第14話 魔王推参!

 リーズヘヴン王立魔導学園。

 王立武官養成学園、王立文官養成学園と並び、三学と呼ばれる国内最高学府である。


 この世界では、練度の高い武官、優秀な文官、そして魔導師の質と数が国力を直接左右する重要なファクターだ。

 中でも魔導師の質は軍の兵数以上に重要とされている。一人の魔導師が戦局を一変させるほどの力を持つ場合もあるからだ。

 有名な逸話として、一地方の豪族が天才的な魔導師を得て大国を滅ぼした話があることからも、国家がいかに魔導師の抱え込みに躍起になっているかが分かる。


 リーズヘヴン王国もその例に漏れず、世界に危機を及ぼす可能性のある存在。

 ──魔王。

 そのジョブを持つ僕が、こうして生を許されていることからも、いかに優秀な魔導師を重要視しているかが伺える。


 魔導学園の試験は座学と実技からなり、定員は三百名弱だ。

 受験者数は数千人単位でいるらしく、かなりの狭き門だ。


「一次試験は座学だね」


 僕たちトークディア門下生の三人は受験のために王都の北側に位置する、件の魔導学園に来ていた。


「……わたしとシャルルは座学は完璧。……イズリーはお察し」


「あ、あたしだってちゃんと勉強したもん! 長い時間座ってるのだけは苦手だけど、……やればできる子だもん!」


「……座学の試験で座っていられないのは致命的」


「でもでも、爺さまが言ってたよ? イズリーはやればできる子って!」


「……できない子はみんなそう言われる」


 それを聞いてイズリーはショックを受けたようにふらふらと項垂れた。

 この双子は本当に仲が良い。


「僕は向こうの教室みたいだ。お互い頑張ろう」


 そう言って双子と別れた。


 座学の試験は魔法体系やスキル、ステータス、そしてジョブについての知識が試される。

 この二年間は魔法の熟練度の向上だけでなく、こういった知識もトークディアに教わってきた。


 テストの方は完璧とは言えないまでも及第点ではあるだろう。

 イズリーは心配だが、僕より勉強ができるハティナは確実に合格ラインだろう。

 僕にこれだけ手応えがあるということは、ハティナなら満点でも不思議ではない。


 次は魔法の実技試験だ。


 本来は運動場だろうか。学園敷地内の大きな広場にある試験会場にはすでに双子の姿があった。


 実技試験の内容は的当てだ。

 用意された五つの的に魔法を当てる。

 的までの距離は40から50メートルと言ったところだろうか。

 その魔法の精度と威力、詠唱速度が審査される。

 攻撃魔法に特化した試験内容だが、これは度々帝国に侵攻される王国が、より攻撃能力の高い魔導師を求めていることの表れだ。


 僕らの中では最初にイズリーが呼ばれた。


「受験番号、八番イズリー・トークディア。前へ」


 受験番号が一桁なのは王国筆頭魔導師であるトークディアの推薦だからだろう。

 ハティナは九番で僕は十番だった。


「イズリー、頑張ってね」


「……イズリー、落ち着いてやればできる。……頑張って」


 「任せといて! この日のためにたくさん練習したんだから!」


 そう言ってイズリーは指定された位置に立つ。

 実技試験は百人単位で行われ、受験番号順だ。大勢の人間が見ている前で魔法を使うことになる。これは中々緊張する。そして、体内魔力は精神状態の影響を受けやすい。

 プレッシャーが原因で、普段通りのポテンシャルを発揮できずに試験に落ちる人は毎年何人もいるらしい。

イズリーの前に試験を受けた人たちはみんな無難に的に当てていたが、特別凄そうな人はいなかった。


「イズリー・トークディアです! 土魔法を使います!」


 試験官に報告してから魔法行使に移る。


「イズリーが詠う。地を割り脈打つ数多の弾丸よ、乱れ舞い散り穿ち抜け。起動、──」

 

 ギリギリ試験官に聞こえる声でイズリーが詠唱する。

 石礫ストーン とは詠唱が違う。

 ここ最近、習得した土系統の上級魔法を使うのだろう。


隕墜石礫メシーバレッジ !」


 イズリーの広げた両腕の前に無数の石が現れる。それらはイズリーが詠唱を終えると勢いよく的に向かって飛んで行く。


 合計で五十個を超える石礫がそれぞれの的を捉えた。


『おおっ!』


 会場からどよめきが上がる。


 一度の魔法で五つの的全てに石礫を当てた。

 確実に今までの受験者の上をいく威力だ。

 残念なのはそのうちの幾つかはカーブを描いて北の空に消えていったことだろう。

 あれがそのうち北斗七星にでもなるのだろうか。


 イズリーの魔法の精度は高くない。

 しかし、こと威力に関してはトークディアも太鼓判を押すほどだ。

 イズリーのステータスは魔力偏重型。

 ステータスの魔力は魔法の威力を、知力は精度を司っている。

 今回は、精度の低さを数で補った形だがこれはイズリーの作戦勝ちだろう。

 本来、上級土魔法の隕墜石礫メシーバレッジ は二十から三十個の石礫ストーン を打ち出す魔法だ。


 それをありったけの魔力をぶち込んで無理矢理倍近くの石礫ストーン を作り出すなど、常識破りにも程がある。

 しかも、十歳の子供で上級魔法を使うのだ。

 本来なら体内魔力が足りなくて発動させるのも至難の技だ。

 イズリーは中級魔法である連石礫デュオストーンを覚えてからすぐに上級の隕墜石礫メシーバレッジ を習得した。

 他を圧倒する魔力量を持つ彼女ならではの習得スピードと言える。


『あの歳で上級?』

『トークディア家ってやっぱ化け物揃いだな』


 周りの受験者が驚く声を上げている。


「やった! あたしの魔法どうだった?」


 僕たちの元に帰ってきたイズリーはいつになくはしゃいでいた。


「凄いよイズリー! 隕墜石礫メシーバレッジ であれだけの数を作るなんて普通、無理だよ!」


 僕がそう言うと、イズリーは「にしし」と嬉しそうに笑った。


「……イズリー、 今の魔法はとても美しかった。……さすがの魔力。」


「ありがと! ハティナも頑張って!」


「……次はわたしの番。……シャルル、ちゃんと見ていて」


「もちろん見てるよハティナ。頑張って!」


 すぐに試験官にハティナの名前が呼ばれる。


 ハティナも定位置に立ち魔法を起動する。

 ハティナの詠唱は優雅だった。

 使った魔法は微風ゼファー だが、ハティナはその天性の器用さで微風ゼファー を五つも多重起動した。


 スキルや魔法は多重起動という方法で複数同時に発動することが出来る。

 この技術は知力に依存しているため、知力偏重型のハティナにはかなり相性がいい技能だ。


 僕が魔塞シタデル偶像操作ドールプレイを他のスキルと同時に使えるのはこの多重起動を応用しているからだ。

 

 それでも同時に五つの多重起動と言うのはかなりの技巧だ。もはや曲芸と言っても過言ではない。

 スキルの多重起動と魔法の多重起動は難易度が隔絶している。魔法は体内魔力だけでは完結しないのがその難易度を高めている理由だ。

 一輪車に乗りながら左手で花の絵を描き、右手で数学の問題を解く。さらに口で古文書を諳んじるようなものだ。


 普通の人間には無理である。


 ハティナの微風ゼファー はそれぞれ的の中心を撃ち抜き、イズリー以上に会場を沸かした。


『マジか!多重起動って五つも同時に出来んのか?』

『嘘だろ。次の筆頭はまたトークディア家か!』

『中級魔法の飄風刃ハイゼファーじゃないよな?』

飄風刃ハイゼファーなんかよりよっぽど高等な技術だぞ』


 そんな声があちこちから聞こえてくる。


「……このくらいヨユー」


「すごい! ハティナすごすぎ!」


 イズリーは自分の事のように喜んでいる。


 ハティナは八歳の頃から多重起動をものにしていたが、五つ同時には驚いた。


「鍛錬の時は二つか三つの多重起動しかやってなかったのに、いつの間に習得したんだ?」


「……シャルルとイズリーを驚かせたくて練習していた」


 何でもない事のようにハティナは無表情で言った。

 実際、少しでも魔法について知識のある人間ならそれがどれほどのことか分かる。

 それほど凄い技術なのだ。


「……それより、次はシャルルの番。……わたしとイズリーの合格は確実。……シャルルも合格しなければ許さない」


「そーだよ! シャルルも一緒に合格だよ!」


「そ、そうだね。頑張ってくるよ」


 自分の前に連続でこんな妙技を見せられてはやりにくいにも程があると言うものだ。


 僕は二年程、雷魔法の界雷レヴィンを練習してきたが精度に関してはそこまで自信がない。

 そもそも雷系統魔法は目標までの到達スピードに特化した魔法だ。

 それ故にコントロールがとても難しい。

 遠くの標的を正確に狙うのには向いていない。


 そこで、僕は二年間封印してきた火弾スター を使う事にした。

 娼館を文字通り吹き飛ばしてから二年間、一度も使用してなかったが、魔法とスキルの熟練度は落ちることがない。

 

 子供の時に練習したら、いくつになっても自転車に乗れるような感じだ。


 的に当てるくらいなら八歳の頃に既に飽きるほどやっていた。

 的当てなら火弾スター だ。

 僕の中にはそんな自信があった。


「受験番号十番、シャルル・グリムリープ。前へ」

 

 そう呼ばれて僕も定位置につく。


「シャルル・グリムリープ。火魔法を使います」


 僕はそう試験官に伝えた。


『グリムリープ家の御曹司か』

『ちっ。コウモリの野郎か』

『裏切り者の末裔が。面の皮が厚いったらねーな』

『火魔法? グリムリープと言えば雷魔法だろ?』

『落ちこぼれなんじゃね? 雷は扱いがクソむずいからな』


 コソコソとそんな声が聞こえてきたが、やはりグリムリープ家に対する風当たりは各所で強いようである。


 それでも、僕は気にしない事にする。

 家は家、僕は僕だ。


 そんなことよりも、無詠唱だけど問題ないだろうか?


 僕は落ち着いて真ん中の的に向けて火弾スター を放った。


 指先に魔力を集めてまず一発目。


「無詠唱だと?」


 試験官が声を漏らす。

 やはりまずかっただろうか?


 本来、火弾スター はピンポン球サイズの火球を放つ魔法だ。

 大事なことなので、敢えてもう一度言いたい。

 本来はピンポン球サイズの火球を放つ魔法なのだ。


 その筈が、僕が放った火弾スター は何故か直径1メートル程まで膨れ上がった。



 ──え?



 あまりの事に思考が追いつかない。


 そのまま放たれた火弾スター にしては大き過ぎる謎の火球は進むごとに膨張し、その軌道を書き残すように地面を抉りながら的に向かって直進していく。


 的に炸裂した熱球は、試験会場に轟音を響かせ、大地はその身を揺らし、熱風が吹き荒れ、辺りに灼熱の豪火を撒き散らす。


 火弾スター の爆心地には高さ15メートル程の火柱が上がった。

 

 僕と試験官はその衝撃で同時に尻もちをつく。


 的のあった場所には大きなクレーターが残り、さながらハルマゲドンの様相を呈している。


 数秒前までと一転して試験会場に気まずい沈黙が流れる。


『……冗談……だろ? ……魔王……かよ?』


 やっとのことで重い口を開いたように、受験者の誰かが漏らす

 声の主が僕のジョブを知っているはずは無く確実に比喩表現としてソレを使っているわけだが、哀しいかな図星である。


「やったー! ハティナ! シャルルも的に当てたよ! みんなで合格だー!」


 イズリーが「ひゃっほー!」と一人で小躍りをしてはしゃぐ声が試験会場の静寂を破る。


 僕は穴があったら入りたい気分になる。


 ……そうだ。

 あのクレーターにでも入ろう。

 そうしよう。

 

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