第16話 三人組

 魔導学園は全寮制の学園だ。これは、王都のみならず各都市から様々な生徒が集まるためだろう。

 まず朝、寮で目覚めると食堂で朝食をとる。次に各々の教室でホームルームを終え、午前中は座学で知識を学び、午後は魔法の実技だ。


 昨日一通りのガイダンスを終えて、今日から授業が始まるそうだ。

 制服姿のイズリーは朝食の時から落ち着きがない様子だった。


「早く授業始まらないかなあ!」


「イズリーは座学が苦手じゃなかった?」


「そんなことないよ! あたし、やればできる子だもん」


「……」


 

 学園には一学年につきAからJまでの十のクラスがある。

 僕たちは学年の成績優秀者が振り分けられるAクラスだ。BからJまでは成績に関わらずランダムに振り分けられる。

 

 さらに、Sクラスという学年関係なく振り分けられるクラスもある。二年生以上の成績上位者だけで構成されるクラスだ。


 Sクラスは全学年通して一つしか設けられておらず、定員は二十名ほど。


 二年生から五年生までの全ての学生の中から選りすぐりの優秀な学生が一つのクラスに集められ、より高難度の魔法や、先鋭的な知識を学べる場所だ。


 魔導師としては魔導学園Sクラス卒業と言えばエリート中のエリートという認識になる。


 魔導学園全体では、一学年三百人が四学年分ある。千二百名の中から選ばれる二十名だ。


 生半可な才能ではSクラスには入れない。

 

 三人で朝食を終えた後、教室に行くとすぐに担任のホリックが入室した。


「それでは、ホームルームを始めます。今日から通常授業が始まりますが、注意点は昨日言った通りです。それから、授業の前に皆さんの所属する委員会を決めてしまおうと思います」


 魔導学園では、学生の自主運営に依存している部分が多いという話をトークディア老師から聞いていた。


 帝国とは休戦状態であり、いつまた戦が再開されるか分からない。王国に属する魔導師は常備兵扱いでもあるため、教育機関と言えど何人もの魔導師を派遣することが出来ない理由から、教師陣を必要最低限の人数しか揃えていない。


 そのため、学生には勉学の他に様々な役割が課せられている。

 学生はそれぞれが何かしらの委員会や係に所属し、学園の運営に携わることになるのだ。


「いーんかい? ……って何だろねえ。面白そうだね!」


「……生徒がそれぞれ学校のお手伝いをする。……そのための組織」


 ホリックは黒板に全部で十を超える委員会の名前を書いていく。

 そして一つ一つそれらの委員会について説明していった。


「なまもの委員会? ……なんだか臭そうな委員会もあるねえ」


 アホが隣で何か言っているが放っておく。


 生物委員会とは学園内で飼育している安全な魔物や家畜なんかの世話をする委員会だそうだ。まあ、臭そうというのは的を射た意見だ。


「……図書委員会は魅力的。……本はとても良いもの」


 ハティナは学園内の図書館で書物を管理する図書委員に魅力を感じているみたいだ。


 全ての委員会の説明をホリックが終えると、教室内では生徒同士がアレがいいだの、コレはやめとけだのと話を始める。


 学生は必ず何処かの委員会に所属しなければならないというわけではないらしい。


 しかし、卒業後には在学中にどの委員会に所属していたかは評価の対象になるので、宮廷魔導師を目指すような生徒はいずれかの委員に所属することが多いらしい。


「希望はありますか? ただ、本人の適性が必要とされる委員会もあります。例えば、学生会は優秀な成績が求められますし、特筆すべきは風紀委員ですね。こちらは学園内の治安維持を担うという側面もあります。物騒な物言いですが、学園の生徒は全員が魔法使いです。それらを取り締まるわけですから、高い戦闘能力が求められますね。もちろん、生徒間での殺し合いはご法度ですが、実際に生徒間でのいざこざから戦闘に発展する場合もあります」


 ホリックの物言いは、殺さなければ魔法戦をやるのは構わないとも受け取れる。


 教室内全員の視線が僕に注がれる。


 やめろ。

 やめてくれ。


 そんな面倒な役職は御免こうむりたい。


 だいたい、風紀委員会なんて不良や怖い人から恨みを買いそうな仕事は嫌だ。


 僕は美化委員が良いかもなんて考えていたんだ。

 掃除くらいなら楽に──


「せんせ! シャルルはとっても強いよ!」


 イズリーが無邪気に叫んだ。


 ……。


 僕の至福の暴魔トリガーハッピーが『出番ですか?』なんてひょっこり顔を出すような気がした。


「そうですね。実は風紀委員はその役割も相まって希望者が少ないんですよ。シャルル君、お願いできますか?」


 ホリックの片眼鏡がきらりと光る。


 こいつ、問題児だと思われる僕を一番近いところで風紀委員に監視させる気では? 


 なんて邪推をしてしまう。


 面倒だ。

 今すぐ断りたい。


 だが、ここで断ったらどうなる?


 やっぱり不良になる気なんだとか、問題児なんだとか思われやしないだろうか?


 それならいっそ、風紀委員として品行方正に振る舞えば、僕が危険人物でないことを皆に理解してもらえるかも知れない。


 ぐぬぬ。


 ……背に腹は変えられん。


「わかりました。風紀委員、やらせて頂きます」


 そう言って不承不承ではあるが承諾した。


「せんせ! シャルルがやるならあたしも! ほうき……委員? やる!」


 またイズリーが声を上げる。

 箒委員て何だ。

 美化委員と被ってるぞ。 


 こいつの場合は確かに『放棄委員』にはなりかねないが。


 その後、我関せずといった様子でハティナは図書委員になった。


 そんな感じでそれぞれ委員会を決めて授業になった。


 初めての座学の授業では隣のアホが躍動していた。

 教師の質問に全力で「はいはいはい!」と手を挙げる。

 そして全ての質問に想像の斜め上をいく解答をする。

 それでも、次の質問にはやっぱり「はいはいはい!」と手を挙げるのだ。


 この積極性と鋼のメンタルは何なのだろうか。


 クラスの皆はイズリーが次にどんな突拍子もない解答をするか、楽しみにしている節すらあった。


 何か人を惹きつけるものを彼女は持っている。


 持ち前の美しい容姿が、欠落している部分を逆に魅力的に見せるのだろうか。


 座学を終えて、昼食をとる。

 僕達三人はいつも一緒にいるので、その中に入ろうとするような剛の者はいない。

 本当はもっと沢山の友人を作りたいものだが、今はまだ仕方ないだろう。

 魔王じみた人間と仲良くしようとするような酔狂な人間はいないのだ。


 昼食の後は魔法の実技だ。

 最初の授業では中級魔法の習得だった。

 そもそも初級魔法を十全に使用できない人は入学していないので、いきなり中級から入る。


 僕は火弾スター の中級魔法、熱星球ヒートスター を習う。

 雷系統の界雷レヴィンは扱いが難しくその精度も未だ充分ではない。

 まずは慣れた火魔法からだ。


 屋外に用意された魔法練習用の的に向かって熱星球ヒートスター を放ってみる。


 最初の一発目はクラス全員が注目しているのがわかった。実技担当の教諭も恐る恐るといった感じだ。


 沈黙は銀サイレンスシルバーが起動して指先から野球ボールくらいの火球が飛び出す。


 至福の暴魔トリガーハッピーは起動してないので練習場を吹き飛ばすようなことはなかった。

 威力はそこそこだった。しかし、精度は不十分だ。的には当たったが、それでもかすったといったところ。

 

 これなら悪目立ちはしないだろう。


『あいつ、詠唱してた?』

『確かに無言だった』

『無詠唱? 信じらんねー』 

『やっぱガチの魔王じゃねーか』


 しっかり悪目立ちはしていた。


 失念していた。何せ初めてスキルを使った時から詠唱なんてしたことがない。沈黙は銀サイレンスシルバーがあれば必要ないのだから。


 注目するクラスメイトを教諭が注意して各自の鍛錬になった。


 三十人ほどが一列になって並べられた的に向かってそれぞれの得意な属性の魔法を放つ。


 イズリーは中級魔法の授業ということもあり、受験時に見せた上級土魔法の隕墜石礫メシーバレッジ ではなく、中級魔法の連石礫デュオストーンを放っている。

マシンガンのように石ころがいくつもイズリーの指先からランダムな軌道を描いて飛んでいく。

 相変わらずバカみたいな威力とノーコン具合だ。


 そしてハティナはなんと、中級風魔法の飄風刃ハイゼファーの多重起動をしていた。


 飄風刃ハイゼファー微風ゼファー よりも大きな風刃を複数撃ち出す魔法だが、ハティナは多重起動によって一度の詠唱で大きめの風刃をダース単位で放っている。


『やっぱあの三人はやばいな』

『ああ、化物。いや、怪物だなアレは』

『あわよくば来年はSクラス目指してたのになー。俺には無理だと悟ったよ』


 クラスメイトの悲痛な叫びと魔法を放つ音が、練習場にこだました。

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