第38話 情報網

 北方諸国共栄議会。

 

 大陸の中央を流れるカナン大河の北方に住う人間種及び亜人種国家によって組織された国際機関である。


 魔物の巣窟と化したカナン大河以南の解放と、大河を渡り人類の領域に侵攻してくる魔物達へあらゆる人種が一丸となって対抗することを目的としている。


 が、そんなものは建前だ。


 今では南方の解放など夢のまた夢、侵攻してくる魔物も年々数を増している。


 国家間での争いは絶えず、帝国が王国に牙を剥けば、帝国の背後を皇国が突く、ドワーフ国は王国、帝国、皇国それぞれに武器を売り、獣人族は内乱の真っ最中、エルフ達は世界樹に抱かれたまま我関せずの姿勢を貫く。


 前の世界でも193カ国からなる国際連合という組織があったが、国連ができることなんてたかが知れていた。


 加盟国に対して強制力など持たないのだから当然だ。


 罪人を裁くのは国の法だが、それなら国は誰が裁く?


 この世界でもそれは同じだ。


 北方では多くの国々が争い、与し、裏切り合っている。


 それでも議会を抜けることはしない。

 周囲の国々から集中攻撃を受ける口実を作るような馬鹿な国など流石にないのだ。


 そんな半ば形骸化した北方諸国共栄議会が長年主導で行なっているイベントがある。

 

 演武祭だ。


 四年に一度、各国持ち回りで開催するそのイベントは、各国がそれぞれ優秀な戦士や魔導師の学生を送り込み武を競い合う。


 戦争とは違って兵站も要らなければ、ほとんど金もかからない。

 万が一、学生が事故や暗殺で死んでも国にとっては末端の人材だ。

 むしろ多額の賠償金をせしめるいい口実になる。

 

 そして、そこで活躍した学生は後の各国の武力である。


 そのため国家間での代理戦争の様相を呈している。


 そんな演武祭の季節がやってきた。


 正直かったるいが、奇しくも今年は帝国での開催だ。 


 ひょっとしたら帝国に現れたという『勇者』とコンタクトを取れるかもしれない。

 

 『神』との個人的な約束で勇者を助けて南方を解放しなければならない僕にとって、帝国行きの切符を得られるこのタイミングはまたとないチャンスなのだ。

 

 演武祭へは各国から二十名ずつの学生が選ばれる。


 王国の場合は三学と呼ばれる三つの最高学府である内の、王立魔導学園と王立武官養成学園の二つの学園からそれぞれ十名ずつが選抜される。


 魔導学園の場合はその多くがSクラスから選抜されることが多い。


 当然だろう。


 魔導学園は狭い世界ながらも実力社会だ。

 千五百名からなる巨大な学園。

 その中で上位の成績を収めた面々が集まっている。 


 しかしながら、戦闘能力と成績は比例しない場合もある。


 イズリーなんかは座学は落第ギリギリだが、戦闘能力は学園でもトップクラスだろう。


 では、どうやって選抜するか。


 それが演武祭学内選抜大会だ。


 この選抜大会を勝ち抜いた上位陣が、その年の演武祭への切符を得ることが出来る。


 その開催が一週間後に迫り、僕はSクラスの教室の隅で一人の男と会話をしていた。


 北方諸国共栄会議の話や演武祭、そして選抜大会の話はその男から仕入れた情報だ。


 お友達ってやつ。

 いつまでも僕がボッチのままだと思って貰っては困る。

 いやー、やはり持つべきものは級友だね!

  

「つまり、僕がその演武祭ってのに出るには選抜大会を勝ち抜けばいいってわけか」


 僕はエルフや獣人に想いを馳せつつ、そう呟く。


「さ、左様でありますかな。余としても、是非とも選ばれたいものでありますかな」


 相手はミキュロスだった。


「ほう? 僕を差し置いて選ばれたい……と?」


「な、め、滅相もございませんかな! ボス!」


「しっ! 教室ではボスと呼ぶな。まだ教育が必要か?」


「こ、これは失敬」


 焦った様子でミキュロスが頭を下げる。


 そうだ。


 僕はミキュロスに影で『ボス』と呼ばれている。


 僕に教育ごうもんを施されたミキュロスはとても友好的じゅうじゅんになっていた。


 一介の風紀委員として、僕は考えた。


 学園には千五百人を超える学生がいるのだ。


 一定数の不良が出るのは仕方ないだろう。

 

 で、いちいち証言やら物証やらを集めて学則に則り、当たり障りなく取り締まって調書にまとめて提出する?


 ……ダルすぎるだろう。


 でも、それが僕の仕事だ。

 見て見ぬフリして誰も取締らなければサボっているとすぐバレる。


 ではどうやって楽に……いや、そう、合理的に不良を取り締まるか?

 

 そこで、ミキュロスの出番だ。

 彼は不良の元締めみたいな男だった。 


 すっかり友好的になった彼から不良の顔、名前、不正行為の証拠等々の情報を仕入れることで、僕は楽に……いや、スムーズに不正行為の取締りを行なっていた。


 決して一網打尽にはしない。


 仕事をこなせばこなすほどに次の仕事が増えるのが人の世の常。


 それに学則を犯す者たちは雨後の筍のように次々と出てくる。


 相手はまだ精神の不安定な思春期の少年少女なのだ。


 瓶の底みたいな眼鏡を付けていつも教室の片隅で読書をしているような真面目君が冬季休暇明けにトゲトゲの肩パッドを着けて世紀末を生き抜くモヒカンのお兄さんのようになってしまうことだってある。


 そういう人たちを正しい道に導く、あるいは、もっと直接的に表現すれば、そういった汚物を消毒するのが僕の使命なのだ。


 とにかく、彼らを根こそぎ取り締まるのも面倒だし、その後さらに仕事が増えてはたまったものじゃない。


 それに、不良達もまさか彼らの元締めが風紀委員と繋がっているとは思わないだろう。


 自分達の親玉が情報屋になっているなんて、誰が想像する?


 僕はそうやって楽に……いや、効率的に委員会活動に明け暮れていたのだ。

 

「選抜大会に出るにはどうすればいい? 誰でも出れるのか?」


「Sクラスであれば自動的にエントリーされますかな。その他の一般クラスは担当教諭の推薦ですかな」


「なるほどね。学園から十名、だったな?」


「ええ、ボ……いや、シャルル殿とミリア殿は確定でしょうかな。それにイズリー殿も。ハティナ殿は戦闘能力はどうなのですかな? 失礼ながら戦ってるところを見たことはありませんかな」


「お前が攫ったハティナか」


「はぅ、ボ……シャルル殿、よ、余は──」


「ふん。……まあいい。ハティナが戦っているところは一度しか見たことないな。たぶん強いんじゃないか? 入学前の話だが、悪漢の腕をぶった斬っていたよ。それに彼女は多重起動も使えるしな」


 ハティナは前に蝙蝠の飛び交う隙間を縫うように微風ゼファー を飛ばしてイズリーを人質に取った男の腕をスパッと斬り落としていた。


「な、なんと恐ろしい。余はそんな恐ろしいお人に手を出し──」


 そこまで言ってミキュロスは僕の視線に気付いて話題を変えた。


「あ、あとはアスラ・レディレッドもかなりの使い手ですかな。Sクラスでは他にもピーガー・クレッシェンドやクリス・ジーナハルフェンは手練れでありますかな。それから、ウォシュ──」


「シャルルー!」


 そんな話をしていると、イズリーが教室に元気よく入ってきた。


「む、僕の天使がおいでだ。また有益な情報を頼みますよ、殿下」


 僕はそう言ってイズリーの隣の席に座った。


「でんぶさいってのがあるらしーよ! それに出る人は帝国に行くんだって!」


 やっぱり「でんぶさい」って言ってるな。


 臀部祭ってなんだ。 


 みんなでケツ出して踊るのか?


「演武祭だよイズリー。まずは選抜大会で勝ち進む必要があるみたいだけどね」


「はー! 早く帝国行きたいな! シャルルと旅行は初めてだねえ。楽しみだなあ!」


 旅行扱いなのもイズリーらしいが、彼女は選抜大会など眼中にないようだ。


 もしくは僕の話など聞いていないか。


 後者だろうな。


「……学内からは十名しか選ばれない。……いつもは殆どSクラスの人が演武祭に選ばれてるらしい……それでもわたしの出場は変わらない」


 遅れてやって来たハティナが言った。


「ハティナも演武祭狙ってるの?」


 意外だ。

 彼女はまた「……めんどくさい」とか「……どっちでもいいよ」とか言いそうなものだが。


「……イズリーだけがシャルルと旅行なんて認められない。……せめて私も一緒に行く」


 なんだか嬉しこと言ってくれるな。

 そしてやっぱり旅行扱いなんだな。

 

 でも二人が選ばれて僕だけお留守番なんてことになったら恥ずかしいってもんじゃないぞ。


 そんなことになったらと、僕は一人戦慄するのだった。

 

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