第21話 俺のハティナ
「ぎゃああああっ!」
肩から棒が突き出た状態の鎖先輩が悲鳴を上げながら転げ回り、あたりに鮮血を振り撒く。
金髪リーダーは「だからアイツはやばいって言ったんだ!」なんてことを言いながら逃げようとしたので
僕の指先から一直線に伸びた閃光が、空気を鳴動させた音だけを残して金髪リーダーを貫いた。
「これはこれは、随分な挨拶じゃあないかね。イベルダン君も情け無いものであるかね。せっかく余、自ら仇を討ってやろうと言っておるのに我先に逃げようとするものかね。余らにも面子がある。風紀委員風情に舐められたとあっては、余の学園統治に響くではないかね。諸君、やってしまうかね!」
そう言ってミキュロスは八人の取り巻きに号令を下した。
一斉に男達が魔法を唱える。
火、土、風、水。
八つの魔法が僕に降り注ぎ、砂埃を含んだ水蒸気が倉庫内に溢れかえる。
僕は飛んできた魔法、その全てを
土魔法を吸収した水魔法が火魔法で蒸発したのだ。さらに風魔法がそれを大きく拡散させる。
そうして発生した煙が辺りに充満する。
煙が春の終わりの暖かな夜風に流れて、ミキュロスと目が合う。
ミキュロスは明らかに狼狽した様子を見せた。
「まだ倒していないではないかね!もう一度だ!」
──遅いよ、欠伸が出ちゃうぜ。
僕は
一人目は難なく直撃して床に沈む。
二人目も同じように卒倒した。
三人目、詠唱が間に合わずに昏倒する。
四人目、詠唱まで終えたが発動寸前で僕の
五人目は詠唱が間に合って僕の
他の三人の魔法が飛んでくるが
体内魔力、残量充分。前は最後に失敗した。
ハティナは相も変わらずに仏頂面でほけーっと僕らの魔法戦を眺めている。
こんな時、ハティナのように魔法の多重起動が使えたらな。スキルと違って魔法の多重起動は超絶難易度だ。今度教えてもらおう。そうしよう。
また先程と同じように煙が倉庫に充満する。
煙の向こうから「やったかね?」と声が聞こえてきた。
──残念、まだやられてないよ。
煙が晴れた瞬間、また
五人目が倒れる。
六人目も間に合う。
残りの二人がミキュロスを置いて逃げ出す。
七人目は倉庫から出る前に眉間を撃ち抜いた。
八人目は僕が七人目を倒してる間に僕のすぐ横を走り抜けたが蝙蝠の大群に足止めさせて転倒させる。そして七人目を眠らせた後、すぐさま背後からの一撃で沈めた。
「さて。……下拵えは済みました。それでは、メインディッシュといきますか。殿下?」
僕はそう言って指先をミキュロスに向ける。
「やれやれ、これほどとは。それなりの手練れを揃えたのだが、君には不足だったかね。では、お相手仕ろうか。余はミキュロス。ミキュロス・リーズヘヴン。リーズヘヴン王国最高にして至高の──」
僕の
しかし、ミキュロスは健在だった。
スキルだな。
だが詠唱した様子はない。
だとしたら、最初から発動させていたか?
「はーっ! ビックリしたじゃないかね! まだ話の途中だろうがね!」
顎が外れそうな勢いで口を大きく開けて目を見開いたミキュロスが御立腹である。
「人の名乗りを聞かずに不意打ちなど、君には騎士道精神というものが──」
もう一度
しかし、またしても防がれた。
やはり、防御型のスキルみたいだ。
それも単発ではなく永続的な効果。
常時発動型?もしくは自動発動型か?
僕はミキュロスの右手人差し指の指輪に微量な魔力の残滓を感じとった。
一つの可能性に思い至る。
昼間の出来事だ。
キンドレーと魔道具屋を物色していた時のこと。
キンドレーは魔道具にとても詳しかった。
前の世界で言う、いわゆるオタクのイメージだ。
普段はナヨナヨとしたキンドレーだが、魔道具の話になると彼は途端に饒舌になった。あれは誰々の作だの、効果はどうだの、このショーケースには何年物の何たらが飾られているだの。
ほとんど聞き流していたが、その中に僕の
持ち主にそういう効果をもたらす指輪があるそうだ。
王国には聖騎士という、騎士の中でもエリートだけを集めた部隊がある。
聖騎士になるためには
自分も欲しいが高すぎて手が出ないとも言っていた。後学のために値段を聞くと、金貨250枚と言っていて、僕は「それってイズリーの買取価格じゃん」と思ったのだ。
だとしたら、王子の右手のあの指輪がバリアの正体か。
「きゃー! ビックリしたー! 少しは余の話を聞かんかね! 普通は悪役と粋な会話をして、その流れからいざ尋常に! って感じにな──」
僕は蝙蝠の大群に王子を襲えと命じる。
蝙蝠の大群は八人目の男にやったのと同じように王子に群がる。
魔法以外のスキルや物理攻撃には発動しないのが、
王子は蝙蝠の大群に襲われてぎゃあぎゃあと喚いている。その隙に
そして蝙蝠を退却させる。
「け、け、穢らわしい! か、身体中噛まれて! き、君ぃ! 話の通じない男だと言われたことはないかね! 余は譲歩しているのがわからないのかね! 余の配下とならば卒業後も良い役職につけてやるかな! それに、君の魔法は余には効かないかな! なーぜーなーら! 余の身を守る! 絶対防御の! 指輪が! 無い⁉︎」
ミキュロスはカッコをつけて外連味たっぷりに右手の人差し指を僕に見せるようなポーズを取ったがその指についていた指輪は既に僕の手元にある。
話は一通り聞いたので
ここなら意識を刈り取らずに済むから。
「うぎゃああ! 余、余の肩がああああ! それに!
よし。
ちゃんと魔法は通じてるな。
雷閃に左肩を貫かれたミキュロスが実験に失敗した博士みたいに静電気で髪を逆立てたまま、錯乱しながら指輪を探している。
次は太ももに
先ほどと同程度の威力だ。かなり抑えている。
「ぎえええ! 余、余の身体から血が! 血があああぁ!」
可哀想だから次は逆の肩。
「げへえええ!」
ゆっくりとミキュロスに近づいていく。
「ひいいい! 来るな来るな! 近うよるな!」
固く握った拳をミキュロスの鷲鼻に振り降ろす。
「うべぇ!」
恥も外聞も捨てたのか、ミキュロスはゴロゴロと転げ回る。
転がった先には肩に的が刺さった鎖先輩がいた。
あ、鎖先輩じゃん。
ちーっす。
すっかり忘れてたよ。
血が出てるしこのままじゃやばいかもな。
そう思って痛みと恐怖で顔が歪んだ鎖先輩から乱暴に的の棒の部分を引っこ抜く。
「あがあああ!」
今度は鎖先輩が転げ回る。
なんだか面白くなってきた。
そして、鎖先輩の肩口の傷を
「え? な、治っ……」
「鎖先輩」
僕がそう声をかけると、「ひいいい!」と叫び声を上げて這いずりながら倉庫の壁にめり込まんばかりに張り付く。
これだけビビってたら、交渉する余地はあるだろうか?
そう思って僕は言葉を続ける。
「僕にもう一度、
何を言われているのか理解できてなさそうな鎖先輩のすぐ横に転がっていたミキュロスの右手を
言葉ではなく態度で、僕は催促する。
「あぎゃあ!」
今度は王子は逆方向に転がっていき、倉庫の奥に鎮座していた棚にぶつかって中に入っていたガラクタの下敷きになって姿が隠れた。
鎖先輩に目で合図すると、鎖先輩は僕を
僕はそれを
初めて見たときから欲しかったんだよね。
便利そうだし。
「え? え? あれ?」
戸惑いを隠せない鎖先輩に「内緒ですよ?」と笑顔で問いかけると、鎖先輩は──もう鎖先輩では無くなったが──コクコクと無言で頷いた。
「今なら見逃す」
それだけ言うと、(元)鎖先輩は猛ダッシュで逃げて行った。
『おやすみ』くらい言って欲しいものだ。
隙を見せた僕に、一瞬だけ大人しくなっていたミキュロスの方向から、
僕とハティナは
さすがSクラス。
上級魔法をこの精度と詠唱速度で。
ハティナは無表情を崩さず瞬きすらしていない。
この娘は本当に……。
そこまで信頼されていたら、カッコ悪いところは見せられないじゃないか。
僕の心に穏やかな薫風が吹き抜けた。
直後に、灼熱の豪火が灯る。
でももう、攻撃魔法は使わない。
「俺のハティナに当たったらどうすんじゃ! ごらあぁあ!」
そう叫んでガラクタの山からひょっこりと顔を出していた王子の顔面に飛び蹴りをお見舞いする。
「ぶへぇ!」
髪を振り乱し、鷲鼻が潰れて高貴さのカケラも残していない王子の顔面を、ガラクタの山に立った僕が蹴る。
──蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。
折れた歯が何本もあちこちに飛び散る。
蹴りと
「鳴くならぶーぶーだろうが! この豚野郎があ!」
そう言ってまた蹴る。蹴る。
「ぶ、ぶ、ぶ」
すっかり、ナニをしゃぶり易くなったような口で王子が頑張って鳴こうとするが、壊れたミニ四駆のモーター音の様な声しか出ない。
「……シャルル。その辺でいい。……早く縄を解いて」
ハティナが僕に冷淡な声でそう言う。
「でも……コイツ、まだ鳴けそうだよ?」
「……。……。」
「え? 何て?」
「……。……おしっこ」
無表情は変えずに、少し頬を赤らめてハティナが告げた。
僕は音速を超えるスピードで縄を解いて差し上げた。
トイレから戻ってきたハティナが「……コレ、どうするの?」と聞くので、前歯と気を失った王子とそこら辺に散らかってる有象無象を裸にひん剥いてから、纏めて校門に吊るして晒すことにした。
吊すのに使うスキルは
「僕が持ち上げるから縄で縛って固定して」
と言うと、キンドレーは「でも! 王子様ですよね? この人、王子様ですよね? 顔は判別できないほど酷い有様だけど王子様ですよね?」と喚いたので、ミキュロスから掻っ払った指輪で買収した。
彼が欲しがっていた、イズリーと同価格の魔道具だ。
キンドレーは目を輝かせながら指輪を素早く懐にしまい、すぐに仕事に取り掛かった。
何故かモノロイも物欲し気な顔をしたので、彼の場合はケツを蹴り上げた。
彼は「うぐぅ」と呻いてから渋々仕事に取り掛かる。
飴と鞭ってやつだな。
途中で、最初に
何故か自分が裸になっていることに心底驚いたようだ。
僕と、辺りの惨劇を見て、彼はこの世の終わりのような顔をしている。
僕が
「シャルル殿! もう彼は無抵抗ですぞ! 反省もしている様子ですし、彼は見逃してあげた方がよろしいのでは──」
「何で?」
殺気の籠もった僕のシンプルな問いに、モノロイは口籠る。
「俺のハティナに手を出したんだ。その身で償ってもらうぜ?」
「し、シャルル殿!」
「ひいい! 助けて下さい! 助けて下さい! お、俺、やめようって言ったんです! 絶対敵わないからって! でも、ミキュロス様がやられっぱなしは舐められるからって──」
「お主も反省しておろう? これに懲りたら学則を破るような真似は慎むことだ!」
モノロイが言う。
「反省してます! 反省してますから!」
「シャルル殿! ここは我の顔に免じて、どうか!」
──は?
なんで僕がお前の顔に免じなきゃいけないわけ?
もう、面倒くさいからコイツ諸共──
「……シャルル」
僕にだけ聞こえるくらいの小さな声でハティナが言う。
「……もういい」
「わかった。お前、もう行っていいぞ」
僕は、一も二もなく金髪リーダーを解放した。
僕がそう言うと、金髪リーダーは裸のまま一目散に逃げ去った。
ハティナが言うなら、それでいいのだ。
それが、全て正しいのだ。
しかし、冷静になって考えるとモノロイは優しいな。自分を殴った金髪リーダーを庇うなんて。
僕だったら『いいぞもっとやれ』と言うところだ。
その後、僕たち男三人は縄でクズ共を校門の装飾に固定した。
今では(元)鎖先輩には感謝しかない。
ありがとう。いいスキルです!
僕は(元)鎖先輩に感謝を捧げるついでに、(故)ローリングソバット先輩のご冥福をお祈りするのだった。
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