第27話 氷の魔女

 謁見の間を後にした僕はトークディアの私室に戻っていた。


 ここには今、トークディアとモルドレイと僕の三人が座っている。


 懐かしい面子だ。


 僕のスキルであれこれ実験した時以来だ。

 

「アスラから話を聞いてな。アレがあそこまで他人を評価するのは珍しい。それに、タイミング良く勇者の情報が帝国に潜んでいる間者より届いた。アスラが女であったら、童に娶らせたのだがな」


 モルドレイは初めて会った時よりもフレンドリーな雰囲気で話す。


「ほほほ、灰塵がそこまで他家の者を良く言うとはの。お主にも見えるか? この子の影に……」


「御老の言いたいことはわかる。アスラからは風紀委員が上げた調書を読まされた。それで思ったものだ。童の影には、震霆が見える」


 ──震霆。


 かつてモルドレイを窮地から救った、僕の父方の祖父だ。


「我が道を貫き、自然と良き仲間に恵まれ、その正道を阻む相手には、その出自や立場など考慮せぬ。まさしく、若かりし震霆殿と同じよのう」


 トークディアはそう言って、「王子をボコボコにするなどとは、流石の震霆殿もやらなかったがのう」と付け加えて笑った。


「童。敢えて問おう。もし、帝国が勇者を従えて王国に侵攻したらお主はどうする?」


 僕は真っ直ぐにモルドレイを見て答える。


「ハティナとイズリーに危険が迫るのであれば、相手が誰だろうと駆逐しますよ。ただ、勇者とは出来れば協力関係を築きたいと思っています」


「ほう? 他国の英雄と協力と。その心は?」


 モルドレイが鋭い眼光で問う。


「南方の解放です。今は先の魔王によって魔物の巣窟と化していますが、未知のジョブである勇者、そして魔王が……僕のことですが、この時代に同時に顕現したのは理由があるはずです。むしろ、このタイミングでしか南方の魔王討伐はできないでしょう」


「ふむ。それは……『神』の啓示か?」


 僕が驚いたような顔をすると、モルドレイは何かに納得したように頷いて言葉を続ける。


「勇者は『神』の啓示を受けたそうだ。大陸南方の巨悪を討伐せよと」


「僕は──」


「良い。みなまで言わずとも。だが、帝国はそんなに甘くないぞ。南方の解放は王国を滅ぼしてから。そんな理屈を通してくるのは目に見えておる」


「……正直、世界の平和なんてどうだっていいんですよ。僕は面倒臭がりですからね。自分の大切な人たちが幸せであればそれで満足なんです」


「ふむ。面倒だという割には国王を脅迫していたように見えたがな? まあいい。御老よ、ワシはな、あの王ではダメだと思っておる。あの王子もな。王太子殿下は聡明なお方だが、王の覚えめでたいとは言えぬ」


「ほほう。忠勇の士と名高いレディレッド卿が王家の批判とは」


「ワシが忠義を捧げているのは国だ。王は国の長であっても、国そのものではない。指揮官がアレでは、次の戦で我らは滅びを迎えるだろうよ」


「なら如何にする? いっそ、王国を魔の国にでもするつもりかのう?」


 トークディアが冗談めかしてそう言った。

 

「ふん。……。……それも良いかもしれぬな」


 モルドレイは長い沈黙の後に小さな声で呟いた。


 口にしたトークディア本人が「茶々を入れた儂も悪いが、滅多なことを申されるな」と言っていたが僕は聞かなかったことにした。


 そんな面倒ごとは御免こうむる。



 その日の午後、僕は学園に帰ってきた。

 来週もう一度登城して、そこで最終審判となるそうだ。


 トークディアとモルドレイ曰く、グリムリープの嫡男サイドにレディレッド当主モルドレイと筆頭魔導師トークディアが味方に回ったのだ。


 これに配慮しなければ王国が割れる問題に発展する可能性がある。


 王自身は、トークディアに王家の血を容れることで彼らは文句を言わなくなるだろうし、モルドレイは元々僕のことを警戒していたので王の審判を推すと考えていた。


 それで審問官があの人選だったわけだが、当てが外れた格好だ。


 僕は仲間の出迎えを受けた後、一人になる時間が欲しいと告げて、日が暮れ始めるのを待って単身である場所に向かう。


 練兵館の第三倉庫だ。


 性懲りもなく王子と傘下の不良達はそこに集まっているらしかった。


 夜王カーミラを使って確認したので間違いない。


 ミキュロスには分からせる。

 魔王の恐ろしさを。

 中途半端な制裁が災禍を招くのであれば、徹底的な制裁で逆らえなくしてやる。


 地位も立場も関係ない。


 何故なら僕は、震霆の孫なのだから。


 第三倉庫の扉は破壊されたままの状態だった。


 外に僕の姿を見つけると、ミキュロスがニヤリと笑った。


「これはこれは、第三身分の風紀委員殿ではないかね。見ての通り、我々はパーティーの最中なのであるかね。何か御用かね?」


 酒瓶があちこちに散らばっている。


 ミキュロスの周りには十人ほどの男子学生の姿がある。


 そして彼らとは少し距離を置いた場所にある、使われなくなった机の上に、その場には似つかわしくない上品な姿勢で女子学生が座っていた。


「今から起こることは調書には書かれない。だから、これから起こることは……ただの暴力だ」


 僕の台詞を聞いて、十人程の生徒が一斉に下卑た笑みを浮かべる。


「ほほう。なかなか物騒なことを言うであるかな」


 ミキュロスが応える。

 

 他の不良達と距離をとった場所に腰掛けていた一人の女生徒が優しげな、それでいて射殺すような目つきで僕を見ながらミキュロスの前に出るように歩みを進める。


 その目を見て何故か僕に悪寒が走る。


 紺色の髪を腰まで伸ばし、真っ白な肌。新雪に桜の花びらが一片だけ舞い落ちたような薄紅色の唇。


 十二、三歳に見える容貌に、目を引く大きな胸の双丘がアンバランスな魅力を引き立てる。


 双子に匹敵するほどの美貌。


 けれども何故か僕の直感がコイツは不味いと告げてくる。


 他を圧倒する強者の気配。

 初めての感覚だった。


 恐怖と焦燥がない混ぜになって、僕の内側の闘争心を堰き止めようとする。


 全力で警鐘を鳴らすように鼓動が早くなる。

 

「君はミリア嬢とは初対面かね? ミリア嬢、こちらが第三身分のシャルルであるかね。君が会いたがっていた人物じゃあないかね」


 ミキュロスは第三身分という言葉をことさら強調してミリアという人物に告げる。


「シャルル様、ですわね? お初にお目にかかりますわ。私、魔導学園二年、Sクラスのミリア・ワンスブルーと申します。以後よしなに」


 丁寧な口調とは裏腹に、僕に向けて殺気を飛ばしながらミリアが優雅にお辞儀する。


 僕に会いたがっていた?


 僕が黙っていると、ミキュロスが言葉を続ける。


「君が『魔王』を僭称しているのは有名であるかね。魔法はそこそこ使えるが、『魔王』とはいささか奢りが過ぎるかね。ミリア嬢は君が魔王を騙るのが許せないそうであるかね」


「それが嘘か誠かは、私がこの目で判断いたしますわ。では、シャルル様。早速、始めましょうか?」


 ミリアは言うが早いか魔法を詠唱した。


 僕に水弾が飛んでくる。


 僕はすぐに魔塞シタデルで防御したが、いとも簡単にミリアの水弾は僕の魔塞シタデルを貫通した。


 腹部に痛みが走る。


 そのまま僕は吹き飛ばされて仰向けに倒れた。


 水のない場所での水魔法。

 そんな威力を超越している。


 空気中から水分を集めて使うこともできるが、そんなレベルじゃない。


 スキルだろうか?


 だが、確かに魔力の流れは魔法の動きを示していた。

 圧倒的な体内魔力で無理矢理発動させているのだろう。


「あらあら、その歳で魔塞シタデルを使うのはお見事ですけど、大した事はなさそうですわね」


 ミリアの声が聞こえた。

 不良達が笑っている。


 何人か僕が張り付けにした人間が混ざっていた。


 彼らにしてみれば胸のすく思いだろう。


「……ごほっ」


 僕は地面にうずくまる。


 痛い。

 普通に痛い。


 これが魔法のダメージ。


 魔塞シタデルのおかげで、僕はこれまで魔法によるダメージを受けたことなど無かった。


 どこかで自分こそが最強だと考えていた。


 だからこそ、審問会議の謁見の間で迷うことなくあんなハッタリをかませた。


 だが現実は過酷だ。

 上には上がいる。

 どんな世界でも。


 それがたとえ、転生先の世界であっても。


 ミキュロスの下卑た笑い声が聞こえる。


魔王の眷属エンカウンターズも今日で店じまいであるかな!」


 僕は考えを巡らせる。

 絶対的な格上。


 さらに相手は多数だ。

 ミキュロスが相手なら一対一では負けないだろうが、ミリアの存在は大きすぎる。


 圧倒的な形勢不利。


 立ち上がった僕にミリアの魔法が飛んで来る。


 魔塞シタデルを再度起動し、火弾スター をミリアの水弾に当てる。


 火弾スター は呆気なく消え去り、ミリアの水弾が頬をかすめる。


 やはり魔塞シタデルを突破してくる。


 が、なんとか軌道は変えられたらしい。


 ミリアが少し驚いた顔をした後で「やりますわね。少しピッチを上げますわよ?」と笑顔を見せた。


 次に飛んできた魔法に僕は驚愕した。

 

 氷だった。


 七系統にない魔法。


 トークディアに教わったことがある。

 七系統の枠組みに収まらない魔法の存在。


 血統に依存した魔法。


 術者の持つ、血統系スキルがそれを可能にするらしい。


 トークディアにその存在を教わった時に、僕は興味本位でその対策を聞いていた。


 彼からはこう言われた。


 ──七系統に属さぬ血統魔法を見たら、まず逃げる事を考えよ。かの魔法は七系統の枠組みから外れた存在。その対策を研究せぬまま望むは、自殺と変わらぬ──


 僕は自分の肩に突き刺さり、じわじわと暖かな血を湧かせている氷柱を見る。


 ミリアはそんな僕に口許を歪めて笑みを作る。

 

「狩られる側の気分はいかがかしら? 狩人さん?」


 校舎を照らす夕陽が、僕から流れる血をさらに赤く染め上げていた。

 

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