第29話 電気椅子

 新魔法は起動した。


 雷の魔力が僕の内側で雷鳴を轟かせるように唸る。


 今まさに、この世に顕現した懲罰の産声だ。


 僕の身体から電閃が迸り、僕を捉えていた氷が弾けて砕ける。


 その瞬間を以て、僕は解放された。


 身体中に激痛が走り髪が逆立つ。

 新魔法の効果だ。


 ミキュロスは顎が外れる程に口をあんぐりと開けている。


 ──お前は後だ。


 僕はゆったりとした動作で口から垂れる血を拭う。


 制服の袖が血で濡れる。


 所々に穴が開いたローブは脱ぎ捨てた。



 ミリアと目が合った刹那、僕は彼女に突進する。


 距離は20メートル程。


 しかし、一瞬でその距離はゼロになる。


 僕の身体の中に、竹が割れるような音が響く。


 踏み込んだ右足に激痛が走った。


 お構いなしに右手の拳をミリアに向けて打ち付ける。


 氷の壁が阻もうとするが、何かが潰れる音と同時に壁が砕け散る。


 僕の右手は血だらけになって骨が突き出ている。


 ミリアの鼻先で拳が止まった。


 ミリアは理解が追いつかないように驚愕したまま身動ぎもせずに僕に問う。


「な、何を……」


「ん? ……暴力」


 僕は素気無く答える。


 ぽつぽつと雨粒が落ちてきた。

 夕立ちだ。


 血だらけの拳を無理矢理に開いてミリアの襟元を掴む。


 そして懲罰の纏雷エレクトロキューションの出力を上げる。


 ごりごりと体内魔力が減っていくのがわかる。


 燃費の悪い魔法だ。


 そのまま僕が掴んだ制服を通してミリアに電流が走る。


 優雅さとは程遠い声がミリアから漏れるが、僕は彼女の襟元を掴んだまま振りかぶる。


 ゴキッと嫌な音がして僕の肩が外れた。


 それでも僕はミリアを片手で投げ切る。

 

 僕に投げられたミリアは練兵館一階の窓ガラスを突き破った。


 ミリアが投げ飛ばされた窓の奥から机や椅子が倒れる音が響く。


 僕は脱臼した肩を逆の腕で無理矢理に元の位置にねじ込み、ミキュロスを睨む。


 ミキュロスは表情を恐怖に染めたまま、下半身を濡らしている。


 それを洗い流すように雨は激しさを増す。


 また一瞬で距離を詰めてミキュロスの顔面に今度は左手の拳を打ちつける。


 防魔の指輪アウターウォールが発動するがそれを突き破ってミキュロスの顔面に僕の拳が突き刺さる。


 ミキュロスは口から入れ歯を吐き出しながらゴロゴロと第三倉庫の壁に転がっていき、後頭部を強く打ちつけて気絶した。


 倉庫の中にいたミキュロスの手下達が唖然として足元に転がるミキュロスと僕を交互に見ている。


 その中の一人の背後に一瞬で移動して、後頭部の髪を掴んで顔面から倉庫の壁に打ち付けた。


 他の連中が悲鳴を上げて逃げて行くが僕は追わない。


 雨が降りしきる第三倉庫の前には、満身創痍の僕だけが立っている。


 懲罰の纏雷エレクトロキューションを停止させると、インフルエンザにでも罹ったかのような気怠さに襲われた。


 仕方ないことだけど、この魔法はかなり燃費が悪いしリスクが大きい。


 ──懲罰の纏雷エレクトロキューション──


 電気椅子から命名したその魔法の権能は、自分の肉体に電気を纏わせ、魔力によって肉体を操作する魔法だ。


 人体は脳からの電気信号で筋肉を伸び縮みさせることで動いている。


 それはこの世界でも当然の如く同じだ。 

 ただし、この世界での科学技術ではまだ知られていない知識だろう。


 そもそもこの世界は科学に関してはかなり遅れていると言える。


 当たり前だ。


 そんなものがなくても魔法がある。


 むしろ、魔法という不思議パワーの存在が、この世界の科学的な学問の発展を遅らせているように思える。


 この懲罰の纏雷エレクトロキューションという魔法は脳内の電気信号に魔力で無理矢理干渉して肉体の限界を遥かに超える力を生み出す。


 スキルの系統で言えば操作系に近い。


 とは言え、魔法に操作系は存在しないのでれっきとした攻撃魔法なのだが。


 つまり、僕は自分自身を攻撃していることになるわけだ。


 リスクとダメージが大きいのは当たり前だ。


 電流を纏い、発生した静電気で黒と赤の髪を逆立てたその見た目は完全に、怒り狂った野菜の星の戦闘民族みたいだが、この世界に著作権がなくて良かったと思った。


 痛む右足を引きずりながら、ひとまずぶっ壊れた右手に治癒ヒールをかける。


 重傷であるのもさることながら体内魔法による傷だからだろうか、治りが遅い。


 骨折だろう。痛む足を引きずりながら、割れた窓からミリアを確認する。


 散乱した机と椅子の山の中に彼女は気を失って寝転がっていた。


 彼女とミキュロスを鉄鎖縛陣チェーンロックで捕縛して、僕は自室へと帰る。


 二人をずるずると引き摺りながら寮までの道を歩いていく途中、他の学生とすれ違う度に驚かれた。


 しかし、ひと睨みするだけで皆逃げていく。


 背後からは『また魔王がやらかした!』『い、今のミリア様じゃなかったか?』と言う声が聞こえたが無視だ。


 自室に帰る頃には懲罰の纏雷エレクトロキューションで作った傷はほとんど癒えていた。


 しかし、倦怠感は治まらない。

 しばらくは筋肉痛かもしれない。


 

 部屋に着くとすぐに椅子を二脚用意して、二人を座らせて縛り付ける。


 指を拳の内側に折りたたみ、後ろ手に紐で縛り上げ、口には猿轡のように布切れを口に突っ込んでから紐で巻いて魔法を封じる。


 呪文はまだしも、舌を噛まれて死なれてはかなわない。


 ミリアの聖天の氷壁ヘイルミュラーは勝手に発動するかもしれないが、それくらいならなんともならない。


 ミキュロスとミリアを繋ぐように鉄鎖縛陣チェーンロックで繋いでおく。


 鉄鎖縛陣チェーンロックは鉄の鎖を魔力で作り出して操るスキルだ。


 鉄は電気をよく通す。


 本当は銀や金、あるいは銅が良かったがそんな高価なものは持ってないし、魔法でも作れない。


 体内魔力は残り三割といったところか。


 そろそろ二人には起きてもらおうか。

 そう考えて水弾ドロップを二人に放つ。


 威力はほとんどない。


 水弾ドロップで傷つけるのが目的ではないから。


「む、む……む⁉︎」


 そんな声を上げながら二人は気付いた。


 二人はまだ状況を飲み込めていないようだが、僕は「さっきまでのは暴力。今から始めるのは教育」と告げる。


 前の時は中途半端だった。


 だから心を折りきれなかった。


 その結果が審問会議だ。


 だから、僕はミキュロスの心を折る。


 ミリアには特に恨みはないが、また敵に回られるのもうんざりだ。


 これほどの強者。


 先ほどは不意打ち気味に倒せたが次も勝てるとは限らない。

 

 だから彼女の心も折る。


 北方に生まれた魔王の所業。

 とくと味わうがいい。


「殺しはしないから安心しろ。もっとも、死んだ方がマシだと思うくらいには教育してやる」


 二人の学生は恐怖に顔を歪める。


 夏の嵐が窓をガタガタと揺らす。

 どこかに落ちた稲光が、暗い部屋を一瞬だけ明るくした。


 ミキュロスとミリアは雨と水弾ドロップでずぶ濡れの状態だ。


 もっとも、ミキュロスの下半身は雨が降る前からずぶ濡れだったが。


 僕はミキュロスの頭に手を置き、懲罰の纏雷エレクトロキューションで電流を流す。


 電流は鉄鎖縛陣チェーンロックを伝ってミリアまで感電させた。


 僕の身体にも激痛が走るが『お前を殴るこの手も痛い』というやつだ。


 一方的じゃあ、アンフェアだろ?


 二人はガクガクと身体を痙攣させて、すぐに気を失った。


 僕はすぐに水をかけて目を覚まさせる。


 そしてまた電流を流す。


 ミリアが泣きながら漏らしたが関係なくそれは続く。


 部屋にアンモニアの臭いが充満する。


 それを何度か繰り返すうちに二人は抵抗するのを諦めたのか、それとも疲れきってしまったのか頭を下げて項垂れたようになった。


 しかし、電流を流されるのは嫌なのだろう。


 僕がミキュロスの頭に手を当てると二人は揃って首を振る。


 それでも平等に電流は流れる。


 馬鹿にも、天才にも、魔王にも、平等に。


 そうして気を失っても、すぐに水をかけられて起こされる。


 ミリアは美人の面影もなくなるくらい髪を振り乱し、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。


 ミキュロスは電流を浴びるたび白目をむいている。


 そこで、僕の魔力が尽きた。


 僕は「少し休む」とだけ告げてベッドに横たわる。


 一瞬だけ安堵した表情を作った二人だが、解放されないことを知ってもがもがと騒いでいた。


 僕はそれを無視して、しばらく回復に専念する。

 

 一時間ほどで魔力が少し回復したので、教育ごうもんの続きだ。


「お前は双子に手を出すと言ったな? それがどういうことか、わかってて言ったんだよな?」


 ふるふると首を振るミキュロスに電気を流す。


 訳が分かっていなそうなミリアも、まるで着信を告げる携帯電話のように一緒になってぶるぶると震える。


「わかってなかったって? なら、どういうことかを今、教えてやる」


 授業の時間はこれからが本番だ──


 陽はすでに沈み、窓の外には夜の世界が広がっている。


 雨はすでに上がっていて、夏の夜にジメジメとした蒸し暑さだけを残した。


 夜はまだまだ更けていく。



 ──目が覚める。


 カーテンの隙間から一条の光が差し込む。

 僕の鼻にツンとした臭いが届く。


 二人に教育を施して、そのまま眠りこけていたようだ。


 王子とワンスブルーの令嬢は縛られたまま衰弱しきった様子でピクリとも動かない。


 昨晩は夜通し教育せんのうを施していた。


 僕の部屋からは一晩中、振動音と水の音が一定のリズムで廊下まで響いていたことだろう。


 少しは素直になっただろうか?

 どうだろう?


 ミリアの口を縛る紐を解くと、彼女は狂ったように「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」と繰り返している。


 ミキュロスの方を解くと、歯のない口でひゅーひゅーと息を漏らしている。


 詳しく話をしてみると、なかなか彼も従順……ではなく、なんだろう? 


 ……そう。


 友好的になってくれたようだった。


 僕は二人の縄を解いて部屋を片付けるように言う。


 この国の王子と名家の令嬢は二つ返事で自分達が散らかした汚物を片付け始めた。


 窓を開けると、爽やかな夏の朝の匂いが僕の肺を満たした。

 

 

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