第35話 憂鬱の春

 新学期が始まった。


 Sクラスに振り分けられた僕たちは揃ってSクラスの教室でガイダンスを受けていた。


 いつものように僕の右にハティナが座り、左にイズリーが座る。


 僕の前には知らない学生が座っていたが、後から来たミリアにその席を強引に奪われていた。


 Sクラスの担当教諭は、去年の担当教諭と同じフラフト・ホリックだった。


 本来、Sクラスの担当教諭は魔導学園の教頭が教鞭を取る。


 そう聞いていたので、教室に入ってホリックの姿を見たときは驚いたものだ。


 なんでも丁度、昨年度いっぱいで教頭が職を辞したことでホリックが教頭に昇進したらしい。


 自分の担当するクラスから二年次でのSクラス入りが三人も出たことが評価されたのだと本人が言っていた。


 僕たちのおかげというわけだ。


「Sクラスの皆さん。今年は演武祭の行われる年です。演武祭には魔導学園から十名が選出されます。今年の演武祭は休戦状態の帝国での開催ですから、王陛下もさぞご期待されておられるかと思います」


 演武祭というのは、四年に一度各国の魔導師候補、武官候補の学生を集めて演武、つまり模擬戦のようなものを行う行事らしい。


 開催国に世界各地から有望な学生を集めて模擬戦を行いその優劣を明確にする、一種の代理戦争のような一面も持つそうだ。


 前世でのオリンピックのようなものだろうか。


「でんぶさい! せんせ! あたし出る!」


 臀部祭?

 ……聞き違いだろう。

 そうに違いない。

 そうすることに、今、した。


 隣のイズリーが予想通りはしゃぐ。


 ホリックは「あなたには期待しています」と柔らかくかわしてガイダンスの説明に入った。


「ご主人様。私、冬季休暇中はご主人様にお会いすることが叶わずに生き地獄のような──」


 前の席に座るミリアがホリックの話も聞かずに──完全に彼に背を向けて──僕に話しかけてくる。


「……ミリア、目障りだから前を向いて」


 僕の隣でハティナが毒を吐く。


「あらあら、ハティナさんは相変わらず無愛想ですわね」


「……あなたのような変態に振りまく愛想などない」


「あらあら、変態とは随分ですわね。でも私、ご主人様にならそのように罵って頂きたいものですわ。あぁ、私、今でもあのお仕置きが忘れられませんの。ご主人様に会えない間は毎晩あのお仕置きを思い出しては……」


「……私は毎日シャルルと会っていた」


「な! なんと羨ましい! 私が毎晩、枕と下着を濡らしていた時にそんな至福の時を過ごしていたなんて!」


 年頃の女の子がそんなはしたない物を濡らすんじゃない。


 名家の令嬢がなんてことを……。


「……あなたとは格が違う」


「ぐぬぬ、悔しくて血の涙が出そうですわ。でも、ハティナさんのお子さまボディではご主人様もご満足できませんでしょうに」


 まだ今年やっと十一歳になる程度の僕たちに何てことを言い始めるんだこの御令嬢は。

 

 ハティナは珍しく怒りを露わにして、すっと一枚の栞をミリアに突きつける。


 僕がプレゼントした栞だ。


 そこには僕とハティナの顔が念写されている。


「な! な、な、な、何て代物をお持ちですの⁉︎ それは国宝級の、いや、神のお造りになられたアーティファクト級のお宝ですわ! おいくらかしら? 言い値で買い取りますわ!」


 ミリアはいそいそと財布を出し始めた。

 

 先ほどとは一転、ふんすと勝ち誇った顔でハティナが言う。


「……これはわたしたち二人の愛の結晶。……あなたには分不相応な一品」


「くぅ……! さすがはご主人様! 肉体ではなく精神への苦痛も! しかしながら、これはこれで……ぐふふ」


「はわわ、シャルルぅ」


 ミリアの変なスイッチが入りイズリーが困惑し始めたところでさすがにホリックに注意された。


 ハティナがこんなに表情をコロコロ変えるのは珍しい。


 いい友達ができたな!


 偉いぞハティナ!


 僕はハティナとミリアの会話の諸々に関する本来は必要であろう思考を全て放棄してそんなことを考えていた。


 ガイダンスが終わって、アスラに声をかけられた。


「やあ、シャルル君、君ならいずれSクラスになると思っていたが、こんなにも早くSクラス入りするとはね。私も魔法にはいささか自信があったが、Sクラス入りは三年次からだった。お父上もさぞかしお喜びだろう?」


「お久しぶりです委員長。父も喜んでくれています」


「明日は風紀委員の会合がある。必ず出席するようにね。魔王の眷属エンカウンターズの面々にも伝えておいてくれたまえ」


「ええ、心得ました」


 そんな会話を終えてその日は寮に帰った。



 次の日、新年度最初の授業を終えた僕とイズリーとミリアは図書委員会の会合に向かうハティナと別れて風紀委員会の会合に出席した。


 教室に入るとざわめきが起こった。


『あの人じゃない?』

『魔王だろ? 小さいけどオーラが違うぜ』

『可愛い顔してとんでもなく凶悪らしいね』

『学園の不良を尽く滅したって兄が言ってたっす!』

『王子様を拷問したって噂、あれ本当かな?』

『ワンスブルーの天才ミリア様も倒したんだとか?』

『見ろよ、その天才ミリア様を従えてるぞ⁉︎』

『さすが魔王、侍らせてる女の質も高いな』

『あの金髪の女の子は暴姫ぼうきイズリーさんじゃないか⁉︎』

『なんだありゃ、天使か何かか?』

『可愛い。そして尊い』

『トークディアの双媛そうえんの片割れか!』

『姉妹揃って二年でSクラス。トークディアはやっぱ名門中の名門だな』

『双子の姉の方も相当な美少女らしいな』

慧姫えいきハティナさんだろ? この前見たけど、とんでもない美しさだったぞ』


 何やら騒いでいる一団がいる。

 知らない顔ぶれだ。

 新入生だろうか?


「やあ、シャルル君。随分な人気じゃないか? 私も羨ましいよ」


 アスラがからかうように言う。

 

 ……こいつ。

 他人事だと思って。


「委員長、人気とは少し違うような気がしますけど……」


「有名になるというのはそういうことさ。君たちで全員揃った。早速だが席についてくれたまえ」


 そう言われて僕たちはモノロイたちの近くの席につく。


「シャル君、すっごい有名人になっちゃったね! あ、有名なのは前からか」


 ミカがそんなことを言った。


「当たり前ですよ! シャルル君はすごい人なんですから!」


「うむ。我らも魔王の眷属エンカウンターズの一員として精進し、すぐにでも追いつかなければな」


「わ、私達にはちょっと無理な気が……」


 キンドレー達が何やら騒いでいる。


「ねーねー! モノロイくん! 新技をシャルルに教えてもらったんだけど、あとでまたジッケンダイになってよ!」


「い、イズリー殿⁉︎ 今度はどんな凶悪な技であるか⁉︎」


「うんとねー。抱きついて持ち上げて頭から落とすの」


「それって、我、今度こそ死んじゃうんじゃなかろうか?」


「だ、だいじょーぶだよ? 死なないようにやるよ! ……たぶん」


「ちょっと自信ない感じではないか! シャルル殿! これ以上イズリー殿を魔改造して、何を目指しておるのですか⁉︎」


 モノロイに怒られてしまった。

 魔王による改造で魔改造か。

 言い得て妙ではある。


 ちなみにイズリーに教えた新技はバックドロップ。


 抱きついて持ち上げて、そのまま後方に反り返して頭から地面に叩きつける。


 確かに、このスペランカー君では少し厳しそうだ。


 そんな風に話していると、アスラの演説が始まった。


「諸君、これより風紀委員会第一回会合を開催する。新入生諸君、起立してくれたまえ」


 アスラの号令に応じるように二十人近くの新入生が起立した。

 すごい増えたな。

 僕の年は六人だけだったのに。


「今年は新入生が二十名も入会した。近年、その役職の難しさから我々風紀委員会は慢性的な人材不足に悩まされていたが、それも解消されるだろう。新入生諸君の活躍に期待する。」


 アスラの演説が終わって、新入生が着席する。


 そしてすぐに新年度の役割が決められる。


 魔王の眷属エンカウンターズはそのまま校内見回り組となった。


 一年生から何人か魔王の眷属エンカウンターズに配属されるらしい。


「昨年で当委員会の副委員長と書記がご卒業なされた。なので、新たに二人を新役職に抜擢する。書記、セスカ・ジターダウン。副委員長、シャルル・グリムリープ。以上の二名はこれまで以上に学園運営に貢献してもらえることを願っている」


『うおお! 魔王様が副委員長か!』

『俺に手を出したら魔王が黙ってないぞと言えるな』

『二年生で副委員長ってすごくね?』

『書記の人も魔王の眷属エンカウンターズだろ?』

『俺も魔王の眷属エンカウンターズに入りたいぜ』

『ああ! 美人揃いだしな!』

『ああ、ご主人様! さすがですわ! 私、もう下着が大変なことに!』

『魔王が副委員長なら風紀委員会も安泰だ!』

『逆に仕事をミスったらヤバイかもな』

『そうだな。粛正されかねないぞ!』

 

 教室はざわざわとそんな声で埋め尽くされた。


 若干一名、変な台詞が聞こえた気がしたが僕は何も聞いてない。


 気のせいだろう。


 しかし、面倒事は嫌いなのに変な役職を貰ってしまった。


 僕の新年度は、そんな憂鬱な気分で幕を開いた。

 

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