第26話 纏威圧制

「余を愚弄するか! 小童が!」


 突如、許可もなく臣下の礼を解いた僕に王が立ち上がり咆哮する。


「息子可愛さに道理を曲げる暗愚の王に、示す礼も捧げる忠義もない」


 僕は冷淡に呟く。


 審問官たちが口々に僕を非難し、王の表情が見る見る怒りに染まる。


 僕は王を睨み付けながら体内魔力の全てを闇系統に染める。


 魔法を撃つわけじゃない。


 しかし、護衛の聖騎士は身構えて殺気をバシバシ放ってくる。


 至福の暴魔トリガーハッピーに加え、もう一つのスキルがむくりと起きた。


「貴様! 何のスキルだ!」


 狼の兜を付けた聖騎士が僕のスキルを感知して叫ぶ。


「騒ぐなよ。たか・・が知られるぜ?」


 挑発するようにそう言う。


 聖騎士も王も僕のジョブを知っている筈だ。


 魔王相手に何のスキルかも分からずに突っ込んで来るような真似はしないだろう。


 聖騎士に突っ込まれたら僕では勝てないだろうから、それは僕としても困るのだが、今は僕が何かの力を隠している。


 そう相手に思わせることが重要だ。


 僕は怒りを胸に抱きながら、冷静にそう考える。


「俺のジョブは知っているだろう? 南方に死を振り撒いた例のジョブさ」


 審問官の一人が『ま、まおう?』と言葉を漏らす。


 この情報を知らない奴もいたみたいだな。


 トークディアが僕を伺うように睨む。

 心配ない。

 そう言うように僕は彼を一瞥する。


 

 僕の周りにはかなりのプレッシャーが掛かっているはずだ。


 今は精神的な圧力だと思っているだろうけど、それは少し違う。


 僕は今、そういうスキルを発動している。


「頭が高いぜ。人間共」


 僕はそう言って新スキルの出力を上げる。

 審問官の一人が地べたに膝を屈した。

 

 王は耐えられないといった様子で玉座に腰を下ろす。


 審問官が一人、また一人と跪くように地面に膝をつく。


 堪えているのは魔力への高い抵抗力を持つ聖騎士とトークディア、そして祖父モルドレイ・レディレッドだけだ。


「王陛下! 御下命を! すぐにでもこの者、討ち取って進ぜます」


 獅子の聖騎士が進言するが、王は恐怖に顔を染めている。


「自ら滅びに向かいたいのか? 俺は構わないが、来るなら国が滅ぶつもりで来いよ? 俺に殺す気があったら、とっくに全員殺ってる。その証拠に、ほら、お前らはまだ生きている。……だろ?」


 ──ハッタリだ。


 聖騎士と四家当主クラスの大魔導師二人相手にして、僕に勝算はない。


 しかし、彼らはそれに気付けない。

 

 何しろ相手は魔王。

 大陸の半分に死を振り撒いた魔王だ。

 

 目の前で爆弾を腹に巻いた相手に凄まれて、その手に起爆スイッチがない事を見抜ける人物がいるだろうか?


 今は、まさしくそんな状況なのだから。


「よせ! 手出し無用だ」


 王が聖騎士を制止する。


 自分の命を張れるほど、この王は豪胆じゃない。


 王が狂気に身を任せられるほどの勇気を持っているならば、僕は今頃この世にいない。


「申し開き。だったかな? 文官殿?」


 地に両手両膝をつき、まるで僕に臣下の礼を取るような姿勢で、その顔に脂汗を滲ませた文官が僕を見て悲鳴を上げる。


 僕は新スキルの出力を少しずつ上げる。


 トークディアと狼の聖騎士が苦しそうな声を上げる。

 

 あの日、屋上で発現したスキル。

 ハティナに貰った大切なスキル。


 あの日、言えなかった言葉。


 その後悔。


 あるいは懺悔。


 その具現。


 新スキル。


 纏威圧制オーバーロウ


 闇属性の体内魔力に反応して発動する自動発動型の操作系統スキル。

 何を操作するのか。

 それは周りの重力だ。


 敵味方関係なくその対象になるが、半径20メートル程の範囲内の重力が強くなる。


 何度か実験したところ、闇系統の魔力を強く練れば強く練るほどにその力は増していく。

 

 と言っても、人を殺傷できる程の出力は出せない。


 闇魔法をまともに使えない今の僕では、せいぜいが足止め程度の権能でしかない。


 ただ、この世界で過ごして学習したことがある。


 イズリーとスキルは使いよう。


 馬鹿とハサミみたいなもの。


「申し開くことなど……ない」


僕はそう宣言し「ただ」と付け加える。


「グリムリープ家に生まれたからには王国のために仕えようと考えていたが、第三身分の今となってはその義務もないからな。好きにやらせてもらうぜ。そもそも、学園を裏で牛耳って好き勝手やってた馬鹿王子を取り締まったのは偏に学園、ひいては王家の為だ。それを無礼と罰するような国に未来があるとも思えん。幸いなことに、俺が持って生まれた魔力は莫大。ジョブも五百年に一人の強力なジョブだ。どこに行っても飯の種には困らねえ──」


 暗に、他国への亡命をほのめかす。

 

「──それに、皮肉な話だが『裏切り』は、我らコウモリの御家芸なんでな」


 コウモリ。


 裏切り者と蔑まれながらも国に忠を尽くす一族。


 そこまで言った時、モルドレイの笑い声が謁見の間に響く。


「くはははは! 聞いたか! 御老よ! コウモリの子が、裏切りは御家芸と申したぞ! これは傑作だ!」


 僕の纏威圧制オーバーロウなど何でもないといった様子でモルドレイが大笑する。


 「王よ! この童を第三身分に落としたのか! 全く馬鹿なことを!」


 呆れた。


 あるいは怒った様子でモルドレイが王を睨む。


 ……ん?


 てっきり、僕の邪魔をするために来たのかと思っていたが流れがどうも違うみたいだ。


「帝国に『勇者』というジョブを持つ者が現れたぞ。ワシの手の者からの情報だ。まず間違いない」


 跪いた状態の審問官達から、驚きの声が上がる。


 彼らは勇者というジョブは初耳のようだ。


 勇者。

 

 帝国にいたのか!


 やっと、見つけたぞ。


 しかし僕は「なんでよりによって敵国なんだよ『神』のバカ!」と叫びたい衝動に駆られる。


「おそらく、これまでにないほど強力なジョブだぞ。そんな逸材を得た帝国はどう動く? そんな情勢で、懐にあった『魔王』をむざむざ捨てた訳か! これは最高だ! 王領の簒奪を狙う帝国最大の味方がまさか王領の支配者自身であるとは、流石の帝国も想定外であろうよ!」

 

 そう言ってまた大声で笑った。


「王に無体な仕打ちを受けたこの童が帝国に亡命などしたらどうする? 勇者という未知のジョブのみならず魔王まで敵方におっては、いかに魔導四家が強力と言っても太刀打ちなど出来ぬわ」


 それに、とモルドレイは続ける。


「グリムリープの嫡男を勝手に廃嫡するなどと、当主の雷鼓が聞いたらどの様な行動に出ると思う? 奴は稀代の野心家だ! 乱世においては奸雄となるほどにな! 必ずやその首元に刃が迫るぞ!」


 そこまで言われて、王は自分が何をしたのかに気付いたようだった。


 王としては、魔王のジョブが王国にとって獅子身中の虫となることを恐れた。


 王子への取締りぼうこうも不安に拍車をかけただろう。


 しかし、今でも対帝国の最前線に身を置くモルドレイの考えは違った。


 帝国に現れた『勇者』の存在をいち早く察知したモルドレイは『魔王』を対勇者への切り札にしようと考えたのだ。


 僕は勇者と協力しなければならない。


 『神』はその為に僕をこの世界に転生させたのだから。


 しかし、世界の情勢はそれを許さない。


 モルドレイの言葉を王がゆっくり咀嚼するように考えている。


 そのタイミングで僕はスキルを解除する。 


 至福の暴魔トリガーハッピーだけが僕の中で脈動し続けている。


 身体が楽になった審問官達が次々と立ち上がる。

 

「ほう? 威圧が解けたな。童、次は何をしでかす気だ?」


「お久しゅうございます。レディレッド卿。そうですね。その勇者とやらに興味が湧きました」


 王が慌てた様子で「ま、待て!」と言っている。


「待ちませんよ。もはや貴族の義務もありませんし。先ほど述べた通り、好きにやらせて頂きます」

 

 審問官の一人が、「先ほどの審判はさすがに重すぎでは?」などとしれっと呟いている。


「ああ、そうそう。審問官の皆さま。本日は大変お世話になりました。皆さまのお顔は忘れませんので、また後日何か形を変えてお礼したいと思います」


 そう言うと、審問官が口々に「王の裁定は重すぎる」とか「私は王子の行いを調べてから審判を下すべきだと──」なんてことを言い始めた。


 審問官の一人が、「今、いっそこの場で被告を処刑しては」と漏らした時、レディレッドの大喝が轟いた。


「ワシの孫をワシの目の前で殺すと? これは見ものだ! やって見せよ! さあ!」


 そう凄まれた審問官は慌てて取り繕う。

 

 王が玉座から腰を上げて僕に声をかける。


「余、余の話を聞くが良い! い、今ちょうど良いことを思いついた! モルドレイよ! 其方の言はもっともだ! 余も人の親、間違えることもある。シャルル・グリムリープよ。互いに誤解があるようだ。まずは一度、腰を落ち着けて話し合わぬか?」


「は? 嫌ですよ。さっき審判は下ったとかなんとか、偉そうに言ってたじゃないですか。いまさら吐いた唾飲むなんて通ると思いますか? あと、人のこと勝手にコウモリ扱いしないで下さいよ。僕はもうグリムリープじゃないんですから」


 さっき自分で自分をコウモリ扱いしておきながらこの言い草である。


 我ながら転生を経て肝が太くなったものだ。


 それとも日本でもこんな感じだったのかな?


「待て。待て待て。其方は勘違いしておる。余が言いたかったのは、そういうこともあると。そう申しただけじゃ。其方の申し開きを聞いた上で正式に判断する。審問会議とは本来そういうものであるからして──」


「ですから、僕は申し開くことはないって言ったじゃないですか。被告人から申し開きがないんだから審判が覆ることもないでしょう?」

 

 審問官達は祈るような目で僕と王を見ている。


 モルドレイが「流石は我が孫よ」などと感心している。


 「シャルルよ。そう意地悪なことを申すでない。王陛下も、こちらが折れると申しておるのじゃ」


 そう言ってトークディアが取りなそうとする。


 「老師。この際だからはっきり言いますけどね。僕にとって、この国の将来なんて本来どうでもいいんですよ。僕にとっては、ハティナとイズリーの幸せだけが一番重要なんです。それで、この国の王はどうです? 双子を誘拐した張本人にその双子を嫁がせるって言ってるんですよ?」


 僕がそう言うと王は一瞬だけ狼狽した様子を見せてから「ま、誠か! ミキュロスがアンガドルフの孫娘を誘拐したと⁉︎ そ、その情報は我が耳には入っておらなんだ! こ、これは調査の必要があるな!」などと白々しく述べる。


「ふん。面白いものが見れたわ。童よ。ここはひとまず矛を納めよ。ワシに免じてな」


 モルドレイがそう言った。


 この状況を作ってくれたのはモルドレイなので、僕は素直に従うことにした。


 結果的に、その日の審判は保留ということになった。


 ミキュロスの調査が終わっていない。


 という体裁が取られたが、苦しすぎる言い訳であることは、誰の目からも明らかだった。


 謁見の間を出ると、モルドレイはその身に似合わぬ小さな声で「童、お主も悪よのう」と言った。

 

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