第34話 闇の本質

 季節は巡る。


 それは当然のごとく異世界においても例外ではなく、こちらの世界では三十六回日が沈むと一月経ち、それを十回繰り返して暦が変わる。


 冬。


 その年の授業が全て終了し、僕は魔導学園で進級試験にも無事合格することができた。


 次年度から僕はSクラスだという。


 魔導学園Sクラスは学年関係なく優秀な学生が振り分けられる。


 中には五年生の最終学年でSクラスに振り分けられる人もいる。


 元々、受験資格を得る十歳での合格者は少数派な為にクラスの年齢層はバラバラだが、それがさらに幅広い年齢の人間と付き合うことになりそうだ。


 二年生でSクラスへの振り分けは、滅多になく、去年はミリアだけだそうだ。


 しかも、今年はそれが三人いる。

 僕と双子だ。

 

 ハティナは座学、実技、共に学内トップの成績だった。


 十教科1000点満点のテストで1005点取ったのだ。


 言ってる意味がわからないと思うが本当にそうなのだ。


 超難関教科の一つである魔法哲学のテストが、テスト作成者の配点ミスによって105点満点になっていた。


 平均点が50点に満たないそのテストにおいて、彼女は当然のごとく満点を記録した。


 僕は学年上位の成績と風紀委員としての活動を評価されたらしい。


 王家との揉め事もあったのでSクラスは難しいと思っていたが、学園は魔法の能力のみを評価基準にすると公言していたこともあり、Sクラスへの振り分けが認められた。


 イズリーは座学に関しては落第ギリギリだった。


 しかし、聖騎士との実戦形式の実技テストで、彼女は試験官を担当していた聖騎士を倒してしまったのだ。


 王国聖騎士は王国騎士団から一握りのエリートを選抜した戦闘集団だ。


 戦時での対魔導師を想定して組織されているだけあり彼らはほぼ全員が魔塞シタデルを発現させている。


 学生程度の魔力では傷を負うことなどほとんどない。


 去年のテストではあの天才ミリアすら簡単に下したのだと聞いていた。


 そんな対魔法に特化した試験官を魔導師のイズリーが接近戦に持ち込んで勝利したのだ。


 彼女はあろうことかロメロスペシャルをフル装備の聖騎士相手に極めていた。


 彼女は試験開始と同時に法衣の纏雷ニューロクロス状態になり、相手の兜を引っ張り地面に打ちつけ、うつ伏せの状態から聖騎士の両手を自分の両手で掴み、さらに相手の両の膝裏を自分の両足で固定した状態から後方に倒れ込んで彼を釣り上げていた。


 僕の教えたプロレス技を聖騎士に極めるイズリーはとても楽しそうだったが、加減を知らずに金属製の鎧ごと関節を折っていく姿には皆が戦慄した。

 

 この世界にも格闘技はあるだろうがそれはスポーツではなく殺し合いのための術だ。


 当然ギブアップなどのルール的な文化も一般的ではない。


 試験会場には聖騎士の悲鳴と彼の関節と鎧の接合部から響くバキバキという音がこだました。


 悲劇である。

 それ以外のなんとも形容しがたい光景だった。



 そんなこんなで僕らは冬季休暇を挟んで春先に始まる新年度からはSクラスへ振り分けられることになった。


 Sクラスには顔見知りも多い。


 風紀委員長のアスラ・レディレッド新五年生、天才変態少女ミリア・ワンスブルー新三年生、そして第二王子ぶたやろうミキュロス・リーズヘヴン新五年生だ。


 どちらかと言えば彼らと級友となるのは不安の方が大きい。


 しかし、季節は巡るのだ。

 僕らがそれを望もうと望むまいと。



 冬季休暇中、最初こそ僕は実家に帰っていたがすぐに王城に住うトークディア老師の元で彼に魔法を教わっていた。

 

 南方の解放のためにも、休んでいるわけにはいかない。


 面倒ではあるが。


 それに、ここには双子もいる。


 

 僕たち三人は冬季休暇中毎日のように王城の練兵場で魔法の鍛錬に励んでいた。


「しゃ、シャルルー。身体が重いよぉ」


 イズリーが怠そうな姿勢で両腕をダラリと下げて僕に言う。


「ごめんイズリー、闇魔法を練ると勝手に起動しちゃうんだ……」


 僕は闇魔法を重点的に練習していた。


 僕のスキルには纏威圧制オーバーロウがある。


 これは闇系統の魔力を練ると自動で発動し、周囲20メートル程の重力を強くしてしまう。


 その範囲内にいたイズリーが纏威圧制オーバーロウの影響を受けていたのだ。


「……闇魔法、まだうまく出来ないの?」


 ハティナが無表情で問う。


「うん。正直、ぜんぜん上手くできる気がしない……」


「……闇魔法は使い手がほとんどいない。……そればかりか、闇魔法の種類そのものが少ない」


 ハティナは的に向かって魔法を放ちながら淡々と告げる。


「闇系統の初級魔法は操 影シルエット。自分の影を操る呪文らしいね。起動はしてるはずなんだけど、影が全く操れないんだ」


「でもでも、シャルルは闇系統の適性は高かったよね?」


 イズリーが不思議そうに言う。


 そうなのだ。


 僕の闇系統の適性は雷系統と共に最大だった。


 だから、本来なら最も得意な系統のはずだ。


「……イメージの問題かもしれない」


「イメージ?」


「……魔法の発動には正しい呪文と名前とイメージが必要」


「影を操るイメージはしてると思うんだけどなあ。でも、実際は僕の影はピクリとも動かないんだ」


「……なら、影を動かすという現象をシャルル自身が信じきれていない。……もしくはシャルル自身が納得できていない」


 納得。


 そうかもしれない。

 

 影。


 つまり光が当たらない場所だ。


 影を動かすとは、つまり光の当たる場所に影を生み出すということ。


 魔法がある世界だ。


 絶対無理だとは思わないけれど、確かに原理はわからない。


 例えば水や火なら、前世の知識を使えば魔力を使わなくても生み出そうと思えば生み出せるのだろう。


 原理もおおよそ想像がつく。


 魔力という不思議な力で、例えば大気中の水を集めるだとか、例えば空気を燃焼させるだとか。


 しかし、影はどうだろう?


 魔力で何に干渉しているのかがわからない。


「……闇魔法の使い手が少ないのは、イメージしづらいからだと本に書いてあった。闇とは光が無いこと。……つまり、魔力で無を創らなければならない」


 無を創る。

 確かにそうだ。

 根本的に矛盾しているんだ。


 無から有を作るための魔法が、有から無を作ろうと言うのだから。


「……でも、シャルルはもう闇魔法に近い権能を使いこなしている」


「僕が?」


「……纏威圧制オーバーロウ。……闇の魔力を練った時に発動するなら、このスキルは魔法であれば闇系統のはず」


 重力か。


 なら、つまり闇魔法とは。


 僕は新しいイメージで操 影シルエットを発動する。


 僕の影が音もなく伸びていった。


「わー!影が伸びたよー!」


「……できてる」


「なるほど。闇魔法って名前が悪かったんだ」


 闇魔法という名前から、漠然と闇を操る魔法だと思っていた。


 しかし、本質はそうではなかったのだ。


 僕は答えをすでに持っていた。


 纏威圧制オーバーロウだ。


 遥か宇宙に浮かぶというブラックホールはその重力の強さから光すら反射させないらしい。


 つまり、闇魔法とは魔力で重力に干渉する魔法だったわけだ。


 闇の発生は結果に過ぎない。


 でも、重力を知らない人からすればこれは確かに闇の魔法なのだ。

 

 自分の眼前に重力場を発生させる魔法。


 その結果として、影が動く。


 おそらく、本来なら光の反射すら許さない程の重力ではないはずだ。


 しかし、コレは魔法。


 魔力という未知の力が可能にしているのだろう。


 それが、操 影シルエットという魔法の本質。


 その日から、僕は闇魔法の鍛錬に明け暮れた。


 イズリーがなぜか毎回、纏威圧制オーバーロウの射程の境界線を出入りして「重い! 軽い! 重い! 軽い!」と遊んでいたが、僕は気にせずに毎日魔力切れを起こすまで練習した。

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