第20話 地獄の讃美歌
「お前が『魔王』とか呼ばれてるやつか?」
僕とキンドレーはとんでもなくデカい男に絡まれていた。
目測だが、身長は2メートルを超えているんじゃないだろうか。
うちのドウェイン・
身なりが良い。
貴族階級の子弟が着るような服だ。
学園内は基本的に制服だが、授業を終えた放課後や今日みたいな日曜日には私服で過ごす人もいる。
こいつが第二王子のミキュロスだろうか?
キンドレーは僕の横で、恋人に会いたくて会いたくてたまらない思春期の女子の様にプルプルと震えている。
なんでこんなことになったのかと言えば、ミキュロスの舎弟の三人を取り締まってから二週間経ったころ。
それまで、特に不良達に動きはなかった。
あれからも僕たちは毎日巡回をしていた。
まあ、飼い犬、もといイズリーの散歩と思えば苦ではなかった。
そんな僕たちにアスラの配慮で休暇が与えられたのだ。
毎週、日曜日は学園が休みになる。そのタイミングでの休暇だ。皆、思い思いの過ごし方をしていた。
イズリーとミカとセスカの女性陣が仲良くなったこともあり、この日は三人で商業区に買い物に行く計画を立てたらしい。
僕は久々にハティナと遊ぼうと彼女を誘おうとしたが、彼女は朝早くから図書館に行ってしまったらしい。
イズリー達も、一緒に買い物に行こうとハティナを誘ったが、本を読みたいからと断られたそうだ。
本の虫の彼女らしい。
僕が仕方なく男性陣を誘ってみると、キンドレーは二つ返事で快諾。モノロイは筋トレ──何のためにだよ!──があるらしく断られた。
それで僕とキンドレーは男二人で虚しく──キンドレーは何故かやたら楽しそうだったが──商業区の魔道具店でローブやらワンドやらを物色した。
日も落ちかけた頃にようやく僕らは帰路についた。
そして学園の門の前で、この2メートル超の巨漢に待ち伏せされていた訳だ。
「ビビって声もでねえか? 随分と大層な異名だよな? 魔王さんよ」
「失礼ですが、どなたです?」
「ミキュロス様の使いって言えば、わかってもらえるかね?」
本人ではないらしい。
それもそうか。
いきなりラスボスは現れないだろう。
そんなのはさすがにクソゲーすぎる。
まずは中ボスってことね。
しかし、嫌な予感がする。
珍しくイズリーは一緒じゃない。
しかしミカとセスカが一緒のはずだ。
だとするとハティナか?
彼女は今も一人だろう。
「ああ、ミキュロスさん。その方の噂はかねがね──」
「んじゃ、伝言ね。お前と仲が良いトークディアの御令嬢を先ほど、我々の館にご招待して差し上げた──」
またこのパターンかよ。
これが小説だったら、作者の貧困な想像力をこき下ろしてやるところだ。
「……ほう。静かな方とアホな方、どちらです?」
「アホ? 何言ってんのか知らんが、確かに静かだったよ。攫われたってのに叫び声一つ上げ──」
僕は間髪入れずに
指先から雷閃が迸り、中ボスの高そうな服を焦がした。
中ボスは一撃で昏倒する。
ん、そういえば『館』が何処かとは聞いていなかった。
いかんな、短気は損気だ。
おっと、まずいまずい。
寝ていた聞かん坊を起こしてしまった。
空に向かって
この瞬間に
火系統の
強力だが使いどころの難しいスキルだ。
今回は殺しちゃいけないから、
「シャルル君! 不味いですよ! この人ミキュロス様の舎弟ですよ⁉︎」
キンドレーがそんな頓珍漢なことを言っている。
「キンドレー。学生の誘拐と監禁は学則何条何項何号違反だっけ?」
「わ、わからないです。モノロイ君なら分かると思いますけど」
「ちっ。じゃああのスペランカー……じゃなくて貧弱筋肉を呼んで来い」
「す、スペランカー? ……で、ですけど、相手はミキュロス様ですよ? アスラ委員長にお伺いを立てたほうが……」
「今、こうして怒りに身を任せてみて気付いたんだがな。キンドレー。俺にとって、イズリーとハティナはかけがえのない存在なんだよ」
「……お、俺?」
「あの二人は俺の天使だ。前にイズリーに手を出したやつは、一人を残して全員殺した。残る一人もそのうち殺る」
あの両腕を失ってなお生きながらえた誘拐犯の男は投獄されているらしい。
そのうち出てくるのかは知らんが街で見かけたら殺す。すぐ殺す。秒で殺す。一瞬で殺す。いや、刹那に殺す。
「え、ええ⁉︎」
「だからな。キンドレー。俺は思うんだよ。あの二人に手を出した人間は片っ端から滅ぼさなきゃ。……だろ?」
「で、でも──」
「何勘違いしてるんだ? キンドレー。俺は聖人でもなければ教会の生臭坊主でもない。俺は『魔王』だぜ? 学園の風紀? 学生の生活? 糞食らえだそんなもん。ハティナに手を出した俗物諸共、蝙蝠の餌にしてやる」
ギロリと睨むと、顔を青くしたキンドレーがすぐにスペランカー君を呼びに走って行った。
いいぜ。
王子様よお。
お望み通り相手してやる。
お前にも、等しく滅びを授けてやる。
前にハティナに聞いた御伽噺。
大陸の南方を魔物の巣窟へと変えた魔王のお話。
その物語の序文はこうだ。
『我、魔ノ支配者。奏デルハ地獄ノ讃美歌。我、魔王ナリ』
辺りは薄暮。
夏手前の暖かな夜の気配に、眠りから覚めた周辺の蝙蝠達。
彼らを
このデカブツを叩き起こして尋問するより眷属達に探させた方が早いだろう。
蝙蝠達に探させると、ミキュロスの『館』はすぐに見つかった。
練兵館という、闘技場のような建築物。
その裏手にある倉庫の一室だ。
ミキュロス達はあまり使われない第三倉庫を根城にしていたらしい。
学園内で助かったな。
王都全てを掌握するのは無理だから、そこはミキュロスにグッジョブと言いたい。
倉庫の中にハティナの気配。
蝙蝠に探らせたから間違いない。
ハティナの他にも数名いる。
まあ誰でもいいし、何人いてもいい。
せめて派手に哭いてくれよ。
じゃなきゃ締まらねーだろう?
地獄の讃美歌には、阿鼻叫喚のコーラスがばっちりキマる。
すぐに第三倉庫に向かい、その扉を
まだ二発目なのにとんでもない威力だ。
前に使った時より威力の上昇量が高くなっている気がする。
スキルの熟練度が上がったか。
分厚い鉄の扉が
正面に、木の椅子に縛られて座らせられたハティナの姿。
相変わらずの無表情だ。
制服は乱れているが、乱暴はされてないな。
僕は安堵する。
すると、唐突に地面から生えた鎖が僕の身体をがんじがらめにした。
ああ、鎖先輩もいたのか。
「あんたがミキュロス?」
倉庫の一番奥に腰掛けた、身なりの綺麗な青年が答える。
「いかにも。一人で来るとは勇気があるじゃないかね。さすがに『魔王』と呼ばれるだけあって、なかなか骨があるみたいではないかね。余の使いはどうしたかね? 姿が見えないようだが?」
ミキュロスは赤茶色の髪を長く伸ばしてオールバックにしている。
大きな鷲鼻が狡猾さを匂わせる。
身体は大きくはない。だが魔力はそこそこ高そうな気配。
アスラと同じSクラスだったな。
ま、関係ないけど。
「さあ? 使いの方はもう寝てるんじゃないですかね? ほら、もうじき夜も更けますから」
僕の周りを蝙蝠が飛び交う。
ミキュロス達は一瞬だけ、ギョッとしたような表情をする。
ハティナは少し頬が緩んでいる。
付き合いが長くなければわからない。
一見するといつもの仏頂面だ。
あの顔は喜んでいるな。
そして、何か企んでる時の顔。
いや、違うな。
イズリーを出し抜き、状況を自分の思い通りにした時の顔だ。
狙い通り。
といった顔。
……何だ?
何を狙っていた?
確かに何か不自然だ。
このシチュエーションは、イズリーの時と全く同じ──
まあ、今はいいだろう。
ひとまず無事で良かった。
鎖先輩は倉庫内の僕から見て右側に立ち、スキルを行使している。
左側には金髪リーダーが立っていて、手には尖った棒のようなものを持っている。
壊れた魔法練習用の的の棒の部分だろうか。
武器か何かのつもりなのかね?
イズリーの後ろ回し蹴りを顔面に食らった、ローリングソバット先輩はいないな。
本当にあの人は何だったんだろうか?
たまたまあそこにいただけか?
だとしたらイズリーに代わって謝りたい。
まさか本当に死んで……。
……まさかな。
……一応、ご冥福をお祈りしておく。
他には全部で八人の男子学生がいる。
彼らとは面識がない。
モノロイ程じゃないが、ガタイの大きな連中だ。
それでも、僕の目にはただ肉付きのいい獲物にしか見えない。
こと魔法戦においては、ガタイの良さなんて的が大きくなって当てやすくなったぐらいの意味しかない。
僕は鎖で縛られて身体は50センチほど宙に浮いた状態。
僕は
──
僕の周りの蝙蝠の群れがさらに数を増やして乱舞するのをそのままに僕は言った。
「殿下。今宵はご招待、感謝致します。ご機嫌よう。そして、さようなら」
倉庫内の右側に立っていた鎖先輩の肩に、金髪リーダーの持っていた棒が突き刺さり、辺りに血が飛び散る。
それだけだ。
僕を束縛していた鎖が消える。
数多の蝙蝠が入り乱れ、飛び交う中、僕はふわりと地面に降り立つ。
さあ、始めよう。
血湧き肉躍る真夜中の舞台を。
さあ、彩ろう。
宵闇に咲く鮮血の花園で。
さあ、鳴らそう。
闇夜に轟く怒りの福音を。
さあ、奏でよう。
今宵の曲目は──
──地獄の讃美歌。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます