ハティナなら出来るだろうがこの精度はかなり優秀だ。


 ジョブはおそらく魔術師だろうか?


 それに、生活魔法で砂の煙幕を作るという発想がすごい。


 何だか玄人が好きそうな戦闘スタイルだな。


「ナイスですよ! イーガー君! グエが合わせるですよ!」


 それに合わせるように今度はグエノラが火弾スター とは別の呪文を唱えた。


 不良達の後方上空に火の玉が現れる。


 これは魔法じゃない。

 スキルだ。

 しかもわりと珍しい攻撃型のスキル。


 ハティナの本で読んだことがあった。

 確か名前は火雨 スパーク


 上空に出現した火の玉がそのまま不良達の後方に落ちて火花を撒き散らした。


 それに慌てたのだろう。

 不良二人が砂埃をかき分けるように前方に駆けてきた。


 

 ──べちゃ



 不良二人の足元が接着剤で固められた。


 イーガーとグエノラが呪文を唱えていた時に、ちゃっかりとメリーシアが不良達の前方に水魔法で作った接着剤を仕掛けていたのだ。


 いきなり足元を固められた不良二人は前につんのめるように転んでそのまま身体を地面に張り付けにされた。


 まるで罠にキャッチされたゴキブリみたいにジタバタと動く不良は次第に諦めて大人しくなった。


「君たち、めっちゃ強くね?」


 僕が驚きを隠さずにそう言うと、グエノラは照れたようにはにかみ、メリーシアは当然といったように胸をはり、そしてイーガーは「滅相もないっす!」と謙遜した。


 聞いてみると、イーガーはケンカでは兄に負けっぱなしだったらしい。


 魔法の才では兄には敵わない。

 それでもどうにかして兄に近付こうと、あらゆる生活魔法から何に使うのかわからないネタのような魔法まで貪欲に覚えていったそうだ。

 まさに努力の人である。


 しかし、そうして多種多様な魔法を覚えたことで戦い方にバリエーションが出来たのだと言っていた。


「君のお兄さんそんなに強かったっけ?」


 と僕が言うと、イーガーは「シャルルさんとモノロイさんが強すぎただけっすよ!」と言った。


 金髪リーダーは僕の中では雑魚扱いだったけど、意外と強かったのだろう。


 確か一緒にいた鎖先輩もミカの詠唱を遥かに凌ぐ使い手だったし、金髪リーダーもそこそこ強い部類だったようだ。


 モノロイをワンパンで沈めたのも金髪リーダーだった。


 あれはモノロイが弱いのではなくて、金髪リーダーのパンチが強かったのだろうか?


 でも、魔法ならまだしもパンチだしなぁ。



 グエノラは火のスキルを使っていた。


 それに赤い髪に赤い瞳。

 何となく聞いてみると、やはりレディレッドの流れを汲む家系だった。


 母がレディレッド家当主、モルドレイ・レディレッドの庶子なのだそうだ。

 つまり僕の母と彼女の母は腹違いの姉妹なのだ。


 従妹じゃん。

 あのジジイが妾に生ませた子供の子供か。

 ジジイもなかなかやるじゃないか。


 だから、本来なら相性の悪い、水弾ドロップを相殺できるほどの火弾スター だったわけか。


 レディレッド家は火魔法を得意としているから。



 そして一番気になっていたメリーシアだ。

 彼女のあの接着剤はやはり血統系のスキルだった。

 

 泥濘の接吻ラヴスムーチュ


 水系統の体内魔力に干渉して粘着性を付与する血統系スキルだ。


 ちなみにミリアの氷も同じような原理の血統系スキルで薄氷の調アイスエイジというスキルだ。


 メリーシアのジョブは魔術師で、魔法の威力は低い。


 しかし、魔術師だからこそ色々な魔法にスキルで干渉することが出来る。


 罠や搦手に長けた人材だった。



 「うむ。イーガーよ。素晴らしい魔法の冴えだった。これからも精進すべし」


「はいっす! モノロイさん!」


 モノロイがまるで弟子を指導するようにイーガーに言っている。

 

「あー! もう! グーちゃん本当に可愛すぎるぅ!」


「ふぎゅ……ミカお姉ちゃん、苦しいですよ」


 ミカがグエノラを抱きしめている。

 何だか猫に捕まったネズミみたいになっている。


「め、メリーシアさん、す、すごいね! あのスキル」


「ひひひ。久しぶりに使えて楽しかった。普段はあまり役に立たないからね」


 セスカがメリーシアを褒め、当のメリーシアは満更でもない様子だ。


「むー。シャルルー、あたし今日なにもしてないよー」


 イズリーがグズり始めたな。

 

「ほら、イズリーはバックドロップを練習しなくちゃだろ? バックドロップはとても高度な技だ。今のうちに体力を蓄えておかないとな」


「そっか! にしし、忘れてたよ」


「そうだろうそうだろう。さ、今日の巡回はお終いだ。バックドロップはモノロイに付き合ってもらいなさい。僕はハティナを迎えに行ってくるから」


「うん! わかった! モノロイくん! 技かけていいー?」


 よし、アホで助かった。


「い、イズリー殿⁉︎ そ、そう言えば我、セスカ殿を手伝って調書を──」


「モノロイさん! イズリーさんの技を受けるんすね⁉︎ 自分も手伝うっすよ!」


 モノロイは絶望感を滲ませていたが、いい感じに話がまとまったので僕はミリアと一緒に図書館に向かった。


 新入生のコンビネーションはかなり良好だった。

 

 

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