第17話 新入生巡回組!

 その日の全ての授業が終わり放課後になる。


 放課後は委員会の活動があるらしい。

 その後に夕食となる。


 僕とイズリーは図書委員になったハティナと別れて風紀委員会の集まりがある教室に向かった。


「いいんかいー! いいんかいー! 楽しみだねえ。シャルルと二人きりなのも楽しいねえ」


 綺麗な金髪をふわふわと揺らして、満面の笑顔でイズリーはスキップしている。

 確かに、いつも三人で一緒にいる。

 その上、双子同士はさらに多くの時間共に行動している。

 ハティナやイズリーと二人きりになる機会は、確かに滅多にない。


「ハティナがいないんだから、ちゃんと大人しくしていてね」


「シャルルは心配性だなあ。あたしいつもお利口にしているよ?」


 ……していないから言っているのだが。


 教室につくとそこには五十名ほどの生徒がおり、教壇に立つ生徒の一人が僕達に気付いた。


「イズリー・トークディアさんに、シャルル・グリムリープ君かな?」


 長く赤い髪をした高身長でかなりのイケメン男子学生が僕達に声をかけた。


「私はアスラ・レディレッド。四年生だ。祖父はレディレッド家当主、灰塵のモルドレイ・レディレッドで、灼炎のセルゲイ・レディレッドの嫡子だよ」


 レディレッドと言われて僕は少し身構える。

 年齢は十四、五歳だろうか。


「あたしはイズリー・トークディアです! こんにちは! えとえと、爺さまの孫! で、えーっと……父さまと母さまの娘で、……ハティナの妹! あと、シャルルの友達!」


 うん。

 彼女には、自己紹介から教えておくべきだったな。


 アスラは全くなんの説明にもなってないイズリーの自己紹介にも笑顔を崩さずに「筆頭魔導師様のご令孫だね」と言って握手をする。

 

 ……器がでかいなあ。


「お初にお目にかかります。今は亡き、震霆のパラケスト・グリムリープの嫡孫にして、雷鼓のベロン・グリムリープの嫡子、シャルル・グリムリープです。以後お見知り置きを」


 僕が続いて自己紹介をすると、アスラは握手を求めるように手を差し出す。

 正直レディレッド家にはあまりいい印象がない。

 少し戸惑いながらその手を握るとアスラが強く握り返してきた。


「パラケスト師は私が最も尊敬する魔導師の一人だ。我が祖父、モルドレイの窮地を救った逸話を、祖父から聞くのが私は大好きでね。私達レディレッド家にはあまり良い感情は無いかもしれないが、私自身は人を家柄で差別することはしない主義だ。君の母君は私にとって叔母上にあたる。シャルル君と私は従兄弟同士だ。これから、仲良くしてくれたまえ」


 こいつ…… 。


 めちゃくちゃ良いヤツじゃねーか。

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って案内された席にイズリーと座った。

 

「今年度の風紀委員には、新入生から新たに六人の面々が集まってくれた。新入生諸君、起立してくれたまえ」


 アスラに言われて僕とイズリー、それから同学年と思われる四人が席を立つ。


「我々風紀委員は、より良い学園生活を全ての学生に送ってもらうための組織だ。これは新入生の諸君のみならず、風紀委員全員に言えることであるが、我々風紀委員は公正にして品行方正な態度が求められる。それを肝に銘じ、学園風紀の遵守に努めてもらいたい」


 僕達はアスラの指示で再度着席した。


 イズリーが僕を見てくる。

 彼女の頭上には大量の疑問符が浮かんでいるのだろうが、後で教えるからと、僕は彼女に『待て』の指示を出した。


 会合では会内での役割分担を決めた。

 僕達、新入生組は六人一組で校内巡回に任じられた。

 休み時間や放課後に校内のあちこちを見て回り、トラブルを未然に防ぐ、あるいは、すでに起こってしまったトラブルを解決する役割だそうだ。


「つまり、どゆこと?」


 待ての状態だったイズリーにもわかるように噛み砕いて説明する。


「なるほどお。じゃー、ケンカとかを見つけたら、ぶっ殺せばいいんだね! わかった!」


 全く微塵もわかってなかった。


 イズリーは「でもでも、ケンカの時はどっちをぶっ殺せばいいのかな? どっちもかなあ?」なんて呟いている。


 ひとまず、どちらもぶっ殺すのはやめてあげて欲しい。


「あ、あのう……」


 同級生の四人が見るからに警戒した様子で喋りかけてきた。


「ぼ、ボクはキンドレー・ジルドレイです。そ、その、よろしく。まさか有名なグリムリープ君にトークディアさんが風紀委員に入るとは思わなかったよ」


 キンドレー・ジルドレイと名乗る少年はそんなことを言ってきた。


 キンドレーは僕より背が低い。

 イズリーよりも色の濃い金髪とそばかすが特徴的だ。


 もう一人の男子学生は身体がかなり大きい。

 ……はて。

 この大男はどこかで見た顔だ。


 女子二人は十二、三歳といったところだろうか。


「あたし、イズリー・トークディア! こんにちは! よろしくね! キンタローくん!」


 違うよイズリー。

 三秒前に名乗っていたと思うが、彼の名前はキンドレー君だ。


 おそらく、彼はマサカリ担いで熊と相撲を取ったりするような剛の者ではないはずだ。


「シャルル・グリムリープです。同級生同士よろしくね。変な風に有名になっちゃったけど、人に危害を加えたりしないから仲良くしてね」


 そんな風に物腰柔らかく接すると、キンドレー達は安心したのか軽く自己紹介が始まった。


 他の同級生三人はそれぞれ、男子学生がモノロイ・セードルフと名乗り、女子学生二人はミカ・エルシュタットとセスカ・ジターダウンと名乗った。


 キンドレーは僕たちと同じく一発合格組で、モノロイは十四歳、ミカとセスカは十二歳だった。


「シャル君は魔王だからとんでもなく怖い人って聞いてたけど、普通の人で安心したよー」


 ミカは天真爛漫な感じでそう言っていた。

 パッチリとしたどんぐり眼に黒髪のツインテールがふわふわと揺れる。

 まるで猫のような少女だなと感じた。

 

 彼女の中では僕のあだ名はシャル君で確定しているようだ。

 それは良いのだが、すでに周りからは魔王という認識であるらしい。

 しかしながら、どんな噂が立っていたのだろう。

 実際、ジョブはバレてないはずだがかなり心配になる案件だ。


「ひとまず、我らは六人組として活動することになった。こちらこそよろしくお頼み申す」


 硬い口調でモノロイが言う。

 

 ……おお。

 風紀委員ぽい感じだ。


 彼にはこの役職が天職かもしれない。

 身体も大きく、実際は十四歳らしいが十七、八歳くらいには見える。

 がっしりとした体格にスキンヘッドでなんだかとても強そうだ。


 極力、怒らせないようにしよう。

 だって怒ったら怖そうだもん。


 もし彼が前の世界に生きていたら、小学生の頃は『おっさん』と呼ばれ、高校生以降は確実に『ドウェイン・ジョンソン』と呼ばれたことだろう。


 でも、どこかで見た顔なんだよな。

 前世の映画館ではなくこちらの世界で──


「ゴリべん……」


 イズリーがモノロイ君を見て呟いた。


 ……!


 ……。


 ……ゴリべん?

 ……何だ? それは?

 僕はそんなものは知らない。


 僕はモノロイ君とは初対面であることにした。

 この既視感はきっと前世の映画だな。

 そのくらい彼はドウェイン・ジョンソンに似ている。

 ……きっとそうだ。そうに違いない。そういうことにした。



「あの、その、よろしくお願いします……」


 最後に引っ込み思案な様子でセスカが挨拶を終えた。深窓の令嬢といった感じの美少女だ。イズリーもハティナも美少女なのだが、セスカはもっと弱々しい感じだ、目元まで隠す前髪と腰まで伸びた黒い髪が、その気弱さをことさら魅力的に引き立てている。


 ひとまず、仲良くなれるかどうかはさておき、学友は出来そうだった。


 早速、その日から放課後の見回りを始めた。

 六人で学園内の色々な場所を巡回する。

 腕には風紀委員の役職を表す腕章をつけている。


 セスカは巡回組に配られた日誌を持っている。

 その日、何時にどこを巡回したのかを書くのだ。さらに、学則違反を取締る時には調書を取る必要がある。

 何処で誰が何をしたかを日誌に記入するのだ。それは定期的に学園に報告され、取り締まられた学生には後日、学園から罰則が下る。


 学内を巡回していると、ミカが「おー。これは……お酒の匂いがするよ!」などと言い始めた。


 聞いてみれば彼女はすでにスキルを発現しているらしい。


 スキル名は餓狼追跡ドッグチェイス


 匂いを敏感に知覚して、発生元を辿れる能力で、血統系に属するエルシュタット家伝来のレアなスキルらしい。


 猫娘のクセに犬みたいな能力だ。

 

 彼女はこのスキルを上手く使えるだろうと風紀委員に立候補したようだ。


 ミカの案内で人通りの少ない校舎裏に生えた木の下で上級生と思われる男達三人が座り込んで酒盛りをしていた。


 お酒は成人してからというのは前の世界と同じだ。

 そして、この世界では十五歳で成人とみなされる。

 見れば男達は十七、八なので法律違反ではない。

 しかし、学園内での飲酒はご法度だ。

 これは完全な学則違反なので、取締りの対象になる。


「我ら風紀委員、校内巡回組! 学内飲酒は学則条例五条二項違反である。速やかに名前と学年とクラスを明かすように」


 もう学則を丸暗記したらしいモノロイが硬い口調で男達に迫る。

 野太い声にがっしりとした体格。

 ほんとにザ・ロックみたいだなこいつ。


「マジか。風紀委員にバレるとはね」


「待てよ。こいつら新入生じゃねーの? チビも混ざってるぜ」


 キンドレーと僕を見て男子学生がそんなことを言った。


「あのさあ、風紀委員さん。俺ら最上級生なわけよ。多分、君らじゃ取り締まろうにも俺らには勝てないじゃん? 見逃してくれんなら、お互い血を見ずに済むと思うんだけど?」


 リーダー格だろう。

 一番がたいの良い短い金髪の男がそう言った。


 ぶっちゃけると僕もその方が良い気がする。

 ごたごたを起こして怖い先輩に目をつけられるのも、力でねじ伏せて周りから余計に白い目で見られるのも御免なのだ。

 

 学園の風紀?

 公正な態度? 

 知らん知らん。

 魔王にそんなもん求めるんじゃないよ。

 そっちは勇者さんの担当だろう。

 

「風紀委員の役職を拝命したからには、最上級生の先輩と言えど、目溢しなどせぬ。大人しく縄につくがいいい」


 モノロイが空気を読まずにそんな硬いことを言い放つ。


 ドウェインくん、君は脳筋なのかい?

 それとも腕にかなりの自信があるのか?


「へえ、なかなか達者なこと言うじゃん、君」


 リーダー格の男が酒臭い息を吐きながら立ち上がった。


 僕達の間に不穏な空気が流れる。


「ねーねー、シャルルー? この人たちぶっ殺せばいい? ねーねー、ぶっ殺す? ねーねーシャルルー」


 若干一名、明るく激しい言動の人物がいるがお察しだ。


 イズリー、君は少し黙っててくれないか。

 僕はイズリーに袖を掴まれて左腕をくるくる回されながら、『神』に祈るように天を見上げた。

 

 放課後。


 夕暮れの風に校舎裏の樹木の枝が揺れた。

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