第31話 四家会談

 僕の話を聞き、それが事実であることをミリアの様子から確信に変えたのだろう。


 アスラが重い口を開いた。


「まさか、審問会議から帰った直後にそんな大立ち回りを演じるなんて。我が従弟ながら、まさしく魔王の所業だね」


 アスラは冗談まじりにそんなことを言って──ミリアによって勝手に──出されたお茶に口をつけた。


「ご主人様は私の聖天の氷壁ヘイルミュラーを素手で殴って突き破ったんですわ。あんな風に破られるなんて想像もしませんでしたわ。そして、そのあとで一晩かけてゆっくりと、私にお仕置きをして頂けましたの。あぁ……あれほどの責め苦は私、初めてでしたわ。しかし魔王様からのお仕置きだったのだと思うと、また身体疼いてしまいますの」


「……まあ、シャルル君のお仕置きというのは置いといて、天才と呼ばれたミリアさんが出てきたのも驚きだが、それを真正面から破るなんて……。さすが魔王と言ったところかな。いや、魔王なんてジョブが本当に存在したことも驚きではあるが」


 アスラは僕のステータスプレートに目をやりそう言った。


「委員長、何かご用があったのでは?」


 僕はステータスプレートを見ているアスラに水を向ける。


「実は今朝方、シャルル君の審問会議について爺上様から手紙を貰ってね。何かしでかす前に、こうして釘を刺そうと思って赴いたのだが、まさか帰ったその足で既にしでかしていたとはね」


「アスラ様。魔王様に向かって不敬ですわよ。魔王様はその覇道の為ならば、何をなされても許されるのですわ。我々はただ、神の思し召に従うのみなのですから」


 ミリアが歳の割には大きすぎる胸を張ってそんな反応をする。


 君は昨晩、僕を半殺しにして氷漬けにしたよね?


 という言葉を僕は飲み込む。


「ふっ。あのミリアさんがまさかここまで手懐けられているとはね。爺上様の言う通り、四家融和の偉業はなされそうだね」


「四家融和、ですか?」


 ミリアが不思議な顔をして問うた。


「レディレッド、ワンスブルー、トークディア、そしてグリムリープ。王国魔導師界で最も力を持つ我々魔導四家がお互いに協力し合う関係を築き合うことさ。レディレッド家の人間である私、シャルル君にミリアさん、そしてイズリーさんとハティナさん。魔導四家を継ぐであろう人間が学園に同時に在籍している偶然も、ミリアさんの言葉を借りれば神の思し召なのかもね」


 アスラ曰く、今は亡き震霆パラケスト・グリムリープが提唱していた施策なのだそうだ。


 当時、先鋭的すぎるその意見に賛同する他の四家の当主はおろか、王宮に仕える文官から武官に至るまでただの一人も存在しなかった。


 しかし、先の戦でのパラケストの活躍から、今では宮廷内の魔導師から地方貴族まで、賛同する人間は少なくないそうだ。


 モルドレイの言っていた『震霆の遺志』である。


「なるほど。ですが、我々は四家などという小さな枠組みでモノを考えるべきではありませんわ。我々、小さき者共はただただ魔王様の御威光に平伏すべきなのですわ。協力などと恐れ多いことですわ」


「シャルル君、君は本当に何をしたんだい? ミリアさんは学内最強の呼び声高い天才魔導師だ。その彼女をここまで……」


「いえ、おいたが過ぎるようでしたので、教育を少々……」


 「……教育ね。振り仮名は拷問なのではなくてかい?」


 アスラは呆れたように言った。


「アスラ様。お言葉ですが──」


「君は少し黙ってて!」

 

 また余計なことを言う前に僕がミリアを遮る。


「はい! ご主人様!」


 何故か嬉しそうに頬を赤らめるミリア。

 

 こえーよ!


 ミリアのマゾヒスティックな笑顔は大いに僕の心胆を寒からしめた。


 アスラは驚いたように目をパチクリさせながら僕とミリアを交互に見る。


「ま、まあ、二人の仲が良いようで安心したよ」


「アスラ委員長、それは──」


 僕の言葉は部屋の扉が勢いよく開かれる音にかき消された。


「シャルルー! おっはよー!」


 イズリーが元気いっぱいに入ってきた。

 その後ろにハティナの姿もある。


 部屋の中には僕、アスラ、そしてミリアだ。


「……は、ハティナぁ」


 イズリーが元気な様子を一転させて、状況を脳内で処理できずにオロオロしている。


「……あなた、ここで何をしている?」


 ハティナがミリアに問う。


「これはこれは、ご挨拶が遅れましたわね。私、ミリア・ワンスブルーと申しますわ。魔王様の従僕でありますわよ」


「……ハティナぁ?」


 イズリーはなぜか涙目だ。


「……あなたがどこの誰なのかは聞いていない」


「あなた方がご主人様が大切に思っておられる双子ちゃんですわね? 御安心なさいな。魔王様が大切に思われていらっしゃる方々であれば、私がこの身命を賭して、いかなる苦難からもお守りして差し上げますわ」


「ハティナぁ!」


「……迷惑……今すぐ滅びてほしい」


 相変わらずオロオロするイズリー、憮然とした態度で怒りと警戒心を露わにするハティナ、慈母のような笑みを浮かべるミリア。


 僕の部屋は混沌と化した。


 ごほん。


 と、状況を見かねたアスラが咳払いをする。


「調度いい。イズリーさんとハティナさんにも一緒に話を聞いてもらいたい」


 そう言って、アスラは審問会議と僕の現状を話し始めた。


 審問会議ではレディレッド家とトークディア家が僕の後ろ盾に回ったことで、最終的に下される審判は軽いものになるだろうということ。


 モルドレイは、もし僕が第三身分に落とされたら、すかさずレディレッド家に養子として迎え入れると公言していること。

 

 僕の父である雷鼓、ベロン・グリムリープが王の一時的な審判を耳にしたことでグリムリープ派の魔導師を集めて何やらキナ臭い会合を開いており、王国は対応に迫られているということ。


 第二王子がトークディア家の令嬢を拐かし、さらに妾として筆頭魔導師から奪い取ろうとしたという噂が宮廷内で囁かれており、王国はこの噂の鎮静化にも対応に苦慮していること。


 さらに祖父モルドレイ・レディレッドと、僕と双子の師であるアンガドルフ・トークディアはこの一件以来、相争ってきた四家を互いに協調させて、王権に対抗する方針を取るとのことで話が纏まりつつあり、これには当事者であるグリムリープも呼応するだろうということ。


「今までは四家が争い合い、互いに牽制し合うことで一つの家が力を持ち過ぎることはなかった。これは王家の支配力という側面から見ればその支配を盤石にすることを意味する」


 力を持った軍閥がお互いに監視し合うことで反乱や内応を未然に防ぎ、王家の支配を盤石なものにしていたわけだ。


「しかし正直な話、王国に属する貴族達も次に帝国と戦になれば敗北は免れないということが分かっているんだよ。先の戦で帝国軍の強さは身に染みて分かっているからね。だからこそ、四家が融和に舵を取り魔導師達が協調し合うことによる戦力の強化は彼らが望むことでもあるんだ」


 近年、王国の力が弱まってきているのは誰の目にも明らかであり、それはすなわち外敵の侵入を許す結果にもなる。


 地方を支配する領地貴族からしてみれば、自分の後ろ盾が力を失い外部の飢えた狼に領地を食い荒らされることは死活問題だ。

 

 そういう意味では、王家への忠誠などとは建前であり、本音の部分ではより強い支配者を望んでいるのだろう。


「……四家が協調しあっても帝国相手は厳しい」


 ハティナがボソッと言う。


「その通りだね」


 とアスラが同意して言葉を続ける。


「しかし、今のまま四家が反発し合っていれば帝国を利することになるのも明白だ。だからこそ、無辜なる民の為にも私達が協力し合っていくことが大切なのさ」


「あらあら、協力し合うなどと、アスラ様は傲慢な方ですわね。魔王様がこの世に再び顕現なされたのですわよ? 我々は魔王様を主と仰ぎ、ただその恩寵を賜れば良いのですわ」


「ミリア、君はしばらく黙っててくれる?」


 僕は再びミリアを黙らせる。


「シャルルぅ」


 イズリーはミリアから隠れるように僕にヒシっとしがみついている。


 彼女は本能の赴くままに生きている節がある。


 ミリアの戦闘能力を肌で感じ取って怯えているのかもしれない。


「……」


 ハティナがジッと僕を睨んでいる。


 なにか気に食わないことがある時の顔だ。


 僕が何かしただろうか?


 ミキュロスを襲撃したことを黙っていたことか?

 

 僕にとっては、アスラの語る王国の未来なんかよりも、目の前のハティナのご機嫌の方が遥かに大切なのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る