第24話 審問会議

 土曜日。

 僕の元に一通の手紙が届いた。

 親元からも手紙なんて滅多に届かないのに、もっと珍しいことに封蝋には王家の紋章がある。


 手紙の内容は翌朝すぐに登城せよという一方的な召喚状だった。


 手紙には僕に何かしらの嫌疑がかけられているようで、審問会議と呼ばれる裁判のようなものに出席するようにとのことだ。


 何やらキナ臭い感じだ。


「……きっとあの王子が何か手を回したんだと思う」


 夕食。みんなで食事を取りながら手紙の話をすると、ハティナが無表情でそう言った。


「やっぱりハティナもそう思う?」


「……四家の嫡男とは言え、魔導学園の一生徒が審問会議に呼び出されるなんて普通ありえない」


「だよなあ」


「でも、調書は完璧だったはずですよね?」


 キンドレーの質問には、モノロイが答えた。


「我とセスカ殿で仕上げた調書は学則に照らし合わせれた点で言えば、完璧なものであると自負しておる。しかしながら、王子を張り付けにしたのは些か問題もあろう」


「……ごめん。……シャルル」


 基本的に間違えることがない、ハティナの謝罪は珍しかった。


 僕は「ハティナが気にすることじゃないよ」とだけ言った。


 とは言え、彼女はとても負い目を感じているみたいだ。


 ここまでしょぼくれるハティナは見たことがない。


 その後、アスラにも報告を入れると彼は「やはり止められなかったか」と呟き、「私からもう一度、爺上様に掛け合ってみるよ」と言われ、その後で審問会議での規則や王前でのマナーなんかを教わった。


 審問会議ではまず、王前で二十人の審問官の前で事件の調査担当の文官が罪状を読み上げる。そして審問官がそれぞれ適当と思われる判決を意見し、王が採択する。


 その後、申し開きのために被告人が意見を口にするのを許されるそうだ。


 アスラはくれぐれも審問官と王陛下の心証が悪くなるようなことは避けるように、と何度も釘を刺された。


 日曜日の朝、僕は持っている中で最も上等な礼服を着て、学園前から出ている駅馬車に乗る。


 電車もタクシーもないこの世界では、この手の大きめの馬車に乗り合って移動するのが主流だ。


 実家にも馬車はあるが昨日の今日だ。 


 迷惑をかけるのも嫌だったので、僕は四頭立ての馬車に揺られて王城まで向かった。


 駅ではハティナと魔王の眷属エンカウンターズが見送りに来てくれた。


 イズリーは何やら僕と一緒に朝食を取れないことをグズっていた。


 王城に着いて城門前の兵士に手紙を見せるとすぐに城内に通される。


 数ヶ月前に学園に入学する前までここに住んでいたので、そこまで時間は経っていないはずだが、どことなく懐かしい感じがした。


 


 僕は一時間ほど城内の一室で待たされた後、謁見の間に通された。待ってる間、先にトークディアに挨拶をしたかったがそれは認められなかった。


 謁見の間に来るなんて当分先だと思っていた。玉座の後方に女神をあしらったステンドガラスがはめられている。そこから色取り取りの光が差し込んでいる。


 玉座の両脇には聖騎士が二人並んでいる。

 鎧を着込み、それぞれ狼と獅子があしらわれた兜で顔が見えないから性別すら判別出来ない。


 一応、僕も貴族の嫡子だ。

 貴族の作法的なのは教育されたし、アスラにも一通りのことは習っていたので安心できた。


「国王陛下の御成である!」


 騎士の一人が野太い声で告げる。


 僕が通された扉とは別の扉が重々しく開いて、王冠を被ったおっさんが現れた。


 王陛下だろう。


 王に対する忠誠心など、鐚一文持っていないが、一応跪いておく。



 王陛下の次にゾロゾロと何人か入室してきた音が聞こえてきた。僕が通された扉からだ。


 僕はただただ、玄昌石のような石を削り出して均一に並べられた床の一点を見つめていた。


 「シャルル・グリムリープ、国王陛下の御前である。面を上げよ」


 僕が顔を上げると、玉座に座る王陛下と目が合う。


 謁見の間には中央に玉座。

 左右に二人の聖騎士。


 少し離れて王陛下から見て左側の位置に一人の文官姿の男が立ち、僕の両脇に立ち並ぶ形で左右に十人ずつの男たちが立ち並ぶ。


 その中にトークディア老師の姿がある。


 よく観察すると、トークディアの反対側の列に一人分空いたスペースがある。


 誰か欠席しているのだろうか?



  玉座に座る王陛下の隣に立つ調査担当の文官が僕に声をかけた。


 「震霆と灰塵の孫にして雷鼓の子、シャルル・グリムリープ。大儀である。単刀直入に言おう。貴殿には王家に対する叛心の疑いありとの報告がある。リーズヘヴン王家第二王子ミキュロス・リーズヘヴン殿下に対する以下の所業、真であるか偽りであるか」

 

 あー。


 なるほど、やはりあの王子バカだな。

 あの豚野郎、教育ごうもんが足りなかったみたいだな。


 次に会ったら覚えておけよ。


 僕がそんなことを考えている間にも、ある事ないこと──まあ、聞く限りだいたい事実なんだが──文官が読み上げる。


「貴殿に問う。事実であるか否か」


「概ね、事実です」


 僕は正直に答えた。

 事実なんだから仕方ない。

 

『なんと、真であると?』

『王子殿下に鬼畜の所業、許されざる行いぞ』

 

 なんて感じで文官達が騒ついている。


 僕はその間も色々なことに頭を巡らせる。

 王が直々に出てきたということは宮廷内でもかなり大きな騒ぎになっているのだろう。


 生半可な詭弁で誤魔化せる段階ではないだろう。


 処刑とか投獄とかになったら逃げられるだろうか?

 最悪なのは魔封じの鎖だろうな。アレをつけられたら僕はただのガキンチョだ。


 「審問官たる皆に問おう。此度のミキュロス第二王子殿下に対する、シャルル・グリムリープの所業。いかなる罰を与えるべきか」


 文官が僕の両サイドに立つ審問官達に問いかける。


 審問官達は口々に意見を述べている。

 やれこのくらいの罰は必要だとか、やれそれは重すぎではないかとか。


 沈黙を貫いていたトークディア老師がその手に持つ、先端がぜんまいのように渦巻状になった長い杖で床石にコツンと音を響かせた。

 議場がしんと静まり返る。


 「シャルル・グリムリープには何かこのような行いに至る理由があったと推察するが、いかがか?」


 普段の好好爺然としたトークディアからは想像も出来ないほど厳格な佇まいだ。


 「筆頭魔導師殿。どのような理由があれば、王子殿下に乱暴を働く理由になるというのだ? どのような理由があれど、王族に忠を捧げるのは貴族として生まれた者の義務であろう」


 でっぷりと太った審問官がトークディアに意見する。


 トークディア自身はハティナが攫われたことは知っているはずだ。


 しかし自分の孫娘が王子に攫われたんだから、ボコボコにされても仕方ないよね? とは言えないだろう。


 ここに立ち並ぶのは海千山千の狡猾な政治家ばかりだ。迂闊に僕の味方に回れば彼の立場が根底から揺らぎかねないのだから。 


 審問官は喧々轟々の舌戦を繰り広げる。

 この場で口を閉ざしているのは王と護衛の聖騎士二人。そして跪いている僕だけだ。

 

 当の僕はと言うと、なんだか面倒になってきていた。


 トークディアがとても狡猾な言い回しで僕を擁護してくれているのはとてもありがたい。


 でもね。

 でもだよ。


 そもそもさあ、この人生での最終目標はこの世界を救うことなわけじゃん。


 何でこんな小国の王様のご機嫌伺いみたいなことで煩わされてんの?

 

 そう思うと、何やらヤケクソというか自暴自棄というか、とにかく全てが面倒でどうでもいいことに思えてきた。


 とにかく、今の僕はハティナとイズリーが幸せでいてくれれば、それでいいんだよな。


 世界を救うなんて大層な行いはそのついでなのだ。


 そもそも最初から早期離脱も視野に入れていたくらいなわけで。


 王が右手を挙げた。

 審問官が一斉に口を閉ざす。

 審判の時だ。


「ミキュロスについては後に調査し罰する。今はシャルル・グリムリープの沙汰が先だ」


 王は重々しくそう言う。


 これでトークディアはミキュロスの行いという切り口からは僕を援護できなくなった。


 後に彼を罰すると王自ら公言したのだ。そこをもう一度突いてしまうと王の言を疑うことになる。


 その調査とやらが果たして正当なものかは疑わしいが。


「時間ばかりかけても詮なきこと。判決を下す。シャルル・グリムリープよりグリムリープ姓を剥奪し、その身分を第三身分とする。そして──」


 王は白く長い眉の奥にある鋭い瞳で僕を見て続けた。


「──王立魔導学園は退学とする」


 謁見の間に、王の声が反響した。

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