第33話 Summer is over.

 重度の筋肉痛から立ち直った僕は、次の週の日曜日に再び王城に召喚された。


 もちろん、審問会議だ。


 当事者である第二王子から直々に僕への裁きに不服の申し立てがあったそうだ。


 罪が軽すぎる。


 といった内容とは真逆であり、僕を裁く必要無しという申し立てだ。


 僕の心のこもった教育がミキュロスにも届いたようだ。


 これにはトークディアとモルドレイも驚いていた。


 僕から前の週の審問会議後に何をしたかを聞いたトークディアは呆れたような顔をしていた。


 逆に、モルドレイは豪快に笑った。


 トークディアは『くれぐれも無茶はせぬように』と言い、モルドレイは『良くやった。それでこそ我が孫』と言った。


 結果的に僕に下された審判は全ての嫌疑を不問とするとのことだった。


 王国はレディレッド、トークディア、グリムリープが互いに協調路線を取ることを許してしまった結果、この先の王国の支配体制に揺らぎが生じてしまうことになったようだ。


 地方の領地持ちの貴族がそれに呼応するような動きも見せており、帝国に対する危機感において王と臣下の意識の解離を如実に表すきっかけとなった。


 何故かミリアは今でも僕の世話を色々と焼いてくるようになった。


 遠ざけようとしても頑として聞かないのが面倒になったのと、意外と気が利くのもあったので、彼女の好きにさせている。


 彼女はあの後、アスラに風紀委員会への入会届けを出していた。


 ミリアは元々どの委員会にも所属していなかったらしい。


 アスラに、魔王の眷属エンカウンターズなんてものがあるなら自分を入れろと直談判したそうだ。


 僕とのいざこざを知っていたアスラが断ろうとしたが、暴れようとしたので渋々容認したらしい。


 そこは頑張ろうよ委員長。


 ミリアの──半ば強引な──加入で今では魔王の眷属エンカウンターズは七人組になっている。

 

 学園の最高峰ともいえるSクラス内において最も強力な魔導師が加入したのだ。


 僕たちの評判と悪名はうなぎ登りだった。


 さらに、僕がミキュロスを完全に支配下に置いたことで学園内の不良もほとんどが僕を魔王と恐れるようになってしまった。


 ミキュロスの配下だった不良達は目立った悪さなどはしないようになったので、それはそれで良かったのだが悪目立ちどころの騒ぎではなくなったのも事実だ。


 それからイズリーに教えた法衣の纏雷ニューロクロスは彼女にとってかなり相性の良い魔法となった。

 

 今でも屋外の魔法練習場でモノロイ相手に色々な技を試している。


 結果的に言えば、彼女は格闘の天才だった。


 魔戦士というジョブを持つからなのか、彼女は天使のように可愛い顔をしていながら天然でローリングソバットを繰り出すような人型決戦兵器だ。


 彼女の鍛錬を見ていてつい『こんな技もあるらしいよ』とワンインチパンチと呼ばれる技を教えてみた。


 ジークンドーと言っただろうか。


 前世のカンフー映画の記憶にあった。


脱力した状態からの発勁による強烈なパンチだ。


 ほとんど予備動作のないまま繰り出される縦拳が、それこそ魔法のように相手に衝撃を与える。


 正直な話、原理も原則もよくわからなかったが何となくこんな感じだろうというのを伝えてみたところ、イズリーが全く力を込めずに伸ばした右手に触れた実験台のモノロイが、5メートル近く吹き飛ばされたのだ。


 十歳の少女が大柄なモノロイを吹き飛ばすのだ。


 映画のワンシーンのような異様な光景だった。


 それに気を良くしてしまった僕は、前世のプロレス技やカンフー映画の知識を余すことなく彼女に伝授してしまったのだ。


 今では当然反省している。


 僕がなんとなく「こんな感じ」と適当に教えた技を一、二度練習してすぐに「こんな感じ?」とモノにしてしまうのだ。


 結果的に、イズリーは近接格闘の達人のような強さを誇るまでになってしまった。


 彼女のあまりの強さにハティナとミリアに相談したところ、法衣の纏雷ニューロクロス状態のイズリーは魔力を体内で循環させることで運動エネルギーに変換して体外に放出するという離れ技を本能的に行なっているらしい。


 何も知らない人が彼女の戦っている姿を見たとして、イズリーを魔法使いだと見抜くことは絶対にないだろう。



 ハティナとは約束通り街に出かけた。


 ある日曜日の朝。


 学園が休みのその日、僕の部屋にハティナが来た。


 イズリーもミリアもそうだけど、なぜ男子寮にこんなズカズカと上がって来るんだろうか。

 

 ハティナは一言「……街」とだけ言った。

 僕は全てを理解してマッハで準備を終えてハティナと商業区に行く。


 学園前から商業区までは駅馬車が出ている。

 ハティナの一見、無表情な横顔からは少しだけ嬉しそうな雰囲気が感じとれた。


 商業区に来たのはハティナがミキュロスに攫われた日にキンドレーと来て以来だ。


 ハティナと二人並んで大通りを歩く。


 はたから見るとデートだろうか。


 どうなのだろう?

 

 ハティナは元々口数の多い方ではないが、今日はなおさら無口だ。


 それでも僕たちの間に気まずさみたいなものはない。


 それが僕にはとても心地良かった。


 ハティナが魔導書店の前で足を止めた。


「覗いてみようか?」


 僕がそう言うと彼女は無言で頷いた。


 店内は埃っぽい匂いと本のくすぶった匂いで充満していた。


 ハティナはやっぱり無表情だったが、真剣に本の背表紙を眺めている。


 僕には到底理解の及ばなそうな難しいタイトルだ。


 中には『パラケスト立志伝』とかいう少し気になる本も混ざっている。

 

 ハティナは十歳の少女が読むとは思えないような本を一冊買った。


 タイトルは応用魔導力学うんたらかんたらみたいな感じだ。


 僕程度の知能ではタイトルすら覚えられなかった。


 魔導書店を出た僕たちは、以前キンドレーに教えてもらった魔道具店に行った。


 そこでもハティナは、時計のように一定のリズムを刻む、何に使うんだかさっぱりわからない不可思議な器具を感心したように──ハティナを知らない人からすればやっぱりただの無表情に見えるのだろうが──眺めていた。


「それ、何に使うの?」


 ハティナが覗き込んでいる──円盤状の木の板に金属製の羽子板がくっついたような──魔道具を見て僕は問うた。


「……手をかざすと、体内魔力による流動性から空間魔力係数を算出して──」


 何言ってんだかさっぱりわからなかったが、どうやら凄いものらしい。


 ハティナがその『何だかよくわからない何か』を測るための器具を見ている間に、僕は棚の隅で埃をかぶる一つの魔道具を発見した。


 出入り口の側のカウンターで本を読んでいた店主に何に使うものか聞いてみると、魔道具店の店主は面倒くさそうにしながらも教えてくれた。


 僕はそれを一つだけ買って懐にしまい、ハティナのところに戻る。


 彼女はまだ同じ場所で同じ魔道具を見ていた。


「……」


「……」


 魔道具店の中に客は少なく僕たちの沈黙はその静けさに溶け込み混ざり合うように、二人の時間は過ぎていく。


 何に使うかは謎だがハティナのハートをがっしり掴んだ魔道具が鳴らす一定の金属音だけがカチコチと音をたてていた。


 魔道具店を出ると見知った顔にバッタリと出会った。


 ミカとセスカだ。

 

「ありゃ? シャル君じゃん! それにハティちゃんも!」


「ぐ、偶然だね。今日はミカちゃんとお茶しに街に来てたの」


 ミカとセスカも休日に二人で街に来ていたらしい。

 

「デート? デートじゃん! デートだよね? シャル君も隅に置けないなあ! だからイーちゃん不機嫌だったのか!」


 二人はイズリーも誘ったが何やらご機嫌ななめな様子で袖にされたそうだ。


「ミカちゃん。二人の邪魔しちゃ悪いから行こう?」


「そだね。行こっか。シャル君、ちゃんとハティちゃんのことエスコートするんだよ!」


 セスカが気を遣ってミカを連れ去った。

 

 ミカとセスカと別れ、ハティナと二人で露店を眺めながら少し歩いていた時、ハティナが口を開いた。


「……イズリーには悪いことしたかな」


「今度は三人で来よう」


「……うん」

 

 そうして僕たちは駅馬車で学園まで帰った。

 馬車の中でも、僕たちは相変わらず無言だった。


 学園に着く頃にはもう日は傾いて黄昏ていた。


「ハティナ。ちょっと行きたい場所があるんだけど、最後に少し付き合ってよ」


 そう言ってハティナを屋上に連れ出した。


 屋上には誰もいない。


 夕陽が静寂をオレンジ色に照らす。


 そこには、セミの死骸が落ちていた。


 ハティナがその側を通った時、セミが最期の力を振り絞って大空に羽ばたこうとした。


「……!」


 驚いたハティナは僕に抱きついた。


「まだ生きてたみたいだね」


「……うん」


 そこで、僕は懐からさっき買った魔道具を出す。


 何も書かれていない長方形の紙に青いリボンが付いている。


 ハティナの綺麗な瞳と同じ色のリボンだ。


「……栞?」


「そうそう。さっき買ったんだ。魔力を通すとその風景を念写できるんだってさ」


「……夕陽を写すの?」


「いや、ここに写すのは僕たちだ」


 僕はそう言って、今度は僕からハティナを抱き寄せて魔道具の栞に魔力を込める。


 夕陽をバックに笑顔の少年と無表情の少女の姿が栞に念写された。


「ハティナに持っていて欲しいんだ」


「……くれるの?」


「うん。プレゼント? ってやつ」


 ハティナは一瞬だけ不思議そうに栞を眺め、抱きしめるようにそれを両手で握った。


「ずっと、喉につっかえていたんだ──」


「……?」


 ハティナが首を傾げた。


 いつからだろう?

 僕は決心していた。


 ハティナが気持ちを伝えてくれたあの日。


 僕が僕自身の気持ちと向き合うきっかけになったあの日。


 僕たちの世界に夏が訪れたあの日。


「──あの日、言うべきだった言葉」


「……」


「僕は……。僕は、イズリーも好きだ。君たちがいなかったら、僕は魔王と恐れられて誰からも相手にされなかったと思う。君たち双子に、僕は命を救われたんだ」


 どっちつかずでカッコ悪いことこの上ない。

 男としては最低かもしれない。

 でも、それが本心だ。


「それでも、君に対する気持ちに嘘はない」


 僕は口にする。


 あの日、言えなかった言葉。

 あの日、直視できなかった想い。


「ハティナ。僕、君のこと──」


 ハティナは頬を染めている。


「──大好きだよ」


 愛しているとは言えなかった。

 言いたかった。

 でも、言えなかったんだ。

 

「……ありがとう。……とても……とても嬉しい……にへへ」


 涙のない彼女の笑顔を、僕はやっと見ることができた。


 遠くで虫が鳴いている。


 僕たちの短い夏の終わりを、告げるように。

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