第25話 下された審判
王の下した判決は貴族の子弟には重いものだった。
この国では第一身分とされる王族、貴族、聖職者の下に、実業家や商人や地主などの第二身分、そしてその下に労働者階級の第三身分がある。
前の世界で言うアンシャン・レジームに似た制度だ。
没落した貴族なんかでも余程のことがない限り第三身分までは落ちない。
個人的には身分なんてどうでも良いし、姓がグリムリープでなくなることも些細なことだ。
ただ、魔導学園退学はキツい。
僕は南方の魔王──その実態がわからない今は敢えてそう定義しておくが──を倒さなければならない。
魔導学園での勉学と鍛錬は僕の成長には必要不可欠な要素だ。
知識は力。
この世界でもそれは同じ、いや、前の世界以上に生存競争の激しいこの世界では知識と魔力こそが自分の生命を守る唯一の武器と言っても過言ではない。
独学で魔法を鍛えるのは限界があるからだ。
「審判は下った! これより被告人には申し開きの機会が設けられる」
王の隣に立つ調査担当の文官が声を大にして宣告する。
僕に反論の機会が与えられ、その上で情状を酌量されるかどうかが決議される。
が、被告人からの反論は一応、形だけ認めていますよ。というポーズでしかない様式美のようなものらしい。
被告人の反論から審判が覆ったことは、ほとんどないのだ。これは何も不思議なことではない。
前の世界の日本という国の裁判も起訴されれば99.9%有罪が確定していた。国の裁判なんてのは、古今東西そんなものだ。
「やれやれ、老いぼれには立ちっぱなしは疲れるわい。陛下、ひとまず息をついてから再開しませぬか? まだ審問官も一人遅れて来ておるようですしのう」
その時、トークディアが会議の流れを断ち切った。
何か考えがあるのだろう。
時間稼ぎだろうか?
「うむ。良かろう。余も少しばかり疲れた。よきにはからえ」
「で、では、そのように。再開は二刻後に行う」
司会役の調査担当文官がそう告げて、二時間ほどの休憩となった。
王が謁見の間を後にし、それに続けて審問官達がぞろぞろと出ていった。
文官の指示で僕が最後に部屋を出ると、トークディアが僕を待っていた。
「やれやれ、久しぶりに顔を見せたと思えば、聞かん坊は健在じゃのう」
そう言って優しく笑った。
「お久しゅうございます。老師。この度はご迷惑をお掛けしました」
「いやいや、坊に孫娘を救われたのはこれで二度目じゃ。感謝こそすれど責めたりはせぬよ」
「当たり前のことをしたまでです。老師にも、あの双子にも、大恩がありますから」
「ふむ。双子は元気にしとるかのう? あ奴ら、余程、学園が楽しいのじゃろう。連絡のひとつもよこしよらん。まあ立ち話もなんじゃ、儂の部屋に来るが良い。ここでは何処に耳があるかも分からんからのう。」
そう言って歩き出した僕とトークディアの前に、鷲鼻の青年が立ち塞がった。
「やあやあやあ。これはこれはシャルル・グリムリープ殿ではないかね。偶然、出会うとは我らの間には並々ならぬ縁があると見受けられるとは思わんかね」
ミキュロス・リーズヘヴンだった。
「おっと、今はもう、ただのシャルル、だったかな? 第三身分に敬称は不要であろうかな」
僕が口を開く前にトークディアが先んじた。
「これは殿下、お久しゅうございますな」
「筆頭魔導師殿であるかな。苦しゅうない。しかし、貴殿も飛んだ弟子を持ったものであるかな」
そんなことを言うミキュロスにトークディアは形式ばった挨拶を述べてそそくさと部屋に向かう。
僕もそれに続いてその場を去ろうと歩き出した。
ミキュロスは僕とすれ違う時に、僕にだけ聞こえる声で「あの双子はいずれ余の妾とするかな」と呟いた。
「父上に言えば簡単なことであるかな。父上は余に甘いであるかな」
僕が指先に魔力を集中させた時、トークディアが持っていた杖で僕を殴った。
「弁えぬか! シャルルよ!」
トークディアの怒髪天を衝くような形相に僕は一瞬だけ怯み、そしてすぐにその意図を察する。
「申し訳ありません。老師」
「殿下、未熟な弟子が失礼を致しました。平に、ご容赦を」
「く、……苦しゅうない」
ミキュロスがトークディアの眼光に怯むと、その隙にトークディアは僕の髪を掴んでその場から離脱した。
「坊、済まなかったのう」
トークディアの私室に入ると開口一番そう言った。
「いえ、僕こそ挑発に乗るところでした」
杖で叩かれた僕の頭はまだじんじんと痛んでいた。
あの場で王子に攻撃していれば、処刑は免れなかっただろう。
結果として僕は、トークディアに命を二度も救われたのだ。
「殿下は陛下にとって歳の離れた末の子での。目に入れても痛くない程に可愛いのじゃろう。甘やかされて育った故、忍耐と言う言葉を知らぬ」
「……はい」
トークディアはそんなことを話していたが、僕は自分が情け無くて彼の話は半分も頭に入って来ないでいた。
「審判は既に下った。残念ながら、ここから坊の申し開きで覆ることはなかろう。じゃが、安心せよ。トークディア家からの援助は惜まぬ。坊には魔法の才もある。傭兵ギルドに属せばすぐに頭角を表すじゃろ」
「……はい」
「ふむ。そう気を落とすな。命があるだけでも、重畳よ」
「……はい」
僕は出されたお茶にも口を付けずにいた。
頭の中をミキュロスの言葉が巡る。
僕の頭を支配するのは、ハティナとイズリーのことだけだ。
そうしている間に、刻限となった。
「では、行くとするかのう。儂も出来る限りのことはする。ただ、坊よ。自暴自棄にはなってくれるなよ。この老いぼれの身などどうなっても良いが、坊のことを思って言うておる」
「……はい」
再び、僕は謁見の間で跪いていた。
「では、被告人の申し開きから再開する」
文官がそう言った。
僕の耳には何か遠い国での出来事のようにその言葉が響く。
僕にとって、双子の幸せだけが全てだった。
それすらも、僕は今失いそうになっている。
「何か、申し開きはあるか?」
重ねて、文官が問う。
申し開きなんてしたところで、何も変わらないんだろう?
だったらもう、いっそこのまま──
「ふむ。申し開きがないであれば、審判は下った。よきにはからえ。してアンガドルフよ、其方の孫娘を件の我が子、ミキュロスが見初めたそうでな。どうじゃ? ミキュロスも来年十五になり、再来年には魔導学園も卒業する。似合いの夫婦になると思わんか」
唐突に、王がそんなことを言い始めた。
やはり、あの双子を──
──その時、勢いよく扉が開いた。
謁見の間にズカズカと入ってきた男は、尊大な態度で僕を睨みつけていた。
真紅のローブにトカゲの紋章。
モルドレイ・レディレッドだ。
僕は心の中で「……終わった」と呟いた。
到着が遅れているという審問官が彼だったとは。
モルドレイは僕の祖父だ。
僕のジョブについても知っている。
そして彼は、魔王は手遅れになる前に殺すべし。そう考えている節があるからだ。
アスラの言によれば、少しは僕を評価しているらしいが、王族に歯向かったとあっては、これはもう彼を味方に引き込むのは無理だろう。
しかし窮地もここに極まって、何か踏ん切りの付いた気持ちになる。
どうせ終わりなら、最後にもうひと足掻きしてやる。
彼の無言の圧力に曝されることで、そんな気持ちになれた。
そして、腹を括ったからだろうか。
僕の中に怒りが渦巻き始めた。
僕は静かに立ち上がり、王を睨み付ける。
「被告人、シャルル! 王の御前ぞ! 控えよ!」
文官が叫ぶ。
王の御前?
関係ねーんだよ。
そんなこと。
双子を娶らせる?
誘拐事件を起こした当の本人に?
王の目論見としては、トークディア家に王家の血を継がせてトークディアを封殺しようとしているわけだ。
道を示すための王が、道を曲げようとしている。
王家は、双子の敵となった。
ならばそれは、僕の敵。
臣下の礼など、もう関係ない。
俺にはもう、関係ない。
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