第12話 伝家の宝刀

「止まれ!」


 僕達が店の出入り口から出ると娼館の周りは鎧に身を包む男達に包囲されていた。

 王都の警備隊だろう。

 周りには野次馬がたむろし、何事かと伺っている。

 

「店を襲ったのは貴様か」


 隊長風の男がロングソードを抜刀した状態で僕に尋ねた。


「はい。街でこの娘が攫われたので、助ける為に仕方なく」


 訝しげな目で僕を見てきた王都の警備隊長は「とにかく話は屯所で聞く。抵抗しようとはするな。これはお前の為に言っている」と言って、僕の手に手錠の様な拘束具を付けた。

 聞いたことがある。これは魔封じの鎖と呼ばれる魔道具で、スキルと魔法を封じるらしい。魔力の切れた今の僕には全く意味のない代物だ。


「僕はシャルル・グリムリープ。彼女達はトークディア家の御令嬢です。共にアンガドルフ・トークディア様に師事しています。身元の確認であればトークディア筆頭魔導師に確認してください」


 それだけ伝えると、警備隊長の男は少し驚いた顔をした後、他の隊員に建物の中を調べるよう指示を出して僕達を屯所に連行した。



 まだ僕達が子供だったこと。さらに王国では名家とされる二家の名前を出したこと。そして礼節と落ち着きを保っていたからだろう。屯所での取調べはスムーズに進んだ。


 しばらくすると血相を欠いたように双子の祖父であり、僕達の師であるトークディアと父のベロン・グリムリープが屯所に来た。


「坊、事情は聞いたぞ。よくぞ孫娘を救ってくれた。しかしながら、儂は外出を禁じておったはずじゃがな」


 僕はギロリとトークディアに睨まれる。


「シャルル! この馬鹿息子が! 貴様、自分がどれだけ危険なことをしたのか理解しておるか! たわけが!」


 父のベロンはカンカンに怒っている。


「父上、老師、全ての責は僕の未熟さにあります。申し開きもございません。如何様にも罰して下さい」


 僕がそう言って頭を下げると、イズリーが泣きながら立ち上がった。


「ごめんなさい! あたしが街に行きたいって言ったの。魔法の練習に飽きちゃったから。全部あたしのせいです!」


 それだけ言うと天を仰ぐようにして人目を気にせず泣き始めた。


「……シャルルはむしろ、わたし達を止めようとしていた。……わたし達の方にこそ原因がある」


 ハティナは相変わらず無表情で淡々と言った。


「無論、坊だけを咎めるつもりはない。二人とも、トークディアの令嬢としてあるまじき行為じゃ。お主らも反省せねばな」

 

 トークディアはそう言って険しい表情で双子をひと睨みしてすぐに破顔した。


「じゃが、お主らもまだ子供。大いに失敗するが良い。取り返しのつく失敗であれば、幾らでもするべきじゃ」


「筆頭、甘すぎはしませんか。我が愚息ながら今回のことは──」


 ベロンの言葉を遮る様にトークディアは言葉を続ける。


「良い良い。三人とも無事じゃった。それだけが重要よな。それに雷鼓殿、この子らは我らの跡を継ぎ王国を支える柱石となる子供達じゃ。今は子らの無事を祝おう」


「──寛大な御言葉、感謝致します。しかしながら、些か問題も大きいかと」


「そうじゃな。まずは子供等からも顛末を聞いて、ヨハンナにも伝えねばのう」


 ヨハンナ。


 ヨハンナ・ワンスブルー。

 王国魔導四家の一角、ワンスブルー家の女当主にして、『酔霧』の異名を持つ大魔導師だ。

 

 僕が倒した魔導師が、実はワンスブルー家の遠縁にあたる者だったらしい。


 ワンスブルー家は魔導四家の中でも比較的自由で貴族的な暮らしから離れている人物が多いそうだ。

 中には傭兵ギルドに属し、外国で活動する者もいるらしい。

 

 僕が水弾ドロップを奪った魔導師も王国の直属から離れ、傭兵ギルドに所属した上であの娼館の護衛の任に就いていたそうだ。


「酔霧殿に傭兵ギルド。こちらが先に被害を被った上での正当防衛とは言え、相当に揉めるでしょうな」


 ベロンが考えるようにそう言う。


「ほほほ。まあヨハンナはあの性格じゃ。遠縁の者がグリムリープ家の嫡男に討たれたからと言って、いちいち騒ぐほど狭量でもあるまい。ギルドとは揉めるじゃろうが、彼方にも後ろめたさがあろうて。……それにの、雷鼓殿。若さに過ちは付き物じゃ。その尻拭いが、儂ら老いたる者の役目よ。ま、儂からすれば雷鼓殿もまだまだ若いがのう」


 そう言ってトークディアは呵々と笑った。

 安心した僕たちに「修行はきつくするがのう」とひと睨みするのも彼は忘れなかった。


 僕達はその日のうちに解放された。

 結果的に僕は六人もの人間を殺したが、イズリーの誘拐の目撃者がいたことや実行犯の男が一人生きていたこと。さらにトークディアとベロンが各所に掛け合ったこともあり、無罪放免とされた。


 しかし、後で禁術である簒奪の魔導アルセーヌ を使ったことがトークディアにバレた。

 僕が倒した魔導師のステータスから水弾ドロップの熟練度を表す数字が綺麗に消えていたらしい。

 どうやら、死体からでも詳しいステータス確認は出来るみたいで、そのステータス確認で魔導師の身元を確認したそうだ。



 次の日。

 トークディアに新しく獲得したスキルについて報告する。

 夜王カーミラは新発見のスキルだったらしくかなり驚かれた。操作系のスキルは元々珍しい上に、複数を対象とするものは更に珍しいからだ。

 実際に実演としてトークディアの前で蝙蝠を操ってみたものの、昼間の蝙蝠はかなり操作しづらかった。

 蝙蝠という生き物の生態には詳しくないが、どうやら光がある時は主に視覚に頼って飛行することが多いらしい。

 街の雑踏から特定の声を拾う程の聴覚を発揮することは出来なかった。

 操った蝙蝠の飛行が覚束なく、何度か城壁や練兵場に生える樹木にぶつけてしまったため、解放することにした。


 そして至福の暴魔トリガーハッピーもトークディアに是非とも実演してほしいと言われたのだが、そもそも怒りが発動条件なのでそれも叶わなかった。


 こうして僕と双子はまた──より厳しくなった──修行の毎日に戻った。


 人を六人も殺めた火弾スター だが、魔力不足で発動しなかったのを最後に、僕はしばらく封印することにした。

 人を殺す武器たりえるこの魔法が、何となく心疾しいのだ。


 それは、娼館で魔導師から奪った水弾ドロップも同じだった。

 なので、新しくベロンに教わった雷系初級魔法の界雷レヴィンの熟練度を上げていくことにした。


 実はあの後、ベロンに無理を言って雷系統の最上級魔法の詠唱を教わっていた。

 最初に聞いた時は「子供が何を」だの「自分のしたことが分かっているのか」だのと怒鳴られたが、しつこく聞いてみたら教えてくれた。その時に「どうせお前では今は扱えぬ」と言われたが、その理由はすぐに分かった。


 グリムリープ家に伝わる雷系統最上級魔法の名前は『震霆の慈悲パラケストマーシー』。

 僕の祖父であり、ベロンの父、震霆と呼ばれたパラケスト・グリムリープの名を継ぐ大魔法だ。


 祖父自身が開発し、尚且つ得意とした、彼の代名詞とも言える魔法である。

 

 教わってから──もちろん詠唱は沈黙は銀サイレンスシルバーでスキップして──的に向かって撃ってみたが発動することは無かった。


 トークディア曰く、魔法は初級、中級、上級と順番に習得していかないと扱えないそうだ。

 これにも、魔法の熟練度が関わっているらしい。どんな魔導師も、初級魔法からコツコツと熟練度を上げなければならない。

 だからこそ、トークディアは僕達にひたすら的当てをやらせる。


 ベロンが言う『今は使えない』とはそういう意味だったわけだ。


 僕はいつか震霆の慈悲パラケストマーシーを使えるようになるために、グリムリープ家伝来の雷系初級魔法の界雷レヴィンを教わり、その熟練度を上げていくことにした。


 グリムリープ家は遠い先祖が雷魔法で身を立てた一族だ。

 雷魔法はひとたび発動してからは相手に回避を許さないその速度故に、術者本人をもってしても扱いが難しいとされている系統だが、だからこそ使い手が少ない。

 文字通りグリムリープにとって雷魔法は伝家の宝刀というわけだ。



 そして双子だが、あれからイズリーとハティナは妙に僕に優しくなった。

 ……優しくなったと言うのは何かニュアンスが違うような気もするが。



「シャルルー。あたし石礫ストーン 上手くなったよ! 見てて!」


「……シャルル。わたしの微風ゼファー の方が見ていて参考になるはず。……見ていて」


「ハティナ! ずるい! シャルルに見てもらうのは……じゃ、……じゃんじゃんこ? って言ったじゃん! ハティナのおにぎりもん!」


「……イズリー、わたしはそんな事を言った覚えはない。……それに、それを言うなら『じゃんじゃんこ』では無く『じゅんばんこ』……あと、『おにぎりもん』ではなく『うらぎりもん』……せめて覚える努力をした方がいい」


 こんな調子なのだ。

 あの娼館での出来事から二人の心境にどんな変化があったのかは謎だ。

 

 こればっかりは、いくら僕が沈黙は銀サイレンスシルバーに問い掛けても、このスキルはその名の通り、沈黙を貫くばかりなのだ。

 

 

 

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