第18話 校舎裏を駆ける少女

「ぶっ殺すだって?」


 酒盛りを邪魔された男子学生三人が一瞬キョトンとして、すぐに腹を抱えて笑い始める。


「あははは、こりゃ傑作だ。見たところ一発合格組だろ? 少しだけ魔法の才能あるからって上級生を甘く見ちゃいけないよ。お嬢さん?」


 確かにそうだ。

 彼らは学園に入学して最上級生になるまで授業を受けてきた。真面目に勉学に励んだかは知らないが。


 それでもこの国内でも魔法教育の最高峰である学園でドロップアウトせずに最上級生までなったのだ。


 僕達より確実に、四年間のアドバンテージはあるわけなのだ。


 なるほど、風紀委員に実力が必要と言うのはこういうわけか。


 実際、大人がほとんど介入しないこの学園内という世界は実力さえあればどうにでもなるのだ。

 優秀で力ある魔導師を育成するという目的から見れば理にかなった構造なのかも知れない。


「シャルルー? どーするのー?」


 イズリーは男子学生の嘲りなど耳に入っていないかのように、僕の袖を掴んで振り回す。


 僕はイズリーに「にしし、シャルルの腕ぐるぐるー」と言われながら、腕をぐるぐる回された状態で思案する。

 

 君が幸せそうで嬉しいよ。

 いや、ほんとに。

 僕は心の中でため息をついた。


 見なかったことにしてお互い不干渉というのが一番の安パイだろうか?


 しかし、モノロイは譲らないだろう。彼は正義感の強いタイプの脳筋だ。頼り甲斐のある反面、面倒なタイプでもある。


 引っ込み思案のセスカは僕とイズリーの影に隠れているし、キンドレーは成り行きを見守っている。

 ミカは一人いそいそとストレッチを始めた。

 このツインテ猫娘も好戦的な性格のようだ。


「まーいーや。やるならやろーぜ」


 金髪の学生がそう言った刹那、モノロイの顔面に拳を叩き込んだ。

 

「うぐぅ」


 そんな呻き声を上げてモノロイが崩れ落ちる。


 ……。

 えー……。

 この脳筋使えねー……。

 ……嘘だろう?

 ワンパンじゃねーか。

 何が「先輩と言えど、目溢しなどせぬ」だ。


 相手を怒らせておいて僕達を残してサクッと戦闘不能とは情けない!


 立て!立つんだロック!

 お前はスペランカーか?


「シャルルー。まだー?」


 地面に伏して苦しむモノロイのことはイズリーの眼中にはないらしい。相変わらず僕の袖を掴んで腕をぐるぐる回している。餌を待つ犬の『待て』の状態だ。


 不憫すぎるぞ、モノロイ。


「ミカが詠う。藍より蒼し泥濘の──」

 

 好戦的なミカが先んじて詠唱を始めるが、それより早く詠唱を終えたもう一人の男子学生のスキルが発動する。


 ハティナの本で見たことがあるスキルだ。

 操作系スキル鉄鎖縛陣チェーンロック

 ハティナが見たら喜びそうだ。もちろん表情には出さないだろうが。


 ミカは地面から生えた鎖に身体中を絡め取られてしまい詠唱が途絶えた。

 鎖で宙ぶらりんになったミカが制服のスカートを押さえながら悔しそうにする。


「まじ? 詠唱速すぎ!」


「へへへ、良い眺めだな」


 鉄鎖縛陣チェーンロックを唱えた学生がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。

 

 全く同感だ。

 絶景だな。

 ……白か。

 セスカは震えて涙目になっている。

 キンドレーは隣で腰を抜かしている。


 非力なセスカはともかくキンドレーよ。

 君は二度とキンタローを名乗るな!


 うーん。

 しかし、これは……。


 こいつらはさっき会ったばかりだけど、有望な学友候補だ。

 助けてあげた方がいいだろう。

 ……非常に面倒ではあるが。


「わー! ミカちゃん! それ、楽しそうだねえ」


 イズリーはミカを捕らえる鎖に興味津々の様子だ。


 イズリーはアホだが抜群の戦闘力を有している。

 魔法の威力だけなら、至福の暴魔トリガーハッピーを発動していない状態の僕など足元にも及ばない。


 この先輩達はそこそこ強いが僕の魔塞シタデルを破る魔法は持っていない気がする。


 最悪、危なくなったら簒奪の魔導アルセーヌ で奪うか。


「イズリー、味方がピンチだ」


「味方! ピンチ! あたし! 助ける!」


「よろしい。やっておしまいなさい」


「わかった! きゃっほー! ぶっ殺ーす!」


 待てから解放されたイズリーは子供がごっこ遊びをするかのように、無邪気な笑顔に危険なセリフを乗せて、今まで特に何もしていなかった三人目の学生に猛スピードで突っ込んで行く。


 何だそのセリフは。

 お前はバーサーカーか?


 イズリーさん。

 その人はまだ特に何もしていないから殺るなら別の人を──

 

 ん?

 ちょっと待て。

 なぜ突撃?


 その時、リーダー格の男がイズリーに向かって何か詠唱した。

 どんな魔法かは小声でわからない。


 それに気付いた僕は、ひとまず全ての疑問は心の隅に作った戸棚に置いておくとして、慌ててイズリーに向けて魔塞シタデルを放つ。

 最近は慣れもあり魔塞シタデルの効果範囲も広がっていた。

 近くにいる仲間も守れるほどに。


 イズリーに向けられた石礫ストーン 魔塞シタデルの見えない壁が防ぐ。


 それに気付く様子もなく、イズリーは満面の笑みで「死ねー!」と言いながら宙空を半回転しながら舞っていた。

 フィギュアスケートみたいだ。


「なっ⁉︎」


 驚いたリーダー格が声を上げた。


 その時には既に、今まで空気のように特に何もしていなかった学生の顔面にイズリーの踵がめりこんでいた。


 見事なローリングソバットだ。


 跳躍した状態からの後ろ回し蹴りである。

 誰の教えも受けずにここまで見事なローリングソバットを繰り出したのだ。

 これにはタイガーマスクもビックリだろう。


 しかし……。

 しかしだ……。


 魔法使いの女の子が戦闘で真っ先に飛び蹴りって……。


 そうだったのだ。

 失念していたが、基本的にイズリーはフィジカルで解決するタイプだった。


「……!」


 顔面にイズリーのローリングソバットをまともに食らった学生が無言で崩れ落ちる。


 地に伏した先輩はピクリとも動かない。


 ……本当に死んではいないよね? 

 大丈夫かな? 

 大丈夫だよね? 

 さすがのイズリーでも、ちゃんと手加減したよね?

 少しだけ……いや、かなり心配になる。


「シャルルー、見て見て! 一人ぶっ殺した!」


 いい笑顔だ。

 彼女はなんて美しいんだろう。


 まあ、一人くらいいいか。

 この世にはたくさんの人間がいるんだから。

 一人くらい誤差の範囲だよ。

 

 僕は彼女のとびきりキュートな笑顔を見て、考えるのをやめた。


 動かなくなった可哀想な先輩の側で、まるで格闘ゲームの勝者のように拳を天につき上げる。

 そんなイズリーを見て、僕は『YOU WIN!』と叫びたくなったがグッと堪える。


 鎖の先輩がミカに使ったのと同じように鉄鎖縛陣チェーンロックを詠唱し、地面から生えた鎖がイズリーの周りをぐるぐる巻きにする。


 芸のない先輩だ。鎖先輩と呼ぼう。


 しかし、イズリーに巻き付いた鎖は僕の魔塞シタデルに阻まれて彼女の身体から半径30センチほどのところで停滞する。


「見えない壁を張ってるぞ!」


 鎖先輩が叫ぶ。


「防御スキルかよ。器用なやろうだ!」


 リーダー格の学生は完全に僕から目を離している。

 イズリーのスキルだと勘違いしているな。


 ……チャンスだ。



 僕は散らかっていた酒瓶を偶像操作ドールプレイで操る。

 魔塞シタデルごしに鎖でがんじがらめにされたイズリーは動けないでいる。

 何故か表情は明るい。

 アレは何かを期待している時の顔だ。


 僕はその予感を意識の外に追いやって、操った酒瓶を思い切り鎖の先輩の頭にぶつける。


 瓶が割れる甲高い音が校舎裏に響く。

 頭から血を流してぐったりとその場に崩れ落ちる鎖先輩。


 ……少し強すぎたか?

 ま、いっか。


 不意打ち卑怯?

 何のことかな?

 戦いとは常に非情なのだよ。


 今度は偶像操作ドールプレイで別のものを操作する。


 急に倒れ伏した鎖先輩と割れた酒瓶を見て、リーダー格の学生は素っ頓狂な声を上げている。


 その間に僕の偶像操作ドールプレイが金髪リーダーの腰のベルトを捉えた。


 そのまま上空に持ち上げる。

 そしてそのまま木の枝に引っ掛ける。


 「ちょっ、は? どーなって、え? なんで⁉︎」


 そんなことを言いながら木の枝にベルトが引っかかった状態で吊るされ、手足をプラプラさせるリーダー。


「終わったよ」


 僕がそう言うと、キンドレーが「す、す、すごすぎる!」とハイテンションで騒いでいた。


 鎖先輩が気を失ったことでイズリーとミカを束縛していたスキルは効果を失っていた。


 「えー! もう終わりー? つまんなーい!」


 イズリーは謎の理由でグズっている。

 こいつ、ミカみたいに吊るされたかったんだろうな。


 僕は倒れた脳筋……モノロイに治癒ヒールをかける。


「かたじけない。シャルル殿、しかし治癒ヒールまで扱うとは流石」


「たまたま使えるようになってね」


 そんな風に誤魔化しつつ、頭上で金髪リーダーが騒いでいるのを無視してイズリーに声をかける。


「イズリー、魔法を使えば良かったのに。魔導師が飛び蹴りなんて」


「にしし」


 イズリーは照れたように笑って続けた。


「そう言えばそうだったねえ。忘れてたよ」


 魔法の存在をすっかり忘れて反射的に飛び蹴り食らわす魔法使いがいてたまるか。


「し、シャルル君だよね? アレやったの?」


 セスカが頭上の先輩を指差して聞いてくる。


「あー、あれ。うん。僕のスキル」


「そ、操作系のスキルだよね? すごいなあ。しかも、無詠唱だったよね?」


「本当だよ! イズリーちゃんの飛び蹴りもすごいけど、五年生の先輩をまとめてやっつけるなんて! それに、イズリーちゃんのあのバリアは何?」

 

 セスカもミカもそこそこの美少女だ。

 そんな彼女達に褒められて、そこまで悪い気はしない。

 

「ばりあー?」


 イズリーはキョトンとしている。

 気付いてなかったんだろうな。

 本人は。


「アレも僕のスキルだよ。魔塞シタデルって言うんだけど」


 魔塞シタデル偶像操作ドールプレイは未知のスキルではないから、バラしても問題ないだろう。


魔塞シタデル⁉︎ 嘘でしょ! 聖騎士になれるじゃん!」


 王国に使える騎士団の中でもエリート中のエリートが隊員として配属される聖騎士。

 全ての騎士の憧れなのだとミカは力説する。


 「ウチは騎士の家系だから羨ましいよ!」


 ミカの実家のエルシュタット家は、代々騎士の家系らしい。

 なるほど、騎士の名門家系なら血統系スキルを持つのも納得だ。


「シャルル君! すごいです! 凄すぎますよ!」


 キンドレーは何か変なスイッチが入っていた。


「そ、それより、調書を書かないと」


 セスカがおずおずとそんなことを言った。

 

 僕達の初捕物は上手くいった。

 風紀委員の活動などは正直かったるいが、同級生と少しでも仲良くなれたのは、それはそれで嬉しいものだった。

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