第23話 魔王の眷属

 ハティナの告白から二ヵ月が経った。


 僕とハティナの関係は劇的に変化することもなく、普段と同じように今日も僕達、風紀委員は学園のために学内を奔走していた。



 セミの鳴く声が響く学園内に、逃げる足音と追う足音が校舎に反響する。


 練兵館裏での飲酒をミカが血統系スキルの餓狼追跡ドッグチェイスで目敏く……いや、鼻敏く嗅ぎつけたのだ。


『こちら索敵通信部隊より各部隊に伝令。索敵通信部隊キンドレー並びにセスカ、共に観測ポイントでターゲットを目視。続けて追跡誘導部隊、ミカとモノロイが会敵。二人はターゲットを迎撃ポイントまで誘導して下さい。迎撃捕縛部隊、シャルル、イズリーは迎撃ポイントにて布陣してください。概算で約40秒後に目視可能距離にて接敵。オーヴァ』


「イズリー出番だ」


「わかった! シャルル! 上手くやったら褒めてね?」


「褒める褒める」


 僕とイズリーは暑さを逃れるために座っていた木陰のベンチから腰を上げて道を塞ぐように二人で並んで立つ。


『モノ君! 足遅すぎ!』


 ミカがモノロイに毒を吐く声が頭に響く。


『かたじけない! 我は筋肉が重すぎるが故に!』


 学内飲酒の現行犯で追われる不良学生の二人はミカとモノロイの追跡により、事前に打ち合わせたポイントに追い込まれつつあるようだ。


『こちら索敵通信部隊より迎撃捕縛部隊に伝令。追跡誘導部隊のミカとモノロイが上手くターゲットを誘導しました。ターゲット目標地点到達まで5秒、4、3、2、1、接敵しました。オーヴァ』


 頭の中にキンドレーの声が響く。

 彼が新しく発現したスキル『以心伝心テレキャスター』の権能だ。

 近くにいる仲間と念話でコミュニケーションを取ることが出来る補助系統の便利なスキルだ。


 駆けてくる二人の男子学生の姿が見えた。


「おー。シャルル! 二人きたよ! ぶっ殺す? ねーねー、ぶっ殺す?」


 僕の右隣でイズリーが興奮気味に鼻息を荒くしている。


「ああ。ミカとモノロイが上手くやったな。一人は僕が相手するから、もう一人は頼むよ」


「わかった! あー、早くぶっ殺したいなあ!」


 ある事件を思い出して僕はイズリーに言う。

 

「イズリー、界雷レヴィンはダメだ」


 以前、イズリーがどうしても界雷レヴィンを使いたいと言うので教えてみたのだ。

 イズリーは雷の適性があるらしく扱うことはできた。


 しかし、的に向けてイズリーが界雷レヴィンを唱えたところ、真後ろで見学していたモノロイに直撃したのだ。


 そんな犠牲者を増やさないためにも、そして、僕自身がその犠牲にならないためにも、イズリーにはしばらく界雷レヴィンを禁止していた。


 それを思い出して、僕はイズリーに釘を刺す。


「うん! あれは必殺技だからね! ここぞという時に使って驚かせるんだ!」


 ここぞの場面で味方を撃ち抜かれてはたまったものではないので、そんな場面は一生来ないことを願う。

 

『あとは僕たちに任せて。みんなは集合地点に合流していてくれ』


 僕はキンドレーの以心伝心テレキャスターごしに皆に指示を出す。


『了解! 一番近いのは第3だね! 索敵通信部隊、並びに追跡誘導部隊の各員は移動を開始してください! ポイントは第3集合ポイント。シャルル君、イズリーさん、ご武運を!』

 

「わかった! ……第3しゅーごーポイントってどこだっけ?」


 何故か隣でアホが一人反応する。


「イズリーは僕とあの人達をぶっ殺すんでしょ!」


「あ! そうだった! にしし、忘れてたよ」


 コレでも戦闘力はピカイチなんだ。

 戦闘力だけは。


 僕とイズリーに気付いた二人の不良が足を止めた。


 ロン毛とモヒカンの男子学生だ。


 左に立つ僕の前にロン毛が立ち、右に立つイズリーの前にモヒカンが立つ。


 一対一が二つある状態だ。


「はあ、はあ、まさか魔王の眷属エンカウンターズに出くわすとはな。最悪だぜ!」


 息を切らしながらロン毛が言う。


「落ち着け。強えーっていっても、一年生だろ。一対一ならそう簡単に負けてたまるか。確かに、魔王の眷属エンカウンターズが相手だったのはアンラッキーだったがな」


 モヒカンが続けた。


 僕たち新入生巡回組はミキュロスの一件以来、魔王の眷属エンカウンターズと呼ばれ不良達から恐れられていた。


 安直なネーミングだよなあ。

 これだから不良ってやつは。


 だいたい僕は不良という存在が大嫌いだ。


 学則を破ることがカッコいいと思っている節があるくせにちゃんと学園に通うんだから。 


 やってる事に全く一貫性がない。


「さて、ではこれより、アンラッキーな先輩方を学則に則って取締ります。どうか僕達を恨まないで下さいよ? 前に復讐に来た人たちがどうなったかは、ご存知でしょう?」


 僕は不良に問いかける。


「一年坊主が調子に乗るなよ? まだ俺たちが負けると決まったわけではないんだからなあ。どっちが本当にアンラッキーかその身に教えてやるぜ」


 モヒカンの不良が答える。

 

 僕たちの間に流れる張り詰めた空気が逃げ出すかのように風が吹いた。


 さて、どう料理してやろうか。

 僕もイズリーもここのところやけに力を増している。

 さすがに手加減しないとな。

 あの新スキルを使うか。


 と僕は心の中で呟く。


 ハティナとの屋上での会話の時、僕は新しいスキルを発現させていた。


 それを使うことにする。


 体内魔力を闇系統に染めた時に発動する自動発動型の操作系スキルだから、少しだけ使いづらいが、無傷で捕らえるには便利なスキルだ。


 イズリーも巻き込むかもしれないけど、彼女の魔力耐性なら大丈夫だろう。

 

 上手くいけば二人とも同時に捕まえられるかも。


 その場合はイズリーがグズりそうだが、モノロイを生贄にしてガス抜きしよう。


 闇魔法は種類が少なく全属性中、最高難度を誇る。


 まだ僕はその中の一つとしてまともに使えないが、闇系統の魔力を練ることはできる。


 そんなことを考えていると、僕の前に立つロン毛が「ちっ、仕方ねえ。本気だすか」と呟いた後にローブを脱ぎ捨てて大声で名乗りを上げ始めた。


「我こそは魔導四家の名門! ワンスブルー家先代当主、海原のワルシャール・ワンスブルーの庶子、水溜のモトフーユ・キースバインが嫡男! ソノマンマ──」



 ──すこーん!



 そんな擬音がぴったりな、まるで鹿威しのような音を響かせて、モトフーユ・キースバインさんの息子は僕の目の前で仰向けに倒れた。


 名乗っている途中の彼の額に、突如として飛来した石礫ストーン が直撃したのだ。


 隣でイズリーが「はわわ、どうしよう。隣の人に当たっちゃったよ」と小声で呟いた。


 静かに僕はイズリーを睨む。


 僕と目が合うとハッとした様子で必死で目を逸らす、頑として目を合わせようとしない。


 何故か頑なに金色の大きな瞳で左上の方を見ている。


 誤魔化せると思ってるのかこのバカ!

 こいつ、モヒカン狙ってロン毛に当てたな。

 相変わらずのノーコン具合だ。


 まったくもう!


 モトフユキさんの息子の……。

 えーと、名前なんだっけ? 

 ソノマンマヒガシ君だったかな? 

 彼が可哀想じゃないか!


 僕は心の中で怒ってから、そういえば自分もミキュロスの話は全く聞かなかったな。


 と思い出す。


 ひとりぼっちで寂しげに佇むモヒカンを見る。


 一番アンラッキーなのはこの人かもしれないな。


「あのー……こちらの手違いで二対一になっちゃいましたけど続けます?」


 僕がそう聞くと、モヒカンの男は「いや……えーっと、降伏とかって受け入れてもらえます?」なんてことを言った。


 それを認めようと僕が口を開こうとすると。



 ──すこーん!



 という二度目の鹿威しが学内に響いた。


 気を取り直したイズリーが、今度はちゃんと命中させた音だった。



 不良を仕留めて、魔王の眷属エンカウンターズのみんなと合流すると、ミカが腹を抱えて笑っていた。


「にゃははははは! お腹いたい! にゃはははは! 『すこーん!』だって! イーちゃん傑作! にゃは、にゃはははは! げふっげふっ」


「……ぶっっ! あははははは! ほ、本当に、イズリーさん、面白すぎます! あははははは!」


 ミカにつられてキンドレーも笑い始めた。


「むー。ミカちゃんもキンタローくんもひどいよ! あたし、ちゃんと言われたようにぶっ殺したのに!」


「ふっ……そ、そうだよね。イズリーちゃんは……ふふっ……ちゃんと自分の仕事をまっとうしたんだもの……ふっ……笑ったらかわいそうだよ……うふふっ……でも、すごくいい音が響いて……ふふっ……ご、ごめんなさい」


 セスカは必死で笑いを堪えながらそんなことを言う。


「もう! セスカちゃんまで笑ってる! あたしは褒めてほしいの! 爺さまも言ってたもん! イズリーは褒められて伸びるタイプだねって!」

 

「うむ。イズリー殿は流石の土魔法で御座ったな。発動までのスピードもより早くなって居られる。いやはや──」


「キンニクハゲに褒められても嬉しくない」


「き、キンニクハゲ? い、イズリー殿?」


 皆に笑われてご機嫌ななめのイズリーは辛辣だった。


 哀れすぎるぜ、モノロイ。

 

「とにかく、今日は調書上げたら帰ろう。お腹も空いたしな。僕達はハティナを迎えに行ってくるよ。後でまた食堂で!」


「そ、そうだね。調書は任せておいて。バッチリ仕上げておくね」


 調書担当のセスカがそう言う。


「セッちゃん一人で大丈夫? 私も手伝おうか? 学則全く覚えてないけど!」


「ミカちゃんありがとう。でも一人で大丈夫だよ。みんな疲れてるだろうし、私は調書くらいしか役に立てないから」


 ミカの気遣いをセスカがやんわりと断った。


「セスカ、僕たちはチームだ。役に立てないなんてことないよ。調書がなかったら僕らの行為はただの暴力だからな。何か手伝えることがあったら言ってくれ」

 

「そうですよ!ボク達みんなで魔王の眷属エンカウンターズです!」


「うむ。我も、もっと精進せねばな」


 そんな会話をしてその日はお開きになった。


「イズリー、ハティナを迎えに行こう」


「うん! ねーねー、シャルルー。今日あたし頑張ってたよね? ねーねー、頑張ってたでしょー? 偉い? ねーねー偉いー?」


「頑張った頑張ったイズリーは偉い」


 僕が棒読みでそう言うと、イズリーは「にしし、褒められたー!」と言って小躍りを始めた。


 それを見て、魔王の眷属エンカウンターズのみんなはまた笑った。

 


 それから二週間後の日曜日。


 学園がお休みのその日。


 急に王城へと召喚された僕は、国王陛下と謁見し、陛下から直々に、王立魔導学園の退学処分を言い渡された。

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