第30話 我が忠誠を!

 ミキュロスとミリアが揃って僕の部屋で床に正座している。


 僕はベッドに腰掛けて二人を無言で見つめる。


「ミキュロス」


 そう声をかけると、この世の終わりのような顔で王子が僕を見る。


「次に逆らえば、もっとキツイお仕置きだ。双子に手を出せば、……簡単に許してもらえると思うな。……いや、そうじゃないな……簡単に……そう、簡単にゆるしてもらえると思うな」


 ミキュロスはこくこくと頷いている。

 

「ミリア。あんたとは初対面のはずだが、なぜミキュロスに協力した?」


 僕が質問するが彼女は俯いたまま、ぜいぜいと息を荒げて答えない。


 強いと言っても、温室育ちのお嬢様にはキツすぎる教育だったかもしれない。


 ふごふごと歯のない口で語るミキュロスから得た情報によると、僕に仕返しをしようと考えたミキュロスは父である王に掛け合い、さらには学園でもトップクラスの実力者であるミリアの協力を得ようと近づいた。


 ミリアはミリアで元から『魔王』にただならぬ執着を持っていた。


 そこで、以前から魔王と呼ばれていた僕を敵視していたらしい。


 そこで利害が一致したのだ。


 ミキュロスはミリアを護衛として、ミリアはミキュロスを囮として、お互いに協力したのだろう。


 そこまではなんとか聞き取れたが、いかんせん入れ歯を無くした王子の話は聞き取るだけで難儀した。


 ふごふごと煩いし面倒になったのでもう一度ミキュロスに電気ショックを与えて黙らせた。

 

 白目をむいてパタリと倒れるミキュロスを隣で見ていたミリアは頬を紅潮させている。

 

 ……なんだその表情かおは。


 僕は一度ため息を吐いて、机の引き出しから一枚の銀版を投げてよこす。


 ミリアは警戒しながらもその銀版に目を通す。


「……え。……魔王……さま? ……本当に……?」


 僕が見せたのは自分のステータスプレートだ。


 見せた理由はこれ以上、魔王を騙っているという濡れ衣で付き纏われたくないから。


 なぜなら僕は本当に魔王なのだから。


 そして、バカな王子へのとどめの一撃だ。


 自分が何を相手にしてきたのか、正確に知ってもらう必要がある。


 どうせ学園では既に魔王と呼ばれているのだ。


 今更それが真実だったとバレても、ダメージは少ない。


 みんな、『ふーん。うん。知ってたわ』くらいの反応だろう。


 ……たぶん。


 気絶から復活したミキュロスは、ミリアが食い入るように見ている僕のステータスプレートを覗き込んで、また白目をむいてパタリと倒れた。


 魔王に歯向かって拷……教育まで受けたのだ。


 そのショックたるや想像を絶するものだろう。

 

 僕は二人に魔王が怖ければ僕の邪魔をするな。双子に手を出すなと誓わせる。


 ミキュロスには、王に掛け合って審問会議をどうにかするように命じる。


 ミキュロスはふごふごと言いながら何度も強く頷いている。


 ──本当か?


 と問い詰める意味で僕は右手の親指と人差し指の間に電気でパチパチと火花を散らせる。


 それを見てミキュロスは頭を抱えて丸くなる。


 ミリアは、ぽーっとした顔で僕を見続けるだけだ。

 

 二人に退室を許可すると、ミキュロスは僕の部屋を逃げるように後にした。


 部屋から出る時にペコペコと何度もお辞儀をしていたが正直目障りだった。


 それに対して、ミリアは何故か部屋から出ていこうとしない。


「……私、魔王様にお会いすることだけが生涯の目的でした。どうか、どうかお側に置いて下さいまし」


 そんなことを言うのだ。

 意味がわからない。


 これには困った。


 数時間前に自らを拷問した相手にこんな台詞を吐くなんてお前は狂っているのかと問い詰めたい気分になる。


 電気ショックで脳内の大事な回路が焼き切れたわけではないだろうな?


「目障りだから消えろ」


 僕がそう言うと、ミリアは頬を赤く染め、上目遣いで見つめてくる。


 まるでそれは……そう。


 恋する乙女のような反応なのだ。

 

 ……な、……なんなんだ?


 ……なんなんだよ!


 そのリアクションは!

 

 僕は自分の理解を、義経の八艘飛びの如く遥かに飛び超えたその反応に叫び出したい思いに駆られる。


 自分の頭が狂ったみたいだ。


 するとミリアはぽつぽつと話し始めた。


 ミリアが四つの頃、王国南方でオークの大群が大河を渡って大陸の北方に侵攻してきたことがあった。


 ちょうど僕が託宣の儀を受けている頃のことだ。


 その討伐を任されたのはワンスブルー家の現当主、ヨハンナ・ワンスブルー。


 酔霧の異名を持つ大魔導師だ。


 ミリアは祖母のヨハンナについて行き、オークの群れの討伐の様子を眺めていた。


 幼いながらに祖母の勇姿を目に焼き付けたはずのミリアだが、彼女の興味の対象は屈折していた。


 彼女はむしろ、オークに憧れを抱いたのだ。


 あの強力な豚頭の魔物は魔王が造ったらしい。


 ミリアからすれば、それは人間が信仰する女神などよりよっぽど神の所業に近いものだった。


 そうして、ミリアは歳を経るごとに魔王への憧憬を増したのだ。


「だから自分の憧れである魔王と呼ばれている僕が気に食わなかったと?」


「私は知りたかっただけなのです。本当に魔王様なのかどうか。でも、魔王様を僭称する魔導師は多くいると聞きます。ご主人様もその類かと……」


「ご主人様とか呼ぶな馬鹿!」


「そ、そんな! ご無体な!」


 嘘だろこいつ。


 本気なのか?


 ……引くわー。

 

 僕がそんなことを考えていると、ミリアは僕に向かって三つ指ついて「魔王様。お会いしとうございました。是非とも、我が忠誠をあなたに」などと言っている。


 え?

 なに?

 ……忠誠?


 いらんいらん。


 アタマ大丈夫かこいつ!


 もう関わり合いにならないでくれよ。


「私、魔王様からお仕置きをして頂けたのですね! なんて、……なんて幸せなの!」


 ミリアは顔を赤らめて胸の前で手を組み、祈りを捧げるようにそう言った。


 目の前の人間が何を考えているのかがわからない。


 脳内処理が目の前の人間の行動に全く追いつかずに僕はフリーズする。


 その時、ドアをノックする音が響く。


「ご主人様! お客様ですわ! 私が応対致しますわね!」


 彼女はそう言って、余りの衝撃からWindows95ぐらいの処理速度しか出せずに、ピーガラガラというダイアルアップの幻聴が聞こえていた僕に代わって勝手に扉を開けて来客に応対する。


「み、ミリアさん? なんでここに……」


 声から察するに、来客はアスラだった。

 扉の向こうにミリアが顔だけ出して何か喋っている。

 

「ただいまご主人様はお疲れになられておられます。また日を改めて下さいまし。いえ、二度と起こし下さりませぬよう」


 などと言いながらミリアはパタンと扉を閉めた。


 すぐにドンドンと扉が叩かれて再びミリアが少しだけ扉を開ける。


「な、なぜ君がここに? ……それにご主人様って? ち、ちょっと失礼するよ! ……ち、力強いな君!」


 アスラは無理矢理扉を開けようとするがそれを阻止するミリア。


 ギリギリと音を立てて扉が内と外の間で揺れ動く。


 ミリアを押し除けて扉から顔だけ出したアスラと目が合う。


 気まずそうにする僕。

 必死な形相のアスラ。

 ニコニコしながら扉を閉めようとするミリア。


 僕たちは一度話し合うことにした。


 結果から言えばアスラの訪れは、僕にとっては神の助けだった。


 この状況がどうにかなるのであれば、アスラによる二時間程のお説教など喜んで享受しようというものだ。

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