第13話 震霆の遺志

 僕が娼館で暴れてから──こんな言い方をすると何かいやらしく聞こえるが──二年経った。


 僕達、トークディア門下の三人は今年、ついに魔導学園を受験する。

 試験はなかなかに難しいらしく、入学するのに三年四年とかかることもざらにあるそうだ。


 ある日、トークディアは受験を控えて勉学と魔法の鍛錬に勤しむ僕を自室に呼んだ。

 なんでも話があるからと。

 今更、ジョブが理由で処刑という事もないだろうが、娼館では決して少なくない数の人間を惨殺している。

 少しだけ心配になりながらトークディアの私室に向かった。


「老師、お呼びでしょうか?」


「ほほほ。坊か、よく来た。すまんな勉学で忙しかろうに。さ、座るが良い」


 僕はトークディアに指示されるまま席に座る。


「今日は『震霆』について話しておこうと思っての。お主の父方の祖父パラケスト・グリムリープ殿の話じゃ」


 興味のある話題だ。

 父のベロンに一度聞いたことがあったが、一度はぐらかされてから聞いたことはなかった。


「その前に、少し待っておれ」


 トークディアはそう言うと僕が閉めた扉に近づき、今度はそれを勢いよく開けた。


「ぎゃあ! バレた!」


 イズリーだ。

 隣にはハティナもいた。


「盗み聞きとは感心せんのう」


「爺さま! ち、違うんだよ! ハティ──」


「……わたしは止めたのだけど、イズリーがどうしてもと言って聞かなかった」


「そうそう! そうなの! ハティナが……あれれ? ハティナ?」


「……イズリー、盗み聞きは感心しない」


「ええっ⁉︎ ……でも、ハティナが──」


「……イズリー、そんなことよりイズリーも聞きたいならお爺さまとシャルルにお願いするべき」


「べ、別に聞きたくない……よ?」


「……イズリーは聞きたくないらしい。……でも、わたしはシャルルに関わる話なら聞いておきたい……お爺さま、シャルル、わたしにも聞かせて欲しい」


「ええっ⁉︎ ずるい! ハティナの『おにぎりもん』! わたしだって聞きたい!」


「やれやれ、構わぬか? 坊?」


「ええ、もちろん構いません。二人にはいつも世話になってますし」


「ほんと⁉︎ やったー!」


 「にしし」と笑いながらイズリーはぴょんぴょん跳ねて喜んだ。

 何がそんなに嬉しいんだか。

 イズリーが奇妙な喜びの舞を披露している間に、ハティナがしれっと僕の隣に座った。


「はっ! シャルルの隣……」


 イズリーがまるでこの世の終わりのような顔でハティナを見る。

 本当にコロコロと表情が変わる少女だ。

 イズリーはしょんぼりとした様子でトークディアの隣に座る。

 

「では、話の続きじゃ。かつて震霆と呼ばれた大魔導師がおった。名をパラケスト・グリムリープ。坊の祖父にあたるお方じゃ」


 そう言って話始めたトークディアはどこか遠い目をしていた。


「儂と震霆殿は歳が同じでの。初めて彼に出会ったのは齢が十の頃。お主らと同じ歳じゃの。儂が学園に入学した時のことじゃ」


 僕らと同じ歳の頃か。

 だからこのタイミングで話すのだろうか?


「彼は魔法の才は勿論、機知に富み、同時に子供ながらにして大人顔負けの人格者じゃった。初めて会った時に思ったものじゃ。彼には敵わぬと。当時は儂も若かった。その才への嫉妬から敵視したこともある。今思えば、浅慮なことじゃ」


 トークディアは僕をじっと見つめて、話を続ける。


「儂らが十二の時、帝国と大きな戦になった。学園からも優秀な人間が戦地に動員されての。儂と震霆殿も従軍したのじゃ。戦場は苛烈を極めた。まるで地獄じゃよ。矢が飛び交い、剣と盾が打ち合い、火焔が舞い地が揺れた。完全に尻込みしておった儂を見兼ねたのじゃろう。先輩魔導師が儂を励ましてくれたのじゃが、彼は数秒後に頭を魔法で撃ち抜かれての。あれには恐怖したものじゃ。自分より遥かに強い魔導師が、何も出来ずに地べたに崩れ落ちるのじゃ。儂は棒立ちじゃったよ。恐怖で足が地面に縫い合わされたかのようじゃった。しかし、震霆殿はそうではなかった。幾度となく魔法で味方を救い、敵を打ち倒し、魔力が切れると剣を抜いて戦った。我が学友ながら鬼か悪魔かと思ったものじゃ」


 イズリーとハティナがいつになく真剣に聞いている。

 座学でイズリーがここまで大人しい姿を見せるのは初めてだ。


「儂もなんとか戦では生き残った。震霆殿はその戦働きで『震霆』の異名を授かった。次に大きな戦になったのは、四十年以上前になるのう。王国は危機に陥っておった。灰塵殿──モルドレイ・レディレッド卿が守る要所の砦が帝国の五千を超える大群に囲まれて孤立し、救援の為に儂と震霆殿が軍を率いて向かったのじゃが、途中の街道で敵の凄まじい反攻にあっての。儂らの力を持ってしても攻めあぐねておった。儂は諦めて一度帰還しようと考えておった。しかし、戦鬼のような震霆殿がそれを承諾するとは思えなんだ。するとどうじゃ、震霆殿は儂に撤退を進言してきた。あの震霆殿から撤退の文字が出たのは驚きじゃった。じゃが、彼は他の軍人やそこらの魔導師とは違った。儂に軍の指揮を任せると、僅か二百の手勢を率いて険しい悪路を進んで砦に援軍に向かったのじゃ」


 トークディアの目には涙が浮かんでいた。

 

「灰塵殿、というより、レディレッド家は建国以来の名家じゃ。それもあって、他の魔導四家を快く思っておらん節があっての。中でも一番の新参であるグリムリープ家に対しては差別的な意識を持っておった。それ故に灰塵殿と震霆殿の仲はすこぶる悪かった」


 祖父のモルドレイ・レディレッドには一度会ったことがある。確かに、グリムリープ家を嫌っているような素振りは見て取れた。


「じゃがその不和も過去の諍いも飲み込み、救援に向かった震霆殿こそが本来の王国魔導師の在り方じゃと儂は思っとる。そして、強行軍で悪路を踏破した震霆殿は砦を包囲する帝国軍の布陣に風穴を開けた。そのおかげで灰塵殿以下、千名もの将兵は砦から脱出できたのじゃ。じゃが、震霆殿が王国に戻ることは永遠に叶わなかった。彼が砦についた時には既に満身創痍じゃったと聞く。震霆殿は手傷を負った自分は生きて帰れぬと悟っておったのじゃろう。そのまま砦に残って最期まで帝国兵と戦い、灰塵殿が逃げるまでの殿軍を務めたのじゃ」


 かつてモルドレイは言っていた。


 自分が認めるグリムリープの人間は震霆のみだと。

 そして、震霆との約束から母アンナをグリムリープ家に嫁がせたと。

 パラケストが救援に駆けつけた時、モルドレイと何かしらのやり取りが行われたのだろうか。

 話し合い。

 あるいは交渉。

 あるいは折衝。


 レディレッド家とグリムリープ家の婚姻。

 これは、パラケスト・グリムリープが魔導四家の融和を模索した結果ではなかろうか。

 

 この世界のいずれの国家に於いても、その国の筆頭魔導師という地位は国内に留まらず、国外においても名誉なことであり、さらには絶大な権力という実利も伴う。

 そんな背景もありリーズヘヴン国内でも魔導四家は互いに筆頭魔導師の座を争い合っている。

 そうやって互いが生き馬の目を抜くような世界で切磋琢磨することで、得られる物が多いことは事実だ。

 しかし、王国内で実力のある名家が相争い足を引っ張り合うことで国益を損なっている面も大きい。


 果たしてパラケストはその競争による国益の損失こそを憂いていたのではなかろうか。

 トークディアが僕たちにこのタイミングでこの話をしたことには、そういった隠されたメッセージがあるのではないだろうか。



「老師、僕は少なくともイズリーやハティナと争うようなことはしませんよ。祖父パラケストが憂いたような行いはしないと誓います」


「……わたしもイズリーも、シャルルと敵対するようなことは絶対ない。……例え魔導四家が相争う運命だとしても、わたし達には関係のないこと」


「なんだかよくわからないけど、シャルルと仲良くってことでしょ? そんなの当たり前だよ!」


 ハティナは当然としても、イズリーまでトークディアの話の本質を理解していたことが、僕には驚きだった。


「ほほほ、儂らは長らく争いすぎた。結果的に、パラケスト殿の様な偉大な人物を敵国に討たれるなど、失ったものは大きい。じゃが、良き後継者には恵まれたものじゃ。新たな時代に新たな才の芽吹き。お主らの時代はお主らが造るのじゃ。そのために儂ら年寄りを大いに頼り、使い倒すが良い。それが、老いぼれにとっては一番の楽しみじゃからな」


 トークディアは「歳を取ると涙脆くなっていかん」と言いながら指先でしわくちゃな目尻を拭った。


 それから数日後、僕たちはリーズヘヴン王国魔導学園の受験に赴いた。

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