第19話 手を出した相手

「──てことがあったんだよ! シャルルかっこよかったなあ!」


 その日の放課後にあった風紀委員会の活動を、イズリーが鼻息荒くしてハティナに教えている。


「……シャルルが強いのはよく知ってる。……それよりもイズリーの飛び蹴りが気になる……イズリーのジョブは確かに魔戦士……けど魔法を使わないで突撃なんて」


 はわわ、と慌てた様子でイズリーは「ち、違くて違くて」などと誤魔化そうとしている。

 

 そうなのだ。

 僕も受験勉強の一環で知ったのだが、魔系統のステータスに優れた人のジョブは幾つかの種類に分けられる。

 魔導師、魔術師、魔戦士だ。

 そしてもう一つ。魔王があるが、このジョブは少なくとも大陸の北側には僕しかいないだろう。


 魔力に加えて、身体能力にも優れた人は魔戦士のジョブを授かることがある。 

 そして、三つのジョブで魔法の威力が最も上がりやすいのも、魔戦士の特徴だ。


 イズリーはそれなのだ。 


 ちなみに、僕の祖父の震霆と灰塵はどちらも魔戦士らしい。


 逆に、身体能力ではなく知力に適性を持つなら魔術師。ハティナのジョブはこれだ。魔戦士や魔導師よりも多彩な技を使うが、スタミナ不足ですぐに息切れする。


 バランスは良いが器用貧乏になりがちなのが魔導師というジョブだ。トークディア老師と父のベロンは魔導師だ。



「ハティナの方はどうだった? 図書委員会は?」


 吹けない口笛を吹こうと、口からしゅーしゅーと気の抜けた音を出してまで誤魔化そうとしているイズリーを見かねた僕が話題を変えてあげる。


 ひとつ貸しだぞ? アホ娘。


「……はぁ。……シャルルはイズリーに甘い」


 何かを悟るように一拍置いてから、ハティナが続けた。


「……図書委員会は素晴らしい。……本が読み放題」


 彼女がここまで手放しで喜ぶとは、かなりお気に召したらしい。


「……でも、少し後悔している」


 ほう、思慮深いハティナが後悔とは珍しい。


「へえ、どうして?」


「……わたしもシャルルの活躍を見たかったから」


「あ、ありがとう。それは……なんて言うか、光栄だね」


 僕は照れた。


 なぜだろう。

 二周目の人生だ。

 それなりに精神年齢は高いのに、ハティナに素直に褒められると、なぜだか心がくすぐったいような感覚になる。


「ハティナもほうき委員になれば良かったのに! 悪いやつをぶっ殺すのは楽しいし、シャルルのカッコいいところも見れるよ!」


 イズリーは相変わらずニコニコしながら、色々と間違えている。


 君は『顔面飛び蹴り委員会』にでも入ればいい。副委員長はタイガーマスクで書記はナッシュ。委員長はもちろんイズリーだ。


「……本を読む方が好きだから」


 ハティナは淡白にそう言った。


 僕、本以下なのかよ。

 ……まあいいけど。


「……でも、シャルルにイズリーを任せてしまうのは悪いと思っている。……イズリーは図書委員会だったら確実にグズっていた」


 やっぱりハティナはお姉ちゃんなんだな。

 

「たまにはいいんじゃないかな。僕はイズリーと一緒にいるのも楽しいしね」


「ほんとに⁉︎ あたしもシャルルと一緒、とーっても楽しい!」


「……シャルル、ありがとう」


 そうして、夕食を終えた僕達はそれぞれの寮に帰っていった。



 次の日の放課後、僕達、新入生巡回組はアスラに呼び出された。


「昨日の学生の飲酒取締りの顛末、調書を読ませてもらったよ」

 

 そう言いながら、アスラは自ら僕たちにお茶を淹れてくれた。

 

「特にセスカさんの調書はとても分かりやすく書かれていた。君が風紀委員に入ってくれて助かるよ。腕っぷしは確かな連中だが、こういった書類仕事は苦手な人間が多くてね」


 なるほど。

 彼の人心掌握術は完璧だ。

 セスカは自分の戦闘能力の低さを気にしていた。

 彼女はクラスで一人も風紀委員に立候補しなかったのを見兼ねて、半ば自分の意思に反して風紀委員に立候補したのだ。


 そういった事情も考慮してケアする。

 こういう人が上司なら部下は安心して自分の仕事ができるだろう。

 さすがは名家の誉高いレディレッド家の嫡男だな。


「あ、ありがとうございます」


 セスカは嬉しそうにしていた。


「しかし、取り締まった相手は少し難しい相手だった」


 ん?

 どういうことだ?

 僕達は学則に則って取り締まったはずだが。


「彼らはミキュロスの舎弟だ」


「そ、そんな……」


「あちゃー、大変なやつに手出しちゃったね」


「終わりです! ボクたちみんな終わりですー!」


「……」


 セスカとミカは絶望感に打ちひしがれ、キンドレーは錯乱し、モノロイは静かに瞑目している。


「ミキュロス・リーズヘヴン。彼はこの国の第二王子だ」


 訳が分かっていなそうな僕にアスラが説明を付け加えた。


 イズリーが隣で「あちち、まだ熱かったよ。ふーっふーっ」などと言って出されたお茶に夢中になっているが、僕は無視を決め込む。


「第二王子ですか。素行が悪いのですか?」


「悪いなんてものじゃない。やりたい放題さ。まるでギャングだよ。それに彼は、今年度からSクラス入りするほどで腕っぷしもかなり立つ。それもあって、我々も容易に手を出せないのさ」


「へえ。つまりはバカ殿ですか。しかし、僕らの取締りは正当では?」


「ふっ。バカ殿とはね。君は随分と肝が据わっているようだ。もちろん、取締りは調書を読む限り正当だ。ただ、そんな理屈が通じる相手じゃない」


 なるほど。つまり、正しい行いが必ずしも良い結果を招くわけでは無いと。


「で、その王子様が報復に出ると?」


「さあね。だが、彼は不良連中を集めて軍団のようなものを形成している。そういうこともあるかもってことさ。特に、実績と経験のない一年生なんかは狙われてもおかしくない」


 アスラは本気で僕らを心配しているようだ。


 やはり、面倒なことになったか。


「……我らは風紀委員です。委員長。学則を遵守し、学徒を守ることこそ我らが務め。それを曲げることはまかり成らぬのでは?」


 モノロイが重々しくそんなことを言うが、君はワンパンで沈められてたよね?


 なーにが「学徒を守る」だい。

 学則と学徒を守ったのはイズリーのローリングソバットだ。

 イイよねきみは。

 うぐぅって言って後は転がっていただけだものね。


「その通り。モノロイ君の言うように、どんな巨悪に対しても我らはその道を曲げてはならない。何かあれば私や上級生を頼ってくれたまえ」


 アスラは相変わらずイケメンだ。

 しかしこいつ本当に強いのか?

 一見、かなり強そうなモノロイのあの体たらくを見ていると、なにやら怪しく思えてくる。


 まあ、アスラは三年次からSクラス入りしたらしいから、かなり優秀なんだろうが。


「質問なんですが」


「なんだい?シャルル君」


「風紀委員の権限としてどこまでの武力行使が認められているのですか? 殺し合いはご法度と聞きました。それなら例えば所持品の破壊は? 四肢の欠損は?」


「ははは、君も物騒なことを考えるね。さすがは爺上様の孫だ──」


 アスラは笑ってそんなことを言うが、あんただってそうだろ。


「──失礼。まず、四肢の欠損は不味いね。どんなに素行が悪くても、学園の魔導師である以上は王国の財産だ。それを傷つけることは避けるべきだろうね。それから、持ち物とはワンドやローブのような装備品とかかな?それなら、戦闘で失われたとしてもまだ大目に見れるかな」


 それを聞いて僕は答える。

 あちらがやる気ならやってやる。

 めんどくさいが、イズリーが攫われた時みたいな目に遭うのも、あんな気持ちになるのも二度と御免だ。


「わかりました。それなら、せめてやり過ぎないようにしますよ。ま、火中の栗を拾う気はありません。あちらが手を出してくればですがね。もしも、僕や周りの人間に手を出すなら返り討──」


「シャルルー、お茶飲まないの? ねーねー。お茶飲まない?」


 僕がカッコよく決めようとすると、イズリーが見事なインターセプトを見せてくる。


「──あ、お茶。お茶ね。僕の飲んでいいよ。だからちょっとだけ静かにしててね」


「ありがとう! わかった! お礼にがんばって静かにする!」


 頑張らないと静かにしていられないのか君は。

 晩秋の鈴虫か何かなのかい?


「──ゴホン。返り討ちにするまでですよ」


 一応、言い切っといたが。


 イズリーこの野郎。

 状況わかってんのかこのバカ!

 それに今めちゃくちゃアガるシーンじゃなかった?

 これが映画や小説じゃなくて良かったよ全く!



 夕食時、いつものように三人で食べているとキンドレー達がトレーを持ってやってきた。


「シャルル君、ボクたちもご一緒していいかな?」


 キンドレーが申し訳なさそうに申し出る。


「シャル君お願ーい! 風紀委員のよしみでさー!」


 ミカは全く悪びれずに上目遣いで僕を見てくる。


 僕がハティナに目で問いかけると、彼女は無言でコクリと頷いた。


「もちろんだよ。こちらはイズリーの姉のハティナ。ハティナ、こちらはキンドレー、ミカ、セスカ、ドウェイ……じゃなくて、モノロイ」


「きゃー! イズリーちゃんのお姉ちゃん⁉︎ すっごい美人さんだねー! 銀髪がちょー綺麗! シャル君も隅におけないなあ!」


 なぜかミカのテンションがストップ高になっている。


「……ハティナ・トークディア」


 ハティナはそれだけ言うとスープを口に運んだ。


「ご、こめんね? シャルル君。あんなことがあったから、なるべくみんなで一緒にいたくて」


 セスカ達は不安だったんだろう。

 

 キンドレーはイズリーの『シャルル武勇伝』を食い入るように聞いている。

 相変わらずイズリーは彼を『キンタローくん』と呼ぶが彼は気にしていないらしい。


 キンドレーよ、君はそれでいいのか?


 その日は七人で一緒に食事を取った。

 なんだか学生っぽい。

 こうやって友達の輪は広がっていくのだろうか。

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