第15話 入学

 結果から言えば、僕たち三人はめでたく合格となった。


 入学試験。

 あの後の惨状は思い出したくもない。


 僕は試験官に何の魔法を使ったのか問い詰められ、初級魔法の火弾スター だと正直に答えたが全く信じてもらえなかった。さらに、父と老師は学園に召喚され説明を求められる事にまでなった。


 入学前に学校に親が呼び出されるなんて……。 


 後であの火弾スター の威力が不思議でならなかった僕はトークディアに原因を聞いてみた。


 トークディア曰く、至福の暴魔トリガーハッピーで強化された状態の火弾スター が二年間、僕の中で保存されていたのではないかと。

 

 至福の暴魔トリガーハッピーは起動を停止しても、最後の一発は強化された状態でそのまま残るみたいだ。


 確かに、そう考えると辻褄が合う。

 至福の暴魔トリガーハッピーの補助を受けた状態で僕は魔力切れを起こし、最後の一発は不発に終わった。


 つまり、魔力切れさえなければ、あの時イズリーを人質に取った男に撃つはずだった火弾スター

 それが今回試験会場の的に向けて放たれたのだ。


 あれから二年間、僕は一度も火弾スター を放ってなかったわけで、そういうこともあるのかと、心のノートにメモした。


 ちなみに、入試の後に王城のいつもの練兵場で恐る恐る火弾スター を使ったが、元のサイズに戻っていた。


 やはりトークディアの言うように最後の一発がそのまま保存されていたようだ。

 一体どういう理屈なのやら。

 魔法とスキルは未だに多くの謎に包まれている。


 トークディアからは、父と共に学園から問い詰められたが二人で上手くはぐらかしたとだけ言われた。


 色々あったが僕が魔導学園に合格して父はご満悦。母も喜んでくれているようだった。

 トークディアも自分のことのように喜んでくれていた。

 老師には感謝しかない。


 魔導学園は魔法教育機関としては超一流だ。

 一発で合格するのは至難の技らしい。だからこそ、四家に生まれた者にはそれが求められる。

 レディレッド家なんかは一度不合格だと勘当して遠縁の親戚などに養子に出すほどだそうだ。


 魔導学園は全寮制だ。

 僕は三つの時にトークディアに師事してからほとんど家には帰っていないが、王都は広い都市とはいえ、帰ろうと思えばすぐ帰れる距離だ。

 そのうち親孝行でもできたらな。なんて事を僕は考えている。

 合格が発表された次の日から寮に移り住むための準備をした。寮は男性寮と女性寮に別れており、双子の引っ越しも手伝わされた。



それから三か月後、僕たちはついに魔導学園入学となった。


「ついに! 魔導学園に入学だー! でも入学式はすぐ終っちゃったねえ」


 イズリーが嬉しそうにしているが僕は知っている。

 君は開始三秒で船を漕ぎ始め、終了三秒前に目を覚ましたんだ。

 君にとっては体感六秒間の短すぎる儀式だっただろうが、学園長の話をちゃんと聞いていた僕には体感六時間の長すぎる儀式だった。



 僕たち三人は、魔導学園指定の黒い制服に袖を通している。

 男女共にブレザーにネクタイで男子は長いズボン、女子はスカートだ。

 その上から、支給された黒いローブを羽織っている。


 双子は二人とも揃えたように膝下辺りでスカートの丈をキープしていた。


 かわいい。

 マジで魔法少女みたいだ。

 いや、魔法少女なんだが。


 女子のスカートの長さはまちまちで、下着には『絶対防御』とでも書いていそうなくらいガードの固い人から海藻の名前の女児一歩手前くらい短い人もいる。


 学園は敷地自体かなり大きく、またそれに比例するように校舎もデカい。

 

 吸血鬼か何かが住んでいそうな、古城のような建物だ。


 すげー。

 マジで魔法学校みたいだ。

 いや、魔法学校なんだが。


 雰囲気は本当にマグルには秘匿されているイギリスのあの学校みたいなのだ。

 メガネとノッポとガリ勉の三人組も、ここで探せば見つかりそうだよなあ。


 なんてことをついつい独言つと、イズリーがそれを聞いていたのか、特徴に合致する人とすれ違う度に「メガネ! ノッポ! ゴリべん!」などと大声で指差す。


 こら! 失礼だからやめなさい! 


 メガネとノッポはまだしも『ゴリべん』て何だ。

 新入生であろう、イズリーに『ゴリべん』とカテゴライズされてしまったドウェイン・ジョンソン似のスキンヘッドの大柄な男は怪訝そうな顔で僕らを見た後、そそくさと僕たちとは別の一年生の教室に入っていった。

 絡まれなくてよかった。

 

「あたしもシャルルもハティナも同じクラスになれて良かった!」


 イズリーが心底嬉しそうにそんなことを言う。


「そうだね。僕はグリムリープ家だし、受験であんなことをやらかしたから、友達が出来るかは心配だったんだ」


「……わたし達は成績上位者。……同じクラスに振り分けられるのは当然……それに、グリムリープ家という理由で意地悪されたら、またあの魔法で吹き飛ばせばいい」


「そんな物騒な……」


「そーだよ! もしシャルルがいじめられたら、あたしがいじめっ子をぶっ殺してあげる!」


 僕たちはそんな物々しい会話をしながら自分の教室に入った。

 イズリーとハティナが先に教室に入ると、騒めきが起こった。


『トークディア家の御令嬢じゃないか?』

『双子なんだろ?どっちも美人じゃないか!』

『あいつら、一発合格らしいぞ』

『やっぱ四家は違うな』

『俺なんて三年目でやっと合格……』


 そんな会話があちこちから聞こえる。


 遅れて僕が入室すると、水を打ったように教室が静かになる。

 何かヒソヒソと話す声が聞こえるが、大方僕が受験の時にやらかした事が広まっているんだろう。


 出だしから躓いたがまだ挽回できるはずだ。

 実は僕は良い人だとみんなに思ってもらえれば、級友だって作れるかもしれない。

 そんなふうに、僕は希望を胸に抱いた。


 教室には四人掛けの席がいくつもあり、二十名程の生徒が思い思いの席に座っている。

 年齢層は十歳から十五歳くらいだろう。合格に何年かかかっている人達が多いのもあり、年齢層はバラバラだ。


 僕は双子に挟まれるように席についた。


「早く授業始まらないかなー!」


「イズリー、今日は授業はないらしいよ」


「……今日はガイダンスだけやって終了」


「ええ! そーなのー? でもでも、……がい……ダンス? どんな踊りなんだろーね? 楽しみだなあ!」


 ……君が喜んだ時に見せるあの変な踊りなんじゃないか? 知らんけど。

 

 イズリーが相変わらずのアホを発揮している間に、遅れて数人の生徒が入室し、一番最後に教諭が入室してきた。

 この教室の生徒の数は三十名ほどだろう。


「はじめまして。一年間君らの担当教諭を務める、フラフト・ホリックだ。よろしく」


 ホリックと名乗る教諭は中肉中背の優男だ。

 右目に掛ける片眼鏡がインドア派な印象を与える。


「それじゃあ、さっそくだけど自己紹介から始めてもらおうかな」


 そう言ってホリックは廊下側の生徒から順に

自己紹介をさせていく。


「それじゃあ、次の人。イズリー・トークディアさん」


 名前を呼ばれたイズリーが僕の隣で「はい!」と勢いよく起立する。


「イズリー・トークディアです! こんにちは! えっと、好きなものはお姉ちゃんのハティナと、友達のシャルルと、甘いものと──あ、シャルルがやってくれるお人形劇もだいすき! 熊のぬいぐるみをふわふわーってやってくれるの! とっても可愛いくて──あとね! シャルルはあたしが悪い人に攫われたときに──」


 そこまで話が進んだ時、僕に一抹の不安がよぎる。


「それでね! そのお店にいた悪い人たちは──中にはワンスブルー家の魔導師がいたみたいなんだけど、その人なんて首から先が──」


 二十分前に抱いた僕の希望は、この幼気な少女にあっさりと打ち砕かれた。


「あー、イズリーさん。そのへんで大丈夫ですよ」


 イズリーの自己紹介が終わりそうにない上に僕がどれほど危険な人物かという事が明るみになることを悟ったのかホリックが遮った。

 ハティナは興味がなさそうに本のページをめくっている。


『シャルルってあの隣の?』

『何でも試験会場を魔法一発で吹き飛ばしたって』

『なんだそりゃ、魔王か何かかよ』

『コウモリがカエルを殺したって? それってかなりやばいだろ』

『あいつら一発合格組だろ? 二年前なら八歳で傭兵ギルドの魔導師を?』

『ワンスブルーを首ちょんぱって何だよ。怖い者なしなのか?』


 そんな会話が聞こえてくる。

 イズリー……空気を読んでくれ。

 僕は一人項垂れた。

 

「次は、ハティナ・トークディアさん」


 ハティナは本をパタンと閉じて起立する。


「……ハティナ・トークディア」


 それだけ言うと彼女はすぐに席に座り直して本を開いた。


「は、はい。じゃあ次は──」


 ホリックは若干戸惑いながら次の生徒を指名する。


 そしてすぐに僕の番になった。


「シャルル・グリムリープ君」


 僕は呼ばれて席を立つ。


「シャルル・グリムリープです。家はグリムリープですが、トークディア筆頭魔導師様に師事していました。よろしくお願いします」


 まあ、無難なんじゃないだろうか。

 しかし教室には何やら不穏な沈黙が流れた。

 イズリーの大きな拍手と、ハティナの控えめな拍手だけが教室に鳴り響く。


 ……余計に辛いわ!


「ありがとう。それでは次の人──」


 そうして自己紹介の時間は終わり、その日は学校の案内と授業の概要だけ学んで寮に帰宅することになった。


「がいダンス、今日はやらなかったみたいだねえ。楽しみにしてたのになあ」


 どことなくしょんぼりとした様子でイズリーもといアホが言う。


「イズリー、ガイダンスって言うのは──」


 そう説明しようとした僕をハティナが遮る。

 

「……イズリー、それはまた今度みたい」


 ハティナを見ると彼女が僕にだけ聞こえるように少しだけトーンを落とした声で言った。


「……シャルル、真実は時に残酷。……本当のことを知ればまたグズり始める」

 

 この姉も苦労を重ねてきたに違いない。


 そう思うと、僕は少しだけハティナを哀れむのだった。

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